「刀には竜、花は咲かず」~孤独なおっさん武術家と毒舌アイドルの異世界タッグ~

アサバハヤト

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第一章 竜の巻 ようこそ、異世界へ。

1-04 分不相応

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 俺はその皮肉を口に出さず、がっかりした顔をしている瑚依の肩を軽く叩き、意識を現実に引き戻した。
「まずは生き残るための物資を確保だ。そうしねえと、他の生存者を探すどころか、俺たち自身が先にくたばる」

 俺の言葉に、瑚依が目を見開いて声を上げた。
「そっか! カピバラに気を取られて、マっちゃん探すの忘れてた!」

 拳を握り、足を軽く踏み鳴らす瑚依。その無邪気さに、俺は心の中で宮崎さんへ一秒だけ黙祷を捧げてから、松尾に声をかけた。
「おい、松尾。お前も来るぞ」

「……もうモフモフは禁止だからな」
 椅子の影から、まだ恐怖が抜けきらない声が返ってくる。

「分かってるよ」
 俺は呆れたように息を吐いた。
「目の前には問題が山ほど積み上がってる。いい加減、馬鹿騒ぎは終わりだ」

 何度か保証してやって、ようやく松尾は椅子の後ろから這い出してきた。カピバラの姿のまま、丸い体をもぞもぞ揺らしながら、俺たちの後ろにつく。

 瑚依が前を歩き、俺は半歩遅れて背後を取る。
 その背中を見ていると、不意にKの面影が脳裏をかすめた。歩くたびに揺れる髪、首筋の線、細い肩――記憶の残滓が勝手に重なり、胸の奥が嫌な具合に軋む。

 次の瞬間、思考が滑った。
 
 俺の脳裏に、瑚依が衣を脱ぎ捨てた姿が浮かんだ。白い肌が炎の光に照らされ、彼女が俺に寄り添い、柔らかい唇が近づいてくる想像が止まらねえ。
 
 彼女の吐息が耳元で掠め、熱を帯びた声が俺の名を囁いた。
 
 「隼人……」彼女の細い腰が俺の上でしなやかに動き、肌が触れ合うたびに熱が込み上げてくる。俺の指先が彼女の背中を滑り、彼女が小さく体を震わせる姿が頭から離れねえ。
 
 触れてはいけないものに手を伸ばしそうになる衝動が、腹の底から這い上がってくる。

 ……チッ。

 視線が彼女の背中に縫い付けられた、その時。

「浅羽」
 松尾の低い声が飛んだ。

 俺ははっとして足を止める。

「何だよ……」
 首を振り、視線を逸らして誤魔化す。

「余計なこと考えるな」
 松尾が鼻を鳴らし、前足で地面を小さく叩いた。
「顔に全部出てるぞ」

 俺は深く息を吐いた。極限状態でオスが繁殖本能を刺激される――理屈じゃ分かってる。瑚依に分不相応な思いを抱いてるわけじゃねえ。
 
 だが、理屈で抑え切れるほど人間は出来ちゃいねえ。

「おい」
 俺は前を行く瑚依に声をかけた。
「女が一人で先頭歩くのは危ねえ。俺が前に出る」

 有無を言わさず追い越す。肩越しにちらりと見ると、汚れたコートの裾が揺れていた。

「どうしたの?」
 瑚依が首をかしげ、松尾に尋ねる。

「聞くな」
 松尾が鼻で短く息を吐く。
「男にも、面倒な感情を処理する時間が必要な時がある」

 飛行機の残骸は闇の中に無秩序に散らばっていた。
 焼けた金属は赤黒く変色し、暗闇の中で牙を剥く獣みたいに見える。瓦礫の間を縫うように歩き、生存者を探す。足元で金属片が転がり、煙が膝元を這った。

 散乱した荷物の中から、防寒になりそうな衣類をいくつか拾う。店を荒らした後みたいな有様だが、選り好みしてる余裕はねえ。瑚依はオーバーサイズのコートを羽織り、スカートの裾を隠した。

