ワンダリング・ワンダラーズ!!

ツキセ

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一章

きょーじゅ(2)

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 りんねると会話中の、カノンの何気ない一言。

「そういえば……きょーじゅって、女の人だったんだ、ね?」

 その何気ない一言に、りんねるの表情が固まる。
 擬音で言えば、ぴしり。
 漫画で言えば、ひび割れた石のトーンが貼られていそうな。

「……なんっ、で……、カノンはんは、そう思った、ん?」
「えっ。……と、マキノさんが、きょーじゅのこと、、って――」
「あのおっさぁぁぁぁぁんんっ!」

 ああ、言ってしまった。
 たぶんりんねるはその辺の「設定」について、今作でもぼかしておきたかったのだろう。

 いや、これは不幸な事故のようなものだから仕方ない。
 りんねるに対して「彼女」という二人称を使ってしまったマキノさんだが、彼は恐らく、ネットゲームというものに慣れていないのだ。
 自分でキャラを作って、そのキャラになり切るという遊び方に慣れていない。
 だからりんねるが、この世界では現実の彼女とはちがう――性別すらも変えられる――自分を演じているという可能性に、そもそも思い至らなかったのだろう。
 ゆえに、現実の彼女を指して「彼女」と呼んでしまった。
 まぁ、知り合いがゲーム内で性別不詳ってことにしてるなんて普通思い至らないだろうから、マキノさんに非はほとんどない。

 一方で、カノンがその事実をやや不用意に口に出してしまったのにも仕方ない面がある。
 『犬』において彼女のまわりによくいた人間は、俺、デューオ、小夜という、現実の人格からほとんどずれがない、自然体がデフォルトの気楽な面子だった。
 ゆえに、アバターと中の人がということを、そこまで意識していないのだろう。

「……いや、すまん。……うちが悪いわこれは。
 マキノに、こっちでのうちのこと伝えるの、完全にサボっとったからなぁ」

 自業自得やで、と露骨に落ち込むりんねる。
 ちょっと気の毒になってきた。

「安心しろ、たぶん俺とカノンくらいしか聞いてないし、俺とカノンも別に言い触らす気は……ないよな、カノン?」
「んっ、ない、ないっ、から。……あの、ごめん、ね?」
「カノンはんが謝るこたないで? うちの落ち度や。
 ……ん、そんならフーガはんもそこは聞いとったんやな」
「まぁな。その辺の設定はぼやかしたいんだろうなと思ってたから、触れないでおこうかと」
「大人や……、大人がおる。じぶん、いつの間にそんな気遣いができるようなって……」
「あんたは久しぶりに顔を合わせる俺の親戚かなにかか。
 ……ま、その辺はいいだろ。深く気にしなくていいさ」

 俺は手をひらひらと振って、この話はここで打ち切ろうと暗に提案するが、

「……ちなみに、やけど。他にもなんか聞いた? うちについて」

 ちょっと不安そうな顔で、そんなことを尋ねられる。
 ……まぁ、りんねるには俺の推察を伝えておいた方がいいか。
 自分の秘密をどの程度まで察せられているのかというのは、気になるところだろうから。

「これは俺の勝手な推測だけど。
 マキノさんは、植物関連のお仕事をしているな。
 で、りんねるはマキノさんの先輩にあたる、と」

 実際にはマキノさんがりんねるのことを先輩と呼びかけていたのだけど。
 それは言わなくてもいいだろう。
 その情報がなくても、俺がそのように推測するのはそう不自然なことではない。

「なんというか、二人ともけっこう偉い人そうだな、と」
「うん。マキノさん、すっごい植物に詳しかった、し。
 きょーじゅも、本当に教授、だった?」
「……はぁ。そこまでバレとるんなら、誤魔化すのも無体やなぁ。
 性別も職も、あんまりバレて欲しくはなかったんやけど」

 そう言って、どこか諦めたような、力ない笑いを浮かべる。
 彼女がバレて欲しくなかった理由というのは――推測できる。

「どうし、て?」
「……肩書きのないこの世界なら、自由やしなぁ。
 なにを言うにも、なにをするにも、人目を気にせんでいい。
 好きなことを、好きなときに、好きなようにやれる。
 うちはこの世界に、そういう気楽さを求めてるんや」

 裏を返せば、現実ではそうはいかない、と。
 彼女の行いは、人目に気にされるものであり。
 彼女の仕事は、単なる趣味に留まらない影響力を持ってしまう、と。

「ついでに言えば、うちの性別もな。
 その辺誤魔化しとけば、なにをするにもしがらみに引っかからんって言う、それだけの話や。
 ……まぁ、さすがにネナベやるのもどうかとおもて、アバターの性別は弄っとらんけど」

 ……それは、知らなかったな。
 そんな深い理由があったのか。
 単にりんねるの中の人の趣味かと思っていた。

「あとは、ま……年齢不詳、性別不詳って、なんかミステリアスでええやん?」
「んっ、ふふっ。見た目は、子どもみたい、だよね」
「カノンはんもそうやろっ……っと、この話題は墓穴やな。やめとこか」

