60 / 148
一章
テーブルを作ろう
しおりを挟む
終日製造漬けとなった4日目。
ここまでに、分析して、石斧を作って、木材を確保して、ポールスタンドに小皿に椅子にと作ってきた。
本日最後につくるのは、カノンの提案により、テーブルとする。
時刻は午後10時過ぎ。これを作ったら、それで今日は終いになるだろう。
先ほど作ったばかりのお手製アンティーク風チェアに座りながら、カノンと相談を始める。
「さて、テーブルと言っても……これまたいろいろあるよな。どんなのがいいかな」
この脱出ポッドの内部はだいたい1Rほどの広さがある。
六畳一間、と言ってもいい。
とは言っても、六畳分がまるまる空白スペースとして空いているわけではない。
製造装置や分析装置、洗浄室区画が一部を埋めているし、壁面には操作コンソールや圧縮ストレージへ続く扉、外へと続くハッチなどがある。
圧縮ストレージが物置の役割を果たしているため、今のところ物の置き場に困ることはないが……それでも、それほど広い空間があるわけではないのだ。
ひと家族で囲めるようなダイニングテーブルを置いてしまうと、移動がしづらくなるだろう。
このやや手様な脱出ポッド内部の空間は、前作では拡張することができた。
物理的に横づけで脱出ポッドの施設空間を拡張していく感じだったが……今作ではどうなんだろう。
拡張自体はできると思うんだが……どうやって拡張していくんだ?
実は前作の「拠点の拡張」まわりの仕様、賛否両論だったんだよな。
基本的には横づけ、すなわち水平方向に拡張していく関係上、どうしても敷地面積を食う。
そのためプレイヤーの過密地域などでは、拠点を拡張するスペースがない、やたら拠点を広げるプレイヤーがいて迷惑、なんていう問題もたびたび発生していた。
その問題を避けるために、敢えて過密地域から少し離れたところに拠点を構える、なんていうスタイルもあったんだが……まぁ、それも不便と言えば不便だよな。
なにせ『犬』にはポータルがあった。
そのポータルまわりに拠点を構えたほうが、いろいろと移動の便がよかった。
そしてポータルまわりには、必然的にプレイヤーの拠点が密集する。
そんなとき、プレイヤーの拠点の敷地面積という問題は、プレイヤーの工夫のみでは簡単には解決できない、割と深刻な悩みとして立ち上がっていたのだ。
そのあたりの問題について、今作ではなにか改善の予定はあるのだろうか。
ちょっとカノンに聞いてみるか。
「カノン、チュートリアルで今作の『拠点の拡張』について、なんか説明あった?」
「ん、ちょっとだけ。ゲームを進めると拡張できるようになる、みたいな感じだった」
「それだけか。じゃあ、今作ではどんな感じに拡張するのかはよくわからないってことか」
「うん。今作でも、拡張自体はできるみたい、だけど」
拡張自体はできる。しかし、いましばらくの間はこの六畳一間のままってところか。
これもまた、拠点の拡張ができるようになったときのカタルシスを重視した設計思想だろう。
最初っから広げまくれるとありがたみがないしな。
今は空間を節約したり断捨離したりしながら、この空間を有効活用していこう。
「と、なると……今はあんまりでかいテーブルは作らない方が良いってことだな」
「椅子、ちょっと大きく作っちゃった?」
「この椅子はテーブルに着くための椅子じゃなくてくつろぐための椅子だから、これでいいぞ」
俺たちが求めているのは、本格的な食卓ではない。
そもそもダイニングテーブルなんて今は必要ないしな。
俺とカノンがこの椅子に座りながら歓談しているとき、飲み物や簡単な食料を置いておけるようなテーブルがあればいい。
肘掛けがあり、正面から座ることを前提しているこの椅子に合わせるなら、テーブルは手軽に移動可能な方がいいだろう。
テーブルに合わせていちいち椅子を引きずって動かすのではなく、使うときだけ俺たちの前にテーブルを出すようにすればいい。
「スタンドテーブルにするか」
「バーテーブル、みたいな?」
「おう。……おう?」
あれ、これ言葉の外延は一致してるのか?
俺のイメージは、1本の支柱に支えられた丸い天板、というイメージなんだけど。
「バーのホールによくある、丸くて小さくて、ちょっとおしゃれなの?」
「あー、だいたいあってるな。カノンのイメージのは、天板の直径が30cmくらいのかな。
でも、もう一回り大きくてもいいと思う。
昼下がりのカフェテリアにありそうな、直径50cmくらいのやつ」
バーテーブルにはワインボトルと2人分のグラスと、おつまみ用の小皿が数点乗ればいいからな。
かなり小さい。あれよりはもう少し大きくてもいいだろう。
「どうかな。普段は角際に寄せておいて、使うときだけ俺たちの前に出してもいいし」
「んっ。じゃあ、それで作ろっか」
だいたいのイメージが固まったので、あとは製造装置に向かい合って調整していけばいいだろう。
椅子から立ち上がり、製造装置に向かう。
……しみじみと思うが、俺たち、今まで椅子なしで生活してきたんだよなぁ。
*────
「スタンドテーブル、と……」
名称指定検索機能で、製造装置のラインナップを絞り込む。
イメージはかなり具体的に固まっている。
それに近いものを選べば、3Ⅾモデリングで弄るべき部分も少なくなるだろう。
結果的に時短につながる。楽できるところは楽していきたい。
ラインナップの中に、そのものずばりな家具があったため、選択。
完成参考図が表示される。
「方向性としては、こんな感じかな?」
「こんな感じかも」
直径50cm厚さ2cmほどの丸い天板を、一本の太めの木製の支柱で支えるシンプルな構造。
天板の高さは70cmほど。椅子に座ったときに丁度いいくらいの高さだ。
だが、見た感じ……このままだと、安定性と強度面で不安じゃないか?
