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【第一章】聖女

5. 謎の男

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オタリは、眉を八の字にすると、私を憐れむような目で見つめた。

「それは、恐ろしい思いをされましたね。
 さぞ、驚かれたことでしょう。
 私に何か力になれることがあれば良いのですが……
 ちなみに、その見知らぬ男というのは、どんな男だったか、何か特徴などはありますかな」

(特徴…………あの時、確か突風が吹いて、フードが………)

私は、気を失う前のことを思い出そうとした。
誰もいない葉桜の並木道、黒いフードを被った男が私をじっと見つめている――――。
あの時、私は、何かを見た気がするが、全く思い出せない。
思い出そうとすればする程、それは、まるで頭に霧がかかったように象を結ばず、何故か頭痛がした。
オタリは、じっと黙って私の答えを待っている。
何か答えなくては、と思い、とりあえず覚えているだけのことを話すことにする。

「えっと…………それが、黒いフードを頭から被っていて…………顔は、見えませんでした」

私の答えに、オタリが怪訝な顔つきで自分の顎を手で触る。

「はて、それはおかしいですね。
 顔が見えなかった、というのでしたら、何故、その者が男だと分かったのですか?」

「え……それは………女の人にしては、背が高かったし、肩幅とかも………あっ、声!
 声が男の人でした。
 私が知らない言葉で、何かを言っていたような…………」

「何と言っていたのですかな?」

私は、もう一度記憶の中を探ってみた。
聞いていると耳の後ろがぞくぞくするような低い男の声。
でも、何と言っていたのか、思い出せない。

「…………すみません、覚えていません。
 ただ、私の知らない言葉でした」

オタリは、何か考え込むような仕草をすると、後ろに控えていた二人の男たちに向かって何かを小声で話し掛けた。
一方は、私をここへ連れてきた男の人だ。
砂色の短髪に、気弱そうな顔にはソバカスが浮かんでいる。
並んで見ると、色は違うがオタリと似ている服を着ているのが分かった。
上下の繋がったワンピースのような服で、腰の辺りにベルトを締めている。
まるで聖職者が着ているような服だ。
彼がオタリの言葉に対してボソボソと何か答えながら首を横に振ると、今度は、もう一方の男がハキハキとした口調で答えた。

「いえ、私の方にも不審な男の情報は上がってきておりません」

その男は、よく日に焼けた肌に、赤銅色の髪を短く切り揃え、他の二人よりも長身で体格が良く、見るからに軍人風の装いを醸し出している。
門を守っていた男たちと同じく西洋の騎士のような格好をしているが、青いマントを羽織っている。

「どうやら、あの場所には、貴方様以外の者は誰もおられなかったようです。
 その男が何者なのかは、分かりません。
 ですが、我々に言えることは、ただ一つ……」

オタリは、勿体ぶるように間を置くと、自分の胸に手を当てて感情のこもった声で続けた。

「貴方様が、我々の待ち望んだ聖女様である、ということです」
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