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STAGE4ー5
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人肌と薄い布に包まれた、独特の感覚の中で目覚めるのは久しぶりだ。
バンドが忙しくなって別れた彼女の、狭いベッドと柔らかい肌とは異なる、高級なスプリングのダブルベッドと大きな体の筋肉質な肌に、昨夜のことが夢ではなかったのだと知らされる。
「ってか、俺、汗臭い……し、腹がガビガビになってる」
独り言を呟く声は、掠れてはいても昨夜ほど痛くはない。
(ライブ失敗して、憧れの人に罵倒されて、バンド解散して、保護されて、慰めてくれるのかと思ったらまた罵倒されて、なのにキスされて、好きって言わされて、あんな事……あんな事して!)
昨夜の痴態を思い出し、響生はベッドから飛び起きた。
大変な1日だったというのに、最後の出来事に全て持っていかれた。
隣で眠っている男を見下ろし、大きな溜息を吐く。
昨夜は流されてあんなことをしてしまったが、目覚めても、この男に憧れだけではない好意を感じている。
抱きつきたい。
キスしたい。
出来ることならひとつになりたい。
疑いようもなく恋愛としての好意である。
だが、コウの「好き」という言葉が、響生と同じものだとは思っていない。
彼のことはまだよくわからないが、世の中の常識や倫理観に当てはめられるような性質ではないということは確かだ。
後先なんて考えず、きっと他人の評価も気にしない。
やりたいようにやる自己中心的で我が道を行く強い人。
(くっそ羨ましい。俺だってそんなロックな生き方してみたいよ)
そんな生き方に憧れたとしても、結局は軋轢を避けて行儀よく生きている。
そもそも響生は、恋人でもないのによく知りもしない相手と勢いで寝るようなことはしない。
だがこの男は、部屋に連れ込んでからの流れが自然すぎる。
(いつもこんなことやってるんだろ! ヤリチンが!)
心の中で罵倒してみても、胸の中が甘く痛むだけで、生まれてしまった恋心は消えやしない。
端正な横顔にかかる、淡い色の髪を指先で払う。
寝返りをしたコウの左肩に、赤くひきつった傷痕が見えた。
思わず触れたら、コウがゆっくりと瞼を開けた。
元ボーカルとの揉め事の噂が頭に浮かび、慌てて手を離す。
「ゴメンっ……」
「古傷だから気にするな」
「あ、あの、いや……うん」
何があったかのか知りたいが、そんなこと言えるわけもなく、響生は口を噤んだ。
シャワーを済ませて身支度を整えていたら、浴室から出てきた来たコウにヒゲを剃られた。
1年かけて伸ばしたヒゲなのに、一瞬で跡形もなく消えた。
「俺のヒゲが……」
鏡に映るのはつやつやの卵肌。
自分の姿を見て嘆く響生に、コウがあやすような声色で頭をポンポンと叩く。
「ヒゲじゃねーよ。産毛だろ。似合うような年齢になるまで待っとけ」
「……似合うようになると思う?」
沈黙の後、コウが首を傾げて「さあ?」と両手を上げる。
「なにそれ、適当なこと言ってー!」
隣に並ぶ男の腕をつかもうとしたら、そのまま抱きしめられた。
「知らねーよ」
笑いながら、暴れる響生を腕の中に閉じ込める。
鏡の中でふざけ合っている二人は、イチャイチャしている恋人同士そのものだ。
響生は拗ねた顔で甘え、コウは悪戯っぽく無邪気に笑っている。
(俺達って、付き合うことになったのかな)
思い返しても、キスしてきたのはコウだが、雰囲気に流されて「好き」だの「嫌い」だの言い合っただけだった。
過去に経験したような「告白」の言葉はまだ貰っていない。
確認したいが、否定されるのが怖くて言い出せない。
「どうした? 腹へった? 飯食いに行く?」
表情の曇る響生の額に、自分の額をつけて心配そうに囁く。
(えーこれもう、恋人同士だよね? 寧ろ溺愛されてるよね?)
