「刀には竜、花は咲かず」~孤独なおっさん武術家と毒舌アイドルの異世界タッグ~

アサバハヤト

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第四章 刀の卷 氷面下の駆け引き

4-08 光学迷彩

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 案の定、妖しい金色の光に包まれながら、巨漢はまたもゆっくりと立ち上がってきた。
 全身に刺さった極細の針を片手で次々と引き抜きながら、困惑したような表情でテイザー銃を構える新久を見つめている。

 「空人の……女……なぜ、オレを……止める。……おまえ、オレと、子作り……したいのか?」

 「ハァァァ!? ちょっと待って、ナニこの脳ミソ腐った超汚えデカブツ!? 和歌子姉さんをどこ見てそんなゲスい妄想してんの!? いや、マジでアンタの下半身、ゴミ焼却炉にぶち込んで地球ごと消毒したほうが宇宙の平和に貢献するんだけど!? てかさ、アンタのその子作りトーク、どの層に需要あんの? ハエすら逃げ出すキモさで、子作り以前に子孫絶滅確定じゃん! ほんと、生きてるだけでこの世界の汚染レベル爆上げしてる自覚あんの? クソザコオーガ、さっさと土に還れよ!」
 
 瑚依が目を剥いて絶叫。完全にギャル毒舌モードが全開だ。彼女の声が雪原に響き渡り、巨漢の顔が一瞬で「???」とフリーズ。どうやら、罵倒のスピードと内容についていけてないらしい。

 どうやらこのバカでかい奴の脳ミソでは、「男=敵かエサ」、「女=生殖か性欲処理」っていう、ものすごくシンプルで最低な認識しかないらしい。

 ……なんてこった。

 俺はその間に、痛む右腕を押さえながら、左手で肩のあたりを慎重に触診する。――脱臼だな。靭帯も少し伸びてるが、骨は折れていない。

 歯を食いしばって、肩の関節を一気に押し戻す。

 「ッ……ぐっ!!」

 全身に稲妻のような激痛が走り、一瞬意識が飛びそうになったが、関節は元の位置に戻った。

 十年以上前、項新高師匠の道場で叩き込まれた応急処置の技――まさか、ここで役立つとはな。
 指を動かしてみると、まだ痺れはあるが、使えないことはない。

 その様子を見ていた瑚依が、横にしゃがみ込み、心配そうに背中をさすりながら声をかけてくる。

 「隼人、大丈夫……? 今の音、すごかったけど……」

 その時、どこからか「カラン」と金属音が鳴った。

 振り返ると、カピバラ姿の松尾が、口にくわえていた和泉守兼定を器用に放り投げて、俺の足元に落とした。

 彼は半目になった白目でこちらを見ながら、ぼそっと毒を吐く。

 「……マジでさ、お前ってやつは……いい歳して、やることが全部無茶なんだよ……ったく、知られたら、妹ちゃんが泣くぜ……」

 「お互い様だろ、先輩。」

 俺は冷たく返しながら、和泉守兼定を鞘に納めた。

 そのとき、新久が口を開いた。
 銃口はなおも巨漢に向けられたまま。だが、これまでの“穏やかで誰とでも仲良くなれそうな新久”とはまるで別人だった。
 冷淡で容赦のない声――それでいて、あまりにも丁寧すぎる口調が、逆にぞくりとするほどだった。

 「誠に申し訳ありません。あいにく私は、オーガと寝る趣味は持ち合わせておりません。私が好きなのは、細身でシュッとしたイケメン――たとえばキンキ・キッズみたいな、品のある人類の男性ですので」

 「……キンキ……キ……?」

 もちろん、巨漢には意味不明だったようだ。

 その横で、松尾がつまらなそうにボソッと呟く。

「俺は藤岡弘が好みだな。男ってのは、ああいうのを言うんだよ……」

 一瞬、場の空気が静止した。

 ……三秒後。

 ようやく「オーガ呼ばわりされた」事実が巨漢の脳ミソに届いたらしい。
 怒りの咆哮とともに、「おおおおお、オカシテ、やる!」と叫びながら、新久に向かって突進してきた。