 ひきつったような笑みで言葉を止める。
 うん、そこから先は危険だと俺も思う。
 そちらの話題については、カノンの口を塞いででも阻止しよう。
 人には触れてはならない部分というものがある。
 ……年齢、とか。

「……ま、うちについてはそんなところ。
 あんま気にせんといて欲しいわ。特にじぶんらには」

 気まずい空気を打ち切るように、敢えて明るい口調でそう結ぶ。
 俺としては、正直なところ、りんねるの中の人にはあまり興味がない。
 こういう言い方をすると誤解されそうだが、要するに。

「気にするもなにも。そのアバター持ってきた時点で、りんねるはりんねるだろ?」
「んっ。きょーじゅは、教授っていうより、『きょーじゅ』だよね」
「……ぉ」
「俺の知ってるりんねるは、性別不詳で年齢不詳の、植物大好きな不思議な人で定着してるし。
 いまさら新情報増えても、な」
「うん。……あんまり、印象変わんない、かも」
「……ぉ、ぉぉ」
「俺たちの口調もため口のままだし、なぁ? カノン」
「あっ、そういえば、そうだね?」
「今更偉ぶられたって困るし、性別含めて特に気にしなくていいぞ。
 というか、気にされたかったらまずまともな服を着ろ」

 インナースーツに白衣とかいうそのスタイルをやめなさい。
 威厳もへったくれもない。
 まぁ、仮にまともな服を着てても――俺の中で、りんねるがりんねるであることに変わりはない。
 こうしてわずかばかり久闊を叙する中で、目の前のりんねるが、俺の知るりんねると地続きであることは確認できた。
 りんねるもまた、俺の大切な旧い友人の一人。
 いまさら見方を変えることなどできはしない。

「く、くく――っ。よもや、フーガはんに服着ぃなんて言われる日が来るとはなぁ」
「そもそも初期装備はどうしたんだよ」
「邪魔やったからほかしたで」
「でも、ブーツは、つけてる、の?」
「そら裸足で歩くのはちょっとなぁ……」
「急に常識人ぶるな」

 そうして、弛緩した雰囲気の中で。
 俺たちは再び、かつてのような、気楽な距離を取り戻す。

「……せや。うちのこと、マキノにバラされたから仕方なしに話した、って形になるの嫌やし。
 せっかくやからもう一つだけ、うちの秘密、二人に教えたるわ。」
「別に気にせんでもいいのに」
「……秘密、って?」
「うちな、……まだ20代やで」



 ……は?


 *────


 なにか奇妙な幻聴があったような気がするが気のせいだろう。
 そのような事実はありはしない。俺はなにも聞いていない。

「で、結局りんねるはなんで川を流れてきたんだ?」
「凄絶にスルーするやん」
「俺たちがこのあたりに来たのは、マキノさんに頼まれて、りんねるを探しに来たのもあるんだ。
 まさか川を流れてくるとは思わなかったぞ」
「フーガくん、きょーじゅ見つけたとき、すごい声、出してたよね。ぷぅっ、って」

 やめろカノン。あとそんなかわいらしい声ではなかった。
 あまりの衝撃に噴き出すなんて、現実ではそうそうない。

「そら、手間かけさせて悪かったなぁ。
 ちょっと調べ物にお熱やってん。気づいたら夢の中やで」
「どういうことだよ。……いや、だいたい察しはつくけど。
 大方、このあたりの植物の植生調査に熱中しすぎて寝食忘れてたんだろ。
 で、そのまま力尽きたと」
「それがなんで、川を流れてくる、の?」
「……りんねる、お前、川の水飲もうとしたんだろ。
 手持ちの水は飲み切ったけど、拠点に戻るのが面倒くさいとか、そんな理由で」
「うぐっ……」

 わざとらしく呻いてみせるあたり、どうやら図星らしい。
 植物の有効成分とか人体への影響とかにはめっちゃ詳しいくせに、煮沸どころか濾過すらしていない川の水は平気で飲めるのかよ。
 植物知識に特化しているわけでもあるまいに。相変わらずすごい図太さだ。

「……いや、ちゃうねん。
 さすがに不潔やし、身体洗うためにも定期的に拠点には戻ってはおったんやで?」
「じゃあなんでその時に水を補充してこなかったんだよ」
「……持ってきた、はずなんやけど。いつの間にか無くなっとったんや」

 ……駄目だこの人。頭いいけどあたまわるい。
 たぶん、持ってきた水や食料を使い切ったあと、そのまま調査を続行したのだろう。
 で、寝不足とカロリー不足と水分不足でふらふらしたまま川の水を飲もうとして、落ちたと。
 で、そのまま寝たと。よくうつ伏せのまま寝落ちしなかったな。
 カノンの方を向き、俯いて首を振る。

