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第四章 刀の卷 氷面下の駆け引き
4-03 深夜中の死闘、その一
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正直言って――今の状況、どう見ても圧倒的に不利だ。
まず、体格差だ。
高身長の相手は、それだけで攻撃範囲が長い。“一寸の長さは一寸の強さ”って言葉があるだろ。こっちが踏み込まなきゃ届かない距離でも、あいつにとっては腕一本で済む話ってわけだ。
次に、耐久力。
見た目で分かる。筋肉の厚みも、身に纏ってる防具も、全部あいつのほうが格上。俺の軽装なんて、どっちかといえば打たれ強さより寒さ対策の役割のほうが大きい。
最後に――武器の相性が最悪だ。
俺の和泉守兼定は、斬撃や刺突に特化した刀だ。正確な刃筋と間合いの読み合いが求められる、繊細な武器だ。
それに対してあの男の得物は、ただの鉄の塊。重くて鈍い、技も美学もあったもんじゃねぇ、殺すためだけの鉄棒だ。
たとえ技も何もなくても、振り回すだけで殺傷力は致命的。
正面から一撃もらえば――そうだな、和泉守兼定どころか、“天下五剣”の三日月宗近だって、一発で鉄くずにされかねねぇ。
……賭けるしかねぇな。
俺は、腰の刀をすっと抜いて、あえて逆方向――松尾に向けて、軽く放り投げた。
「……おい!?」
松尾は瞬時に理解したらしく、なんの迷いもなく跳び上がり――大きく口を開けてキャッチ。
次の瞬間、「ガッ」と地面に落として吐き出すと、こっちに向かって怒鳴った。
「おいコラァ!!浅羽!!お前、俺のこと本気で飼い犬かなんかだと思ってんのか!??このクソ野郎ッ!!」
……計算通りの反応だ。
目の前の巨漢は、その様子を狐につままれたように横目で見てから――何かに納得したように、歯をむき出しにしてにやりと笑った。
そいつは無造作に右手を振って、得物だった鉄棒を雪の上に放り捨てた。
――ドスン。雪が爆ぜて、地面が鳴った。
両腕を胸の前で組むように上げ、――いかにも素人の、それでもやる気だけはある“喧嘩スタイル”で構える。
やはり、思った通りだ。
単純な奴だ。頭より筋肉で物を考えるタイプ。
素手なら……まだ不利には違いないが、差はいくらか縮まる。
さて――やるか。
――そう思った矢先だった。
相手は――もはや人間じゃなかった。ヒグマじみた怒号を上げ、まっすぐ突進してきた。
その両腕は、もはや金属バット級の破壊力を誇る筋肉の塊。俺に向かって、左右から大きく腕を振り抜いてくる――いわゆる“大振り”のパンチだったが、その質量は洒落にならない。
俺は、ボクシングで培った細かいフットワークとスウェーで、ギリギリのタイミングで左右に身をかわす。
が、その直後、目の前に一直線の拳――ストレートが飛んできた。
「っ……!」
肩をひねって紙一重でかわす。だが、その拳は俺の背後の太い木柱に直撃。
ゴンッ――という衝撃音とともに、拳の跡そのままに、柱に大きな穴が空いていた。
……これが、技術も構えもない、ただの野獣の暴力か。
動きに無駄は多い。溜めのモーションも、まるで初心者向け教材のようにわかりやすい。
けれど――それでも一撃喰らえば、俺の頭なんざ吹っ飛んでるのは確実だった。
だが、相手の攻撃は、止まらない。
休むことなく、鋼鉄のフックのような十本の指が、俺の上着の襟元を捕まえた。
「――ッ!」
そのまま、俺の体はまるでバーベルみたいに、軽々と持ち上げられた。
背を下にして、空中高く放り投げられ――
「……っのやろッ!」
着地寸前、俺は体幹を捻り、腰を鋭く回転させて受け身を横回転で取る。
雪を滑るようにして距離を取り――直後、地面に響く轟音。
相手は、俺が落ちるはずだった地面に、躊躇なく踵を叩きつけてきた。
『なんでそこにいねぇんだ?』って顔で、困惑した目を向けてきた。
踏み抜かれた雪の地面には、深く大きな足跡。
もし、あのまま喰らっていたら、骨ごと粉砕されていたに違いない。
開戦前に叩き伏せた三人のチンピラたちは、ようやく身を起こした――が、戦場から目を離せず、壁際に縮こまっていた。
逃げることすら頭から吹き飛んでいるようだった。
俺は地面を両手で押さえ、跳ね起きた。だがその瞬間、もう巨漢は目の前にいた。
――速いッ!
