15 / 16
『潮流』
3
しおりを挟む
私と舞は、JRの始発に乗り、宮島口駅へと向かった。
本当のところは、舞をなんとか説得して家へ連れ戻すつもりだったのだが、舞は頑として譲らない。結局、私が折れた。
「舞の気持ちはわかるけど、身内が危篤状態だっていう時にこんなことするの、あんたくらいのもんよ。第一、霊薬だかなんだか知らんけど、本気で信じとるん?
あんたあほなの?」
「あー、あほって言った方があほなんよ」
「ってか、あのまま私が来なかったら、どうするつもりだったん」
「まあ、どうにかなったんだからええじゃろ」
あはは、と呑気に笑う舞に、私は彼女との血縁関係を疑いたくなった。
さっきまで泣きべそをかいていたことなどなかったかのように、駅中で買った二重焼きを美味しそうにぱくついている。まるで遠足気分だ。
電車を待っている間、母には事情を説明するべく携帯へメッセージを送っておいた。おそらくまだ寝ているだろうから、姉妹が揃って家を抜け出していることを知ったらきっと驚くだろう。父は古い考えの人なので、年頃の若い娘が二人揃って家を抜け出すなんてと怒る姿が目に浮かんだが、そこは母に宥めてもらうしかない。
宮島口駅まで行くには、路面電車を使う方法もあるが、そちらでは時間がかかりすぎるためJRを選んだ。とにかく一刻も早く宮島へ行き、霊薬とやらを手に入れて家へ帰るしかない。それまで祖母の容態が急変しないことを祈るばかりだ。
「おばあちゃんが教えてくれたんだけどね」
舞が二つ目の二重焼きに手を伸ばしながら、先ほどの私の質問に答えてくれた。
昔、祖母の子供―つまり私たちの父親だ―が赤ん坊の時に高熱を出したことがあったらしい。当時はまだ今ほど医療技術が発展していなかったので、産まれてきた赤ん坊が死んでしまうことはよくあったそうだ。そのため祖母は、父を助けるため、その霊薬を手に入れようと父を背負って弥山を登った。
そして、手に入れた霊薬を飲ませると、父の熱は嘘のように引いていったという。
「つまり、その霊薬を飲んだおかげで父さんは死なずに済んだ、そう言いたいん?」
私の不信感溢れる視線などものともせず、舞は、瞳を輝かせながら大きく頷いた。
「奇跡が起きたんよ」
どうやら私の妹は、正真正銘のあほのようだ。
「今、ウチらがこうして生きていられるのも、ぜーんぶ、あの時おばあちゃんが苦労して霊薬を手に入れてくれたおかげかもしれんのよ。
どう、有難みが沸いてくるじゃろ」
得意げに話す舞には悪いが、現実主義の私には到底信じられない話だ。
祖母の作り話か、もしくは、霊薬の効果ではなく単にタイミング良く病が快方に向かったというだけのことだろう。
真偽のほどは判らないが、私は頭に浮かんだ別の懸念を口にしようとしてやめた。
奇跡は二度は起こらない。
宮島口駅には約三十分ほどで到着した。ここからは、フェリーに乗って宮島へ渡る。
フェリー乗り場前にある売店では、あなご飯やもみじ饅頭などの看板が出ていたが、まだ店は閉まっていた。
舞は、それらを物欲しそうに見やりながら、帰る時のお土産にしようと言うので、私は呆れてしまった。どうせなら楽しみたいじゃん、というのが舞のポリシーらしいが、単に自分が観光したかっただけなのではと疑ってしまう。受験勉強の息抜きに、と舞ならやりかねない。
フェリーでは、風を受けたいという舞に付き添いデッキへ出た。
舞は始終楽しそうにしていたが、私は潮風に踊らされる髪の毛がべたべたと頬に張り付くのを鬱陶しく感じて仕方なかった。
出発して5分も経たないうちに前方に赤い鳥居が見えてきた。
小さな頃から当たり前のように思ってきたが、改めて見てみると異様な光景だ。
今は満潮時で海の上に建っているように見えるが、干潮時には鳥居の足元まで歩いて行くことができる。
鳥居のある厳島神社は、ユネスコの世界文化遺産として登録されている。
このことは世界的に有名だが、これが広島県に含まれていることを知っている人は意外と少ないということを、私は家を出てから初めて知った。
フェリーを降りたところで宮島の観光マップを入手し、弥山への道のりを確認していると、私の携帯が着信を告げた。母からだ。
私が出ると、予想通りの反応を示す両親に私はただ一言、私に任せて、と言った。
父は納得していなかったが、母は思うところがあったのだろう、舞をお願いね、と言うと電話を切った。
その舞はと言うと、餌目当てにわらわらと集まってきた鹿と戯れ始めていたので、無理矢理引き剥がし、足早に弥山へ向かった。観光マップから一番早い登山ルートを選び、もみじ谷公園を通っていく。
登山口前には、ロープウェイの案内が出ていたが、朝早い時間帯なので動いていない。自分たちの足で登るしかない。
本当のところは、舞をなんとか説得して家へ連れ戻すつもりだったのだが、舞は頑として譲らない。結局、私が折れた。
「舞の気持ちはわかるけど、身内が危篤状態だっていう時にこんなことするの、あんたくらいのもんよ。第一、霊薬だかなんだか知らんけど、本気で信じとるん?
