ワンダリング・ワンダラーズ!!

ツキセ

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一章

冒険家さん

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 セドナ中央部を流れる川に渡された橋……橋?を渡り、再び上流へ。
 こちらを待っていた様子の人影に声を掛ける。

「んじゃ、あらためて。……久しぶり、モンターナ」
「ああ、久しぶりだ、フーガ、カノン。……もう4年になるか?」
「もうそんなに経ったんだなぁ」
「前作ぶり、だね」
「ああ。……いや、時の流れという奴は怖いな」
「というか、モンターナ、よく俺とカノンのこと覚えてたな。
 大して一緒に行動したことなかったのに」
「その数回が、それなりに衝撃的だったということだよ」

 くく、と小気味よく笑う、細面の若い男。
 テンガロンハットを目深にかぶったそのスタイルは、まさにクラシックな冒険家。
 紛れもなくこの男こそは、前作『犬』の有名プレイヤー・モンターナである。
 外見も声音もやや若おじさまで、口調もどこか芝居がかっている。
 かつて本人の口から聞いたことがあるが、彼の考える「らしい」冒険家のロールプレイだそうだ。
 好奇心旺盛で行動力があるが思慮深い、だったか。むっずいなそれ。
 中身はたぶん俺と同じか、少し年上くらいなのではないかと思っている。

「モンターナも初日からやってた?」
「ああ、当然。……と、言っても、まだまだ探り探りだが、ね。
 やはりフルダイブとなると、いろいろ勝手も違う」
「わかる。俺も初めてのフルダイブゲーだからいろいろ驚いてる」
「ほう、フーガは『犬2』でフルダイブデビューか。なかなか羨ましい」

 口ぶりからすると、モンターナは他にもいろいろやってきたっぽいな。

「『犬2』が出なかったら、一生フルダイブデビューしなかったかもな。
 ……ほんと、続編が出てくれてよかったよ」
「せっかくフルダイブシステムに手を出したからには、ということで、自分もこれまでにフルダイブを何作かやってきたものだが……やはりもう一度『犬』がやりたくなってしまった。
 このシビアさはなかなかない。
 近未来とは、と少し思わざるを得ないがね」
「序盤は特にな……」

 モンターナ、彼もまた『犬』に憑りつかれたものであった。
 いや、前作での活躍っぷりを見てれば納得だけど。

「でも、モンターナ、さん。もう、橋とか、つくってるの、すごい、ね?」
「この川、上流も下流も飛び石とか全然なかったものでね。
 急ごしらえだが、とりあえず無理やり一本倒させてもらった。
 ……渡るたびに毎回濡れるのは、さすがに手間になってね。
 流石にこの川には、ピラニアやカンディルのような奴等はいないのだろうが」
「ここはアマゾン川かなにか?」

 怖いわ。
 そんなのがうようよいたら、俺が初手で川に墜ちたときに、嵌め殺されていた可能性がある。
 墜ちて喰われて死んで川の上に戻されて墜ちての繰り返しだ。

「だが、どこかそれに近い雰囲気があると思わないか?
 ……どちらかと言えば、ベネズエラかもしれないが」
「ちがいが分からねぇよ」
「う、ん? 川、なにか、ちがう?」
「いや、川そのものではなく。……ちょっと、ね」

 そう言って、少し言葉を隠すようなそぶりを見せる。

「まさか、もうなんか発見したのか」
「ふむ、その様子だとそっちはまだ見ていないようだな」
「今んとこ、モンターナが喜びそうな地形には出逢えてないかな?」

 この男の喜びそうな地形とは、つまり秘境とか名勝とか絶景の類だ。

「さすが、冒険家?」
「その実は、ただ世界をぶらぶらしているだけの風来坊だよ」
「モンターナは、今回もプレイスタイルは変わらずか」
「ああ、今作でもこの世界をいろいろ見て回れたらと思っている」
「じゃあ、こっちでも、『カレドの小片集カレドリアン・シャーズ』、書く?」
「……実は、もう書き始めている」
「えっ、マジで!?」
「初期所有品に白紙の本が増えていたからね。これはもう、書かざるを得ない」

 そう言って、機嫌よさげに笑ってみせる。


 *────


 自称「冒険家」、モンターナ。
 前作『犬』において、彼というプレイヤーの知名度は極めて高かった。
 それは、彼が『犬』において、さまざまな秘境、名勝、地形、そこで見つかる珍しい宝石や神秘的な造形物を見つけた冒険家だから……というわけではない。

