ワンダリング・ワンダラーズ!!

ツキセ

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一章

神秘の残照

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 行きと同様、六角形の石柱でかたちづくられた自然の階段を降りる。
 あの岩壁の果てから、岩壁を降りたこの地点まで。
 道のりにして百数十メートルといったところだが――

「はー。……帰ってきた帰ってきた」
「んっ、すごい、景色……だった」

 なんだろう、元の世界に帰ってきた、というような気分になる。
 あの場所は、なにか隔絶されていたような感がある。
 この岩壁の内側にあるセドナと、この岩壁の外側に広がる世界は、物理的に、そして世界的に、二重の意味で隔絶している。

 考えてみれば、あの光景を最初に目にしたのは、たぶんモンターナなんだよな。
 俺たちにとっては、前人未踏の景色、というわけではない。
 ちょっと悔しい。
 あの景色を、セドナの事実を、はじめて目の当たりにしたモンターナの胸中やいかに。

 ……今作でも、なんか面白そうなの見つけてモンターナの雑誌に寄稿してやろう。
 『カレドの小片集』はそういうのも載せてくれるからな。

「さて、時間は……おぉう、けっこう経ってるな」

 空を見上げれば、恒星はいまだ中天には届かない。
 せいぜい午前9時前、といったところだ。
 だがそれは、現実ではもう午後6時前であることを意味する。
 拠点からの移動距離自体は大したことがなかったはずだが、情報交換も兼ねてモンターナと長々雑談してたのと、岩壁の上でも休憩しつつ携行水と携帯食料をもしゃもしゃしてたからか。

 ……いや、それを考えてもだいぶ時間が経っているな。
 俺たちがあの景色に見入っていた時間は、もしかすると、俺が思っているよりも長かったのかもしれない。

「ちょっと、早いけど、夜ご飯の、時間?」
「そうだな、そうするか。……ちなみにカノン、夕飯の後はどうする?」
「……今日は、もう少し、なにかしていたい、かも」
「そうか。……いや、俺もまだ遊びたい感じだし、お揃いだな」

 カノンの言葉に、明るい口調を意識して相槌を返す。

 あの光景を見てから、どうにもカノンの瞳には、なにか不安のような色が揺れている。
 カノンはけっこう感受性が強いところがあるからな。
 あの光景を見て、まだ心がざわついているのかもしれない。
 今はなにか他の作業をして、その不安を紛らわせたいのだろう。

 カノンの気が紛れやすいように、今のうちにこれからの予定も決めておこうか。
 これからやることが決まってた方が、変なこと考えなくて済むだろうしな。

「じゃあ、ここでいったん飯落ち休憩を挟んで、また……夜の8時頃から再開しようか。
 このあとは、ここから岩壁を西に沿って進んでみたいと思うんだけど、いいかな?」
「んっ、大丈夫。……このあたりでは、石とか、拾わない?」
「確かに、ここで採れる岩石はかなり質がいい、と思う。
 だけど……ちょっと、このあたりの景観は崩したくないからな。
 もうちょい崩れたところとか、地味そうなところから採取しようぜ」

 セドナ川の流れつく先にある、幾何学的な紋様からなる黒灰の岩壁。
 その近くに、まるで用意されたかのように聳える六角柱の自然の階段。
 この周辺は、この星の神秘を味わうのに非常に適した地形であると思う。
 ここでいたずらに岩石採取なんてしたら、その景観を壊してしまう。
 それは望むところではない。
 ……どこから採っても採ることには変わらんけどな。要は気分の問題だ。

「それに俺たちは拠点から東に向かって、川に突き当たって、そこから南下しただろ?
 帰りはここから西に向かって、いいとこで北に向かえば、行きとは違うルートで拠点に戻れるかなって。
 その道中で、うまくいけば拠点から最も近い採石ポイントを見つけられるかもしれないし」
「あっ、石、重い、もんね?」
「そうそう」

 この岩壁が、カノンの拠点を直角に南下したあたりまで続いているとするならば、その場所で採石するのが一番効率がいい。
 ある程度の大きさの岩石を運ぼうと思ったら、できるだけ拠点から近い場所で採石したいのだ。

「……というわけで、帰りはそういうルートで戻りたいんだけど、どうだろう」
「ん、そうしよっ、か。……けど、モンターナさんに、挨拶とか、お礼とか、いい?」

 カノンがそんな気遣いを見せるが、その提案には首を横に振っておく。

「たぶんだけど、モンターナは今は会いたくないと思うぞ」
「えっ、どう……いう?」

 俺とモンターナは、この手の絶景やら秘境について、近い感性を持っている。
 だから、こういうのは直接会って、「ここがよかった」だの「こういう風に素晴らしかった」だの、言葉で感想を共有することを好まない気がする。
 どれだけ言葉を尽くしても、絶景を見たときの想いというのは表現しきれない。
 むしろ言葉を尽くせば尽くすほど、心象から遠ざかる気さえする。
 だからあらかじめフレンド登録を済ませておいて、この光景を見た後で再び逢わなくてもいいようにしておいたのだろう。
 よくもそこまで気が回るものだと感心してしまう。

 まぁ、それだけではないのだが。
 カノンにはこっちの理由の方が共感しやすいだろう。

「……あれだ。あんだけビシッと決め台詞決めたあとだし、すぐに再会したらあっちも恥ずかしいだろ」
「……たし、かに?」
「そっとしておこう」

 そっちの理由もある。
 モンターナが薦めていた光景を無事に見られたということが伝わるような一言メッセージを、拠点に戻った後で飛ばすくらいがちょうどいいだろう。
 なんて送ろうかな?
 『恐竜と出逢うのが今から楽しみだ』とか。
 いやこれだと元ネタの小説の方じゃなくて、それをオマージュした映画の方のネタで伝わっちゃうか。
 モンターナはたぶんどっちも知ってるだろうから別にいいか。
 冒険家を名乗っている以上、その二つの作品を知らないなんてことはまずないだろう。


 *────


 カノンがダイブアウトの手続きを始めるのを確認してから、俺も手続きを始める。
 この世界を去るまでの、1分のカウントダウンがはじまる。
 身体が薄っすらと、光の粒子に包まれていく。
 周囲を確認。ダイブアウト処理を妨げる外敵はいなさそうだ。

「忘れ物はないよな? ここ、一応拠点外だし気をつけないとな」
「失くしたくないの、ケープだけだから、大丈夫」
「……確かに、他は量産品ばかりか」

 相変わらず気軽な身の上だ。
 序盤のうちは、たとえ死に戻っても特に痛手はないといえばない。

「ん、そろそろ。……じゃあ、また、あとでね?」
「おう、また夜に逢おう」
「うん。……また、ね」

 カノンの身体が、光の粒子となって霧散する。
 数秒おいて、俺の身体もまた。



 そうして、意識が暗転する。


 *────


 意識の一瞬の空白を経て、気づけばそこは見慣れた空間。
 少しだけ蒸し暑い、六畳一間の自室。
 ニューロノーツを離れ、空気を吸い込んでみれば、肺を満たすのは淀んだ夏の空気。
 1,000m級の高地に位置するセドナのそれとは、似ても似つかない。
 やはりすごい場所だったな、セドナは。

 こちらの時刻はまだ、午後6時前。
 夕暮れ時と言うにはまだ早いけれど。
 夜の帳は瞬く間に降りてくるだろう。
 なにせこちらでは、時の流れが惑星カレドの二倍速いのだ。
 重力にその身を引かれるように、あっという間に太陽は沈む。
 窓の外に墜ち行く夕日を眺めながら。
 黒い鳥たちの、哀切を帯びた鳴き声を聞く。


 *────


(……。)

 現実に戻ってきても、まだどこか、ふわふわとした夢見心地のまま。
 頭に浮かぶのは、あの岩壁の向こう側に見た景色。
 どこまでも続く蒼穹の下にある、紺碧の湖。
 植物に侵食された、白い岩山。旋回する白い鳥たち。
 手を伸ばせば届くような場所に、まるで幻想絵画のような世界がある。

(……ぐぅ)

 正直に言おう。
 俺は、遥か眼下に見えたあの場所に、行ってみたかった。
 あの白い岩山の正体を探ってみたい。
 あの白い鳥たちを間近で見てみたい。
 あの湖の深さを確かめてみたい。
 あの湖の成分を調べてみたい。

 今のままでは無理だろう、とは思わない。
 たかが1,000m眼下の世界だ。
 あの岩壁を降りさえすれば、到達できる。
『犬』での経験に照らして、あの世界のフーガであれば、決して無謀だとは思わない。
 手を伸ばせば届くというのは、あながち錯覚ではないのだ。
 だが――

(……簡単には戻って来れない、よな)

 あの岩壁を降りるということは、あの岩壁を再び登らなければならないということだ。

 岩壁を登るのと降りるのと、果たしてどちらが難しいかといわれれば、俺は登る方が難しいと思う。
 なにせ降りるだけなら、道具を使って楽をする余地は幾らでもあるのだ。
 突き出した岩にロープを掛けて、命綱のようにして降りてもいい。
 適した岩がないなら、岩壁にペグを打ち込んでもいい。
 ロープの長さと強度さえ確保できるなら、ただ引力に導かれるままに崖を降り続けることすらできるだろう。

 だが、登るとなると話は別だ。
 そこはもう、純然たる身体能力の勝負になる。
 仮に崖上まで続く一本のロープを垂れ下げることに成功したとしても、登るのは容易ではないだろう。
 フーガの身体能力は、あくまで概ね現実準拠な一般人のそれに過ぎない。
 そして『犬』での経験上、現在の【登攀】の習熟度ではそれは叶わないだろう。
 途中で力尽きて終わりだ。
 今のフーガは【握力強化】や【体力スタミナ強化】といったアクションアシストも得ることができていない。

 と、なると。
 あの神秘的な光景を調査するという目的に対して、現状で俺が採ることが可能である、もっともさかしい手段は。
 最悪んでもいい覚悟で、あの岩壁を降り下り。
 あの景色を成す、さまざまなものを調査して。
 十分堪能したならば、崖の下でねばいい。
 そうすれば、崖の上の拠点にくることができる。
 あの世界でのフーガの命は無限だ。
 死に戻り覚悟の特攻探索という方法は、別に裏技でも禁じ手でもない。
 『犬』というゲームにおいて多くのプレイヤーが一度は考える手段だろう。

(――だけど)

 だけど、俺はその方法は選べない。
 自身の「死」を手段として使った瞬間から、フーガという存在は俺の中で劣化する。
 現実の俺に劣る、ゲームの中の俺にすぎなくなってしまう。
 我ながら難儀な性分だと思うが、そのくらいこだわってロールプレイをしないと、ゲームの中で本気ガチで生き足掻くなんて俺にはできそうにない。
 死んでたまるかと思うからこそ、最後の最後まで生き足掻けるのだ。
 どこかで、たった一度でも「どうせゲームだから死んでもいい」と妥協した瞬間に、死を前にした俺の足掻きは、「どうせゲームだから」という内なる囁きによって確実にぬるくなるだろう。
 きっと遠からず、モンターナがうとみそうな、白ける死に様を晒す羽目になる。
 本気で足掻けば避けられる死を避けようとしなくなる。
 死を回避することに全身全霊を尽くさなくなる。
 フーガの死を恐れなくなる。
 生き足掻かなくなる。

 それは、嫌だ。
 それは、愉しくない。
 ……たぶん、モンターナも。
 俺というプレイヤーに、簡単に死んで欲しくはないだろう。
 たぶん彼と俺は、その理由こそ違えど、同じ信条を共有している。
 死を手段として使うべきではないという、わがままな信条を。
 彼にとっては、そうすることで、世界の輝きが色褪せるから。
 俺にとっては、そうすることで、『犬』が――テレポバグが、愉しめなくなるから。

 結局、そこに行き着くんだ。
 俺はテレポバグが愉しくて『犬』をやってたんだ。
 どう見ても死にそうな状況で、それでも生き足掻くのが愉しくてワンダラーをやっていたんだ。
 その愉しみを少しでも損なうような行為はありえない。興醒めだ。
 そう考えてみれば、死に戻り利用の吶喊なんて、俺の中では悪手中の悪手だ。

(……でも、挑戦はしてみたいよな)