あんたあほなの?」
「あー、あほって言った方があほなんよ」
「ってか、あのまま私が来なかったら、どうするつもりだったん」
「まあ、どうにかなったんだからええじゃろ」
あはは、と呑気に笑う舞に、私は彼女との血縁関係を疑いたくなった。
さっきまで泣きべそをかいていたことなどなかったかのように、駅中で買った二重焼きを美味しそうにぱくついている。まるで遠足気分だ。
電車を待っている間、母には事情を説明するべく携帯へメッセージを送っておいた。おそらくまだ寝ているだろうから、姉妹が揃って家を抜け出していることを知ったらきっと驚くだろう。父は古い考えの人なので、年頃の若い娘が二人揃って家を抜け出すなんてと怒る姿が目に浮かんだが、そこは母に宥めてもらうしかない。
宮島口駅まで行くには、路面電車を使う方法もあるが、そちらでは時間がかかりすぎるためJRを選んだ。とにかく一刻も早く宮島へ行き、霊薬とやらを手に入れて家へ帰るしかない。それまで祖母の容態が急変しないことを祈るばかりだ。
「おばあちゃんが教えてくれたんだけどね」
舞が二つ目の二重焼きに手を伸ばしながら、先ほどの私の質問に答えてくれた。
昔、祖母の子供―つまり私たちの父親だ―が赤ん坊の時に高熱を出したことがあったらしい。当時はまだ今ほど医療技術が発展していなかったので、産まれてきた赤ん坊が死んでしまうことはよくあったそうだ。そのため祖母は、父を助けるため、その霊薬を手に入れようと父を背負って弥山を登った。
そして、手に入れた霊薬を飲ませると、父の熱は嘘のように引いていったという。
「つまり、その霊薬を飲んだおかげで父さんは死なずに済んだ、そう言いたいん?」
私の不信感溢れる視線などものともせず、舞は、瞳を輝かせながら大きく頷いた。
「奇跡が起きたんよ」
どうやら私の妹は、正真正銘のあほのようだ。
「今、ウチらがこうして生きていられるのも、ぜーんぶ、あの時おばあちゃんが苦労して霊薬を手に入れてくれたおかげかもしれんのよ。
どう、有難みが沸いてくるじゃろ」
得意げに話す舞には悪いが、現実主義の私には到底信じられない話だ。
祖母の作り話か、もしくは、霊薬の効果ではなく単にタイミング良く病が快方に向かったというだけのことだろう。
真偽のほどは判らないが、私は頭に浮かんだ別の懸念を口にしようとしてやめた。
奇跡は二度は起こらない。
宮島口駅には約三十分ほどで到着した。ここからは、フェリーに乗って宮島へ渡る。
フェリー乗り場前にある売店では、あなご飯やもみじ饅頭などの看板が出ていたが、まだ店は閉まっていた。
舞は、それらを物欲しそうに見やりながら、帰る時のお土産にしようと言うので、私は呆れてしまった。どうせなら楽しみたいじゃん、というのが舞のポリシーらしいが、単に自分が観光したかっただけなのではと疑ってしまう。受験勉強の息抜きに、と舞ならやりかねない。
フェリーでは、風を受けたいという舞に付き添いデッキへ出た。
舞は始終楽しそうにしていたが、私は潮風に踊らされる髪の毛がべたべたと頬に張り付くのを鬱陶しく感じて仕方なかった。
出発して5分も経たないうちに前方に赤い鳥居が見えてきた。
小さな頃から当たり前のように思ってきたが、改めて見てみると異様な光景だ。
今は満潮時で海の上に建っているように見えるが、干潮時には鳥居の足元まで歩いて行くことができる。
鳥居のある厳島神社は、ユネスコの世界文化遺産として登録されている。
このことは世界的に有名だが、これが広島県に含まれていることを知っている人は意外と少ないということを、私は家を出てから初めて知った。
フェリーを降りたところで宮島の観光マップを入手し、弥山への道のりを確認していると、私の携帯が着信を告げた。母からだ。
私が出ると、予想通りの反応を示す両親に私はただ一言、私に任せて、と言った。
父は納得していなかったが、母は思うところがあったのだろう、舞をお願いね、と言うと電話を切った。
その舞はと言うと、餌目当てにわらわらと集まってきた鹿と戯れ始めていたので、無理矢理引き剥がし、足早に弥山へ向かった。観光マップから一番早い登山ルートを選び、もみじ谷公園を通っていく。
登山口前には、ロープウェイの案内が出ていたが、朝早い時間帯なので動いていない。自分たちの足で登るしかない。
0
あなたにおすすめの小説
白花の檻(はっかのおり)
AzureHaru
BL
その世界には、生まれながらに祝福を受けた者がいる。その祝福は人ならざるほどの美貌を与えられる。
その祝福によって、交わるはずのなかった2人の運命が交わり狂っていく。
この出会いは祝福か、或いは呪いか。
受け――リュシアン。
祝福を授かりながらも、決して傲慢ではなく、いつも穏やかに笑っている青年。
柔らかな白銀の髪、淡い光を湛えた瞳。人々が息を呑むほどの美しさを持つ。
攻め――アーヴィス。
リュシアンと同じく祝福を授かる。リュシアン以上に人の域を逸脱した容姿。