大きな身体からは想像もつかない速度で間合いを詰めてきたと思ったら、再び片手で俺の身体をつかみ上げた。
今度も首を締められることはなかったが、それでも、まるで雛鳥のように軽々と持ち上げられた。
投げられる。そう直感した俺は、即座に相手の親指を両手でこじ開けるようにねじりながら、
両足を素早く相手の腕に絡め、肘関節を支点にして体重を乗せて捻り込んだ。
――関節技だ。
ブラジリアン柔術と中国武術の擒拿術を組み合わせた応用技。
不安定な体勢ながらも、俺の全体重を乗せて肘を極めれば、相手は痛みで反射的に手を離すはずだ――
「ぐおっ……!」
案の定、巨漢の顔が歪み、手が緩んだ。
そのまま、前のめりに顔面から雪地に突っ伏す。
俺は回転するように地に降り立ち、着地と同時に後退して距離を取った。
無理な追撃はしない。
かつて幾度も死線を越える中で、俺が身をもって学んだことがある。
――恐怖も、臆病さも、すべては「生き残るために必要な感覚」だということ。
その感覚があったからこそ、俺は今まで、死なずにここに立っている。
雪の上に突っ伏していたはずの巨漢が、地面に手をつきながら「へへへ……」と気味の悪い笑い声を漏らした。
そのまま、ぐぐっと身体を起こして立ち上がる。
表面は泥と雪にまみれていても、まるで何のダメージも受けていないかのような立ち上がり方だった。
――まるで化け物だ。
思い出すのは、かつて地下闘技場リングで戦った“怪獣”と名乗るデカブツとの死闘だ。
だが、あれにはルールがあり、レフェリーがいた。試合終了のゴングもあった。
今は違う。ここには誰もいない。ただ、俺と、目の前の猛獣がいるだけ。
これは試合じゃない。命の取り合いだ。
最後まで立っている方だけが、生きて帰れる――
それが今、目の前で始まっている現実だった。
まず、体格差だ。
高身長の相手は、それだけで攻撃範囲が長い。“一寸の長さは一寸の強さ”って言葉があるだろ。こっちが踏み込まなきゃ届かない距離でも、あいつにとっては腕一本で済む話ってわけだ。
次に、耐久力。
見た目で分かる。筋肉の厚みも、身に纏ってる防具も、全部あいつのほうが格上。俺の軽装なんて、どっちかといえば打たれ強さより寒さ対策の役割のほうが大きい。
最後に――武器の相性が最悪だ。
俺の和泉守兼定は、斬撃や刺突に特化した刀だ。正確な刃筋と間合いの読み合いが求められる、繊細な武器だ。
それに対してあの男の得物は、ただの鉄の塊。重くて鈍い、技も美学もあったもんじゃねぇ、殺すためだけの鉄棒だ。
たとえ技も何もなくても、振り回すだけで殺傷力は致命的。
正面から一撃もらえば――そうだな、和泉守兼定どころか、“天下五剣”の三日月宗近だって、一発で鉄くずにされかねねぇ。
……賭けるしかねぇな。
俺は、腰の刀をすっと抜いて、あえて逆方向――松尾に向けて、軽く放り投げた。
「……おい!?」
松尾は瞬時に理解したらしく、なんの迷いもなく跳び上がり――大きく口を開けてキャッチ。
次の瞬間、「ガッ」と地面に落として吐き出すと、こっちに向かって怒鳴った。
「おいコラァ!!浅羽!!お前、俺のこと本気で飼い犬かなんかだと思ってんのか!??このクソ野郎ッ!!」
……計算通りの反応だ。
目の前の巨漢は、その様子を狐につままれたように横目で見てから――何かに納得したように、歯をむき出しにしてにやりと笑った。
そいつは無造作に右手を振って、得物だった鉄棒を雪の上に放り捨てた。
――ドスン。雪が爆ぜて、地面が鳴った。
両腕を胸の前で組むように上げ、――いかにも素人の、それでもやる気だけはある“喧嘩スタイル”で構える。
やはり、思った通りだ。
単純な奴だ。頭より筋肉で物を考えるタイプ。
素手なら……まだ不利には違いないが、差はいくらか縮まる。
さて――やるか。
