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第二章 竜の卷 脱出
2-29 戦士:浅羽隼人視点
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「生き返った――日本人には、やはりお風呂だ――」と、目の前のカピバラは「ふぅ~」と目を閉じ、肩?を小さく揺らした。両前足をモゾモゾと動かすと、体から「シュワ~!」と湯気が立ち上る。それは完全に、那須どうぶつ王国のCMで見た「冬の名物」そのものだった。
正直、俺も同感だった。裏社会の人間として、都市伝説の私刑屋「閻魔」として、幾多の戦いを潜り抜けてきた俺にとっても、今日はとんでもない一日だった。ハイジャック事件に続き黒竜が襲来し、墜落した飛行機の残骸の中では兄弟団との死闘が待っていた。銃弾に倒れたと思った次の瞬間には化け物と化して暴れ回り、どこからともなく現れた白竜に吹き飛ばされ、気がつけば見知らぬ洞窟の中。そこからは、きさらぎ駅だの血族だの……。あまりにも非日常的な出来事の連続に、現状を整理する間もなく、頭はパンク寸前だ。無意識に自分の腹を探ってみるが、弾痕一つなく、まるで幻か悪夢でも見ていたかのようだった。こんな非常時だからこそ、温かい湯に浸かれるのは本当にありがたい。
それに、瑚依やアルディアへのあの過剰な欲望はいったい何なのだろう? あの魔女が何か奇妙な術を使ったのかもしれないが、自分と一回り以上年の離れた瑚依に対し、抑えきれない衝動を覚えるのは、飛行機墜落後に現れた「もう一人の俺」の影響としか考えられない。今もなお、この体の中に「何か」が共存している。俺を化け物に変えてしまう、得体の知れない何かが……。その目的は一体何なのか? なぜ俺を選んだ? 単なる偶然とは思えない。他にも、ソウルストーン、空人ギルド、内戦、昇らない太陽、電気製品や地球の製品が流通している異世界の町……焦っても仕方ないとわかっていても、わからないことばかりだ。
そんなことを考えていると、いきなり「ごおおおおっ!」という轟音とともに、湯船から大量の水が溢れ出し、俺の思考は中断された。
見ると、バルンが湯船に入ってきたのだ。大きな体が湯に沈むと、お湯はみるみるうちに溢れ出し、床を濡らしていく。
「兄ちゃん、何に悩んでいるかは知らないが、お風呂はゆっくり休む場所だ。そんな辛気臭い顔はやめてくれよ。」バルンはそう言って、こちらを見ながらにっこりと笑った。
「無駄だ。昔からそうだ。人生の楽しみを知らないで、馬鹿みたいに突っ走るこいつに『少し休め』と言っても、『呼吸をするな』と言っているようなものさ。」松尾が仰向けに湯に漂いながら、横から口を挟む。
「温泉さえあれば生きていけるカピバラの生態に、完全にシンクロしているおっさんにだけは言われたくないね。」と、俺は冷静に反撃する。
「なんだと!?」松尾は目をカッと見開き、大げさに威嚇した。「40代か50代かは知らないが、結局お前もおっさんだろうが!?」
「黙れ、おっさん。行儀が悪いぞ、おっさん。」
「ハハハ。」バルンは俺たちのくだらない言い争いを面白そうに眺め、豪快に笑った。「本当に仲が良いな、お前たち。まるで昔のソルヴィとラグナルみたいだ。」
「誰だ、そりゃ?」松尾が尋ねた。
「ああ、昔、この町にいた若い衆だよ。ソルヴィは俺の甥でね、ラグナルは同じ町に住む、隣に住む伐採を生業とするエイナルの家族の者だった。」バルンは体を深く沈め、長い溜め息をついた。「一緒に育って、毎日一緒に遊んで、まるで実の兄弟のようだった。その後、内戦が勃発して、ソルヴィは帝国側、ラグナルは反帝国側についた。それ以来、二人は二度と会うことはなかった……悪い、昔の話だ。気にしないでくれ。」