天板の端の方に上から力が加わると、すぐにテーブル全体が傾いてしまいそうだ。
製造装置先生がどれだけ支柱と天板を強く接着してくれたとしても、それは構造上の問題だからどうしようもないはずだ。
……ちょっと、一工夫加えてみようか。
「カノン、ちょっとここから弄ってもいい?」
「んっ。フーガくんの、好きなようにして、いいよ」
ぐらつくテーブルとか使っててストレスがたまりそうだからな。
ちょっと頑張ってみる。
*────
で。その頑張りは俺の脳内でざっくり済ませまして。
苦戦しながら、3Ⅾモデリングを続けること30分ほど。
なんとか「なんちゃってスタンドテーブル」の形を描くことができた。
見た目はよくあるスタンドテーブルだが、支えや基部の台形円柱を作り出すのになんかすごい苦労した……。
支えを丸ごと切り出せるような原木のブロックがあれば、話は早かったのだが……。
「で、こんな感じになりましたが」
「なんかすっごい、こだわってたね?」
完成予想図に表示されているのは、木目調のスタンドテーブル。
天板の高さは70cmほどで、立って使うのではなく椅子に座って使うのを想定している。
木の板を張り合わせて作られた天板は、直径50cm厚さ2cmほど。
その縁は、軽く研磨して丸みを帯びさせる。
天板の下には、半分に切った西瓜をくっつけて、その下の方を切り落としたかのような、丸みを帯びた支えを作った。
その支えに突き刺さる木製の支柱はやや太めの円柱形。
支柱の下部には、先ほどの支えを上下にひっくり返して、浅く広くつぶしたような丸い基部。
ちょっとしたおまけとして、接地面となる円盤にはカオリマツの樹脂で滑り止めを施してある。
家具作りにおいては、思った以上にカオリマツの樹脂の使いどころが多い。
「バーテーブルってすごいよな……いろいろ工夫されてるわ」
バーテーブルというものは、ちゃんと自立するのは当然として、天板の上に物を載せても簡単には傾かないようになっている。
ちゃんと力学的に考えてつくられた構造になっているのだと思う。
俺のなんちゃってテーブルも、記憶の中のそれらを手本に、採り入れられる工夫は一応採り入れたつもりだ。
それでもその性能は、現実のそれらには遠く及ばないだろう。
たぶんテーブルの端っこに強く手を着くと、テーブル全体がガタっと浮いてしまう。
これ以上の安定感を求めようと思うと、天板を小さくするか、支えを大きく重くするか、それか……そもそも支柱の数を増やすかが、必要になるのではなかろうか。
それ以上の工夫は、俺の頭のスペックでは思い至らなかった。
最初から、支柱の数を増やせばよかったんじゃないかって?
正直、弄ってる途中で俺も気づいたよ。
支柱1本のテーブルって安定させるの難しいよなって。
いいんだ、今回は支柱1本でどこまで頑張れるかを試してみたかったんだ。
これでぐらつくようだったら、諦めて四つ脚を生やそう。
脚の数が多い方が安定するなんてわかりきったことだ。
「ごめん、カノン。これでぐらつくようなら、脚の数を増やして作り直そう。
支柱一本のスタンドテーブルを作るには、俺の力量が不足してた。
やたら大量に木材使うことになっちゃいそうだし。
特に支え部分の台形作るのに、なんかすっごく無駄な木材が出そう……」
「ううん。フーガくん、すっごい頭使ってたし、たぶん大丈夫、だよ。
まずは、いっかい作ってみよ?」
作る前から心が折れかけているところにカノンさんの慈愛が染みる。
これが母性か。
「……よっしゃ、試しにこれで作るか!
新しく採ってくれば、木材もまだまだあるしな!」
「うんっ、作ってみよっ!」
今回のテーブルに関しては、正直自信も何もあったもんじゃない。
運を天に任せるつもりで、製造開始ボタンをポチっと行こう。
ポチっ
……。
ウィーン――――
シュルシュルシュルシュルシュル――――
「木材加工でお馴染みの音だな」
「でも、ちょっと音がうるさいかも」
「たくさん使ってるのかなぁ……うぐぐ」
シュイィィィ――――ン
「椅子のときは穴を開けてるような音だと思ったけど、木材を薄く削ってる音でもあるよな」
「かんながけ、みたいな?」
「そうそう。木材を高速回転させてかんなに当ててる、みたいな」
――――
「無音怖いんだけど」
「なにかやってる、のかな」
「エラーとか吐いたらどうする?」
「たたく?」
「斜め45度でか」
コッ カッ コッ コッ
「おっ、組み立て音だ」
「パーツは、うまくできたのかな?」
「できてるといいんだけどなぁ」
……。
パッ。
こっそり測ったところ、作業時間はジャスト一分。
基本的に製造装置先生の納期は一分であるらしい。
どんなデスワークだよ。
「よーし、見てみるかぁ……」
不安だなぁ。
試験で自信がなかったときの、答案返却時の気分だ。
3Ⅾモデリングで余計な事せずに、そのまま作っとけばよかったかなぁ。
……いかんいかん、カノンにまた窘められてしまう。
まずは採点結果を確認しよう。
というか採点しよう。厳しめにな。
どきどきしながら圧縮ストレージの扉を開ける。
すると、そこにあったのは――
「わぁっ――。おしゃれで、いい感じ、じゃない?」
「……見た目は、いいな。見た目は」
昼下がりのカフェテリアの窓際にありそうな、木目調のスタンドテーブル。
見たところ、設計した通りの出来だ。
削り出したばかりの、スッと鼻をつくような木材の香りがする。
ちゃんと自立している。
今のところ倒れそうな気配はない。
だが、実用に足るかどうかはまた別の話だ。
これより採点を開始する。
テーブルの外縁部分に触れ、上から軽く力を掛けてみる。
(――あれ?)
