私の王子様~アイリス姫と8人の王子~【ルカ編】

風雅ありす

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ルカ=セルビアン 編

ルカの回想

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(どうしよう、このままじゃ……
 このままじゃ、ルカが私のために死んでしまう)

「やれ」

白い男の一声で、剣を持った3人の夜盗たちがルカに向かって剣を振りかざす。

「やめてーっ!!!」

ルカは、さっと身を屈めて剣先を交わすと、三人の夜盗の内の一人の足に自分の足を引っ掛けた。
足払いをされた男は、急に標的を失った上に、バランスを崩し、地に転がる。
残った二人は、再び剣を構え直してルカを襲った。

ルカは、二人の剣筋を読み切っていて、さっと身を交わしながらそれらを避けていく。
でも、反撃することが出来ない分、劣勢であることに変わりはない。

更に、先程転がった男が落ちていた剣を拾って、再びルカ目掛けて襲って行った。
さすがのルカも、丸腰で3人の剣先を交わすのは、厳しいようで、
少しずつ追い詰められていく。
3つの剣先がルカのマントや腕、頬をかすめる度に私は、心臓が止まる想いがした。


その時、ルカは、アイリスの様子を横目で伺いながら、敵と対峙していた。
白い男の目的は、アイリス姫なのだから、自分がこうしている間にも、危害を加えないとは限らない。
今のところすぐに殺すつもりはなさそうだが、
拘束されたままのアイリスの目から涙が溢れていくのに気づき、ルカは、苦悶の表情を浮かべた。

(……ああ、あいつが泣いている。
 俺は、あの時、誓ったのに……)

 ――この命を懸けて、君を守ると誓おう――

 ――俺の女神を…………――

(……いや、必ず助ける。
 あいつは、俺が守るんだ!)


『遊ぼう』

それが、俺とアイリスとの出会いだった。


 *~*~(※ルカの回想)~*~*


「こらっ! 大人しくしろ、この盗人めっ!」

二人の兵士がまだ十にも満たない少年を捕まえて、城の一角にある処刑場へと引きずって行く。

「くそっ……」

少年は、せめてもの抵抗を試みたが、力で兵士に敵う筈がない。
ボロボロに汚れた衣服は、兵士に引っ張られて伸びきってしまい、今にも破れそうだ。

「全く、こんな小さな子供まで盗みを働くなんて……なあ」

「子供だろうが年寄りだろうが、この国で盗みや殺人は死刑と決まっている。
 さっさと済ませちまおうぜ」

「あ、ああ。
 ……でも、あんまりいい仕事じゃねぇよな」

鳥の巣のような茶色の髪の隙間から、少年が兵士たちを睨んだ。
その焦げ茶色の瞳には、憎しみと、悲しみと、絶望が入り混じっている。

(俺は、ここで殺されるのか。
 ……まぁ、生きていたって何もいい事なんてないし。
 俺には、帰る家も、俺の事を心配して待っていてくれる家族も、もういないんだ)

兵士たちは、少年を憐れむような目や言葉を投げかけるが、
彼らが決して職務に逆らわないことを少年は、よく知っていた。

(……生きる意味も目的も、何もない。
 今までは、飢えを凌ぐ為だけに盗みをして、別にそれが悪いとも思わない。
 このまま、ここで死んだって別に……)

少年が自分の生に諦めて、顔を俯けた時だった。

「遊ぼう」

ふいに、少年の頭上から可愛らしい声が降ってきた。
それは、まるで天から降る光のように少年の耳へ届いた。

「あ、アイリス姫様!
 ここに来てはいけません!
 危ないですので、どうか離れてください!」

(……アイリス姫?)