温泉で人の体をじろじろ見るのはマナー違反だが、その話を聞きながら、俺はちらりとバルンの体を見た。それはまさに、鍛え上げられた筋肉の塊だった。
肩から腕にかけての筋肉は岩のように盛り上がり、胸板は鉄の盾のように分厚い。湯気の中で微かに光るその体には、戦場を駆け抜けた証である無数の傷跡が刻まれており、彼の強さを静かに物語っていた。バルンは、そんな体を誇示するように、湯船の中でゆったりと手足を伸ばし、湯に浸かりながらもその存在感は圧倒的だった。
「……ああ、こう見えても、若い頃は冒険者だったんだ。身を捧げるべき女神に出会ってね、おとなしく引退したんだ。」俺の視線に気づいたのだろう、バルンは歯を見せて笑った。すると、その笑顔はふと優しさを帯び、どこか遠くを見つめるような眼差しに変わった。
「まあ、冒険よりも大切なものを見つけたってわけさ。」と、少し照れくさそうに言いながらも、頬がほんのり赤く染まっているのが見えた。無骨な戦士の面影を残しつつも、愛する人への想いが彼を柔和にしているようだった。
「兄ちゃんこそ、いい体つきをしているじゃないか? 多くの空人を見てきたが、兄ちゃんみたいに全身に歴戦の勲章を刻んでいるやつは初めてだぜ。あの妙な技も、なかなか興味深い。」バルンはそっと話題を変え、俺を褒めてくれた。古い傷跡と八極拳のことだろうか、どうやらかなり気に入ったらしい。
その時、松尾はまるでジムで筋肉自慢の男たちが互いを褒め称え合う光景でも見たかのように、目を細めて「気持ち悪い」と言わんばかりの表情を浮かべた。短い前足を懸命に掻き、後ろ足をバタバタと動かしながら、湯船の中を泳ぎ始め、俺たちから距離を取ろうとする。その姿は、温泉を楽しむカピバラというより、溺れかけた小動物のようだった。
「だが、痩せすぎだ。戦士なら、もっとがっつり食え。」と、少し間を置いてから、彼は付け加えた。「アルカナ・アカデミーの連中みたいに、魔法のことばかり語る卑怯者になりたくなければ、食って、鍛錬して、寝る。それが重要だ。」
さすが異世界、魔法を研究する専門機関も存在するらしい。
正直、俺も同感だった。裏社会の人間として、都市伝説の私刑屋「閻魔」として、幾多の戦いを潜り抜けてきた俺にとっても、今日はとんでもない一日だった。ハイジャック事件に続き黒竜が襲来し、墜落した飛行機の残骸の中では兄弟団との死闘が待っていた。銃弾に倒れたと思った次の瞬間には化け物と化して暴れ回り、どこからともなく現れた白竜に吹き飛ばされ、気がつけば見知らぬ洞窟の中。そこからは、きさらぎ駅だの血族だの……。あまりにも非日常的な出来事の連続に、現状を整理する間もなく、頭はパンク寸前だ。無意識に自分の腹を探ってみるが、弾痕一つなく、まるで幻か悪夢でも見ていたかのようだった。こんな非常時だからこそ、温かい湯に浸かれるのは本当にありがたい。
それに、瑚依やアルディアへのあの過剰な欲望はいったい何なのだろう? あの魔女が何か奇妙な術を使ったのかもしれないが、自分と一回り以上年の離れた瑚依に対し、抑えきれない衝動を覚えるのは、飛行機墜落後に現れた「もう一人の俺」の影響としか考えられない。今もなお、この体の中に「何か」が共存している。俺を化け物に変えてしまう、得体の知れない何かが……。その目的は一体何なのか? なぜ俺を選んだ? 単なる偶然とは思えない。他にも、ソウルストーン、空人ギルド、内戦、昇らない太陽、電気製品や地球の製品が流通している異世界の町……焦っても仕方ないとわかっていても、わからないことばかりだ。
そんなことを考えていると、いきなり「ごおおおおっ!」という轟音とともに、湯船から大量の水が溢れ出し、俺の思考は中断された。