 だが――

 新久はまったく動じない。
 淡々と数歩後ろへ跳び退きながら、空いている左手で腕の装甲に埋め込まれた操作パネルのような箇所に触れる。

 その瞬間、青白い光が一閃。

 光の波動に包まれ、新久の姿がすっと……消えた。
 ――いや、正確には「見えなくなった」だけだ。
 雪に残る足跡が、そこに彼女が確かに立っていることを示している。

 つまり、光学迷彩。
 光そのものを屈折させて視覚情報から存在を消す――現代ではまだ実用化されていないが、理論上は可能とされるアレだ。

 巨漢は、新久の姿が目の前からかき消えたのを見て、しばし呆然とし、信じられないといった表情を浮かべていた。
 しかし次の瞬間、彼は本能的に反応した。思考ではなく、野生の直感で――「消えた」のではなく「見えなくなった」だけだと理解したのか、虚空に向かって手を伸ばし、乱雑に掴みかかり始めた。

 だがその瞬間――

 巨漢の背中に、またもや三本の針弾が突き刺さった。
 直後、青白い電流が彼の全身を這い、筋肉がひきつれ、顔が苦悶に歪む。巨漢はたまらず片膝を地面に突いた。

 雪の上に、何もない空間から装填用の弾倉が転がり落ちた。
 そして、うっすらと刻まれた足跡が雪の中を弧を描くように移動していく――まるで、見えない狩人がその場を歩き回っているかのようだった。

 本来なら、その足跡を追えば位置は把握できるはずだ。
 だが幸運なことに、巨漢にはそこまでの知恵はなかった。

 「カシャンッ」という弾倉の装填音が空気を裂く。
 巨漢もそれに気づき、怒声と共にその方向へ両腕を広げて突進する――が、そこには誰もいなかった。空振りだった。

 次の瞬間――

 彼の右肩に、白い蒸気を吹き出す短刀が突き立てられた。
 肩の肉がみるみるうちに黒紫に変色し、傷口からは霜が広がるように凍結が始まる。まるで、急速冷凍のように。

 「うわ……エグ……でも、カッコよ……」
 隣の瑚依が、思わず見惚れたような声で呟いた。
 
 「……液体窒素だ!」松尾が、やや驚いた様子で叫んだ。

 テイザーガンもそうだ。あんなものをこの異世界にどうやって持ち込んだのかも興味深いが……なるほど。
 魔法とやらで細胞を再生させるのなら、電撃で筋肉を強制収縮させ、凍結で細胞活動そのものを物理的に「止めれば」いいんだ。

 思わずそう理解した瞬間、巨漢は激しく咆哮した。
 凍りついた右腕はもう使い物にならず、ぶらりと垂れ下がる。
 彼は反射的に左手を突き出し、背後にいるはずの新久を捕まえようとした――だが、そこにもやはり誰の姿もなかった。

 雪の上の足跡が再び素早く動き出す。
 ときおり軽やかな跳躍を挟みながら、一定のリズムをずらすように移動している。たとえ足跡を追おうとする敵がいたとしても、動きのパターンを掴ませないための技術だ。

 ――まるで、SFアニメに出てくる光学迷彩の暗殺者のようだった。

 あくまでも「王道ファンタジー風」の「裁きの炎」宮田チームとは真逆。
 魔法やエンチャント武器より、科学的で合理的な道具と戦術――それが、空人ギルド現団長・新久和歌子の戦い方だ。

 「ヒキョウ……見えない、ダメ! オトコ……オトコは、前でドカンと、タタカウ、ものッ!」

 怒りに任せて吠える巨漢に対し、透明な空気の中から冷淡な声が返ってきた。

 「私は……男じゃありませんので。」
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