「刀には竜、花は咲かず」~孤独なおっさん武術家と毒舌アイドルの異世界タッグ~

アサバハヤト

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第一章 竜の巻 ようこそ、異世界へ。

1-12 亡霊

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 制定居合の「三方切り」を基にした変化形を繰り出し、三人の敵をそれぞれ一振りで斬り伏せた。

 刀を軽く振ると、刃に残った血が重たい滴となって地面へ落ちる。

 外祖父の声が、ふいに頭を過った。

 「彦人よ。今やっているのは基礎だ。流派の名前なんぞ、今はない。欲しけりゃ、いずれ偉くなって、自分で作ればいい」

 笑いながら頭を撫でられた、その感触が胸の奥に刺さる。

 異世界の戦場で繰り出した一連の動きは、まるで舞うように淀みなく流れていた。

 血だまりが地面に広がり、重苦しい匂いが煙に混じって漂う。

 男たちは息絶え、地面に伏したまま動かない。
 それを確かめてから、俺は刀を鞘に納め、その場を離れ、再び闇夜の中へ身を溶かした。

 焼けた瓦礫の熱が足裏を炙り、夜風が煙を押し付ける。

 「何だ!? 何が起きた!?」

 遠くで盗賊たちのざわめきと怒鳴り声が闇を裂いた。
 ここまでやれば、気付かれない方が不自然だ。

 「何か動いたぞ!」

 その叫びに合わせ、俺は息を殺し、飛行機の翼の裏へ身を押し付けた。

 俺と松尾の連携は、ひとまずここまでだろう。

 心臓が胸を叩き、鼓動が耳元で轟音のように鳴る。

 目を細め、次の一手に思考を集中させた。

 深く息を吸い、完璧を求めるのをやめる。
 俺はただの人間だ。それでいい。今は、それで足りる。

 代わりに、別の違和感が頭を占めていた。

 普段から身体は鍛えている。
 だが、先ほどの跳躍と連続攻撃は、これまで経験したことのない精度と軽さだった。

 拾ったこの刀が優れた刀匠の作であるのは確かだ。
 それにしても、障子紙を裂くような感触で斬撃を通せる理由が説明できない。

 鋭い刃の軌跡、すれ違う風の音。
 それらが感覚を研ぎ澄まし、未踏の領域へ足を踏み入れさせている。

 この肉体は確かに俺のものだ。
 それでも、初めて触れる道具のような感覚が残る。

 死闘の最中、ときおり訪れる知覚の加速。
 それに似ているが、今回は質が違う。

 偶然や僥倖で片付けるには、出来すぎている。

 墜落以降、筋力、反射、動作精度、動体視力――戦闘に必要なすべてが、明らかに底上げされている。

 異世界の粒子か、環境か。
 原因は不明だが、変化が起きているのは確かだった。

 もっと掘り下げたい。
 だが今は、その余裕がない。

「おい、こっちだ! アリックス達がやられてる!」

 四方から声が木霊する。

 盗賊たちは、倒れた三人のもとへ一斉に駆け寄った。

 俺はクロスボウを構え、逃げ惑う一人の足元を狙ってボルトを放つ。

 矢は地面に突き刺さり、男が悲鳴を上げて跳ね退いた。
 その拍子に、ばら撒いたガラス玉を踏み、派手に転倒する。

 俺は翼の裏に身を伏せたまま、盗賊たちの動きを追った。

 「敵襲だ!」
 「誰だ、誰の仕業だ!」
 「俺にわかるかよ!」

 焦りと恐怖が混じった声が、夜風に乗って届く。

 「また血の臭いがする!」

 鼻をひくつかせた一人が叫んだ。

 混乱は、想像以上に早く広がっていた。

 「亡、亡霊だ……! 霊憑きの遺構から、怨霊がうろついてるんだ!」
 「馬鹿言うな!あいつらは遺跡から出てくることなんて、聞いたことねえぞ!」

 「退却だ! 全員下がれ! ここにいたら皆殺しだ!」

 若い盗賊が、震える声で叫ぶ。
 恐怖に飲まれながらも、彼は状況を理解していた。
 その判断が、さらに周囲の不安を煽る。

 俺は隠れたまま、その様子を冷静に見ていた。
 頭の中では、次の一手だけを組み立てている。
 猶予は、ほんのわずかだ。

 だが、その混乱の隙を突ける可能性はある。

 微かな希望が胸の奥に灯った、その直後。

 重い足音が、遠くから響いた。

 盗賊たちの動きが止まる。

 「走れ! 早く――」

 声が途切れた。

 若い男の頭部が、紙を切るように、滑らかに分断され、宙を舞った。

 ……六匹。

 闇の中に立つ影。
 盗賊団の首魁――そう呼ぶに相応しい存在が、圧倒的な威圧感で場を制圧した。

 振るわれた武器が夜気を裂き、血を帯びた刃が月光を反射する。

 一瞬の静寂。

 盗賊たちの表情が凍りついた。

 この場の混乱、その発端。
 すべては、この影に収束していた。
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