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プロローグ

2.巫女の予言

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「あった……あった! 受かった!!」
「うそ……ない………落ちちゃったみたい……」
「……あ、番号あった」
「あー……やっぱダメだったかー」

皆が自分の番号を確認していくのをドキドキしながら聞いていた私は、
ようやく最後の方に自分の番号を見つけて、心臓が止まるかと思った。

「聖羅は、どうだった?」

由香里が気遣わしげに尋ねてくれる。
私は、答える代わりにVサインをして見せた。

由香里と奈津美と私は、三人で大学の事務室へと向かった。
入学手続きを行うためだ。
由香里は、まだ第一志望の結果を控えているので、手続きはしなかったが、一緒に不動産屋を覗く約束をしていたので、私たちが手続きをするのを待っていてくれた。

残念な結果となった他の二人は、今日、待ち合わせに来なかった子も誘ってカラオケへ行こうと話していた。
私たちも不動産屋に行った後で間に合えば、合流しようかと話をしながら、その場で別れた。

私は、入学手続きの書類に、緊張する手で自分の名前を書いた。

【天野 聖羅】

「おめでとう、聖羅。
 がんばったね」

由香里がぽんぽんと私の頭を撫でてくれた。
じわりと視界が歪むのを慌てて手で抑えた。
由香里だって頑張っていた。
それなのに、他人を思いやれる彼女を私は尊敬する。
奈津美は「私だって頑張ったのにー!」と抗議の声を上げて、由香里に頭を撫でてもらっていた。

私たちは、軽くキャンパス内を見学した後で、最寄り駅にある不動産屋へと向かった。
幾つか良さそうな物件を見せてもらい、大体の検討をつける。
大学が近くにあるためか、学生向けの物件が多くあるようだ。
正式な申し込みは、保護者が居ないと出来ないので、とりあえず資料だけもらって帰った。

「大学生活楽しみだね~♪」

奈津美の笑顔に私も笑顔を返した。
これで受験勉強ともお別れだと思うと、解放感で空も飛べそうな気分だ。
由香里だけがまだ第一志望の結果を待っている身の上なので、私は、奈津美ほど手放しには喜べなかったけど、由香里は、奈津美の態度なんてまるで気にしてないようにも見えた。


「あ、聖羅~こっち、こっち~」

青空の下、私が1人で境内を歩いていると、香織が社務所の中から顔を出して手招きするのが見えた。
私は、ほっとして、香織に案内されるまま社務所の中へと上がる。
香織は、黒のブラウスに黒のスキニーパンツを着ていた。

「ごめんな~今日、母さんが出掛けてて、姉貴が代わりに見てくれるってさ。
 まだ巫女見習いなんだけど、霊感とかそういうのには強いから、そこは安心して」

香織が申し訳なさそうな顔で謝るので、むしろ私の方が申し訳なくなった。

「ううん!
 私の方こそ、急にお願いしちゃって……ごめんね。
 そんな大袈裟にすることもないとは思うんだけど……なんかちょっと気になっちゃって……」

受験結果が判ってからも、私は、あの不思議な夢に悩まされていた。
受験ストレスから解放されて、変な夢もそのうち見なくなるだろうと思っていたのだが、むしろ頻度は増え、リアリティが増していく。
これから楽しい大学生活が待っているというのに、このままでは、気持ち良く新生活を送るのにも不安が残る。
それで、香織に夢相談をお願いしたのだ。

「姉貴、入るよ」

香織が襖を開けると、い草の香りが鼻についた。
中に入ると、白檀か何かの香を焚いているのが分かる。
座敷の真正面にこちらを向いて正座する巫女姿の女性が居た。

「はじめまして。香織の姉で、慧子といいます。
 香織がいつもお世話になっています」

慧子さんが手をついて頭を下げる。
まるで流れるような美しい所作に思わず見惚れてしまい、挨拶をするのが遅れてしまった。

「話は香織から聞いてはいますが、今一度、聖羅さんの言葉でお話を聞かせてもらっても良いでしょうか」

私は、慌てて挨拶もそこそこに、夢の内容を話して聞かせた。
たどたどしい私の説明にも慧子さんは、辛抱強く何度も頷きながら話を聞いてくれた。
その間、香織は、ずっと傍らに座って待っていてくれた。

「夢は、夢主の心を映す鏡でもあるけれど、記憶の整理をしている、とも言われているの。
 一概にこうだという答えを今ここで伝えることは出来ないけれど、こういう見方もあるのだ、とだけ理解してもらえるかしら」

私が頷くと、慧子さんは、一般的な夢占いの内容を私に教えてくれた。
それは、以前、私が夢のことを香織に相談した時に教えてもらったものとほぼ同じ内容だった。

「…………というのが一般的な夢判定ね。
 これくらいの内容ならネットで調べても出てくるわ。
 でも、私個人の所感から言わせてもらうと……聖羅さんの見た夢は、これらの一般論には当てはまらない気がするの」

それは、つまりどういう意味だろうか、と私が眉を寄せると、慧子さんは、私を安心させるように笑みを見せた。

「大丈夫。
 あくまで一つの仮説として、聞いていてもらえればいいわ。
 聖羅さんは、〝ツインレイ〟という言葉を知っているかしら?」

私が首を横に振ると、慧子さんは、穏やかな口調で丁寧に説明会をしてくれた。

「人はね、元々一つの魂を二つに分けて、この世に生まれてくると言われているの。
 その魂の伴侶とも呼べる相手のことを〝ツインレイ〟と呼ぶのよ。
 初めて会ったのに、何故かその人のことをよく知っているような気がする相手。
 その相手と出会ったら、元々が一つの魂だったのだから、離れたくないと思ってしまうの。
 運命の相手だとか、一目惚れというのがそれに近いわね。
 でも、ツインレイは、この世にただ一人だけしかいない」

なんとなく分かる気がする。
そう思って、私が相槌をうつと、慧子さんがにっこりと笑ってくれた。

「もしかしたら、だけど……聖羅さんのツインレイがあなたを呼んでいるのかもしれないわね。
 それは、近い将来に出会うという予兆かもしれないし、もしくは、前世の魂の記憶なのかもしれない。
 だから、ハッキリとしたことは言えないのだけれど……例えば、前世の聖羅さんは、ツインレイと悲しい結末を迎えて別れることになってしまった……そのことをあなたの魂が覚えていて、夢として見させているのかもしれない……そう、私は感じたわ」

「前世の記憶……ですか…………」

香織にも以前似たようなことを言われたのを思い出す。
あの時は、厨二病じゃあるまいし、と笑い飛ばしたが、巫女見習いとは言え、こんなに綺麗な巫女さんに神妙な面持ちで言われると、なんだかそんな気がしてくるから不思議だ。

「私は、一体どうすれば……」

「特に何もすることはないわ。
 ツインレイは、あなたが心のままに過ごしていれば、いつか必ず出逢える。
 その時まで、自分自身を磨き、心の目を研ぎ澄ましていればいいの。
 その為には……」

慧子さんが袂に手を入れて何かを取り出す。
私は、身を乗り出してそれを見つめた。

「この……御守りがあなたを導いてくれるはずよ」

慧子さんが私に差し出した手には、紫色の御守りが乗せられていた。
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