なんかすっごい安定してるぞ。ちょっとやそっとでは動かない。
支えを大きめに作ったからか?
もう少し強く力を加えてみるが、やはりテーブルは動かない。
構造的には、こうして力を掛けると、支柱を挟んで反対側の基部が簡単に浮き上がりそうなものだが――
(……ん?)
倒れる。
浮き上がる。
――回転する?
「あ。ああー……そっか、そっかぁ……」
「ん?どうしたの、フーガくん」
「――わかった。たぶん滑り止めのおかげだ、これ」
「ぅん?」
なんでテーブルの基部が浮き上がらないのかと思ったが、たぶん接地面の摩擦が大きいからだ。
その摩擦力が働く方向は、水平方向で。
この物体の重心は、地面から離れた支柱内のどこかにある。
つまり滑り止めによって強められた摩擦力は、この物体が動く瞬間だけ、その動きを妨げるモーメントとして発生する。
それは当然、この天板に垂直方向の力が加わることでこのテーブルにはたらくモーメントと――
「……フーガ、くん?」
「……、なんというか」
「うん」
「物理学って、奥が深いな」
「えっと、どういう?」
「たぶん、俺が設計中に考えてたのと全然ちがう理屈で、このテーブルは安定してる。
安定性に一番貢献してるのは、支えとか基部の形状じゃなくて、基部の裏面になんとなくで塗布したカオリマツの樹脂の滑り止めだ」
傾き始めると一気に傾くだろうが、傾き始めるまでにはかなりの力を加える必要がある。
ざっくり言えば、接地面にはたらく静止摩擦力が、このテーブルの回転を常に妨げているわけだ。
だから、たとえテーブルに垂直に手を着いたとしても、テーブルは簡単に倒れたりはしない。
垂直方向の力と干渉する、水平方向の力。モーメントの打ち消し。
なるほど、スタンドテーブルの接地面が広く作られるのは、そういうわけか。
接地面が広い方が安定するって言うのは、そういう理屈か。
別に脚の数を増やさなくても、頭でっかちなテーブルを安定させることはできるわけだ。
ただ、接合部分の強度の問題はあるが――それも、製造装置がクリアしてくれる。
はー、なるほど。
別に俺が3Ⅾモデリングで弄らなくても、いかにも安定しなさそうな初期参考図のスタンドテーブルは、あれでよかったわけだ。
接合部の強度さえ確保できているなら、テーブルを安定させるための支えなど要らなかった。
ただ床面との接地面積、すなわち十分な摩擦力だけ確保すればよかった。
その摩擦力を確保するために、テーブルの重量――質量を確保するだけでよかった。
摩擦がある環境において、重い物体は、ただ重いというそれだけで回転しにくいのだから。
回転しにくいということは、浮き上がりにくいということで、倒れにくいということだ。
あるいは、十分な質量を確保せずとも、ただ摩擦係数を高めればよかった。
滑りにくいということは、回転しにくいということ。
すなわち浮き上がりにくいということ、倒れにくいということなのだから。
俺には設計の最初から最後まで、力のモーメントという視点が抜け落ちていたわけだ。
それがわかっていれば、接地面の摩擦力をできるだけ稼ぐという方向で設計できただろうに。
理系育ちではないということが、今までで一番大きく響いた失敗な気がする。
「……へこむわー」
「フーガくん、さっきから、めまぐるしい、ね」
「いやぁ、浅はかだったなぁ、と……。
うん、この辺にしとくか。さっきから一人でブツクサ言っててごめんな、カノン。
あと、たぶん木材無駄に使っちゃった。そっちもすまん」
いちばん木材を浪費したであろう支えが、一番要らなかったかもしれんという悲しい事実。
……いや、でもテーブルの壊れにくさにはつながってるよな。
支柱と天板の接地面積が小さければ、そこが力学的に脆い部分になる。
それに下に広い支えがあった方が、上に載せてある天板も割れにくいはずだ。
ましてこの天板は、木の板を接着して作った木製の合成円盤。たぶん割れやすい。
だから手間暇かけて作った支えも決して無駄ではなかった……と思う。
「ううん。見た目もおしゃれだし、わたしは、……好き、だよ?」
「そう? ……じゃあ万事オッケーだな、ヨシ!」
気持ちを切り替えよう。
俺がどう思うかではなく、使う人がどう思うかだろう。
すべてはそれだ。家具も道具も創作物も。
カノンがいい感じだというのなら、俺の空回りも決して無駄ではなかっただろう。
「ありがとう、カノン」
「えっと、よくわからないけど。……どういたしまして?」
「うん」
せっかく作ったテーブルだ。
製作過程のあれこれは思い出として記憶の戸棚に仕舞っておいて、あとは実践で活躍してもらおう。
テーブルの下部に潜り込み、支柱を持ちあげる。
――うん、頑丈だ。天板もぐらついたりしない。いいじゃないか。
重さは……ちょっとわかりづらいけど、10kg前後かな?
「んじゃ、脱出ポッドに運ぶかー……これ、扉通るか?」
「傾ければ、ぎりぎり通りそう、かも」
「どれ。……ほんとだ。通るな」
「でも、もう少し大きかったら、危ないね」
「パーツでばらせるように作ればいいのかな」
ベッドとか作るときは、ちょっと気をつけよう。
*────
「……さて、どこに置く?」
テーブルの天板の大きさは50cmほど。高さは70cmほど。
これくらいなら、どこに置いても邪魔にはなるまい。
当初の予定では、部屋の隅に寄せておくつもりだったが……
「おしゃれな見た目だし、部屋の真ん中は、どう?
お花飾ったりとか、小物を置いたりとか、便利そう」
「おっ、いいな。食事に使うときだけ椅子の傍に寄せるか」
「うんっ」
ということで、このテーブルは脱出ポッドの中央に鎮座させる。
脱出ポッドのメカメカしい内装には合わないが、決してみずぼらしい感じはしない。
見た目にも多少こだわった甲斐があったというものだ。
「じゃあ、試しになんか置いてみるか」
「……なにか、置くものあったっけ」
「塩の小皿がありますね」
玄武岩から切り出した、黒い小皿の上に、ほんの少しだけ載った塩化ナトリウムの結晶。
それを作ったばかりの木製のスタンドテーブルに載せてみる。
「……あれ? なんかいい感じ?」
「雑誌とか、アウトドア系特集ページの見開きに、ありそう」
「なんかフォトジェニックな感じするよな」
「天然素材の道具を使ってみよう」とか、そんな感じの特集だろうか。
素材の味をそのまま活かして作られたテーブルと小皿がうまく調和している。
どちらも大自然のなかにある素材そのままだからな。
噛み合うのも納得だ。
「苦労はしたが、作ってよかったな」
「んっ。……大切に、使っていこう、ね」
「そうだな。末永く使っていこう」
嬉しいことを言ってくれる。
職人さんが一番うれしい一言だろう。
俺は職人さんではないが、作者の片割れとしては嬉しい。
「――さて、今日はこの辺にしようか」
身体の力を抜きたくて、先ほど作ったアンティークチェアに腰掛ける。
スタンドテーブルの製作はそこそこ頭も使ったからな。
ちょっと疲れた。そんなとき、身体を支えてくれるものがある。
ビバ、椅子。スパシーバ、椅子。
「んっ。お疲れさま、フーガくん」
カノンも同じように、彼女の椅子に腰を掛ける。
肘掛けの内側に、すっぽりと身を収めるようにして、身体の力を抜いているようだ。
彼女が気兼ねなく腰を下ろせるようになったのは、今回のもっとも大きな収穫だ。
俺も背もたれにもたれかかりながら、一つ伸びをして。
「お疲れさま、カノン。いろいろ助けてくれてありがとな。
誰かと意見を擦り合わせながら作ると、やっぱりいいものが作れるよな」
「ほとんど、フーガくんに、任せっきり、だったかも」
「そんなことはないぞ。椅子のデザインとかもそうだし、カノンの貢献度は計り知れん」
俺が作ると、どうしても……頭でっかちなデザインになるからな。
理論先行というか、客観的に見て使いやすいかどうかわからんというか。
スタンドテーブルのような空回りもしてしまう。
誰かの意見を聞きながら物を作れるというのは、極めて貴重な環境なのだ。
特に、なにか新しいものを作り出す場合は。
「じゃあ、お互い様、だね?」
「おう。いいものが作れてよかった。楽しかったよ」
「わたしも。――ありがと、フーガくん」
そう言ってくれるなら、この疲労した頭も癒えるというものだ。
そうして、少しだけ静かな時間が流れる。
今日は一日製造漬けだった。
だが、外に繰り出して、この世界を冒険するのに決して劣らない、楽しい時間を過ごせたと思う。
それもこれも、カノンのおかげだ。
「――じゃあ、そろそろ寝ようか」
「うんっ。また、明日、いい?」
「もちろん。また明日。カノン」
椅子に腰掛けたまま、ダイブアウトの処理を行う。
こうして定位置があるというのもいいものだ。
落ち着いてダイブアウトできるというか、そんな感じ。
「おやすみ、カノン」
「おやすみ、フーガくん」
そうして、俺たちはこの世界から離脱する。
この世界に、俺たちが存在したことを示す、たしかな痕跡を遺して。
そして、意識は暗転する。
ここまでに、分析して、石斧を作って、木材を確保して、ポールスタンドに小皿に椅子にと作ってきた。
本日最後につくるのは、カノンの提案により、テーブルとする。
時刻は午後10時過ぎ。これを作ったら、それで今日は終いになるだろう。
先ほど作ったばかりのお手製アンティーク風チェアに座りながら、カノンと相談を始める。
「さて、テーブルと言っても……これまたいろいろあるよな。どんなのがいいかな」
この脱出ポッドの内部はだいたい1Rほどの広さがある。
六畳一間、と言ってもいい。
とは言っても、六畳分がまるまる空白スペースとして空いているわけではない。
製造装置や分析装置、洗浄室区画が一部を埋めているし、壁面には操作コンソールや圧縮ストレージへ続く扉、外へと続くハッチなどがある。
圧縮ストレージが物置の役割を果たしているため、今のところ物の置き場に困ることはないが……それでも、それほど広い空間があるわけではないのだ。
ひと家族で囲めるようなダイニングテーブルを置いてしまうと、移動がしづらくなるだろう。
このやや手様な脱出ポッド内部の空間は、前作では拡張することができた。
物理的に横づけで脱出ポッドの施設空間を拡張していく感じだったが……今作ではどうなんだろう。
拡張自体はできると思うんだが……どうやって拡張していくんだ?
実は前作の「拠点の拡張」まわりの仕様、賛否両論だったんだよな。
基本的には横づけ、すなわち水平方向に拡張していく関係上、どうしても敷地面積を食う。
そのためプレイヤーの過密地域などでは、拠点を拡張するスペースがない、やたら拠点を広げるプレイヤーがいて迷惑、なんていう問題もたびたび発生していた。
その問題を避けるために、敢えて過密地域から少し離れたところに拠点を構える、なんていうスタイルもあったんだが……まぁ、それも不便と言えば不便だよな。
なにせ『犬』にはポータルがあった。
そのポータルまわりに拠点を構えたほうが、いろいろと移動の便がよかった。
そしてポータルまわりには、必然的にプレイヤーの拠点が密集する。
そんなとき、プレイヤーの拠点の敷地面積という問題は、プレイヤーの工夫のみでは簡単には解決できない、割と深刻な悩みとして立ち上がっていたのだ。
そのあたりの問題について、今作ではなにか改善の予定はあるのだろうか。
ちょっとカノンに聞いてみるか。
「カノン、チュートリアルで今作の『拠点の拡張』について、なんか説明あった?」
「ん、ちょっとだけ。ゲームを進めると拡張できるようになる、みたいな感じだった」
「それだけか。じゃあ、今作ではどんな感じに拡張するのかはよくわからないってことか」
「うん。今作でも、拡張自体はできるみたい、だけど」
拡張自体はできる。しかし、いましばらくの間はこの六畳一間のままってところか。
これもまた、拠点の拡張ができるようになったときのカタルシスを重視した設計思想だろう。
最初っから広げまくれるとありがたみがないしな。
今は空間を節約したり断捨離したりしながら、この空間を有効活用していこう。
「と、なると……今はあんまりでかいテーブルは作らない方が良いってことだな」
「椅子、ちょっと大きく作っちゃった?」
「この椅子はテーブルに着くための椅子じゃなくてくつろぐための椅子だから、これでいいぞ」
俺たちが求めているのは、本格的な食卓ではない。
そもそもダイニングテーブルなんて今は必要ないしな。
俺とカノンがこの椅子に座りながら歓談しているとき、飲み物や簡単な食料を置いておけるようなテーブルがあればいい。
肘掛けがあり、正面から座ることを前提しているこの椅子に合わせるなら、テーブルは手軽に移動可能な方がいいだろう。
テーブルに合わせていちいち椅子を引きずって動かすのではなく、使うときだけ俺たちの前にテーブルを出すようにすればいい。
「スタンドテーブルにするか」
「バーテーブル、みたいな?」
「おう。……おう?」
あれ、これ言葉の外延は一致してるのか?
俺のイメージは、1本の支柱に支えられた丸い天板、というイメージなんだけど。
「バーのホールによくある、丸くて小さくて、ちょっとおしゃれなの?」
「あー、だいたいあってるな。カノンのイメージのは、天板の直径が30cmくらいのかな。
でも、もう一回り大きくてもいいと思う。
昼下がりのカフェテリアにありそうな、直径50cmくらいのやつ」
バーテーブルにはワインボトルと2人分のグラスと、おつまみ用の小皿が数点乗ればいいからな。
かなり小さい。あれよりはもう少し大きくてもいいだろう。
「どうかな。普段は角際に寄せておいて、使うときだけ俺たちの前に出してもいいし」
「んっ。じゃあ、それで作ろっか」
だいたいのイメージが固まったので、あとは製造装置に向かい合って調整していけばいいだろう。
椅子から立ち上がり、製造装置に向かう。
……しみじみと思うが、俺たち、今まで椅子なしで生活してきたんだよなぁ。
*────
「スタンドテーブル、と……」
名称指定検索機能で、製造装置のラインナップを絞り込む。
イメージはかなり具体的に固まっている。
それに近いものを選べば、3Ⅾモデリングで弄るべき部分も少なくなるだろう。
結果的に時短につながる。楽できるところは楽していきたい。
ラインナップの中に、そのものずばりな家具があったため、選択。
完成参考図が表示される。
「方向性としては、こんな感じかな?」
「こんな感じかも」
直径50cm厚さ2cmほどの丸い天板を、一本の太めの木製の支柱で支えるシンプルな構造。
天板の高さは70cmほど。椅子に座ったときに丁度いいくらいの高さだ。
だが、見た感じ……このままだと、安定性と強度面で不安じゃないか?
天板の端の方に上から力が加わると、すぐにテーブル全体が傾いてしまいそうだ。
製造装置先生がどれだけ支柱と天板を強く接着してくれたとしても、それは構造上の問題だからどうしようもないはずだ。
……ちょっと、一工夫加えてみようか。
「カノン、ちょっとここから弄ってもいい?」
「んっ。フーガくんの、好きなようにして、いいよ」
ぐらつくテーブルとか使っててストレスがたまりそうだからな。
ちょっと頑張ってみる。
*────
で。その頑張りは俺の脳内でざっくり済ませまして。
苦戦しながら、3Ⅾモデリングを続けること30分ほど。
なんとか「なんちゃってスタンドテーブル」の形を描くことができた。
見た目はよくあるスタンドテーブルだが、支えや基部の台形円柱を作り出すのになんかすごい苦労した……。
支えを丸ごと切り出せるような原木のブロックがあれば、話は早かったのだが……。
「で、こんな感じになりましたが」
「なんかすっごい、こだわってたね?」
完成予想図に表示されているのは、木目調のスタンドテーブル。
天板の高さは70cmほどで、立って使うのではなく椅子に座って使うのを想定している。
木の板を張り合わせて作られた天板は、直径50cm厚さ2cmほど。
その縁は、軽く研磨して丸みを帯びさせる。
天板の下には、半分に切った西瓜をくっつけて、その下の方を切り落としたかのような、丸みを帯びた支えを作った。
その支えに突き刺さる木製の支柱はやや太めの円柱形。
支柱の下部には、先ほどの支えを上下にひっくり返して、浅く広くつぶしたような丸い基部。
ちょっとしたおまけとして、接地面となる円盤にはカオリマツの樹脂で滑り止めを施してある。
家具作りにおいては、思った以上にカオリマツの樹脂の使いどころが多い。
「バーテーブルってすごいよな……いろいろ工夫されてるわ」
バーテーブルというものは、ちゃんと自立するのは当然として、天板の上に物を載せても簡単には傾かないようになっている。
ちゃんと力学的に考えてつくられた構造になっているのだと思う。
俺のなんちゃってテーブルも、記憶の中のそれらを手本に、採り入れられる工夫は一応採り入れたつもりだ。
それでもその性能は、現実のそれらには遠く及ばないだろう。
たぶんテーブルの端っこに強く手を着くと、テーブル全体がガタっと浮いてしまう。
これ以上の安定感を求めようと思うと、天板を小さくするか、支えを大きく重くするか、それか……そもそも支柱の数を増やすかが、必要になるのではなかろうか。
それ以上の工夫は、俺の頭のスペックでは思い至らなかった。
最初から、支柱の数を増やせばよかったんじゃないかって?
正直、弄ってる途中で俺も気づいたよ。
支柱1本のテーブルって安定させるの難しいよなって。
いいんだ、今回は支柱1本でどこまで頑張れるかを試してみたかったんだ。
これでぐらつくようだったら、諦めて四つ脚を生やそう。
脚の数が多い方が安定するなんてわかりきったことだ。
「ごめん、カノン。これでぐらつくようなら、脚の数を増やして作り直そう。
支柱一本のスタンドテーブルを作るには、俺の力量が不足してた。
やたら大量に木材使うことになっちゃいそうだし。
特に支え部分の台形作るのに、なんかすっごく無駄な木材が出そう……」
「ううん。フーガくん、すっごい頭使ってたし、たぶん大丈夫、だよ。
まずは、いっかい作ってみよ?」
作る前から心が折れかけているところにカノンさんの慈愛が染みる。
これが母性か。
「……よっしゃ、試しにこれで作るか!
新しく採ってくれば、木材もまだまだあるしな!」
「うんっ、作ってみよっ!」
今回のテーブルに関しては、正直自信も何もあったもんじゃない。
運を天に任せるつもりで、製造開始ボタンをポチっと行こう。
ポチっ
……。
ウィーン――――
シュルシュルシュルシュルシュル――――
「木材加工でお馴染みの音だな」
「でも、ちょっと音がうるさいかも」
「たくさん使ってるのかなぁ……うぐぐ」
シュイィィィ――――ン
「椅子のときは穴を開けてるような音だと思ったけど、木材を薄く削ってる音でもあるよな」
「かんながけ、みたいな?」
「そうそう。木材を高速回転させてかんなに当ててる、みたいな」
――――
「無音怖いんだけど」
「なにかやってる、のかな」
「エラーとか吐いたらどうする?」
「たたく?」
「斜め45度でか」
コッ カッ コッ コッ
「おっ、組み立て音だ」
「パーツは、うまくできたのかな?」
「できてるといいんだけどなぁ」
……。
パッ。
こっそり測ったところ、作業時間はジャスト一分。
基本的に製造装置先生の納期は一分であるらしい。
どんなデスワークだよ。
「よーし、見てみるかぁ……」
不安だなぁ。
試験で自信がなかったときの、答案返却時の気分だ。
3Ⅾモデリングで余計な事せずに、そのまま作っとけばよかったかなぁ。
……いかんいかん、カノンにまた窘められてしまう。
まずは採点結果を確認しよう。
というか採点しよう。厳しめにな。
どきどきしながら圧縮ストレージの扉を開ける。
すると、そこにあったのは――
「わぁっ――。おしゃれで、いい感じ、じゃない?」
「……見た目は、いいな。見た目は」
昼下がりのカフェテリアの窓際にありそうな、木目調のスタンドテーブル。
見たところ、設計した通りの出来だ。
削り出したばかりの、スッと鼻をつくような木材の香りがする。
ちゃんと自立している。
今のところ倒れそうな気配はない。
だが、実用に足るかどうかはまた別の話だ。
これより採点を開始する。
テーブルの外縁部分に触れ、上から軽く力を掛けてみる。
(――あれ?)
なんかすっごい安定してるぞ。ちょっとやそっとでは動かない。
支えを大きめに作ったからか?
もう少し強く力を加えてみるが、やはりテーブルは動かない。
構造的には、こうして力を掛けると、支柱を挟んで反対側の基部が簡単に浮き上がりそうなものだが――
(……ん?)
