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一章
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ゆっくりと目を開く。
そこにあるのは――見慣れた天井。
フルダイブシステム・ニューロノーツの導きによって、仮想世界から現実世界へと帰還したのだ。
(……なるほど、こういう感じなのか)
手足を動かしてみるが、その動きに違和感はない。
俺と俺の体格はほぼ同じだ。
かつてそのように設定した。
それゆえか、まるで俺自身があちらとこちらを行き来しているかのような錯覚すら覚える。
そうして、どうせしばらくの間は食事も惜しんで熱中するだろうからと、あらかじめ用意しておいた簡単な食事――ほぼ夜食だし、今回はブロックタイプとかゼリータイプとかいろいろあるアレでいいだろう――を摂取しながら、頭の中をぐるぐると渦巻く考えを整理する。
(……。)
暗い窓の外を見遣る。
この明るい部屋の中からは、夜の帳のうちにあるものなど、なにも見えやしない。
*────
考えるのは、カノンのことだ。
もう俺も大人、社会人だ。
ある程度俯瞰して、物事を見られるはずだ。
そうでなければならない。
だから、俺が、俺が、ではなく。
俺がカノンをどう思っているのか、とか。
これからどうしたいか、なにをすればいいか、とか。
俺からはこう見える、それ以上はカノンにしかわからない、とか。
そんな自己中心主義の小人のような考えでなく、
もっと考えられることがあるだろう。
考えなきゃいけないことが、ある。
たとえば。
カノンは俺と会うまでに、俺には見えない幾つもの懸念を抱えていたはずで。
それを考えるなら、俺の第一声はどう考えても悪手だったということ。
たとえば。
4年間の断交は、俺が彼女をわからなくしているのと同様に、
彼女にとっても俺をわからなくしているはずである、ということ。
たとえば。
俺がカノンの現在を、言葉を選んで、慎重に探ろうとしていたのと同じように。
カノンもまた、そのようにして、俺の現在を探ろうとしているに違いないということ。
たとえば。
カノンはいま、俺がなにをすることを。なにを言うことを。
俺のどのような振る舞いをすることを恐れているか、ということ。
そういうことを。
単に狭く拙い自分の頭の中だけで決めつけるのではなく。
一人の人間としての彼女との相対の中で。
ふいに零れ落ちた小さな切れ端すらも拾い上げて。
確かめていくべきだということ。
考えていくべきだということ。
俺たちはまず、再開しないといけない。
かつての友との再会を、つつがなく成功させて。
旧友ではない、いまの友という人間関係を、取り戻さないといけない。
そして――
その先を見るならば、それは単なる前提条件だ。
それができないならば、その先への歩みなど――望む術もない。
(あ”ー……)
青春してんなぁ、俺。
胸中に渦巻いている複雑な想いが、単に「しばらくの間没交渉だった旧友との再会」に際して生じる類のものではないことぐらい、自分でもわかっている。
そういうのはあそこで終わったものと思っていたけれど。
若き日のほろ苦い過ちとして、過去になっていくものだと思っていたけれど。
そんな痣痕を、彼女は拾い上げてくれようとしているらしい。
それは、俺ができなかった、勇気あること。
あの――カノンが。
(……小夜か。たぶん、デューオも?)
それは推測ともいえない、単なる勘にすぎないけれど、なんとなく。
此度の数奇な再会には、きっとどこかで彼らも一枚噛んでいるのではないかと。
とりとめのない思索を断ち切るように、ゼリータイプのそれを、ぎゅっと握り潰す。
いつの間にか空になっていたそれからは、もうなにも絞り出せそうになかった。
*────
さて、うだうだ考えるのはこの辺でやめよう。
まだダイブアウトして10分足らずだ。
ありがとう、カロリー補給の友。
おかげで少々暇を持て余してしまった。
俺が離脱するときに見た彼女の表情から、今の彼女の心境を推測するに
できるだけはやく向こうに戻りたい思いは確かにある。
彼女がいないうちにやっておけることもある。
だが、それは駄目だ。
今の状況ならば、約束通り時刻通り、きっちりきっかり22時ちょうどに向こうに戻るのが、きっともっとも、今のカノンに不安を与えない。
5分前、10分前行動?