――そう思った矢先だった。
相手は――もはや人間じゃなかった。ヒグマじみた怒号を上げ、まっすぐ突進してきた。
その両腕は、もはや金属バット級の破壊力を誇る筋肉の塊。俺に向かって、左右から大きく腕を振り抜いてくる――いわゆる“大振り”のパンチだったが、その質量は洒落にならない。
俺は、ボクシングで培った細かいフットワークとスウェーで、ギリギリのタイミングで左右に身をかわす。
が、その直後、目の前に一直線の拳――ストレートが飛んできた。
「っ……!」
肩をひねって紙一重でかわす。だが、その拳は俺の背後の太い木柱に直撃。
ゴンッ――という衝撃音とともに、拳の跡そのままに、柱に大きな穴が空いていた。
……これが、技術も構えもない、ただの野獣の暴力か。
動きに無駄は多い。溜めのモーションも、まるで初心者向け教材のようにわかりやすい。
けれど――それでも一撃喰らえば、俺の頭なんざ吹っ飛んでるのは確実だった。
だが、相手の攻撃は、止まらない。
休むことなく、鋼鉄のフックのような十本の指が、俺の上着の襟元を捕まえた。
「――ッ!」
そのまま、俺の体はまるでバーベルみたいに、軽々と持ち上げられた。
背を下にして、空中高く放り投げられ――
「……っのやろッ!」
着地寸前、俺は体幹を捻り、腰を鋭く回転させて受け身を横回転で取る。
雪を滑るようにして距離を取り――直後、地面に響く轟音。
相手は、俺が落ちるはずだった地面に、躊躇なく踵を叩きつけてきた。
『なんでそこにいねぇんだ?』って顔で、困惑した目を向けてきた。
踏み抜かれた雪の地面には、深く大きな足跡。
もし、あのまま喰らっていたら、骨ごと粉砕されていたに違いない。
開戦前に叩き伏せた三人のチンピラたちは、ようやく身を起こした――が、戦場から目を離せず、壁際に縮こまっていた。
逃げることすら頭から吹き飛んでいるようだった。
俺は地面を両手で押さえ、跳ね起きた。だがその瞬間、もう巨漢は目の前にいた。
――速いッ!
大きな身体からは想像もつかない速度で間合いを詰めてきたと思ったら、再び片手で俺の身体をつかみ上げた。
今度も首を締められることはなかったが、それでも、まるで雛鳥のように軽々と持ち上げられた。
投げられる。そう直感した俺は、即座に相手の親指を両手でこじ開けるようにねじりながら、
両足を素早く相手の腕に絡め、肘関節を支点にして体重を乗せて捻り込んだ。
――関節技だ。
ブラジリアン柔術と中国武術の擒拿術を組み合わせた応用技。
不安定な体勢ながらも、俺の全体重を乗せて肘を極めれば、相手は痛みで反射的に手を離すはずだ――
「ぐおっ……!」
案の定、巨漢の顔が歪み、手が緩んだ。
そのまま、前のめりに顔面から雪地に突っ伏す。
俺は回転するように地に降り立ち、着地と同時に後退して距離を取った。
無理な追撃はしない。
かつて幾度も死線を越える中で、俺が身をもって学んだことがある。
――恐怖も、臆病さも、すべては「生き残るために必要な感覚」だということ。
その感覚があったからこそ、俺は今まで、死なずにここに立っている。
雪の上に突っ伏していたはずの巨漢が、地面に手をつきながら「へへへ……」と気味の悪い笑い声を漏らした。
そのまま、ぐぐっと身体を起こして立ち上がる。
表面は泥と雪にまみれていても、まるで何のダメージも受けていないかのような立ち上がり方だった。
――まるで化け物だ。
思い出すのは、かつて地下闘技場リングで戦った“怪獣”と名乗るデカブツとの死闘だ。
だが、あれにはルールがあり、レフェリーがいた。試合終了のゴングもあった。
今は違う。ここには誰もいない。ただ、俺と、目の前の猛獣がいるだけ。
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