 俺は丈夫そうな登山用リュックを拾い上げた。
 
 昔から何となく気づいてたが、欧米人は長距離移動になると、スーツケースよりもこういう頑丈なリュックを選ぶことが多い。背負えて両手が空く。壊れにくく、雑に扱っても文句を言わねえ。
 それに比べて、日本人は日帰り仕事でもガラガラだ。文化の違いってやつだな。

 中身を確認し、パスポートや財布、航空券の控えといった、もう役に立たない紙切れや身分証を全部捨てる。
 とても残念だが――いや、正直言えば清々しい。入国審査もなけりゃ、申告書もいらねえ。

 空いたスペースに、機内食から確保した菓子、ボトルウォーター、トイレットペーパー、懐中電灯を放り込む。さらに、自動充填式の救命胴衣も押し込んだ。水辺に囲まれた土地かどうかも分からねえ世界だ。浮く手段は、持てるうちに持っておく。

 それに――酸素ボンベだ。

 民間機なら必ず積んである、細長い白い筒だ。座席列の上、天井パネルの中に格納されているか、非常用として壁面収納にまとめて設置されている。墜落の衝撃で外れ、瓦礫の隙間に転がっていた。

 もっとも、ここが地球と同じ大気組成とは限らねえ。だが、今のところ普通に呼吸できている。仮に違っても、使い道は呼吸だけじゃない。

 他にも非常用斧を一本。
 安全第一の民間機にあって、数少ない「見た目からして武器と分かる」代物だ。

 飛行機に限らず、スクラップ置き場ってのは、見方次第で宝物庫になる。自転車のパイプ、錆びた鉄片、潰れたアルミ缶――全部、使い道がある。

「浅羽のおっさんってさ、昔からそういうごみ集め好きなの?」
 後ろから瑚依の声。

「……さあなあ」
 松尾が間に割って入る。
「人の趣味に首突っ込むのはマナー違反だ、小娘」

 お前が一番失礼だ。

 説明している暇はねえ。
 それより、もっといい物を見つけた。

 発炎筒だ。赤い筒状の緊急保安用具。日本じゃ法律で車載が義務付けられている。擦って着火すれば、数分間、夜間でも二キロ先から見える赤い炎を吐く。
 火――サバイバルにおいて、これ以上信頼できる道具はねえ。

 ついでに油圧ジャッキも一基。
 軽く動作確認してみたが、問題なし。不幸中の幸い、とは言いたくねえが……使える。

 だが、心に一番でかい穴を開けたのは、宮崎さんの姿がどこにも見当たらなかったことだ。他の乗客も同じ。俺たち以外、全員が蒸発したみたいだった。

 瑚依は拳を握り、唇を結んだ。
「マっちゃん、絶対に見つける……」

 ……正直、俺も同じ気持ちだった。
「宮崎さん、生きていてくれ……」

 女の子と同じ屋根の下で生活するのは、もう十年以上ぶりだ。
 妹と一緒に暮らしていた頃を最後に、誰かと生活を共有すること自体がなかった。行動を共にすることはあっても、日常を分け合う距離にまで踏み込むことは、意識的に避けてきた。眉を寄せ、俺は小さく苦笑する。

 この状況で本当に二人きりだったら、さっきみたいにろくでもない妄想が、また顔を出すだろう。
 まあ、厳密には二人きりじゃないが――視線をやると、カピバラに変身した中年オヤジが、丸い体をもぞもぞ動かしていた。

 ……それから、女性用品も一応確保した。タンポンだ。
 荷物の中から見つけた。こんな状況でもなけりゃ、もう一生、必要だと感じることもない代物だろう。

「浅羽のオッサン、口は最悪だし顔も怖いけど……意外と優しいね」
 瑚依が小声で松尾に言う。

「フン」
 松尾が鼻を鳴らす。
「ひねくれ具合だけは、十年前から変わってねえ」

 ……もう勘弁してくれ。
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