黒曜石のような瞳、彫刻のように整った顔立ち。
王国に名を轟かせる貴族であり、数々の功績を誇る英雄。
Husband's secret (夫の秘密)
設楽理沙
ライト文芸
果たして・・
秘密などあったのだろうか!
むちゃくちゃ、1回投稿文が短いです。(^^ゞ💦アセアセ
10秒~30秒?
何気ない隠し事が、とんでもないことに繋がっていくこともあるんですね。
❦ イラストはAI生成画像 自作
BL 男達の性事情
蔵屋
BL
漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。
漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。
漁師の仕事は多岐にわたる。
例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。
陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、
多彩だ。
漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。
漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。
養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。
陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。
漁業の種類と言われる仕事がある。
漁師の仕事だ。
仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。
沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。
日本の漁師の多くがこの形態なのだ。
沖合(近海)漁業という仕事もある。
沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。
遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。
内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。
漁師の働き方は、さまざま。
漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。
出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。
休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。
個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。
漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。
専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。
資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。
漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。
食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。
地域との連携も必要である。
沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。
この物語の主人公は極楽翔太。18歳。
翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。
もう一人の主人公は木下英二。28歳。
地元で料理旅館を経営するオーナー。
翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。
この物語の始まりである。
この物語はフィクションです。
この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。
壊れていく音を聞きながら
夢窓(ゆめまど)
恋愛
結婚してまだ一か月。
妻の留守中、夫婦の家に突然やってきた母と姉と姪
何気ない日常のひと幕が、
思いもよらない“ひび”を生んでいく。
母と嫁、そしてその狭間で揺れる息子。
誰も気づきがないまま、
家族のかたちが静かに崩れていく――。
壊れていく音を聞きながら、
それでも誰かを思うことはできるのか。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる