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一章
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目の前に、一匹の獣がいる。
体高1.5m、体長3mにも及ぶ、四つ脚の巨大な肉食獣。
大きさはちがうが、その姿かたちは紛れもなく、アミーのものだ。
たとえその身が、血色に染まっていても。
その身体の下に広がる、夥しい血だまり。
身体に空いた二つの孔からは、もう血が流れ出ることもない。
右前脚には、鉄杭が刺さっていた孔が痛々しく開いてる。
左前脚には、内側から楔が刺さっている。
右後ろ脚は、流れ出した血で染まり。
左後ろ脚は、一振りのナイフが深々と刺さったまま。
目の前の獣は、動かない。
四肢を破壊され、頚髄を破壊され、血を流しきった。
もう、死んでいる。
俺たちが、殺した。
死力を尽くして殺し合い――俺たちが生き残った。
ズールと名付けた、1匹の獣との死闘。
その戦いが、たったいま――終わった。
*────
「――。」
「……。」
カノンとともに、しばし黙祷を捧げる。
おつかれ。
ありがとう。
おやすみ。
ズール。
またいつか、この星の上で逢おう。
そのときは、生きやすいサイズに変わっててくれ。
そうしてまた、人間の友になってくれ。
お前にアミーの名を与えた誰かが、そう願ったように。
「……おつかれ、カノン」
「……うん。おつかれさま、フーガくん」
そうして、カノンを見る。
カノンは――大した傷は負っていないようだな。
先ほどズールの左後ろ脚にナイフを叩き込んだときの返り血と、その勢いで地面に手をついたときにズールの流した血で汚れた程度に見える。
それでも結構スプラッターな見た目になっているが――
「フーガくん。……からだ、だいじょうぶ?」
「……まぁ、生きてるのはまちがいないんだが」
右肩は、まだ動かない。
右脇腹の擦過傷も深く、溢れ出した血は足先にまで伝っている。
擦りむけて裂けた手のひらが、引き攣るような痛みを訴える。
腕も、脚も、あちこちが痛くて、首もなんかむち打ちっぽくて――
(……あー、痛ッてぇ……)
これは、痛い。
なるほど、フルダイブゲームだとこうなるのか。
だが、痛いおかげで、まだ神経が通っていることがわかる。
まだ、動いてくれるということがわかる。
まだまだ、大丈夫だということがわかる。
俺はまだ、生きている。
(……いいな。……この、世界は)
やはり……この世界では、前作より機敏に動けそうな気がする。
どんなに無茶をしても、それが人間に可能な動きなら、俺の身体は応えてくれる。
俺たちプレイヤーのアバターが持つ、概ね現実準拠な身体能力。
それはつまり、人間の可能性を最大限に詰め込まれた身体ということで。
現実の人間に可能な動きなら、この世界でも最初から可能だということで。
引き出し方さえわかるなら、この身体は、オリンピックに出られそうなほどの性能を発揮してくれる。
そのような可能性を、すべてのプレイヤーは最初から与えられているのだ。
しかも、この世界には技能がある。
そんな人間の限界性能を、5つの分野において、踏み越えることができる。
概ね現実準拠な人間に不可能な動きすら、取ることができる。
やはりこのゲームは、今作でもアクションゲームを名乗っていいと思う。
公式のジャンル名に入っていないのが残念だ。
(……いかん、な……。頭、ぼやけてきた……)
ズールとの死闘の興奮に茹っていた思考が、醒めてきた。
身体の痛みが、じわりと身を蝕むようになってきた。
アドレナリンが切れてきた。
ディープブルーも切れている。
張り詰めていた集中力が、切れかけている。
脇腹から流し続けている血は、いまだに止まっていない。
気のせいか、ちょっと寒くなってきたような――
「――とりあえず、回収するものだけ回収して、ポータルの残骸のとこまで、戻ろうか」
「……んっ。ナイフ、抜いてあげたい」
カノンが、横倒しになったズールの身体に刺さっていたナイフを抜き取る。
カノンを追うように、俺もズールの背中側に回り込む。
血塗れになった、灰色の体毛。
その下にある、大きく深く傷。
左脚に刺した楔は――そのままにしておこうか。
俺が喉奥に刺したナイフも、そのままにしておこう。
カノンのように、抜いてあげるのも、優しさかもしれないけれど。
(……。)
刺して、抜いて。
血を流して。
それはもう、こいつには十分だろう。
ズールの胴体に穿たれた、大きく深い孔。
手のひらほどの太さの、鉄杭の痕。
どこの誰がやりやがったのか知らんが。
いったい、どれほどの――
(……?)
ズールの背中にぽっかりと開いた、血塗れの孔。
その昏い孔の中で。
なにかが――動いたような。
血塗れの肉が、小さく痙攣しているような。
目の前の獣は、まだ息絶えたばかりだ。
死後の生体反応として、そういうことも、あるだろう――
――ピク ピクリ――
ぎしり
なにか
脳裏を
よぎる
「カ、カノ――」
うごき
うごめき
それは
まえにも
「えっ――」
はなれろ
いますぐ
ここからはなれ――ッ
「下がれぇぇぇッ!! カノォォォォンッ!!」
呆然と立ち尽くす、
カノンを突き飛ばして、
ボンッ!!