そんなの社会の中でしか通用しねぇよ。
こちとら青春の真っただ中やぞ。
(公式サイトでも、確認するかね?)
オンセールしたということで、なにか情報が更新されているかもしれない。
それに一つ確認しておきたいことがある。
それはこの『犬2』における「イベント」の仕様について。
今作『犬2』でも、『犬』のときと同形式のイベントが起こるらしきことは、既にテザーサイトで確認している。
ただ、ゲームを開始したあとで、前作と違ってプレイヤーの初期開始地点が数百に別れているということを知ったから、あらためて確認しておきたいことがある。
*────
え、そもそもこのゲームに「イベント」なんてあるのか、って?
そういえば、『犬』のイベントについてはまだ説明したことがなかったな。
すまない。そうだった。
では、再びダイブインするまでの30分を使って、『犬2』における「イベント」について紹介しよう。
公式サイトを見る限り、『犬2』も『犬』と同じ形式でイベントが開催されるようだから。
前作についてしか詳しくない今の俺でも、十分紹介できると思う。
飲み物でも飲みながら、まったり聞いてくれ。
――え、もう眠い? もう舞えない?
ええと、そうだな。
これからする話は正直、今まで話してきた『犬』知識に比べれば、
これからの話には必須のものじゃないんだ。
というか正直、今後しばらくの間はほとんど忘れてもらって構わない。
だから今回は、先に結論から話そうか。
それ以降については聞きたい人だけ聞いてくれ。
で、この話が終わったら俺もすぐにダイブインするから、
いま眠い人は、30分くらいの間、ちょっと仮眠しててくれ。
では、結論。
『犬』には3種類のイベント区分がある。
よくないことがおこる「カラミティ」イベント。
うれしいことがおこる「グレイス」イベント。
すごいことがおこる「パラダイムシフト」イベント。
このうち上2つがおおむね一か月を目途に定期的に交互に開催される。
で、『犬2』ではプレイヤーの初期開始座標が数百に別れるようになったけど、これらのイベントはすべての地形座標でだいたい同じように起こるみたいだ。
以上だ。
寝る人はおやすみ。
なに、意味が分からない? もっと詳しく説明しろ?
『犬』新規だ! 囲め囲め!
いま囲まれた同志諸君はぜひ聞いてってくれ。
そこにあるのは――見慣れた天井。
フルダイブシステム・ニューロノーツの導きによって、仮想世界から現実世界へと帰還したのだ。
(……なるほど、こういう感じなのか)
手足を動かしてみるが、その動きに違和感はない。
俺と俺の体格はほぼ同じだ。
かつてそのように設定した。
それゆえか、まるで俺自身があちらとこちらを行き来しているかのような錯覚すら覚える。
そうして、どうせしばらくの間は食事も惜しんで熱中するだろうからと、あらかじめ用意しておいた簡単な食事――ほぼ夜食だし、今回はブロックタイプとかゼリータイプとかいろいろあるアレでいいだろう――を摂取しながら、頭の中をぐるぐると渦巻く考えを整理する。
(……。)
暗い窓の外を見遣る。
この明るい部屋の中からは、夜の帳のうちにあるものなど、なにも見えやしない。
*────
考えるのは、カノンのことだ。
もう俺も大人、社会人だ。
ある程度俯瞰して、物事を見られるはずだ。
そうでなければならない。
だから、俺が、俺が、ではなく。
俺がカノンをどう思っているのか、とか。
これからどうしたいか、なにをすればいいか、とか。
俺からはこう見える、それ以上はカノンにしかわからない、とか。
そんな自己中心主義の小人のような考えでなく、
もっと考えられることがあるだろう。
考えなきゃいけないことが、ある。
たとえば。
カノンは俺と会うまでに、俺には見えない幾つもの懸念を抱えていたはずで。
それを考えるなら、俺の第一声はどう考えても悪手だったということ。
たとえば。
4年間の断交は、俺が彼女をわからなくしているのと同様に、
彼女にとっても俺をわからなくしているはずである、ということ。
たとえば。
俺がカノンの現在を、言葉を選んで、慎重に探ろうとしていたのと同じように。
カノンもまた、そのようにして、俺の現在を探ろうとしているに違いないということ。
たとえば。
カノンはいま、俺がなにをすることを。なにを言うことを。
俺のどのような振る舞いをすることを恐れているか、ということ。
そういうことを。
単に狭く拙い自分の頭の中だけで決めつけるのではなく。
一人の人間としての彼女との相対の中で。
ふいに零れ落ちた小さな切れ端すらも拾い上げて。
確かめていくべきだということ。
考えていくべきだということ。
俺たちはまず、再開しないといけない。
かつての友との再会を、つつがなく成功させて。
旧友ではない、いまの友という人間関係を、取り戻さないといけない。
そして――
その先を見るならば、それは単なる前提条件だ。
それができないならば、その先への歩みなど――望む術もない。
(あ”ー……)
青春してんなぁ、俺。
胸中に渦巻いている複雑な想いが、単に「しばらくの間没交渉だった旧友との再会」に際して生じる類のものではないことぐらい、自分でもわかっている。
そういうのはあそこで終わったものと思っていたけれど。
若き日のほろ苦い過ちとして、過去になっていくものだと思っていたけれど。
そんな痣痕を、彼女は拾い上げてくれようとしているらしい。
それは、俺ができなかった、勇気あること。
あの――カノンが。
(……小夜か。たぶん、デューオも?)