 彼の名を一躍有名にしていたもの。
 それこそが、彼がゲーム内で『白紙の本』シリーズを利用して個人発刊していた、『カレドの小片集|(カレドリアン・シャーズ)』と名付けられた電子雑誌だ。

 不定期で発行されるその雑誌には、彼が惑星カレドで発見したさまざまな秘境や名勝、神秘的な造形物が動画や写真付きで掲載されている。
 どこでどのように見つけたのか、彼は、あるときは既に開拓されたとされている場所で、またあるときは未だ未踏とされる場所で、誰も見たことのないような現象や生命、地形を発見してくる。
 そして彼は、それらを雑誌形式でまとめて、ゲーム内外を問わず広く一般に公開していたのだ。

 『犬』は未開惑星開拓シミュレーション。
 さまざまな驚くべき地形を楽しみながら、徐々にその世界を開拓していくゲームである。
 そんなゲームを楽しむ者たちにとって、彼の雑誌は、このゲームの面白い部分をぎゅっと濃縮したような垂涎の嗜好品であったと言える。
 当然、ゲーム内のプレイヤーたちはこぞって彼の雑誌を手に取り、いまだ自分が見たことがないような世界に胸を躍らせ、それを自身の目でも見てみたいと冒険に繰り出した。
 また直接的には『犬』をやっていない人ですら、ゲーム外でも公開されていたその雑誌を読むことで、この世界の驚くべき自然の姿を垣間見ることができた。

 なにがすごいって、その雑誌、普通に読むだけでめっちゃ面白かったんだよな。
 なんというか、雑誌としての完成度がすごかった。
 彼が発見した奇妙な地形の性状や成り立ちについて有識者が解説するコーナーがあったり。
 見つかった名所や物体の命名募集コーナーがあったり。
 巻末付録で暗号化された座標データがついてたり。
 暗号を解いてそこに実際に行ってみると、雑誌では紹介されなかった秘境に出逢えたりしたんだ。
 『犬』プレイヤーの琴線に触れるというか、冒険心をくすぐるのがうまい雑誌になっていた。

 だから、俺が彼のことを再三のように自称冒険家だと言っているのは、決して彼が冒険家として相応しくないからではない。
 『犬』における彼の世間的な評価が、決して単なる冒険家に留まるものではなかったからだ。
 彼の職業は……旅行提案者トリップアドバイザーとか現場記者ルポライターとか雑誌編集者マガジンエディターというべきなんじゃないか?
 恐らくは『犬』において、本来嗜好品として用意されていたであろう『白紙の本』シリーズをもっとも有効に活用していたプレイヤーの一人なのではないかと思う。


 *────


「やったぜ、今回も定期購読させてくれ。金なら出すぞ」
「わたしも、読みたい、かも。とっても、面白かった、から」

 今作でも『カレドの小片集』が読めるならぜひ読みたい。
 モンターナの雑誌はマジで金を出せるレベルだからな。
 確か前作では、現実でスポンサーとかついてた気がする。
 雑誌に広告を載せる代わりに現実で金銭支援するとかいう。
 どういうことだよ。

「いや、こちらでも基本無償提供にするつもりだ。
 ゲーム外ではどうなるか、まだわからないがね」
「そっちも変わらんなぁ」

 4年前と変わらない、モンターナのスタイル。
 そのことに、懐かしさと安堵を覚える。

 実のところ、前作において俺とモンターナが行動をともにした機会はそれほど多くない。
 イベントやら『未開域の切符』やらで、せいぜい4、5回。
 そのときに少々腰を落ち着けてゆっくり話をした程度だ。
 だがそんな少ない機会でも、彼という人間の性根はある程度感じられた。
 つまり、彼は根っからのなのだと。
 金銭や名誉よりも、その目で見る世界そのものに価値を見出す。
 そしてその世界は、多くの者の目に触れれば触れるほど輝きを増すのだと。
 そんな信念で、彼は雑誌を刊行し始めたのだと聞いたことがある。
 彼もまた『犬』を本気ガチで楽しんでいたひとりのプレイヤーなのだ。

「そういうフーガ、それにカノンも。今作でもやっぱりプレイスタイルは変わりなく?」
「んむ。俺はたぶん変わらん」

 実はもうテレポバグで死んできました。……とは、言わない。
 世界を楽しんでいるモンターナの前で、みだりにバグバグ言わないほうが良いだろう。
 未開域の切符が実装されるまでは、だが。