見ると、バルンが湯船に入ってきたのだ。大きな体が湯に沈むと、お湯はみるみるうちに溢れ出し、床を濡らしていく。
「兄ちゃん、何に悩んでいるかは知らないが、お風呂はゆっくり休む場所だ。そんな辛気臭い顔はやめてくれよ。」バルンはそう言って、こちらを見ながらにっこりと笑った。
「無駄だ。昔からそうだ。人生の楽しみを知らないで、馬鹿みたいに突っ走るこいつに『少し休め』と言っても、『呼吸をするな』と言っているようなものさ。」松尾が仰向けに湯に漂いながら、横から口を挟む。
「温泉さえあれば生きていけるカピバラの生態に、完全にシンクロしているおっさんにだけは言われたくないね。」と、俺は冷静に反撃する。
「なんだと!?」松尾は目をカッと見開き、大げさに威嚇した。「40代か50代かは知らないが、結局お前もおっさんだろうが!?」
「黙れ、おっさん。行儀が悪いぞ、おっさん。」
「ハハハ。」バルンは俺たちのくだらない言い争いを面白そうに眺め、豪快に笑った。「本当に仲が良いな、お前たち。まるで昔のソルヴィとラグナルみたいだ。」
「誰だ、そりゃ?」松尾が尋ねた。
「ああ、昔、この町にいた若い衆だよ。ソルヴィは俺の甥でね、ラグナルは同じ町に住む、隣に住む伐採を生業とするエイナルの家族の者だった。」バルンは体を深く沈め、長い溜め息をついた。「一緒に育って、毎日一緒に遊んで、まるで実の兄弟のようだった。その後、内戦が勃発して、ソルヴィは帝国側、ラグナルは反帝国側についた。それ以来、二人は二度と会うことはなかった……悪い、昔の話だ。気にしないでくれ。」
温泉で人の体をじろじろ見るのはマナー違反だが、その話を聞きながら、俺はちらりとバルンの体を見た。それはまさに、鍛え上げられた筋肉の塊だった。
肩から腕にかけての筋肉は岩のように盛り上がり、胸板は鉄の盾のように分厚い。湯気の中で微かに光るその体には、戦場を駆け抜けた証である無数の傷跡が刻まれており、彼の強さを静かに物語っていた。バルンは、そんな体を誇示するように、湯船の中でゆったりと手足を伸ばし、湯に浸かりながらもその存在感は圧倒的だった。
「……ああ、こう見えても、若い頃は冒険者だったんだ。身を捧げるべき女神に出会ってね、おとなしく引退したんだ。」俺の視線に気づいたのだろう、バルンは歯を見せて笑った。すると、その笑顔はふと優しさを帯び、どこか遠くを見つめるような眼差しに変わった。
「まあ、冒険よりも大切なものを見つけたってわけさ。」と、少し照れくさそうに言いながらも、頬がほんのり赤く染まっているのが見えた。無骨な戦士の面影を残しつつも、愛する人への想いが彼を柔和にしているようだった。
「兄ちゃんこそ、いい体つきをしているじゃないか? 多くの空人を見てきたが、兄ちゃんみたいに全身に歴戦の勲章を刻んでいるやつは初めてだぜ。あの妙な技も、なかなか興味深い。」バルンはそっと話題を変え、俺を褒めてくれた。古い傷跡と八極拳のことだろうか、どうやらかなり気に入ったらしい。
その時、松尾はまるでジムで筋肉自慢の男たちが互いを褒め称え合う光景でも見たかのように、目を細めて「気持ち悪い」と言わんばかりの表情を浮かべた。短い前足を懸命に掻き、後ろ足をバタバタと動かしながら、湯船の中を泳ぎ始め、俺たちから距離を取ろうとする。その姿は、温泉を楽しむカピバラというより、溺れかけた小動物のようだった。
「だが、痩せすぎだ。戦士なら、もっとがっつり食え。」と、少し間を置いてから、彼は付け加えた。「アルカナ・アカデミーの連中みたいに、魔法のことばかり語る卑怯者になりたくなければ、食って、鍛錬して、寝る。それが重要だ。」
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