 死にたくはない。だが、挑戦はしてみたい。
 絶対に生きて帰ってくるという前提で、どこまで行けるか試してみたい。
 そんな衝動が、胸の奥から沸々と湧き上がってくる。
『犬』をプレイしているのにテレポバグができていない今、おそらくはテレポ欲を根源とするそんな衝動が、どうにも湧き上がって仕方ない。
「眼下に見たあの景色のもとまで行ってみたい」というのも、動機をこまかく解体して並べてみれば、その衝動の単なる理由付けにすぎない。
 ざっくり言えば、俺はいま、あの雄大な景色に感化されて。
 飛んだり跳ねたりのスリリングなアクションがしたくなっているのだと思う。

 絶対に死にたくはないが、死にかけはしたい。
 全身全霊全力全開で、なにかに打ち込んでみたい。
 ……贅沢な奴だな。
 これはひとえに、俺のワンダラーとしての業だろう。
 だが――

(――今はやめたほうがいいな)

 それはそれとして、今しばらくの間はカノンから目を離したくない。
 今のカノンは、目を離すと、ふらりと、あの崖の先に行ってしまいそうな危うさがある。
 果たしていつぶりのことか、俺は再びまた、カノンがいま、なにを考えているのかが、よくわからなくなっている。

 彼女は、あの先に行きたかったのか。
 それとも、ただ行ってしまいそうになったのか。
 立ち止まった俺。
 立ち止まらなかった彼女。
 俺はその腕を、思わず引いてしまったけれど。
 それもまた、単なるエゴの発露。
 彼女は俺に、その腕を引かれることを望まなかったかもしれない。

(……わからん)

 やはりそれは、考えていても仕方がないのだ。
 俺にできるのは、彼女の瞳の中に浮かぶ色を、過たないように窺うことだけ。
 そこに不快や嫌悪の色がない限り、俺は俺の望むように行動しよう。

(……ま、岩壁チャレンジは機を見て、でいっか)

 カノンが俺を誘ってくれたおかげで、俺は『犬2』をテレポバグなしでも十分楽しむことができている。
 その楽しみは、カノンと一緒にいないと味わえないものだ。
 今はその時間を大切にしよう。

 俺と彼女の時間は、ここまではたまたま重なっているけれど。
 今後はそれも、たびたびずれていくだろう。
 なにせ今日は日曜日。明日から平日だ。
 カノンの現実の事情はわからないが、俺が有休を取れたのは火曜日まで。
 そこから先はお互い一人の時間も増えていくだろう。
 ゲーム内では常に二人で、というようにはいかない。

(……ま、もともとはそういう感じだったしな)

 俺とカノン、そしてデューオと小夜。
 なんのきっかけでつるみ始めたのかよく覚えていないが、俺たちはそこまでべったりしていたわけではない。
 もともとテレポバグはおひとり様専用のコンテンツ。
 ゆえに俺たちのプレイスタイルも、どちらかと言えばソロプレイに寄っていた。
 それぞれが好きなようにテレポバグで遊んで、気が向いたときに気が向いた面子で、拠点拡張やイベント参加をしていただけだ。
 よく言えば気楽な関係、悪く言えば強いつながりのない関係。
 常に一緒に行動せずとも、その関係性は保たれるだろうという拠りどころのない信頼。
『犬』が終わったとき、俺が彼らと没交流になったのは、彼らとのつながりをそんな風に捉えていたからというのもある。
 だが――彼らにとっては、どうだったのだろうか。

(こっちでも逢えたらいいけどな。デューオに、小夜も)

 カノンにセドナの存在を教えたのがデューオだというのなら、デューオもきっとセドナを選ぶだろう。
 デューオと小夜が仲良くなったというのなら、必然小夜もまたセドナに来るだろう。
 となると、再びまた四人が一堂に会するようなこともあるかもしれない。
 その日が来ることを思えば、有休が切れる水曜以降の日々も待ち遠しいというものだ。

「……っし、飯食うか!」

 思考が散らかったまま、ごちゃごちゃ考えていても仕方ない。
 さっさと飯食って一風呂浴びて、今はカノンとの時間を楽しもうか。
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