「……やっぱすごいね。ワンダラーって人種は。
 一途というか、妄執的というか……。
 おっと、コホン、フルダイブになったが、その辺大丈夫なのか?」

 その辺、というのは、痛覚とかその辺だろう。
 いまのところ、その辺は特に問題は感じていないが……それよりも、もっと大きな問題がある。

「たぶん大丈夫なんだけど、まだテレポバグ自体ができないんだよなぁ」
「あっ、なるほど。……確かに。
 そうすると、いまは少々退屈といったところか?」
「いや、素直に通常プレイで楽しんでるよ。
 でもはやくポータルまで辿り着きたいとは思ってる」
「ワンダリングトラベル機能システムも合わせて、できれば早くお目にかかりたいものだね」
「そっちは、まず今作でも残ってるかどうかが問題じゃないか?」
「絶対残っているさ。あんな面白おかしい機能失くすなど、流石にありえないだろう」

 手をひらひらとさせながら、自信ありげに笑う。
 彼は決してワンダラーという人種ではなかったが、テレポバグやワンダリングトラベルという遊び方自体には非常に肯定的なプレイヤーだった。
 テレポバグにより得られる体験と、彼の冒険家としての信念を考えればある種当然だと言える。
 実際、彼と一緒にワンダリングトラベルで遊んだこともあるしな。


 *────


「あ、そうだ。もしこっちでもテレポバグが残ってたら、また動画作る気はない?
 僕、今でもたまに『テレポバグ面白dieダイジェスト』シリーズ見返してるんだけど」

 ふいに口調を砕いたモンターナの口から、これまたずいぶんと懐かしい名前が飛び出す。
 口調を砕いたのは、モンターナの口でメタな話をするのを避けるためだろうか。
 生真面目なロールプレイ・スタイルだ。
 こっちが素だと知ってはいても、その豹変っぷりにちょっと戸惑う。

「……あれ、もう6年前くらいじゃないか。流石に賞味期限切れてない?」
「面白い映像に賞味期限なんてないだろ。
 しかし……いや、いつ見ても盛大に死んでるよね」
「そりゃdieジェストだからな」

 モンターナが言っているのは、かつて俺が投稿していたとある動画シリーズのことだ。
 内容は簡単で、俺がテレポバグでひたすら死んでいる動画。以上。
 それ以外の面白みは一切ない。タイトル通りの内容だ。

 俺がそれらの動画を投稿したのは、今から約6年前、『犬』でテレポバグのバグフィックスが行われた直後のこと。
 こんな面白いバグを失くすなんてとんでもない、というささやかな抗議と、もう二度とこういう遊び方はできないかもしれんな、という追悼。
 その2つの意味を込めて、手持ちの死亡ログの中から愉快な死に方をしているシーンをダイジェスト形式でまとめ、動画サイトに投稿したのだ。
 なにせ死亡ログ自体は溜まりに溜まっていたので、シリーズ化するくらいの在庫はあった。
 その後程なく『未開域の切符』が正式実装されたので、追悼の方は無駄になってしまったが。
 ついでにバグフィックスされた後も俺は脱法テレポを繰り返していたので結局抗議も空撃ちになった。
 いいんだよ、いわゆる大人の大義名分ってやつだよ!

「開幕で足元が爆発してくるくる回りながら飛んでくやつめっちゃ好き。
 あれvol. ボリュームなんだっけ、最後綺麗に頭から溶岩ダイブするやつ」
「……懐かしいな。……あー、言われていろいろ思い出してきた。
 あれは我ながら見事な散り様だったからな。そう言って貰えると嬉しい」

 あれはvol. 3だったかな?
 転移後に一歩踏み出したら足元に揮発性の気体の蓋してた岩盤があって吹っ飛んだんだよな。
 回転が強すぎて受け身も取れず、そもそも着地点は煮え滾る溶岩溜まりだった。
 そのときのテレポバグ先は活火山の火口の冷え固まった岩盤の上だったらしい。

「今作でもあのシリーズ、ひそかに期待してるんだけど」
「俺のを待つまでもなく、もう誰かが同じようなのを投稿し始めてるんじゃないか?
 前作でも、俺よりネームバリューも編集力もある人が同じようなの作ってたし」

 彼らが『犬2』をはじめたなら、きっとまた同じような動画を作ってくれるだろう。
 それも今作でテレポバグが手軽にできるようになればの話だが。
 テレポバグなしで通常プレイしてる限りはそうそう死なんだろうし、撮れ高もなさそうだ。

「いやぁ、フーガのダイジェストは……なんていうか、わざとらしくないんだよね。
 死にに行ってないというか、ちゃんと最後まで足掻くけど、でも死ぬみたいな。
 面白い死に方をしようとしてああなってるわけじゃないだろ?」
「そらそうよ」

 あれは文字通り、俺の普段の愉快なテレポバグ死に戻りライフの中でも面白そうな散り様を寄せ集めただけの、ただのダイジェスト動画だからな。
 あの背後には当然、面白みもへったくれもない平凡な死が積み重なっている。

「だから、フーガのがいいんだよ。
 撮れ高意識のわざとらしい死に方や、見ててやきもきするような初心者の死に方集めたって、そんなことしたら死ぬの当たり前だろって白けるだけだろ?
 フーガくらい飛んだり跳ねたり全力で足掻いたうえで死んでもらわないとねぇ」
「それはあれか? 俺の死にざまは無様で見てて楽しいと言いたいのか、ん?」
「正直、そういうとこはあるね。
 動画見てても『すげぇ必死に足掻いてるけどこいつこのあと死ぬんだよなぁ……』っていう謎の愉悦とお約束的な安心感があるし。
 コメントでも『このあと死んだんだよね……』『予測可能回避不可能』『死ん――でないッ!?』『避けたーッ!!』『あっ……』『やっぱり死んだァーッ!』『はい』『まってた』『たすかる』みたいなのいっぱいついてたし」

 ははは、こやつらめ。
 動画を上げた身としては、視聴者が楽しんでくれていたようで正直嬉しいけれど。
 俺の愉快な死にざまを笑って貰って、テレポバグにはこういう楽しみ方もあるんだと知ってもらうのが目的で動画を投稿したんだしな。
 動画を投稿した目的は、無事に達成されていたということだ。

 というかモンターナ、よく考えたらおまえも俺と同じ「安易に死にたくない」系のプレイスタイルじゃないか。
 動画にしてないだけでお前も愉快な死に方いっぱいしてるんだろ?
 ちょっとジャンプしてみ、お?

 ……。

「あー、悪いなモンターナ。カノンもいるし、その話はまた別の機会にでも」
「……おっと、すまない、カノン。少々昔話に熱が入ってしまった」

 一瞬で冒険家・モンターナの口調に切り替わる。流石だ。

「ん、いい、よ? 二人とも、楽しそう、だったし」
「……ところで、二人はなんの用で、この川沿いを歩いていたんだ?
 見たところ、単に水汲みに来たというわけではないのだろう」

 ふむ、モンターナがうまく話題を戻してくれたので、ここらで少々情報交換と行こう。

「実は――」

 俺はモンターナに、食料と石材を求めて川沿いを移動するつもりであった旨を伝える。
 情報の対価として、こちらからは川の西に広がるカオリマツの樹林帯の情報について少々。
 モンターナはその情報に礼を言い、しかしその後の言葉を濁す。

「……そうだな。食料については、悪いがあまり力に成れそうにない。
 せいぜい、木の芽が食えるということくらいだ」
「美味くは……なさそうだな……」

 草でよければ食えるのは知っている。

「うむ。栄養素的には悪くなかったが、美味くはない。
 悪いがあいにく、美味さを求める料理方面はからっきしなのでな。
 この川でも魚が採れるのではないかと思ってはいるのだが、今のところはどうやって捕ったものかと途方に暮れている」
「釣りは……そもそも餌がない、か」
「前にフーガとサバイバルをしたときに教えてもらった……うけ、だったか?
 あれを試そうとも思ったのだが、筌の素材となるような竹も木も網もなくてな」
「筌、筌かぁ……この川で筌ってどうだろ。悪くなさそうではある、か?
 餌もないし、うまいこと魚の通り道になってる部分があればいいんだが……」
「フーガ、くん。 ……うけ、って、なに?」
「あー、なんていうんだろう。
 ペットボトルを上から1/3くらいの高さで切り離して、切り離した上半分をペットボトルの口の方から下半分に突っ込んだかたち、みたいな?」
「ん、と。 ……ペットボトルの器に、漏斗ろうとを載せた、みたいな?」
「そうそう。要は入りやすく出にくい形。その理屈で魚を捕まえる原始漁業の道具が、筌だな」
「それで、魚、捕れる?」
「捕れるんだな、これが」

 川で魚を取ろうと思った時、もっとも簡単な方法は仕掛け罠を使うことだ。
 ……と思うんだが、魚種によっては掛かったり掛からなかったりいろいろだ。
 こればっかりはその川と棲んでいる魚種に合わせて何度か試行錯誤していくしかない。
 その後もモンターナとカノンと、あたまを突き合わせてしばらく考えてみたが、食料についてはとりあえず保留することにした。
 そうして食料についての話に区切りをつけると、モンターナはこんなことを言う。

「食料については先ほども言ったように力になれないが――石材についてはアテがある」
「木を切り倒したってことは、石材か鉱石か、なにかしらこの近くで採れたってことだもんな」
「うむ。……」

 そこで一つ、なにかを言い淀むような、溜めるような様子を見せる。
 ……その仕草はさっきも見たな。
 アマゾン川っぽいだとか、ベネズエラがどうだとか言っていた時だ。
 俺たちに話したくないことがある、というよりは……タイミングを計っている?

「フーガ、カノン。せっかくの縁だ。
 ここで私とフレンド登録しておかないか?」
「そりゃ光栄だけど、なんでまたこのタイミングで」
「感想が聞きたいから、かな」
「なん、の?」

 カノンの問いに、モンターナは沈黙を返すのみ。
 まあ、フレンド登録自体は特に断る理由もない。
 むしろこちらからお願いしたいくらいだ。
 沈黙に促されるように、俺とカノンはモンターナとフレンド登録を行う。
 これでマキノさんとカノンに続き、3人目のフレンドだ。

 フレンド登録を終えると、モンターナはふいに左手を胸元で組み、被ったテンガロンハットの鍔先に右手を添えて、クッ、っと下げる。
 まるで映画のワンシーンのような、ことさら芝居がかった仕草。
 これはたしか、冒険家・モンターナ流の決めポーズ。
 ……こっちでも相変わらずそれはやるのか。

「――この川に沿って、ただまっすぐ、南へ向かえ。
 そこに、すべての答えがある」

 鍔の影から、射貫くようにこちらを見るモンターナの目。
 その真剣な目には、照れや恥じらいの色はまったくない。

「そこで君たちが目にするものは、わが『カレドの小片集カレドリアン・シャーズ』創刊号の特集記事となるであろう、この世界が生み出した一つの神秘。一つの謎。
 ゆえにこの情報は、私から君たちに向けた、いわば『カレドの小片集カレドリアン・シャーズ』のプレ・リリースだ。
 君たちがそれを見たならば、あとでぜひ感想を聞かせて欲しい」

 言うべきことはこれで終わりだと言わんばかりに、最後に、にやり、と強い笑みを浮かべる。

(――ああ、まったくもう)

 この人は。
 あれから4年経っても、変わっていない。
 相変わらず、人の冒険心をくすぐるのがうまい。
 そんなことを言われたら、なにも聞かず、ただ南へ向かうしかないじゃないか。
 いつか『カレドの小片集』の付録を読んだ俺が、そうしたように。

「わかったよ、モンターナ。 ……でも、そこまで煽られたら期待しちゃうぞ?」
「ああ、期待するといい。
 『カレドの小片集』は、君の期待を決して裏切らない。」

 いや、カッコよすぎるだろう。
 俺より年上だろう大人が演じる、本気のロールプレイング。
 中の人の崩れた口調とのギャップに惚れるぜ。

「……さ、行くといい。
 今日のような、遠くまで晴れ渡る快晴の日に見て欲しいからな。
 できれば、高いところがいい。いまならきっと、いいものが見れる」
「さんきゅ、モンターナ。相変わらずかっけぇよ、あんた」
「あの、……ありがとう、ございました。モンターナ、さんっ」
「……。……ああ、ではな」

 会釈をして、手を振り。
 自信と期待に満ちた目で、モンターナは俺たちを見送った。


 さぁ、川に沿って、ただまっすぐ、南へ行こう。
 『カレドの小片集』の創刊号に載るとまで言われた、この世界の一つの神秘とやらを、いっちょ拝みに行こうじゃないか!


 *────


 二人の姿が見えなくなったのを確認し。
 そこで男は、先ほど一度は飲み込んだ、忠告を呟く。

「――決してなよ、二人とも」

 彼らはワンダラーだ。
 彼らがそうすることを止めるつもりもない。
 そうして欲しくないというのは、
 自分の一つの信条にすぎないのだ。
 だが、彼らもまたそうであって欲しいと思う。
 それに彼が、4年前から変わっていないのならば、
 この懸念は、単なる杞憂に終わるだろう。

 そうして男は、装備を整え、一人森の中へと消えていく。
 その中になにか、解くべき謎があるのだとでも言うかのように。


 *────


「あ」
「どうした、カノン」
「きょーじゅのこと、聞き忘れた、かも」
「げ」
「……戻る?」
「……いや、それはない。あいつの演出が台無しだ」
「あとで、聞く?」
「そうだな、フレコで聞こう」
「……うん」
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