「刀には竜、花は咲かず」~孤独なおっさん武術家と毒舌アイドルの異世界タッグ~

アサバハヤト

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第〇章 刀の巻 プロローグ

0-34 流れ者

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 「皆様、こちらは機長の王泰陽(おう・たいよう)です。先ほどの緊急事態により、ご心配と混乱をおかけしましたことを深くお詫び申し上げます。皆様の安全を最優先に、乗務員一同、全力を尽くしてまいりました。幸い、事態は収束しております。機内の松尾警部の対応と皆様のご協力により、犯人は無力化され、大きな怪我人も出ておりません。現在、最寄りの空港へ向けて飛行中です。到着後、専門家が機内に入り、詳しい調査を行います。それまで座席を離れず、機内の物には触れないようお願いいたします。本件へのご協力に心より感謝申し上げます。何より、皆様の安全が確保できたことに安堵しております。引き続き、安全な運航に努めてまいります。ご理解とご協力をお願い申し上げます。」

 アナウンスが終わると、機内に重く溜まっていた空気がゆるみ、あちこちから安堵の息が漏れた。

 その中で、松尾警部は淡々と後始末を引き受けていた。手錠を取り出し、荒井の手首に素早くかける。客室乗務員の協力を得て、毛毯とロープ、テープで厳重に拘束し、最低限の応急処置も施した。

 次に向かったのは、共犯のCA、楊雅喬の遺体だった。機体の壁際に崩れ落ち、床には血溜まりが広がっている。

 松尾は無線で指示を仰ぎ、客室乗務員数人と毛毯を持ってこさせた。血の臭いが漂う中、遺体を静かに覆い、ギャレーの一角へと移す。乗客の視線から隠すためだ。

 「見せもんにする気はねえ。」

 毛毯を整えながら、低く吐き捨てる。

 「死んだ奴にまで役割を押し付けるのは、三流のやり口だ。」

 額の汗を手の甲で拭い、何事もなかったように立ち上がった。

 続けて、ノズミちゃんとその母親のもとへ向かう。荒井に弄ばれた少女の前にしゃがみ込み、床に転がっていたウルトラマンの人形を拾い上げた。

 「もう終わりだ。あいつは二度と触れねえ。」

 それだけ告げて、人形を差し出す。余計な慰めも、約束もしない。

 その後、松尾は乗客一人ひとりに声をかけた。

 「皆さん、落ち着いてください。怪我をされた方は手を挙げてください。」

 客室乗務員と連携しながら、安全確認と負傷者のチェックを進めていく。

 やがて松尾が俺の前に立ち、右腕のナイフ傷に目を留めた。

 「浅羽、大丈夫か。」

 「……ふん。」鼻で笑う。「ああ、もうダメだ。これじゃ仕事できねぇ。一生養ってもらうしかねぇ。残念だな。」

 「ちっ、ふざけんな。そんなヤワなタマかよ、お前は。」

 「じゃあ聞くな。」

 「……やっぱその腕、お前の減らず口と一緒に腐っちまえ。」

 「腐る前に、お前を噛み殺してゾンビにしてやる。」

 松尾は鼻を鳴らし、無線へと戻った。

 ——俺たちがそんな軽口を叩いている間に、乗務員の榊原さんが救急キットを持って駆け寄ってきた。傷口を消毒液で洗い、ガーゼを当て、手際よく包帯を巻く。

 包帯がきつく締まり、傷口がズキズキと脈打つ。だが血は止まった。

 「これでしばらくは持ちますよ。正義のヒーロー。」

 榊原さんが小さく微笑む。

 ……ヒーロー呼ぶな。

 心の中だけでそう呟き、俺は無言で頷いた。腕を軽く動かし、具合を確かめる。

 榊原さんが処置を終えると、他の女性乗務員たちがこちらをちらりと見た。すぐに目を逸らす者、視線を落とす者、言葉を探すように口を開きかけてやめる者。

 恐れとも、安堵ともつかない何かが、その場の空気に混ざっている。

 気のせいということにしておく。

 松尾は無線機を何度も手に取り、地上の警察や航空局へ状況を報告していた。淡々と指示を受け、必要事項を整理していく。

 やがて機内を見回し、低く通る声で告げる。

 「席を離れるな。触るな。今ここは空の上の犯罪現場だ。」

 客室乗務員がその言葉を繰り返し、乗客たちは静かに頷いた。

 この騒動で一番の功績を上げたのは、ペット専用キャビンから逃げ出したカピバラの「ナルト」君だった。ファーストクラスの飼い主の男に高く抱き上げられ、乗客全員の前で誇らしげに称えられた。「よくやった!ナルト君!ハイジャック犯を倒した大英雄だ!」

 ファーストクラスの乗客がナルト君に拍手と歓声を送った。

 俺と瑚依は指示に従い、席に戻った。ファーストクラスに着くと、多くの乗客が立ち上がり、俺たちに拍手を送ってきた。ハイジャック犯に立ち向かった勇気を称えてた。UFOマニアの山田がスマホで俺たちを撮り始めた。

 でも、拍手と歓声のほとんどは瑚依に向いてた。ビジネスクラスの乗客は、俺が荒井に脅されてるのと、瑚依が消火器で荒井を叩くとこしか見てねえ。その後、ファーストクラスやエコノミーに避難して、事件の全貌を知らなかった。松尾の協力で収束は隠され、荒井を撃ったのは松尾ってことにした。松尾がこっそり俺と発砲済みの拳銃を交換したんだ。

 視線が瑚依に移った。彼女の綺麗な顔は青白く、疲れが浮かんでた。宮崎真理絵がゆっくり近づき、温かい毛毯で瑚依を包み、細い体を優しく抱き寄せた。

 瑚依の頬に涙が一滴浮かんでた。宮崎が耳元で何か囁くと、瑚依は力を抜いて身を委ねた。

 その時、ギャレーのカーテンが開き、榊原さんが俺をこっそり呼んだ。仕方なく近づくと、彼女が2つのカップを渡してきた。見ると、ホカホカのホットココアだった。

 「え?」——俺が驚いた顔で彼女を見た。

 「すみません、これは浅羽さんのためじゃありません。」——榊原さんが微笑んだ。「小槻瑚依さんに渡してください。」

 「なんで俺が?自分で渡せばいいだろ。」

 「浅羽さん、あなたと彼女は一緒に危機を乗り越えた仲間です。この機会に、もっと絆を深めるのもいいんじゃないですか?」——榊原さんが口元を押さえ、ニコッと笑った。

 「……」——俺は2つのホットココアを見つめ、どう返せばいいか分からなかった。

 仕方なく、ホットココアを持って席に戻った。1つを自分のテーブルに置き、もう1つを瑚依の前にそっと置いた。

 瑚依が目を丸くして俺を見上げた。ファーストクラスの広い席のおかげで、隣の宮崎さんが何か分かったような、安堵の笑みを浮かべてた。

 「ほら。お前の分だ。」——俺が無表情で言った。「ゆっくり飲め。」

 「浅羽さん、瑚依から話を聞きました。」——宮崎さんが感謝の目で俺を見た。「私たちは口外しません。今日、二度も命を救ってくれて、本当にありがとう。」

 でも、宮崎が話し終わる前に、俺は席に戻ろうと体を動かした。

 「待って。」——瑚依が呼び止めた。声はまだ震えてて、弱々しかった。

 「……何か用か?」——振り返らずに答えた。

 「……あの時、なんであんなに怒ってたの?」——瑚依が数秒ためらって聞いた。「その男は確かに許せねえことした。でも、あなたはまるで…」

 「まるで奴を殺したいみたいだったってか?」——俺が言葉を遮った。

 「……うん。」——瑚依が静かに頷いた。

 「実際、奴はまだ生きてる。」——皮肉を込めて言った。「だから安心したろ?そんなクズでも心配するなんて、立派な優しさだな。見舞いに行ってみな。」

 「違う!心配してんのは奴じゃねえ!おっさんのことだよ!」——瑚依が即座に反論した。

 「俺が?」

 「空港でチンピラ二人をやっつけた時もそうだった。おっさんの腕前なら、もっと楽に片付けられたはずだろ……」——瑚依の声が焦ってた。何を言いたいのか、自分でも探してるみたいだった。

 「それがどうした?俺はお前にとっちゃ、ただの流れ者だ。飛行機降りたら、もう会うこともねえ。」——冷たく言った。「この悪夢みたいな日を忘れて、お前には——」

 「何でそれがいいことに繋がるんだよ!バカ!人間関係って、そんな簡単に切れるもんじゃねえ!年上なのに、それも分かんねえのか!?」——瑚依が声を震わせて遮った。

 「……」——俺は何も言わなかった。

 「瑚依……落ち着いて。」——宮崎が心配そうに宥めた。

 「おっさん、私、あなたが二度も助けてくれたこと、すげえ感謝してる。でも、殺人はダメだ。どんな理由があっても。人の命は、地球より重いはずだろ。」——瑚依が言った。

 その時、袖が引っ張られる感触があった。見ると、瑚依の細い手がそこにあった。

 「……勘違いすんな、小槻さん。俺はお前が思うようなまともな奴じゃねえ。」——瑚依の手をそっと払った。「自分のために、これからは俺に関わらない方が——」

 「ふざけんな!バカ!お前は!」——瑚依がまた遮り、叫んだ。声が乗客の視線を引きつけた。「誰にも誤解されて、誰からも嫌われて生きていける奴なんかいねえ!言葉に出さなきゃ、誰も本当のお前を分からねえよ!」

 「瑚依……」——宮崎が言葉に詰まった。

 「小槻さん。もう一度言う。」——俺が冷たく言った。「お前と俺はただの通りすがりだ。俺は元気だ、心配いらねえ。それで終わりだ。」

 そう言って、席に戻った。ファーストクラスの広い間隔のおかげで、瑚依の姿を視界から消せた。

 「そんな……」——瑚依の失望した声が仕切り越しに聞こえた。「浅羽隼人!アンタ、ガチでバカ!ドジっ子どころか宇宙級の大馬鹿!カピバラの足元にも及ばねーよ!もういい! アンタみたいなクソ拗らせ野郎、関わる価値ゼロ! バイバーイ!」

 罵声の後、瑚依が黙った。宮崎さんが静かに慰めてるようだった。でも、俺は目を閉じ、ホットココアを啜りながら、気にもしなかった。

 カピバラが俺より優れてるってのは、否定しねえ。

 あのふわふわした毛並みと愛らしい姿は、人間なんかよりよっぽど可愛い。

 ギャレーのカーテン越しに、榊原さんが眉をひそめて俺を見てた。「どうやったらそんなに拗らせるんだ?」って目で問いかけてるみたいだった。でも、数秒後にカーテンを引いた。乗客の囁き以外、キャビンは静けさに戻った。
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