「動きたくないならシリアルもあるぞ」
「牛乳もある?」
「あるよ。かなり前に買ったやつだけど、昨日飲んで大丈夫だったから飲めんだろ」
「はぁー? ライブ前に、ヤバイもん飲むなよ!」
「だから、大丈夫だったって」
無表情だと怖いくらいの美形が、自分の腹を撫でながらヘラっと笑う。
呆れて、さっきまでの感傷はどこかへ行ってしまった。
ロックな生き方は羨ましいが、ちゃんと生活できているのか心配になってしまう。
「とりあえず、冷蔵庫見せて!」
幸い、牛乳の期限は切れて間もない。
冷凍庫には未開封で放置された食パンが、冷蔵庫には賞味期限が切れそうな卵もパックごと入っていた。
調味料や調理器具は、最低限のものは揃っているようだ。
コウに借りたTシャツとハーフパンツで、あまり使われていない綺麗なキッチンに立つ。
「砂糖ある?」
「コーヒー用ならあるけど」
コウが戸棚の奥から探してきたスティックシュガーをボールに入れて、卵と牛乳と混ぜて解凍したパンを浸す。
それをフライパンで焼けば、フレンチトーストの出来上がりだ。
実家では、チーズやハムを乗せたり、メイプルシロップをかけて食べるが、当然そんな食材はない。
ダブル卵になってしまうが、電子レンジで温泉卵もどきを作って上に乗せた。
母親の影響で、期限が切れそうな食材があったら全部使い切らないと気が済まない。
多忙な両親に家事を手伝わされてきたことが、響生の料理の腕を上げることに一役買っていたようだ。
「へえ、良い匂いだな。美味そう」
「こっちはそのまま食べて、卵が乗ったのはマヨネーズかケチャップか塩コショウお好みで」
響生は自分の皿にマヨネーズをかける。
卵を潰してフレンチトーストにまとわせて食べれば、甘さと塩気が口の中で混ざって好みの味になる。
「うん、まあまあかな」
「いや、これめちゃくちゃ美味いよ。響生は料理も上手いんだな」
コウは感心したように響生を見やる。
いつもは鋭い淡い色の瞳が甘やかに細められると、恥ずかしいようないたたまれないような何とも言えない気分になってしまう。
「こんなの簡単だよ。教えるから作ったらいいよ」
「俺は料理センスないから無理。今度はチーズとハム乗せたやつっての作ってよ」
今度と言われ、また来ても良いのだと分かり舞い上がる。
「だったら、もうちょっとましな料理作るよ。外食ばかりは体に悪いからバイトの後とか、バイトない日とか作りに来ようか。作り置きしておいておけばしばらく食べれるし」
早口で前のめりに言った後、余計なお世話だったかと後悔する。
(一度寝たくらいで恋人気取りはウザイって思われたかな……)
ちらりとコウを盗み見るが、迷惑そうな様子はない。
「いいのか? 俺、肉じゃがとかきんぴらみたいな、ザ・和食みたいなの作ってもらったことないから、そういうのがいい」
「まかせて! 和食だったら、よく親の手伝いで作ってたから色々作れるよ」
好きな人の役に立てると思うと嬉しくて、何でもしてあげたくなってしまう。
今日限りではなく、通っても良いのだと知り、今まで感じたことのないような幸福を感じた。
バンドが忙しくなって別れた彼女の、狭いベッドと柔らかい肌とは異なる、高級なスプリングのダブルベッドと大きな体の筋肉質な肌に、昨夜のことが夢ではなかったのだと知らされる。
「ってか、俺、汗臭い……し、腹がガビガビになってる」
独り言を呟く声は、掠れてはいても昨夜ほど痛くはない。
(ライブ失敗して、憧れの人に罵倒されて、バンド解散して、保護されて、慰めてくれるのかと思ったらまた罵倒されて、なのにキスされて、好きって言わされて、あんな事……あんな事して!)
昨夜の痴態を思い出し、響生はベッドから飛び起きた。
大変な1日だったというのに、最後の出来事に全て持っていかれた。
隣で眠っている男を見下ろし、大きな溜息を吐く。
昨夜は流されてあんなことをしてしまったが、目覚めても、この男に憧れだけではない好意を感じている。
抱きつきたい。
キスしたい。
出来ることならひとつになりたい。
疑いようもなく恋愛としての好意である。
だが、コウの「好き」という言葉が、響生と同じものだとは思っていない。
彼のことはまだよくわからないが、世の中の常識や倫理観に当てはめられるような性質ではないということは確かだ。
後先なんて考えず、きっと他人の評価も気にしない。
やりたいようにやる自己中心的で我が道を行く強い人。
(くっそ羨ましい。俺だってそんなロックな生き方してみたいよ)
そんな生き方に憧れたとしても、結局は軋轢を避けて行儀よく生きている。
そもそも響生は、恋人でもないのによく知りもしない相手と勢いで寝るようなことはしない。
だがこの男は、部屋に連れ込んでからの流れが自然すぎる。
(いつもこんなことやってるんだろ! ヤリチンが!)
心の中で罵倒してみても、胸の中が甘く痛むだけで、生まれてしまった恋心は消えやしない。
端正な横顔にかかる、淡い色の髪を指先で払う。
寝返りをしたコウの左肩に、赤くひきつった傷痕が見えた。
思わず触れたら、コウがゆっくりと瞼を開けた。
元ボーカルとの揉め事の噂が頭に浮かび、慌てて手を離す。
「ゴメンっ……」
「古傷だから気にするな」
「あ、あの、いや……うん」
何があったかのか知りたいが、そんなこと言えるわけもなく、響生は口を噤んだ。
シャワーを済ませて身支度を整えていたら、浴室から出てきた来たコウにヒゲを剃られた。
1年かけて伸ばしたヒゲなのに、一瞬で跡形もなく消えた。
「俺のヒゲが……」
鏡に映るのはつやつやの卵肌。
自分の姿を見て嘆く響生に、コウがあやすような声色で頭をポンポンと叩く。
「ヒゲじゃねーよ。産毛だろ。似合うような年齢になるまで待っとけ」
「……似合うようになると思う?」
沈黙の後、コウが首を傾げて「さあ?」と両手を上げる。
「なにそれ、適当なこと言ってー!」
隣に並ぶ男の腕をつかもうとしたら、そのまま抱きしめられた。
「知らねーよ」
笑いながら、暴れる響生を腕の中に閉じ込める。
鏡の中でふざけ合っている二人は、イチャイチャしている恋人同士そのものだ。
響生は拗ねた顔で甘え、コウは悪戯っぽく無邪気に笑っている。
(俺達って、付き合うことになったのかな)
思い返しても、キスしてきたのはコウだが、雰囲気に流されて「好き」だの「嫌い」だの言い合っただけだった。
過去に経験したような「告白」の言葉はまだ貰っていない。
確認したいが、否定されるのが怖くて言い出せない。
「どうした? 腹へった? 飯食いに行く?」
表情の曇る響生の額に、自分の額をつけて心配そうに囁く。
(えーこれもう、恋人同士だよね? 寧ろ溺愛されてるよね?)
「動きたくないならシリアルもあるぞ」
「牛乳もある?」
「あるよ。かなり前に買ったやつだけど、昨日飲んで大丈夫だったから飲めんだろ」
「はぁー? ライブ前に、ヤバイもん飲むなよ!」
「だから、大丈夫だったって」
無表情だと怖いくらいの美形が、自分の腹を撫でながらヘラっと笑う。
呆れて、さっきまでの感傷はどこかへ行ってしまった。
ロックな生き方は羨ましいが、ちゃんと生活できているのか心配になってしまう。
「とりあえず、冷蔵庫見せて!」
幸い、牛乳の期限は切れて間もない。
冷凍庫には未開封で放置された食パンが、冷蔵庫には賞味期限が切れそうな卵もパックごと入っていた。
調味料や調理器具は、最低限のものは揃っているようだ。
コウに借りたTシャツとハーフパンツで、あまり使われていない綺麗なキッチンに立つ。
「砂糖ある?」
「コーヒー用ならあるけど」
コウが戸棚の奥から探してきたスティックシュガーをボールに入れて、卵と牛乳と混ぜて解凍したパンを浸す。
それをフライパンで焼けば、フレンチトーストの出来上がりだ。
実家では、チーズやハムを乗せたり、メイプルシロップをかけて食べるが、当然そんな食材はない。
ダブル卵になってしまうが、電子レンジで温泉卵もどきを作って上に乗せた。
母親の影響で、期限が切れそうな食材があったら全部使い切らないと気が済まない。
多忙な両親に家事を手伝わされてきたことが、響生の料理の腕を上げることに一役買っていたようだ。
「へえ、良い匂いだな。美味そう」
「こっちはそのまま食べて、卵が乗ったのはマヨネーズかケチャップか塩コショウお好みで」
響生は自分の皿にマヨネーズをかける。
卵を潰してフレンチトーストにまとわせて食べれば、甘さと塩気が口の中で混ざって好みの味になる。
「うん、まあまあかな」
「いや、これめちゃくちゃ美味いよ。響生は料理も上手いんだな」
コウは感心したように響生を見やる。
いつもは鋭い淡い色の瞳が甘やかに細められると、恥ずかしいようないたたまれないような何とも言えない気分になってしまう。
「こんなの簡単だよ。教えるから作ったらいいよ」
「俺は料理センスないから無理。今度はチーズとハム乗せたやつっての作ってよ」
今度と言われ、また来ても良いのだと分かり舞い上がる。
「だったら、もうちょっとましな料理作るよ。外食ばかりは体に悪いからバイトの後とか、バイトない日とか作りに来ようか。作り置きしておいておけばしばらく食べれるし」
早口で前のめりに言った後、余計なお世話だったかと後悔する。
(一度寝たくらいで恋人気取りはウザイって思われたかな……)
ちらりとコウを盗み見るが、迷惑そうな様子はない。
「いいのか? 俺、肉じゃがとかきんぴらみたいな、ザ・和食みたいなの作ってもらったことないから、そういうのがいい」
「まかせて! 和食だったら、よく親の手伝いで作ってたから色々作れるよ」
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