「カノンさん、お気の毒ですが、りんねるは既に――」
「手遅れちゃうわっ! だいたいっ、フーガはんかて同じ穴の狢やろっ!
 なに素知らぬ顔でじぶんだけまともな服着とんねんっ! 抜け駆けや!」
「テレポするわけでもないのに服脱ぐ必要ないだろっ!?
 ってかいま自分だけって言ったな、やっぱり変な格好だって自覚はあるんじゃねーか!」

 前作で俺がインナースーツのみの全裸スタイルを維持していたのは、テレポバグによるアイテムロストを回避するためだ。
 りんねるのように奇特な趣味によるものではないです。
 服だって着ますし。なんなら今作では自作してますし。

「えっ、でもフーガはん。イベント参加してるときとかでも、基本全裸やなかった?」
「いやだって装備とかほとんど持ってなかったし……」
「まともな道具類とかも、ほとんど使ってなかったはずやな?」
「いやだって道具とかほとんど持ってなかったし……」

 基本、持たざるものでしたね。
 なじるような半目でこちらを見てくるりんねるに返す言葉はない。
 いかん、旗色が悪くなってきた。

「カノンはん、お気の毒さまやけど、フーガはんも、ダメやで」
「……でも、わたしも、フーガくんと、似たようなもの、かも。
 こっちで、はじめて服とか、家具とか、作ったし……」

 フハハ、逸ったな、りんねる。
 カノンもまたワンダラー、まともなプレイヤーではないぞ。

「……なぁフーガはん。この場にはツッコミ要員が足らんと思わん?」
「俺も薄々とは思ってた」
「ダメ人間しかおらん……」

 この場にはまともなプレイスタイルのプレイヤーがいない。
 俺とカノンはワンダラーだし、りんねるはりんねるだし。

「小夜はんとかは、来とらんの?」
「まだみたいだ。でも、そのうち来るとは思う。たぶん、このに」
「ほーん……?」

 俺の言葉に、りんねるはなにやら訝し気な表情を浮かべる。
 だが、深く追求するつもりはないのか、こちらに問いを発することはない。

 ……なんだ?
 りんねるはなにを訝しんだんだ。

「ま、その辺はおいおいやな。いまはええやろ。
 ……で、うちはマキノに連絡したればええんか?」
「そうだな。あとマキノさんの拠点の場所を教えておくよ。
 りんねるの拠点の場所も、伝えてよければこっちで伝えておくけど」
「おおきに。そうしてくれると助かるわ。
 せっかく休み取ってどっぷり浸かってるとこやし、わざわざ出向くのめんどいし」
「ひどい言い草だ……」

 マキノさん、苦労人過ぎる。
 不慣れなゲームに引っ張り込まれた挙句放置プレイとか……。

「でも、マキノもなんだかんだ、うちなしでもこの世界楽しんどったんちゃう?」
「……きょーじゅに連れて来られた意味がわかった気がする、って、マキノさん、言ってたよ」
「ほんま? あの頭固いおっさんがなぁ……なにかあったんかな?」
「その辺は本人から聞いてくれ」

 りんねるがマキノさんをこの世界に連れてきたのは、単なる気まぐれではなく、なにか理由があってのことだと思う。
 その答え合わせは、本人たちで行って貰うとしよう。


 *────


「……あいわかった。……二人とも、いろいろおおきにな」

 さて、これでマキノさんに依頼されたことは果たしたと言えるだろう。
 今回の探索の目的の一つは、無事に完遂だ。

「ああ、こちらこそ」
「おん、なにが?」

 俺としても、一度は没交流になった『犬』での友人――少なくとも俺はそう思っている――であるりんねるに再会できて嬉しい限りだ。

「こっちでもりんねるに逢えて嬉しいからな。
 また一緒にこの世界で遊べるのが嬉しい。今後とも、よろしくな」
「……。……カノンはん、これ、素面なん?」
「んっ」
「カノンはん、苦労……はせんのか。ええなぁ」
「んっ!」
「なにがだ」

 前半については、りんねるの言いたいことはわかる。
 俺の言っている内容は、素面で言うには少々気恥ずかしい。
 それでも言うべきだと思っているから頑張って言っている。
 なにせ4年ぶりの友人との再会。
 こちらが相手のことをどう思っているかは、しっかりと伝えておきたいよな。
 りんねるが変わっていないことを知り、俺が安心したように。
 フーガもまた、りんねるの知るフーガから変わっていないということを。

 でも後半はわからない。
 なにを「苦労」しなくて、なにが「ええなぁ」なんだろう。
 というかなんでカノンには通じているんだろう。
 カノンもカノンで咄嗟の頭の回転は速いから、なにか通じるものがあったのかもしれない。

 それはそれとして、カノンの「んっ」は言語学者泣かせだな。
 今回の「んっ」はどちらも肯定の意を表していると思われる。
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