路地裏ダンジョン

キママナ

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通学路の路地裏-1

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夕陽も沈みきり、月明かりだけが闇夜に浮かんでいる。道路沿いに並ぶ街灯の間隔が少しずつ広がり、やがて自分の影すら見つからない。携帯端末で友人と拙い会話を重ねていた少女は、気がつかない。今、自分が、何処にいるのかを。

「……ここ、どこ?」

自分は学校から自宅へ帰っていた筈だった。だが、ふと周りを見渡せば、見覚えの無い路地に居る。道幅は広くはなく、人が並んで3人通るのが限界か。道を挟むように建つ壁は、自分の身長よりも遥かに高い。壁の向こうに存在するであろう建物の明かりは一切無く、空は分厚い雲で覆われている為か星1つ見当たらない。今ここに、手に握る携帯の明かり以外、光は無い。
滲む汗、緊張で固まる手足。携帯が手から滑り落ち、地面と接触した衝撃で破損してしまう。落とした携帯に目を向けるが、明かりは消え、携帯どころか地面すら見えない。完全な闇が彼女の視界を支配した。
十秒か二十秒か、どれ程の時が流れたのだろう。停電か、世界の終わりか、はたまたマンホールに落ちたのか、自分はもしかしたか死んでしまったのではなかろうか。馬鹿みたいな考えばかりが彼女の脳裏をよぎる。
少女が誰も答えてくれない問いに明け暮れていた時、遠くから、ザリ、ザリ、と何かが擦れる様な音が微かに聞こえて来た。運動場の砂の上を靴で擦った時の様な音だ。その音はこちらに近づいて来ている。

「誰かいるの!?」

分厚い雲に亀裂が走り、切れ間から覗く月が赤い光を帯び大地を不気味に照し、闇に覆われていた世界に光が戻る。少女の前には壊れた携帯と、大きな南瓜にタキシードが転がっていた。南瓜は傷だらけで小さなひび割れがいくつもあり、タキシードは不思議なことに袖が3つある。南瓜はタキシードの襟元──人なら頭のある位置に転がっており、タキシードの袖からは綱の様に細く編まれた藁が飛び出している。風の影響かただの見間違いか、藁は動いている気がした。
少女が目の前に現れた物を凝視していると、藁の腕が機敏に動き、少女の足を捕まえる。だが、その腕に少女を拘束する力は微塵も無かった。
南瓜の頭がまるで少女を見上げる様にゴロリと転がり、その顔を露にする。逆三角形の2つの眼と三角形の鼻が表面に彫られており、鼻の下には長い横長の線が彫られている。恐らく、口だろうか。彫られた眼の奥には青白い炎が淡い光を放っている。
少女には藁の腕が、自分を襲っているのではなく、助けを求めてすがっている様に思えた。南瓜の眼の炎は次第に弱くなり、やがて消えてしまった。少女はその場にしゃがみ、南瓜にひたすら声をかける。

「ちょっと!しっかりしなさいよ!こんな所でひとりにしないで!お願いだから──」

少女はがばりと起き上がり、大きな声を上げた。

「──側にいて!!」

少女は自分の部屋のベッドの上で目が覚めた。朝の麗らかな日差しが窓から部屋を照らしている。時刻はもうすぐ学校へ向かう時間だ。少女は足早に身支度を済ませ、部屋のドアを開ける。
ドアの向こうには、タキシードを着た南瓜頭の極細藁人形が1本の足で立っていた。天井に頭が擦れる程の背丈のせいで被ることの出来ない帽子を、3つある袖のうち、左肩から伸びる上下に別れた2つの袖の上の方から覗く藁の手に、帽子を持っている。
少女は南瓜頭を見上げ、可愛らしい笑顔で「おはよう」と声をかけた。南瓜頭はゆっくりと腰を曲げ、少女にお辞儀で返事をする。少女は彼と出会った日の事を、夢で見るほどにハッキリと覚えていた。
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