少年が顔を上げる。
そこには、鮮やかなマゼンタ色の髪の毛をふわふわと揺らして、
綺麗なドレスを身に纏った、一人の少女がいた。

「ねぇ、遊ぼうったら。
 私、一人で退屈してたんだ」

アイリス姫と呼ばれた少女は、屈託のない笑顔を少年に向けた。
まだ幼さの残る、そのあどけない表情は、少年の荒んでいた心を明るく照らす太陽のようだった。

「姫様、こいつは盗みを犯しました。
 よって、処刑せねばなりません」

兵士の一人がアイリス姫の前に膝をつき、頭を垂れながら説明した。

「悪い事しちゃったの?」

アイリス姫が首を傾げると、マゼンタ色の髪がふわりと綿毛のように揺れた。

「そうです、だからここを離れて……」

「ふ~ん。なら、お仕置きだね」

アイリス姫と呼ばれた少女は、にっこり笑うと、
自然な動作で、自分の目の前に跪いている兵士の腰から長剣をするりと抜いた。

「そうですよ、お仕置き……って、えぇ?!」

自分の剣を奪われたことに気が付いた兵士は、慌てて腰を浮かす。

「アイリス姫! な、何を……!?」

アイリス姫は、兵士の長剣を重たげに持つと、危なっかしそうに剣を頭上に掲げた。

「姫様、それは玩具ではありませんぞ!
 危ないですから、その剣を私に返し……」

兵士が声で止めようとするが、相手は姫君だからか、直接手を出すことができないようだ。
アイリス姫が剣を少年に向かって振り下ろす。
少年は、驚いて目を閉じた。

「「ひ、姫っ……!?」」

二人の兵士の声が重なった。
……と同時、何かが切られる小気味良い音と、剣先が石床に当たる音が聞こえた。

(……あ、れ? 俺……生きてる?)

「悪い事したら、お仕置きされるのは当たり前よ。
 私だって、しょっちゅうお父様にお仕置きされてるわ」

(何なんだ、一体何が起きたんだ……?)

「さ、これでお仕置きはお仕舞い!
 ね、遊びましょう♪」

少年は、目を開けた。
すると、足元には、見覚えのある色の髪の毛がバラバラに散らばっていた。

(ここに落ちているのは……俺の、髪か?
 じゃあ、さっきの音は……)

少年が顔を上げると、そこには、剣を片手に、きょとんとした表情で首を傾げている少女がいた。

「ん? 何よ、もっと他のお仕置きが良かったの?
 だって、そんなに髪の毛を伸ばしてたら、遊ぶのに邪魔じゃない」

(……ああ、そうか。やっと……解った)

少年の焦げ茶色の瞳に光が戻って行く。
その瞳に映っているのは、マゼンタ色に輝く光。

「ほら、ね。だから私も髪の毛短いでしょ?
 でもね、お父様ったら、もっと髪の毛を伸ばして女の子らしくしなさいって言うのよ」

可愛らしい唇を尖らせて見せる少女を少年は、眩しいものを見るような目で見上げた。

(俺は……この人を守るために、生まれてきたんだ)

「ね、遊ぼう」

少女が少年に手を差し出す。
自分に向けられた笑顔と、その白く小さな掌を見て、少年は誓った。

一度捨てようとした、この命……この女神に捧げよう。
この命を懸けて、君を守ると誓おう。

「ねぇ、あなたの名前は何て言うの?」

「俺……俺の、名前は…………ルカ」

「ルカ……いい名前ね。
 私は、アイリスっていうのよ。
 よろしくね、ルカ」

 *~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*

(そうだ……あの時、俺は誓ったんだ)

「くっそー……こいつ、ちょこまかと逃げやがって。
 武器もないくせに、何ができるっていうんだ」

「おい、さっさと降参しな。お前に勝ち目はねぇよ」

3人の夜盗たちの攻撃を避けるだけだったルカの目に、強い光が灯る。

(……守る、自信がないって?)

そうだったら、何だっていうんだ。

俺の、女神が泣いている。

「そこを……どけろーーーっ!!!」

突然、ルカが咆哮を上げながら夜盗たちに向かって突進した。

「な、何だ……うわあああっ!!」

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