倒れる。
浮き上がる。
――回転する?
「あ。ああー……そっか、そっかぁ……」
「ん?どうしたの、フーガくん」
「――わかった。たぶん滑り止めのおかげだ、これ」
「ぅん?」
なんでテーブルの基部が浮き上がらないのかと思ったが、たぶん接地面の摩擦が大きいからだ。
その摩擦力が働く方向は、水平方向で。
この物体の重心は、地面から離れた支柱内のどこかにある。
つまり滑り止めによって強められた摩擦力は、この物体が動く瞬間だけ、その動きを妨げるモーメントとして発生する。
それは当然、この天板に垂直方向の力が加わることでこのテーブルにはたらくモーメントと――
「……フーガ、くん?」
「……、なんというか」
「うん」
「物理学って、奥が深いな」
「えっと、どういう?」
「たぶん、俺が設計中に考えてたのと全然ちがう理屈で、このテーブルは安定してる。
安定性に一番貢献してるのは、支えとか基部の形状じゃなくて、基部の裏面になんとなくで塗布したカオリマツの樹脂の滑り止めだ」
傾き始めると一気に傾くだろうが、傾き始めるまでにはかなりの力を加える必要がある。
ざっくり言えば、接地面にはたらく静止摩擦力が、このテーブルの回転を常に妨げているわけだ。
だから、たとえテーブルに垂直に手を着いたとしても、テーブルは簡単に倒れたりはしない。
垂直方向の力と干渉する、水平方向の力。モーメントの打ち消し。
なるほど、スタンドテーブルの接地面が広く作られるのは、そういうわけか。
接地面が広い方が安定するって言うのは、そういう理屈か。
別に脚の数を増やさなくても、頭でっかちなテーブルを安定させることはできるわけだ。
ただ、接合部分の強度の問題はあるが――それも、製造装置がクリアしてくれる。
はー、なるほど。
別に俺が3Ⅾモデリングで弄らなくても、いかにも安定しなさそうな初期参考図のスタンドテーブルは、あれでよかったわけだ。
接合部の強度さえ確保できているなら、テーブルを安定させるための支えなど要らなかった。
ただ床面との接地面積、すなわち十分な摩擦力だけ確保すればよかった。
その摩擦力を確保するために、テーブルの重量――質量を確保するだけでよかった。
摩擦がある環境において、重い物体は、ただ重いというそれだけで回転しにくいのだから。
回転しにくいということは、浮き上がりにくいということで、倒れにくいということだ。
あるいは、十分な質量を確保せずとも、ただ摩擦係数を高めればよかった。
滑りにくいということは、回転しにくいということ。
すなわち浮き上がりにくいということ、倒れにくいということなのだから。
俺には設計の最初から最後まで、力のモーメントという視点が抜け落ちていたわけだ。
それがわかっていれば、接地面の摩擦力をできるだけ稼ぐという方向で設計できただろうに。
理系育ちではないということが、今までで一番大きく響いた失敗な気がする。
「……へこむわー」
「フーガくん、さっきから、めまぐるしい、ね」
「いやぁ、浅はかだったなぁ、と……。
うん、この辺にしとくか。さっきから一人でブツクサ言っててごめんな、カノン。
あと、たぶん木材無駄に使っちゃった。そっちもすまん」
いちばん木材を浪費したであろう支えが、一番要らなかったかもしれんという悲しい事実。
……いや、でもテーブルの壊れにくさにはつながってるよな。
支柱と天板の接地面積が小さければ、そこが力学的に脆い部分になる。
それに下に広い支えがあった方が、上に載せてある天板も割れにくいはずだ。
ましてこの天板は、木の板を接着して作った木製の合成円盤。たぶん割れやすい。
だから手間暇かけて作った支えも決して無駄ではなかった……と思う。
「ううん。見た目もおしゃれだし、わたしは、……好き、だよ?」
「そう? ……じゃあ万事オッケーだな、ヨシ!」
気持ちを切り替えよう。
俺がどう思うかではなく、使う人がどう思うかだろう。
すべてはそれだ。家具も道具も創作物も。
カノンがいい感じだというのなら、俺の空回りも決して無駄ではなかっただろう。
「ありがとう、カノン」
「えっと、よくわからないけど。……どういたしまして?」
「うん」
せっかく作ったテーブルだ。
製作過程のあれこれは思い出として記憶の戸棚に仕舞っておいて、あとは実践で活躍してもらおう。
テーブルの下部に潜り込み、支柱を持ちあげる。
――うん、頑丈だ。天板もぐらついたりしない。いいじゃないか。
重さは……ちょっとわかりづらいけど、10kg前後かな?
「んじゃ、脱出ポッドに運ぶかー……これ、扉通るか?」
「傾ければ、ぎりぎり通りそう、かも」
「どれ。……ほんとだ。通るな」
「でも、もう少し大きかったら、危ないね」
「パーツでばらせるように作ればいいのかな」
ベッドとか作るときは、ちょっと気をつけよう。
*────
「……さて、どこに置く?」
テーブルの天板の大きさは50cmほど。高さは70cmほど。
これくらいなら、どこに置いても邪魔にはなるまい。
当初の予定では、部屋の隅に寄せておくつもりだったが……
「おしゃれな見た目だし、部屋の真ん中は、どう?
