「刀には竜、花は咲かず」~孤独なおっさん武術家と毒舌アイドルの異世界タッグ~

アサバハヤト

文字の大きさ
105 / 152
第二章 竜の卷 脱出

2-29 戦士:浅羽隼人視点

しおりを挟む
 「生き返った――日本人には、やはりお風呂だ――」と、目の前のカピバラは「ふぅ~」と目を閉じ、肩?を小さく揺らした。両前足をモゾモゾと動かすと、体から「シュワ~!」と湯気が立ち上る。それは完全に、那須どうぶつ王国のCMで見た「冬の名物」そのものだった。

 正直、俺も同感だった。裏社会の人間として、都市伝説の私刑屋「閻魔」として、幾多の戦いを潜り抜けてきた俺にとっても、今日はとんでもない一日だった。ハイジャック事件に続き黒竜が襲来し、墜落した飛行機の残骸の中では兄弟団との死闘が待っていた。銃弾に倒れたと思った次の瞬間には化け物と化して暴れ回り、どこからともなく現れた白竜に吹き飛ばされ、気がつけば見知らぬ洞窟の中。そこからは、きさらぎ駅だの血族だの……。あまりにも非日常的な出来事の連続に、現状を整理する間もなく、頭はパンク寸前だ。無意識に自分の腹を探ってみるが、弾痕一つなく、まるで幻か悪夢でも見ていたかのようだった。こんな非常時だからこそ、温かい湯に浸かれるのは本当にありがたい。
 
 それに、瑚依やアルディアへのあの過剰な欲望はいったい何なのだろう? あの魔女が何か奇妙な術を使ったのかもしれないが、自分と一回り以上年の離れた瑚依に対し、抑えきれない衝動を覚えるのは、飛行機墜落後に現れた「もう一人の俺」の影響としか考えられない。今もなお、この体の中に「何か」が共存している。俺を化け物に変えてしまう、得体の知れない何かが……。その目的は一体何なのか? なぜ俺を選んだ? 単なる偶然とは思えない。他にも、ソウルストーン、空人ギルド、内戦、昇らない太陽、電気製品や地球の製品が流通している異世界の町……焦っても仕方ないとわかっていても、わからないことばかりだ。

 そんなことを考えていると、いきなり「ごおおおおっ!」という轟音とともに、湯船から大量の水が溢れ出し、俺の思考は中断された。
 
 見ると、バルンが湯船に入ってきたのだ。大きな体が湯に沈むと、お湯はみるみるうちに溢れ出し、床を濡らしていく。

 「兄ちゃん、何に悩んでいるかは知らないが、お風呂はゆっくり休む場所だ。そんな辛気臭い顔はやめてくれよ。」バルンはそう言って、こちらを見ながらにっこりと笑った。

 「無駄だ。昔からそうだ。人生の楽しみを知らないで、馬鹿みたいに突っ走るこいつに『少し休め』と言っても、『呼吸をするな』と言っているようなものさ。」松尾が仰向けに湯に漂いながら、横から口を挟む。

 「温泉さえあれば生きていけるカピバラの生態に、完全にシンクロしているおっさんにだけは言われたくないね。」と、俺は冷静に反撃する。

 「なんだと!?」松尾は目をカッと見開き、大げさに威嚇した。「40代か50代かは知らないが、結局お前もおっさんだろうが!?」

 「黙れ、おっさん。行儀が悪いぞ、おっさん。」

 「ハハハ。」バルンは俺たちのくだらない言い争いを面白そうに眺め、豪快に笑った。「本当に仲が良いな、お前たち。まるで昔のソルヴィとラグナルみたいだ。」

 「誰だ、そりゃ?」松尾が尋ねた。

 「ああ、昔、この町にいた若い衆だよ。ソルヴィは俺の甥でね、ラグナルは同じ町に住む、隣に住む伐採を生業とするエイナルの家族の者だった。」バルンは体を深く沈め、長い溜め息をついた。「一緒に育って、毎日一緒に遊んで、まるで実の兄弟のようだった。その後、内戦が勃発して、ソルヴィは帝国側、ラグナルは反帝国側についた。それ以来、二人は二度と会うことはなかった……悪い、昔の話だ。気にしないでくれ。」
 
 温泉で人の体をじろじろ見るのはマナー違反だが、その話を聞きながら、俺はちらりとバルンの体を見た。それはまさに、鍛え上げられた筋肉の塊だった。
 
 肩から腕にかけての筋肉は岩のように盛り上がり、胸板は鉄の盾のように分厚い。湯気の中で微かに光るその体には、戦場を駆け抜けた証である無数の傷跡が刻まれており、彼の強さを静かに物語っていた。バルンは、そんな体を誇示するように、湯船の中でゆったりと手足を伸ばし、湯に浸かりながらもその存在感は圧倒的だった。

 「……ああ、こう見えても、若い頃は冒険者だったんだ。身を捧げるべき女神に出会ってね、おとなしく引退したんだ。」俺の視線に気づいたのだろう、バルンは歯を見せて笑った。すると、その笑顔はふと優しさを帯び、どこか遠くを見つめるような眼差しに変わった。