背後で、
何かが、
弾けた、
ような、
ヒュルンッ――
何かが、
大気を、
うがち、
ビュオンッ――
何かが、
大気を、
駆ける、
「――ッ!!!」
もつれる足で、振り返る。
(――ぁ)
振り返って、しまった。
ヒュボッ――
眼前に、迫る、赤――
グジュ――
視界が、真っ赤に染まり。
そうして、意識が――暗転する。
体高1.5m、体長3mにも及ぶ、四つ脚の巨大な肉食獣。
大きさはちがうが、その姿かたちは紛れもなく、アミーのものだ。
たとえその身が、血色に染まっていても。
その身体の下に広がる、夥しい血だまり。
身体に空いた二つの孔からは、もう血が流れ出ることもない。
右前脚には、鉄杭が刺さっていた孔が痛々しく開いてる。
左前脚には、内側から楔が刺さっている。
右後ろ脚は、流れ出した血で染まり。
左後ろ脚は、一振りのナイフが深々と刺さったまま。
目の前の獣は、動かない。
四肢を破壊され、頚髄を破壊され、血を流しきった。
もう、死んでいる。
俺たちが、殺した。
死力を尽くして殺し合い――俺たちが生き残った。
ズールと名付けた、1匹の獣との死闘。
その戦いが、たったいま――終わった。
*────
「――。」
「……。」
カノンとともに、しばし黙祷を捧げる。
おつかれ。
ありがとう。
おやすみ。
ズール。
またいつか、この星の上で逢おう。
そのときは、生きやすいサイズに変わっててくれ。
そうしてまた、人間の友になってくれ。
お前にアミーの名を与えた誰かが、そう願ったように。
「……おつかれ、カノン」
「……うん。おつかれさま、フーガくん」
そうして、カノンを見る。
カノンは――大した傷は負っていないようだな。
先ほどズールの左後ろ脚にナイフを叩き込んだときの返り血と、その勢いで地面に手をついたときにズールの流した血で汚れた程度に見える。
それでも結構スプラッターな見た目になっているが――
「フーガくん。……からだ、だいじょうぶ?」
「……まぁ、生きてるのはまちがいないんだが」
右肩は、まだ動かない。
右脇腹の擦過傷も深く、溢れ出した血は足先にまで伝っている。
擦りむけて裂けた手のひらが、引き攣るような痛みを訴える。
腕も、脚も、あちこちが痛くて、首もなんかむち打ちっぽくて――
(……あー、痛ッてぇ……)
これは、痛い。
なるほど、フルダイブゲームだとこうなるのか。
だが、痛いおかげで、まだ神経が通っていることがわかる。
まだ、動いてくれるということがわかる。
まだまだ、大丈夫だということがわかる。
俺はまだ、生きている。
(……いいな。……この、世界は)
やはり……この世界では、前作より機敏に動けそうな気がする。
どんなに無茶をしても、それが人間に可能な動きなら、俺の身体は応えてくれる。
俺たちプレイヤーのアバターが持つ、概ね現実準拠な身体能力。
それはつまり、人間の可能性を最大限に詰め込まれた身体ということで。
現実の人間に可能な動きなら、この世界でも最初から可能だということで。
引き出し方さえわかるなら、この身体は、オリンピックに出られそうなほどの性能を発揮してくれる。
そのような可能性を、すべてのプレイヤーは最初から与えられているのだ。
しかも、この世界には技能がある。
そんな人間の限界性能を、5つの分野において、踏み越えることができる。
概ね現実準拠な人間に不可能な動きすら、取ることができる。
やはりこのゲームは、今作でもアクションゲームを名乗っていいと思う。
公式のジャンル名に入っていないのが残念だ。
(……いかん、な……。頭、ぼやけてきた……)
ズールとの死闘の興奮に茹っていた思考が、醒めてきた。
身体の痛みが、じわりと身を蝕むようになってきた。
アドレナリンが切れてきた。
ディープブルーも切れている。
張り詰めていた集中力が、切れかけている。
脇腹から流し続けている血は、いまだに止まっていない。
気のせいか、ちょっと寒くなってきたような――
「――とりあえず、回収するものだけ回収して、ポータルの残骸のとこまで、戻ろうか」
「……んっ。ナイフ、抜いてあげたい」
カノンが、横倒しになったズールの身体に刺さっていたナイフを抜き取る。
カノンを追うように、俺もズールの背中側に回り込む。
血塗れになった、灰色の体毛。
その下にある、大きく深く傷。
左脚に刺した楔は――そのままにしておこうか。
俺が喉奥に刺したナイフも、そのままにしておこう。
カノンのように、抜いてあげるのも、優しさかもしれないけれど。
(……。)
刺して、抜いて。
血を流して。
それはもう、こいつには十分だろう。
ズールの胴体に穿たれた、大きく深い孔。
手のひらほどの太さの、鉄杭の痕。
どこの誰がやりやがったのか知らんが。
いったい、どれほどの――
(……?)
ズールの背中にぽっかりと開いた、血塗れの孔。
その昏い孔の中で。
なにかが――動いたような。
血塗れの肉が、小さく痙攣しているような。
目の前の獣は、まだ息絶えたばかりだ。
死後の生体反応として、そういうことも、あるだろう――
――ピク ピクリ――
ぎしり
なにか
脳裏を
よぎる
「カ、カノ――」
うごき
うごめき
それは
まえにも
「えっ――」
はなれろ
いますぐ
ここからはなれ――ッ
「下がれぇぇぇッ!! カノォォォォンッ!!」
呆然と立ち尽くす、
カノンを突き飛ばして、
ボンッ!!
背後で、
何かが、
弾けた、
ような、
ヒュルンッ――
何かが、
大気を、
うがち、
ビュオンッ――
何かが、
大気を、
駆ける、
「――ッ!!!」
もつれる足で、振り返る。
(――ぁ)
振り返って、しまった。
ヒュボッ――
眼前に、迫る、赤――
グジュ――
視界が、真っ赤に染まり。
そうして、意識が――暗転する。
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