僕の好きな人。

風雅ありす

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空は快晴。気温は上昇。
それは、間近に迫っている夏に向かっての準備期間のようなもので、これから益々暑くなるだろう。
戸木田 優一は、憂鬱な気持ちで、教室から見える空を眺めていた。

「戸木田~、なに感慨に耽ってるんだよ」

(また来た……)

 振り向かなくても声で解る。優一のクラスメイトである河瀬 充だ。
彼は、いつも一人でいる優一によくこうして話しかけてくる。
優一は、頬杖をついた手の中に小さく溜め息を吐いた。

「もうすぐ高校初めての夏休みなんだぜ。お前も何か計画とかないのか?」

 先程から教室内では、夏休みの計画を立てる生徒達で賑わっていた。
しかし、優一からしてみれば、長くて暑い夏休みなど憂鬱以外の何物でもない。

「俺は別に」

 さも興味がなさそうな優一の態度に、河瀬が眉をひそめた。

「おいおい、若いのがそんなんじゃ駄目だぜ」

 優一は、その時初めて河瀬に視線をやった。
教室内で一人異色な存在である優一に話しかけてくるのは、彼しかいない。
明け透けな性格で誰とでも打ち解けられる河瀬は、優一とは180度違う人間だ。

 ワックスで立たせた茶髪の髪に、健康的な褐色の肌、屈託のない笑顔。
標準値はあるであろう身長は、優一よりも少し低いくらいだろうか。
一見、細身に見えるが、半袖から延びた腕は程良く引き締まっている。
前に何の部活をしているかと言う話を聞かされた事があるが、優一は覚えていない。
いつも河瀬が一方的に話し掛けてくるのだ。

 優一は初め、彼を拒絶していた。
彼が優一に接してくるのは、自分への同情や哀れみを含んでいると思っていたからだ。
自分は、好きで一人でいるのだから、ただ放って置いて欲しかった。

 しかし、どんなに冷たい態度を取っても、河瀬の態度は変わらない。
もう最近では、優一は河瀬を遠ざける事を諦めて、彼の好きなように泳がせていた。

「……で、何か用?」

 優一のどこか突き放すような口調を気にも留めず、河瀬は笑った。

「予定がないなら、俺達とキャンプ行かねぇ?
 ケンの兄貴が連れて行ってくれるってさ」

 そう言って、河瀬が自分の肩越しに親指で指差して見せた。
その先に優一が視線だけを向けると、先程から騒いでいる集団の中の一人と目が合う。
彼は、優一の視線に気付くと、慌てて苦笑いを浮かべた。

「……いや。俺は、いいよ。
 たぶん親が許してくれないだろうから」

 優一の親は、どちらかと言うと放任主義だ。
頼めば簡単に許してもらえるだろうが、優一は、敢えて断った。
団体行動は苦手なのだ。
 河瀬は、残念そうに肩を竦めた。

「あ、もしかして……彼女とデートの約束でもあるんだろう」

 今度は、顔をにやつかせた河瀬が優一の前の席に跨いで座る。
どうやら、すぐには放してもらえないようだ。

「彼女なんていない」

 優一が間欠を入れずに答えた。
そして、再び視線を窓の外へと向ける。
これ以上、会話を続ける気はないという意思表示をしたつもりだった。
 しかし、河瀬は、そんな優一の横顔を見て、急に真面目な顔で何かを考えると、再び口を開いた。

「……んじゃさ、好きな奴とかいる?」

 優一は、その河瀬の鈍感な態度に怒るというよりも呆れた。
無言で冷ややかな視線を返したつもりだったが、それを河瀬は肯定と取ったようだ。

「いないんだな。じゃあ、そんなお前に朗報だ」

 そう言って、河瀬が机の上に身を乗り出す。
優一は、嫌な予感がした。
案の定、河瀬は、一段声を潜めて言った。

「俺の女友達にさ、男友達を紹介して欲しいって言ってる子がいるんだ」
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