お花飾ったりとか、小物を置いたりとか、便利そう」
「おっ、いいな。食事に使うときだけ椅子の傍に寄せるか」
「うんっ」
ということで、このテーブルは脱出ポッドの中央に鎮座させる。
脱出ポッドのメカメカしい内装には合わないが、決してみずぼらしい感じはしない。
見た目にも多少こだわった甲斐があったというものだ。
「じゃあ、試しになんか置いてみるか」
「……なにか、置くものあったっけ」
「塩の小皿がありますね」
玄武岩から切り出した、黒い小皿の上に、ほんの少しだけ載った塩化ナトリウムの結晶。
それを作ったばかりの木製のスタンドテーブルに載せてみる。
「……あれ? なんかいい感じ?」
「雑誌とか、アウトドア系特集ページの見開きに、ありそう」
「なんかフォトジェニックな感じするよな」
「天然素材の道具を使ってみよう」とか、そんな感じの特集だろうか。
素材の味をそのまま活かして作られたテーブルと小皿がうまく調和している。
どちらも大自然のなかにある素材そのままだからな。
噛み合うのも納得だ。
「苦労はしたが、作ってよかったな」
「んっ。……大切に、使っていこう、ね」
「そうだな。末永く使っていこう」
嬉しいことを言ってくれる。
職人さんが一番うれしい一言だろう。
俺は職人さんではないが、作者の片割れとしては嬉しい。
「――さて、今日はこの辺にしようか」
身体の力を抜きたくて、先ほど作ったアンティークチェアに腰掛ける。
スタンドテーブルの製作はそこそこ頭も使ったからな。
ちょっと疲れた。そんなとき、身体を支えてくれるものがある。
ビバ、椅子。スパシーバ、椅子。
「んっ。お疲れさま、フーガくん」
カノンも同じように、彼女の椅子に腰を掛ける。
肘掛けの内側に、すっぽりと身を収めるようにして、身体の力を抜いているようだ。
彼女が気兼ねなく腰を下ろせるようになったのは、今回のもっとも大きな収穫だ。
俺も背もたれにもたれかかりながら、一つ伸びをして。
「お疲れさま、カノン。いろいろ助けてくれてありがとな。
誰かと意見を擦り合わせながら作ると、やっぱりいいものが作れるよな」
「ほとんど、フーガくんに、任せっきり、だったかも」
「そんなことはないぞ。椅子のデザインとかもそうだし、カノンの貢献度は計り知れん」
俺が作ると、どうしても……頭でっかちなデザインになるからな。
理論先行というか、客観的に見て使いやすいかどうかわからんというか。
スタンドテーブルのような空回りもしてしまう。
誰かの意見を聞きながら物を作れるというのは、極めて貴重な環境なのだ。
特に、なにか新しいものを作り出す場合は。
「じゃあ、お互い様、だね?」
「おう。いいものが作れてよかった。楽しかったよ」
「わたしも。――ありがと、フーガくん」
そう言ってくれるなら、この疲労した頭も癒えるというものだ。
そうして、少しだけ静かな時間が流れる。
今日は一日製造漬けだった。
だが、外に繰り出して、この世界を冒険するのに決して劣らない、楽しい時間を過ごせたと思う。
それもこれも、カノンのおかげだ。
「――じゃあ、そろそろ寝ようか」
「うんっ。また、明日、いい?」
「もちろん。また明日。カノン」
椅子に腰掛けたまま、ダイブアウトの処理を行う。
こうして定位置があるというのもいいものだ。
落ち着いてダイブアウトできるというか、そんな感じ。
「おやすみ、カノン」
「おやすみ、フーガくん」
そうして、俺たちはこの世界から離脱する。
この世界に、俺たちが存在したことを示す、たしかな痕跡を遺して。
そして、意識は暗転する。
0
あなたにおすすめの小説
天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】
田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。
俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。
「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」
そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。
「あの...相手の人の名前は?」
「...汐崎真凛様...という方ですね」
その名前には心当たりがあった。
天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。
こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語
jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ
★作品はマリーの語り、一人称で進行します。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
罰ゲームから始まった、五人のヒロインと僕の隣の物語
ノン・タロー
恋愛
高校2年の夏……友達同士で行った小テストの点を競う勝負に負けた僕、御堂 彼方(みどう かなた)は、罰ゲームとしてクラスで人気のある女子・風原 亜希(かざはら あき)に告白する。
だが亜希は、彼方が特に好みでもなく、それをあっさりと振る。
それで終わるはずだった――なのに。
ひょんな事情で、彼方は亜希と共に"同居”することに。
さらに新しく出来た、甘えん坊な義妹・由奈(ゆな)。
そして教室では静かに恋を仕掛けてくる寡黙なクラス委員長の柊 澪(ひいらぎ みお)、特に接点の無かった早乙女 瀬玲奈(さおとめ せれな)、おまけに生徒会長の如月(きさらぎ)先輩まで現れて、彼方の周囲は急速に騒がしくなっていく。
由奈は「お兄ちゃん!」と懐き、澪は「一緒に帰らない……?」と静かに距離を詰める。
一方の瀬玲奈は友達感覚で、如月先輩は不器用ながらも接してくる。
そんな中、亜希は「別に好きじゃないし」と言いながら、彼方が誰かと仲良くするたびに心がざわついていく。
罰ゲームから始まった関係は、日常の中で少しずつ形を変えていく。
ツンデレな同居人、甘えたがりな義妹、寡黙な同クラ女子、恋愛に不器用な生徒会長、ギャル気質な同クラ女子……。
そして、無自覚に優しい彼方が、彼女たちの心を少しずつほどいていく。
これは、恋と居場所と感情の距離をめぐる、ちょっと不器用で、でも確かな青春の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる