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6.『認めない』(ローシュ)
しおりを挟む俺は、顔が悪い。俺だけじゃない。この屋敷に住む皆、世間一般では醜いとされる容姿をしている。
メンゼル侯爵家。
それは時に悪の代名詞として使われることがあるほど嫌われている侯爵家一家のことを指す。運悪くもその家に生まれてきてしまった自分は、両親と姉と同様で、醜い姿をしているのだ。
俺がまだ小さい時、自分が外の世界で嫌われている者であるということを知らなかった。母はすぐにいなくなってしまったが父はたくさんの愛情を注いでくれるし、姉も弟思いで、少し年上風を吹かしてきて偉そうな時もあったがすごく優しくて大好きな存在だった。屋敷で働いている召使いたちも皆自分たちと同じような風貌で、それが普通なのだと思っていた。
だが、姉と共に初めて外の世界に出たときに、自分のこの世界での価値を知った。俺は底辺の生き物であるということを。顔を隠さなければいけない者だということを。
姉も自分も初めての街に心躍り、馬車の中ではずっとはしゃいでいて父に注意されていた。それでも姉と顔を見合わせふふふと笑い合い、最後には父も含め三人で笑い合った。
そして馬車から降りたその瞬間から、自分たちは歓迎されていないことを知ったのだ。
『キャーーーーーーッ!!!見て!バケモノよ!お母様!!助けて!!』
『うわぁああんん!!怖いよぉお!!お父さん!!』
『やぁねぇ、こんなところにあんなのが来るなんて、商品が腐っちゃうじゃないの。早くどっかへ行ってほしいわ』
泣き叫ぶ子ども、顔を顰めながら泣く子どもを宥める親たち、嫌悪の表情で囁き合う者たち。彼らの口から放たれる悪意の剣が俺たち家族の全身をズタズタと突き刺していった。自分がその渦の中心にいるということをじわじわと実感した姉は血の気の引いた顔をしたかと思うと急にその場に座り込んでしまい、顔を覆ってガクガクと震えだしてしまった。その状態の姉を連れ出し再び馬車に乗せ、俺たちの外出は早くも終わった。
それから姉は自分の部屋から出てこなくなった。今までは二人でよく庭園などで遊んだり、並んで家庭教師から勉強を教わったりしていたが、自室から出てこない姉を尋ね扉の前で姉付きのメイドに門前払いを受ける日々が始まった。
俺は姉を放っておく父が許せなかった。姉があんな状態になっているのに、悲しいという周りに見せつけるための表情を被って偽善者ぶって、普通に生活をしているあいつが。
姉が部屋で食事を取るようになったので、俺も一人で食べることにした。父の顔なんか見たくなかった。一人で机に向かって食事を静かに取っている方が気が楽だし、わざわざ集まる必要もなく時間も有効に使うことができる。
だから、いいのだと自分に言い聞かせた。
本当は父が悪くないってことなんか、わかっている。父だって被害者だ。だが怒りの行き場が見つからなかった俺は、簡易的に近い存在である父に怒りを向けてしまったのだった。
ある日、姉の婚約者が決まったことを知った。父から直接聞いたのではなく、俺付きの召使いであるスイが教えてくれたのだ。
ある田舎の子爵の子どもを婚約者としてこの屋敷へ招くという。少しおかしな話にさらに聞くと、なんでもその子爵は領の経営が上手くいっておらず、財政的に厳しかったところを父が金銭的な援助と引き換えにその子どもを姉の婚約者として迎え入れることを秘密裏に決めたのだという。
その子爵は美形揃いだという噂があったのでどうして?という疑問が浮上したが、『金』という言葉で納得できた。金で婚約者をって、そんなことをしているから悪徳貴族なんて、呼ばれるんだよ。
うちは顔は醜いが金はある。侯爵家なのだから。時々俺たちの顔を見ても平気な奴がいるが、そいつらは皆俺らの顔じゃなく俺らの背後にある金を見ている。そんな汚い奴らが、一層嫌いだった。しかも姉の婚約者に決まったルキとかいう奴、顔がべらぼうに良いらしい。こんな憎々しいことがあるか。顔が良ければ楽して暮らせる。それがこの世の当然だ。だが俺はそれが許せなかった。
何故顔が良い奴は苦労せずに生きていける?何故顔が良い奴は嫌なことが免除される?どうして?何故?
不公平だ。ふざけんな。
言葉を教えてくれた家庭教師たちが聞いたら青筋を浮かばせそうな言葉が、頭の中を駆け巡った。俺はどうしても、顔が良い奴を許せなかった。
『これ、どう思う?』『大変お美しいと思います。婚約者様もきっとお喜ばれになるでしょう』
不機嫌が常になってしまった俺が眉間にしわを寄せながら廊下を歩いていると、角の向こうから父と執事長が話している声が聞こえてきた。ちらと覗くと父の手には見覚えのある小さな、だが精巧な飾りが施されているペンダントが乗せられていた。その中には、よせば良いのに姉の写真が入っているそうだ。それを見せられた執事長は穏やかな顔を父に向け、優しい声で肯定の意を示した。
だから、やめとけって・・・・・・口に出すことはできなかったかわりに、静かにその場から立ち去った。父のあんな嬉しそうな、希望を抱く顔を見たら、何も言えなかったのだ。
そしてうちにやってきたルキという奴は、召使いたちによる半ば嫌がらせのような三ヶ月間の訓練を受け、ぬけぬけと俺たちが住む本邸へと移り住んできた。
やすやすと本邸に入れるなど、召使いたちもあいつに籠絡されたかと腹が立った。メイドルの父への報告では、厳しい教師たちも皆あいつのことを褒めており、自分の意見を聞かれたメイドルもいつもどおりの無表情でルキを肯定する言葉を述べた。
メイドルは若いながらも次期執事長候補と非常に優秀な男であり、常に第三者の目線でものを考える姿勢が気に入っていた。顔はこの屋敷にいる者の中でも一位二位を争うほど醜いが、自分を卑下するような様子は一切なく、プライドを持っているように感じるのも俺がメイドルを気に入っている理由の一つである。
そんな彼が、ルキの――いや顔の良い奴の肩を持つ発言をしたことが信じられず、その事実が許せなかった。顔が良くて中身も良い奴なんていない。
父も好印象を受けたと聞き、俺の中のルキへの評価がどんどん下がっていった。まだ好かれるという状態ではないことはわかっているが、少なくとも家にいることが認められていることには変わりはない。皆は、顔の良い奴が醜い奴を対等に扱うと、本当にそう思っているのか?絶対内心では俺たちのことを見下しているに違いない。俺たちのことを本当に見てくれる奴なんて、いるわけがない・・・・・・。
ルキがやって来てからは、俺も自室にひきこもるようになった。あいつも屋敷を散策していると聞いていたし、わざわざ屋敷の中ををうろついてあいつを目にしようものならば、どうしようもない怒りに苛まれそうだと思ったからだ。顔はまだ見たことが無かったが、一目見ればわかる金目当ての嫌な顔だろうと予想していた。
そして俺は部屋から出ず、そのまましばらくルキに会わないでいようと思っていた。しかし、スイに聞いた話では、あいつは毎日姉の部屋に来てはハナに追い返されているというのだ。俺はその話を聞いたとき、前の自分とあいつを重ねた、一向に顔を合わせることのない姉に苛立ち、姉への同情と愛が萎み、諦めて部屋に行くのをやめた俺と、あいつ。同じことをしていることに、なんだか腹が立った。それに、“偽善ぶって”という思いもあった。
金のために婚約を受けた奴。どうせ碌でもない男だろう。田舎者だと聞いたし礼儀もなってなさそうだ。今は年齢の関係でまだ正式な婚約をすることはできないため、金のために必死に姉の心を自分に向けさせようとしているルキという奴を、どうしようもなく見下し、だが同時に姉へ会おうと行動できることに羨ましさも感じた。汚い感情と寂しい、姉に会いたいという感情が混ざり合ってぐちゃぐちゃしていて、気持ち悪かった。
何日経ってもルキは諦めず毎日姉の部屋へと通っているらしい。毎回数秒で追い返されるのに。それも、俺には金のためのものにしか感じられなかった。だって、それ以外にそうする理由があるか?ないだろう?そう、思っていたから。
そして俺は、ついにルキという奴の顔を拝もうと、よく来るという時間に姉の部屋の前で奴を待ち伏せした。少ししたら廊下のあちらからぴょこぴょこと髪を弾ませて手に花を持って歩いてくる男児の姿が見え、その容姿に思わず息をのんだ。
「俺はお前が姉上の婚約者だなんて認めない!!」
灰色の混じった黒の髪。サラサラと音が聞こえてきそうなほど髪の上下する動きが滑らかで、大人しく細い目は美しく、唇と鼻とのバランスも抜群だった。恐ろしく完璧で美しいその容姿に、頭がカッと熱くなり、目の前まで来た瞬間にそう叫んでいた。
一度口を開いてしまえばもう言葉は止まらなかった。つらつらと、本音を相手へ向かって吐いてしまう。言いたいことを言うと、俺はその場にいることができなくなり走って部屋へと飛び込んだ。『家族だから』という言葉を言った瞬間あいつの目に悲しみが宿ったように見え、その表情が頭から離れない。
『家族』。自分で言っておいて笑っちまう。悪くない父を恨み、大事にしたい姉を諦め、部屋にひきこもって結局何もできていない自分。なんて惨めで情けないのだろう。後を追ってきたスイを無視して部屋の扉を閉め、ベッドの上に座りじっと考え込んでいた。
多少なりとも罪悪感を抱いていたのだが、ルキは俺が怒鳴ったことにも懲りず次の日からも姉への訪問を続けているらしい。
・・・は?どんだけイイ子チャンぶってんだ?と正直思った。普通あれだけ嫌悪をぶつければ少しぐらいは凹むか、逆に顔の悪い奴に怒鳴られたことを不快に感じ婚約を解消したいかになるだろう。
それだけ金が欲しいってことか?
そう考えついて俺は、さらに怒りが増してきた。勝手な憶測だが、そうに違いないと信じてしまったのだ。
そうしてあいつが姉の部屋に行く前に行う食後の散歩を見計らい、最近よく行くという庭園に向かった。花を探すあいつの姿が視界に入った瞬間、俺はまたもや頭がカッと熱くなって思わずキョトンとするあいつの胸ぐらを掴んでしまった。
その拍子にボタンがいくつか取れてしまい、露わになった肌に目を逸らそうとした瞬間、首元にあったペンダントが目に飛び込んできた。
『こんなところでもアピールかよ』
そして頭に来た俺は後先考えず、衝動的にそれをむしり取り近くにあった池に向かってそれを投げ捨ててしまったのだ。
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