それは推測ともいえない、単なる勘にすぎないけれど、なんとなく。
此度の数奇な再会には、きっとどこかで彼らも一枚噛んでいるのではないかと。
とりとめのない思索を断ち切るように、ゼリータイプのそれを、ぎゅっと握り潰す。
いつの間にか空になっていたそれからは、もうなにも絞り出せそうになかった。
*────
さて、うだうだ考えるのはこの辺でやめよう。
まだダイブアウトして10分足らずだ。
ありがとう、カロリー補給の友。
おかげで少々暇を持て余してしまった。
俺が離脱するときに見た彼女の表情から、今の彼女の心境を推測するに
できるだけはやく向こうに戻りたい思いは確かにある。
彼女がいないうちにやっておけることもある。
だが、それは駄目だ。
今の状況ならば、約束通り時刻通り、きっちりきっかり22時ちょうどに向こうに戻るのが、きっともっとも、今のカノンに不安を与えない。
5分前、10分前行動?
そんなの社会の中でしか通用しねぇよ。
こちとら青春の真っただ中やぞ。
(公式サイトでも、確認するかね?)
オンセールしたということで、なにか情報が更新されているかもしれない。
それに一つ確認しておきたいことがある。
それはこの『犬2』における「イベント」の仕様について。
今作『犬2』でも、『犬』のときと同形式のイベントが起こるらしきことは、既にテザーサイトで確認している。
ただ、ゲームを開始したあとで、前作と違ってプレイヤーの初期開始地点が数百に別れているということを知ったから、あらためて確認しておきたいことがある。
*────
え、そもそもこのゲームに「イベント」なんてあるのか、って?
そういえば、『犬』のイベントについてはまだ説明したことがなかったな。
すまない。そうだった。
では、再びダイブインするまでの30分を使って、『犬2』における「イベント」について紹介しよう。
公式サイトを見る限り、『犬2』も『犬』と同じ形式でイベントが開催されるようだから。
前作についてしか詳しくない今の俺でも、十分紹介できると思う。
飲み物でも飲みながら、まったり聞いてくれ。
――え、もう眠い? もう舞えない?
ええと、そうだな。
これからする話は正直、今まで話してきた『犬』知識に比べれば、
これからの話には必須のものじゃないんだ。
というか正直、今後しばらくの間はほとんど忘れてもらって構わない。
だから今回は、先に結論から話そうか。
それ以降については聞きたい人だけ聞いてくれ。
で、この話が終わったら俺もすぐにダイブインするから、
いま眠い人は、30分くらいの間、ちょっと仮眠しててくれ。
では、結論。
『犬』には3種類のイベント区分がある。
よくないことがおこる「カラミティ」イベント。
うれしいことがおこる「グレイス」イベント。
すごいことがおこる「パラダイムシフト」イベント。
このうち上2つがおおむね一か月を目途に定期的に交互に開催される。
で、『犬2』ではプレイヤーの初期開始座標が数百に別れるようになったけど、これらのイベントはすべての地形座標でだいたい同じように起こるみたいだ。
以上だ。
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