「刀には竜、花は咲かず」~孤独なおっさん武術家と毒舌アイドルの異世界タッグ~

アサバハヤト

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第三章 花の卷 嵐の前の静けさ

3-14 呼び捨て

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 埃っぽい雑物部屋から出ると、すぐ目の前にカウンターがあった。新久がその前に立ち、こちらに柔らかな笑みを向けている。その奥、カウンターの裏では店長のトルヴァルドが黙々と作業を続けていた。商品の陳列ケースのガラス面に息を吹きかけ、布で拭き取り、棚の埃も丁寧に払っている。相当集中しているのか、こちらに気づく様子はまるでなかった。

 「ようこそ戻りました」

 俺は手にしたベルトの金具を少しだけ締め直しながら、短く応じた。

 「待たせたな」

 新久は目元を緩め、冗談めかす。

 「似合ってるじゃない。だんだん異世界の冒険者っぽくなってきたね」

 「だとよ、浅羽」と、横にいた松尾がうんうんと頷く。「ズボンを逆に履かないように、俺がちゃんと見てやったぜ、感謝しろよ」

 「そうだな。カピバラみたいに裸で走り回っても、公序良俗に反しないもんな」

 「羨ましいなら、体交換するか?」

 そんな軽口の応酬に、新久がくすっと笑った。

 「仲良いわね、あなたたち」

 俺も松尾も、鼻で笑って返しただけだったが……内心、否定しきれない何かがあった。ここは異世界で、まともに顔を知ってる人間なんて、指で数えるほどしかいない。よほどの敵対関係でもない限り、自然と距離は近くなる。たとえ普段は、喧嘩腰でやり合っていたとしても。

 そんな空気を破るように、階段の上から足音が響いた。

 靴音は二人分。片方はリズムが整っていて、もう片方はやや控えめなテンポで降りてくる。

 見上げると、シーリスが一歩先に立ち、その後ろにいる瑚依の手を取っていた。彼女は明らかに、少し緊張しているようだった。身を縮めるように肩をすくめ、階段を降りるたびに、その短い脚で一段一段確かめるように踏み下ろしてくる。

 その装いは、初めて見るものだった。

 深緑のショートマントが肩を包み、控えめに光る留め具が胸元で彼女の小柄な体をまとめていた。下には赤褐色のスカートと黒いレザーのコルセットが重ねられ、戦うための機能性と女の子らしさを両立させている。肘上までを白い布が包み、手首までぴったりのグローブ。脚はロングブーツとレギンスで膝上までしっかり守られているはずなのに、その組み合わせが逆に、ニーハイのような妙な色気を生んでいた。ほんの少しだけ露出した、首筋と二の腕の白い肌。シルクのように滑らかな黒髪は丁寧に整えられ、肩から背中にかけて自然に流れている。

 防具としての実用性は確かにあるのだろう。けれど、それ以上に、どこか「見せること」を意識したような、少女らしい美意識が感じられた。慎み深いはずの中世風の装いなのに、妙に洒落ていて、可愛い。

 ——この格好でコミケとか秋葉原歩いたら、たぶんカメラ構えた連中に囲まれて即炎上だな。

 そんな俗な妄想をしてしまった自分を、心の中でぶん殴りたくなった。

 頭にはクラシカルな三角帽。深緑の亜麻布に革の裏地、縁が片方だけ金属ボタンで折り返され、そこに茶色い小さな羽根飾り。まるで昔の英雄譚に出てくる義賊、ロビン・フッドのようだった。

 けれどその帽子が、彼女に妙に似合っていた。



 清楚で、どこか幻想的な雰囲気さえ漂わせている。クラシックファンタジーに出てくるハイエルフの美女、みたいに——いや、本人が実際に弓を使えるかどうかは知らないが、口撃なら百発百中だろう。毒舌マシンガンで。

 「み、皆、待った……どう、かな?」

 彼女は小さな声で、俺たちの前に立った。帽子のつばを下げて目元を隠し、少しだけ俯いている。

 目測で150センチほど。俺と比べれば頭ひとつ半は違う。そのせいで、帽子の影に顔の半分が隠れてしまっていた。けれど、直感的に思った。今、彼女の顔は赤くなっている。

 俺はどう答えたらいいか分からず、思わず左右を見回す。新久が目配せして、口の動きだけで「早く褒めなさい」と促してくる。

 「……お、おう。似合ってるな。よかったじゃん……」

 口に出してから、自分でも貧弱な言葉だと思った。

 昔の記憶が脳裏を過った。妹の梨華に、誕生日プレゼントでゴスロリのドレスを贈ったときのこと。あの時はもっと素直に、「お前、可愛いじゃねえか」くらい言えていた。リビングでくるくる回って喜んでいたっけな。

 考えてみれば、人を褒めるなんて、どれくらいしていなかっただろうか。

 「浅……隼人も……かっこいいよ……」

 小さな声が聞こえた。

 え?

 思わず、耳を疑った。

 今、こいつ……初めて俺のことを、名前で呼び捨てにしたんじゃないか?

 いつから? 俺はいつから、こいつにとって「呼び捨てしていい距離」の人間になった?

 まだ、知り合って一日とちょっとだろ。異世界に来てからは、生き延びることばかりで、時間の感覚がもう滅茶苦茶だ。でも、それでも——

 「……そうか」

 どうにか絞り出した言葉は、それだけだった。

 シーリスと新久がニコニコとこちらを見守っている。一方で、松尾はカピバラの顔をこちらに向け、目を細めて呆れたような表情を浮かべていた。まるで「こっちみるな、鈍感野郎」とでも言いたげに。

 (……ったく、何だってんだ)

 俺は帽子の縁に手をやる瑚依の手元に目をやった。そこには、俺が選んだ護身用の短刀が、鞘ごとしっかりと握られていた。

 胸の奥が、ほんの少しだけ温かくなる——いや、違う。これはむしろ、居心地が悪い。ああ、なんだろう、この感覚。たまらなく、この場から逃げ出したくなるような……。

 そして、後からトルヴァルドの声がした。

 いつの間に作業を放り出していたのか、カウンター越しにこちらを眺めながら、拳を顎に当てていた。

 「うん、やっぱり我が妹が最高な美人だな……」

 小さく、陶酔したような声で呟く。

 おい、どっち見てんだよ。シスコンか、お前は──と、心の中でツッコんでおいた。
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