 「まあ、冒険よりも大切なものを見つけたってわけさ。」と、少し照れくさそうに言いながらも、頬がほんのり赤く染まっているのが見えた。無骨な戦士の面影を残しつつも、愛する人への想いが彼を柔和にしているようだった。

 「兄ちゃんこそ、いい体つきをしているじゃないか? 多くの空人を見てきたが、兄ちゃんみたいに全身に歴戦の勲章を刻んでいるやつは初めてだぜ。あの妙な技も、なかなか興味深い。」バルンはそっと話題を変え、俺を褒めてくれた。古い傷跡と八極拳のことだろうか、どうやらかなり気に入ったらしい。

 その時、松尾はまるでジムで筋肉自慢の男たちが互いを褒め称え合う光景でも見たかのように、目を細めて「気持ち悪い」と言わんばかりの表情を浮かべた。短い前足を懸命に掻き、後ろ足をバタバタと動かしながら、湯船の中を泳ぎ始め、俺たちから距離を取ろうとする。その姿は、温泉を楽しむカピバラというより、溺れかけた小動物のようだった。

 「だが、痩せすぎだ。戦士なら、もっとがっつり食え。」と、少し間を置いてから、彼は付け加えた。「アルカナ・アカデミーの連中みたいに、魔法のことばかり語る卑怯者になりたくなければ、食って、鍛錬して、寝る。それが重要だ。」
 
 さすが異世界、魔法を研究する専門機関も存在するらしい。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ダンジョン嫌いの元英雄は裏方仕事に徹したい ~うっかりA級攻略者をワンパンしたら、切り抜き動画が世界中に拡散されてしまった件~

厳座励主(ごんざれす)
ファンタジー
「英雄なんて、もう二度とごめんだ」 ダンジョン出現から10年。 攻略が『配信』という娯楽に形を変えた現代。 かつて日本を救った伝説の英雄は、ある事情から表舞台を去り、ダンジョン攻略支援用AI『アリス』の開発に没頭する裏方へと転身していた。 ダンジョンも、配信も、そして英雄と呼ばれることも。 すべてを忌み嫌う彼は、裏方に徹してその生涯を終える……はずだった。 アリスの試験運用中に遭遇した、迷惑系配信者の暴挙。 少女を救うために放った一撃が、あろうことか世界中にライブ配信されてしまう。 その結果―― 「――ダンジョン嫌いニキ、強すぎるだろ!!」 意図せず爆増するファン、殺到するスポンサー。 静寂を望む願いをよそに、世界は彼を再び『英雄』の座へと引きずり戻していく。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

【完結】スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜

かの
ファンタジー
 世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。  スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。  偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。  スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!  冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!

断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜

深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。 処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。 なぜなら彼女は―― 前世で“トップインフルエンサー”だったから。 処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。 空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。 タイトルは―― 『断罪なう』。 王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。 すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、 国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。 そして宣言される、前代未聞のルール。 支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。 処刑台は舞台へ。 断罪はエンタメへ。 悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。 これは、 処刑されるはずだった悪役令嬢が、 “ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。 支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、 それとも――自由か。

修復スキルで無限魔法!?

lion
ファンタジー
死んで転生、よくある話。でももらったスキルがいまいち微妙……。それなら工夫してなんとかするしかないじゃない!

軽トラの荷台にダンジョンができました★車ごと【非破壊オブジェクト化】して移動要塞になったので快適探索者生活を始めたいと思います

こげ丸
ファンタジー
===運べるプライベートダンジョンで自由気ままな快適最強探索者生活!=== ダンジョンが出来て三〇年。平凡なエンジニアとして過ごしていた主人公だが、ある日突然軽トラの荷台にダンジョンゲートが発生したことをきっかけに、遅咲きながら探索者デビューすることを決意する。 でも別に最強なんて目指さない。 それなりに強くなって、それなりに稼げるようになれれば十分と思っていたのだが……。 フィールドボス化した愛犬(パグ)に非破壊オブジェクト化して移動要塞と化した軽トラ。ユニークスキル「ダンジョンアドミニストレーター」を得てダンジョンの管理者となった主人公が「それなり」ですむわけがなかった。 これは、プライベートダンジョンを利用した快適生活を送りつつ、最強探索者へと駆け上がっていく一人と一匹……とその他大勢の配下たちの物語。

異世界へ行って帰って来た

バルサック
ファンタジー
ダンジョンの出現した日本で、じいさんの形見となった指輪で異世界へ行ってしまった。 そして帰って来た。2つの世界を往来できる力で様々な体験をする神須勇だった。

おっさん冒険者のおいしいダンジョン攻略

神崎あら
ファンタジー
冒険者歴20年以上のおっさんは、若い冒険者達のように地位や権威を得るためにダンジョンには行かない。 そう、おっさんは生活のためにダンジョンに行く。 これはそんなおっさんの冒険者ライフを描いた生活記である。

処理中です...