「刀には竜、花は咲かず」~孤独なおっさん武術家と毒舌アイドルの異世界タッグ~

アサバハヤト

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第三章 花の卷 嵐の前の静けさ

3-03 剣幕

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 騒がしい言い争いが最高潮に達したのを見計らって、俺は新久と瑚依に目配せをした。松尾は、既に引き戸の隙間から熱心に中を覗いている。

 俺が引き戸を開け、店内に足を踏み入れた瞬間、熱のこもった声が飛び込んできた。

 「しかし、兄さん! 何か手を打たなければ!」

 凍てつくような外の空気から一転、店内は暖炉の柔らかな熱気に包まれ、鼻腔をくすぐる様々な匂いが渾然一体となって押し寄せてきた。古木の香ばしさ、乾いたハーブの清涼感、微かに香るインクの匂い、そして蜜蝋を溶かしたような甘い香り……それらが混ざり合い、独特の、しかしどこか懐かしい空気を作り出している。

 足を踏み入れた土間は、磨き込まれたであろう古レンガが敷き詰められ、使い込まれた年季を感じさせる。頭上には、煤けた梁がむき出しになった高い天井が広がり、そこから吊り下げられた鉄製のオイルランプが、揺らめく温かい光を店内に投げかけている。壁は、時を経た黄味がかった漆喰で塗られ、剥がれかけた箇所からは下地の木材が覗いている。店内は、所狭しと木製の棚や什器が配置され、まるで迷路のようだ。通路は狭く、積み上げられた商品が視界を遮る。右手の壁際には、天井まで届く背の高い本棚が据え付けられ、革装の古書や羊皮紙の巻物がぎっしりと並んでいる。書棚の合間には、試験管のようなガラス瓶に入った色とりどりの液体や、乾燥させた花や葉が飾られている。左手には、湾曲したカウンターが置かれ、使い込まれた木の表面は滑らかに光沢を帯びている。カウンターの上には、真鍮製の天秤や古びた算盤、羽ペンとインク壺などが無造作に置かれている。カウンターの奥には、様々なサイズの木箱や瓶が積み上げられ、その中身は想像力を掻き立てる。中央には、大小様々な木製のテーブルが置かれ、その上には所狭しと商品が並べられている。磨かれた鉱石や宝石類が光を反射し、奇妙な意匠が施された装飾品が目を引く。使い込まれた革製品、精巧な作りの木工品、異国の文字が書かれた巻物、そして、この世界特有の動植物を模したと思われる置物など、多種多様な品々が、訪れる者の好奇心を刺激する。壁には、剥製になった奇妙な生物や、古びた世界地図、そして、月の満ち欠けを描いたと思われる手描きの図などが飾られている。床には、毛足の短い織物や、動物の毛皮が敷かれ、ひんやりとした足元に温かさを添えている。

 そして、店の奥には、暖炉の赤々とした炎が見える。パチパチと薪が爆ぜる音が、店内の喧騒をかき消すように響いている。全体的に、雑多でありながらも、店主の趣味と長年の歴史が感じられる、温かみのある空間だった。外の雪景色とは隔絶された、秘密めいた宝物庫のような雰囲気と言えるだろう。
 
 カウンターの奥に、黒曜石のような深い光沢をたたえた、豊かな黒に近い茶色の髪が、束ねられながらも幾筋かこぼれ落ち、その白い首筋を飾っている。彫りの深い顔立ちには、憂いを帯びた大きな瞳が印象的だ。アーモンドのような形の瞳は、知的な輝きを湛え、見つめる者を惹き込む力を持つ。高い鼻梁は、彼女の意志の強さを物語り、薄く引き結ばれた唇は、内に秘めた決意を感じさせる。顎のラインはすっきりと美しく、その輪郭は、どこか毅然とした雰囲気を漂わせている。レイチェル・ワイズが『ハムナプトラ』で演じたエヴリンを彷彿とさせる、知性と美貌が絶妙に調和した顔立ちだ。なるほど、これはただの泥棒騒ぎに留まらない、複雑な人間関係が絡み合った修羅場になるわけだ。

 「じゃ、この俺が、この状況を打開してみせる!」

 先ほどから声が聞こえていた若い男の一人が、やや粗野な印象の、筋肉質でがっしりとした体格をしていた。短く刈り込んだ髪は精悍さを強調し、日焼け色の肌と、自信ありげに吊り上がった眉が、血気盛んな若者であることを物語っている。彼は、鍛えられた腕で自分の胸を叩き、勇ましいところを見せようとしている。

 「黙れ、レオ! こんな時こそ、俺がシーリスを守るんだ!」

 もう一人の若い男が、負けじと主張する。金色の髪と背中に背負ったリュートに見覚えがあった。初めてこの町に来た時、空に墜落した飛行機と白竜を目撃した老女に呆れていた、あの金髪の男だ。まさか、こんな形で再会するとはな。

 「冒険騒ぎはご免だと、さっきも言ったばかりだ! 泥棒追いかけなんて、まっぴらごめんだ!」

 店の奥に立つ、疲れた表情の中年の男――トルヴァルドだろう――が、やつれた頬に無精髭を蓄え、くたびれた様子の革のエプロンを身につけ、頭を抱えて叫んだ。



 「じゃどうしろというの? このまま店泥棒に骨まで食らい尽くす気? いい案があれば、出してみなさいよ!」

 シーリスが、強い口調で兄に詰め寄る。

 「だから、この話はもう終わりだと言っている!」

 トルヴァルドはそう言って、ようやく俺たちの存在に気づいた。「おっと、お客さんだったな。騒がしいところを見せて、すまなかった。」

 レオが鋭い視線を向けてきた。「お前ら、一体何者だ? こんな騒ぎの最中に、何の用があって来たんだ?」

 リュートを背負った男――オーラヴ――も警戒の色を露わにする。「まさか、この店の泥棒仲間じゃないだろうな?」

 レオがさらに畳み掛ける。「用がないなら出ていけ! 今身内が大変で忙しいんだ!」

 トルヴァルドは二人を睨みつけた。「身内にした覚えもねぇ! 出ていくのはお前ら二人だ! 今すぐ!」

 レオとオーラヴは、露骨に不満そうな顔になったが、トルヴァルドの剣幕に押され、渋々といった様子で動き出した。オーラヴが店の出口に向かう際、わざとらしく俺の肩にぶつかってきた。しかし、こういうチンピラの挑発行為には慣れている。俺は最小限の動きでそれを避け、すれ違いざまに彼の足の指を故意に踏んだ。

 「ぐえっ!」

 オーラヴは勢いよく体勢を崩し、うず伏せになったまま、店の外の雪地に顔を突っ込むように転んだ。レオはそれを見て、堪えきれずに吹き出した。

 「てめえ! 覚えてろよ!」オーラヴは顔を真っ赤にして吠え、雪まみれの顔を上げた。

 「ふん、情けない、負け犬みたいだな」レオはそう言い捨て、引き戸を締めた。

 外ではまだ、オーラヴの喚き声と、レオの嘲笑が聞こえているようだが、次第に遠ざかっていく。

 店の中には、気まずい沈黙が流れていた。トルヴァルドとシーリスは、俺たちを訝しげに見つめている。
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