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3.複雑すぎる三角関係(勘違い)

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「それで僕ね、言ってやったんだよ!『そんなに僕を馬鹿にするなら、一度くらい算数で僕に勝ってみろよ!』ってね。ねぇセシル、聞いてる?」
「っ、聞いてるよ、リムゥ」
「それならいいんだけどっ」
 目の前で膨らましていた頬を萎ませ、再び口角を上げてハイテンションで話し出す少年を見て、セシルは内心『かわいいなぁ・・・』と呟いていた。
 仕立屋の一人息子であるリムゥは、セシルの幼馴染みといえる者である。セシルたちの屋敷の近くに住んでいた彼とは、兄弟同然の仲だ。親が王都にも店を構えるほどの大規模な商店の主であるため、リムゥもセシルと同程度の裕福な家の育ちだった。
 混じりけのない完璧な金髪に、新緑の瞳。ここに王子がおる!と指を指せるほどの完璧超絶美少年である。そんな彼は、セシルに言わせれば、少女が憧れる格好良い王子様(この世界ではまさにそんな存在だろう)・・・というより可愛らしい少年である。セシルにとっては、リムゥはBLの受けの理想像そのものであった。
 『いいなぁ。これだけ可愛かったら、いくら女性が多い世界だったとしてもリムゥを選ぶ男はいるだろうな』
 セシルはリムゥが、ものすごく羨ましかった。180㎝を越えて絶賛成長中かつ、筋肉ほどよくムキムキマンであるセシルに比べ、華奢で身長もあまり高くなく、女の子座りも似合いそうな彼。男尊女卑のこの世界では可愛らしいリムゥは、数少ない男子のみが通う学校の中でからかいの対象であったが、彼らもリムゥの可愛さに魅せられているのではないかと疑わしい。
「むっ、どうしたの。そんなに僕の顔をじっと見て」
 あまりにも彼の顔を凝視していたせいで、リムゥは赤くした顔で見上げてきた。
「いや、今日もリムゥはかわいいなと思って」
 素直にそう言うと、彼はもっと顔を赤くして、『もうっ・・・・・・うれし・・・』とセシルの袖をちょこっとだけ摘まんだ。それが可愛いのだよ。その仕草が。
「あっ!兄様はっけん!!」
 可愛いリムゥの髪を遠慮がちに撫でていると、どん!と腰に衝突物があった。その正体は、セシルの3つ年下の妹、ネロであった。亜麻色の髪にトパーズ色の瞳。ぱっちりした二重は活発さと利発さを表していた。150㎝ほどの彼女に抱きつかれると、ちょうど撫でやすい位置に頭がくる。
 ネロに気を取られていると、目の前で小さくチッと舌打ちのような声が聞こえてきた。セシルの屋敷の裏庭に今いるのはセシルとリムゥとネロだけである。まさか、リムゥが舌打ちなどするわけないよな・・・。気のせいかと思い、ねーねーと頭を擦り付けてくるネロの頭を撫でる。
「リムゥったら、またお兄様を独り占めにして!お兄様も、お話するなら私も呼んでよ!」
 おお、ネロはリムゥのことが好きだもんな。こんなことを言っているが、セシルがリムゥを独り占めしていることに腹を立てているのだろう。これからはネロも呼ぶことにしよう。
 そう一人で思っていると、やはりセシルの予想は正しかったのか、リムゥとネロが身体を寄せ合って何やらヒソヒソ話をしている。二人とも口は悪いが、何だかんだ言っても仲が良いのだろう。
 今日は、学校が終わった後にセシルの屋敷の裏庭でリムゥと学校のことや将来のことについて話していた。この世界にも学校というものがあり、子どもたちはそこで将来役立つ知識を蓄える。だが、学校に通うのは男だけだ。この世界の男の出生率はかなり低い。広範囲から生徒を集めないと学校が成立しないため、各地域に対して設けられている学校の数が少ない。セシルやリムゥの屋敷から学校へはかなりの距離があり、登校日は馬車に揺られて行っているのである。
 だが、もうすぐその生活にも別れを告げる時が来た。今年15歳となる(またはすでになった)者たちは、今年で学校を卒業することになるのだ。学校では読み書きや算数、簡単な歴史など基本的な事柄を学んできた。しかしこれからは、商人や文官、軍人などそれぞれの行く先に応じた専門の学校に通うことになっている。セシルとリムゥは数ヶ月後に、商人になるための学校に入学する予定である。もちろん、彼も・・・
「セシル、遅れて、ごめん・・・」
「パルン」
 リムゥとネロが何やら騒がしくしているのを遠目に見ていると、背後から控えめな声が掛けられた。振り向くと、そこには同級生であり、今では親友といえるパルンという少年がそこに立っていた。セシルたちが学校に通い始めてすぐの頃に転校してきた少年で、それからは仲良し3人組となっている。異国の生まれで、浅黒い肌に黒い髪、琥珀色の瞳をしている。口数は少なく、頭がとても良い。パルンの両親が営んでいる靴屋の商品はどれも素材が大変上質で、全国的に人気のある店だと聞いている。キリッとした瞳で冷たい印象を抱かせるが、実は内面至極優しい。野性味溢れる見た目に反し、思いやり深く誠実な性格であるパルンは、BLでいうところの転校生の異国プリンス枠(攻め要員)というポジションだろう。だがしかし、彼の身体もまた華奢で、背丈もセシルより20㎝ほど低かった。今ではまだ受け要員だろう、と勝手なレッテルを彼に貼る。早くセシルの背丈を越し、ガッチリとした体型になり、まるで『育てていた可愛い黒豹がなんと獣人で、数年後超絶イケメンになった彼に食べられちゃいました!?』的な展開になってほしいものである。とセシルはしみじみ思った。
 パルンはセシルの後ろでネロと言い合っているリムゥの存在を認めると、その比較的丸い目をわかりやすく細めた。
「二人って、家が近くていいよね・・・。羨ましい・・・・・・」
「商人学校に行ったら、みんな一緒にいられるだろ。ほら、ここ座れよ、パルン」
「うん・・・!そうだね!」
 セシルとリムゥが頻繁に会える距離にいることを羨ましがっているパルンに、数ヶ月後から生活することになっている学校の寮のことについて触れると、わかりやすく顔を綻ばせた。あ~・・・受けだぁ・・・・・・小動物だぁ・・・・・・と、その笑顔を見て内心呟く。
「あー!パルン、いつの間に!!そこは僕の席だぁ!!」
「・・・別に決まってないし」
 庭に置いてあるガーデンテーブルで茶をしていると、パルンが来たことに気づいたリムゥが不機嫌さを表しながら走ってきてパルンを椅子からどかそうとする。
「えへへ、兄様のお膝に座っちゃおっと」
「こらこら、行儀悪いぞ、ネロ」
 ぴょんっとセシルの膝の上に乗ってきたネロに、一瞬だがどきっとしてしまう。正直セシルは、女性に突発的に近づかれるのが苦手だ。それは、10歳の頃のあの出来事が原因だろう。だが、ネロは自分の可愛い妹だ。そう言い聞かせていると、段々と気持ちが落ち着いてくる。心に余裕が生まれ、なかなかどかないネロの頭をしょうがないと言いながら撫でた。
 ふと静かになったリムゥとパルンに目をやると、彼らはセシルたちをガン見していた。その虚空を見つめるような死んだ目に、思わず『ヒュッ』と息を吸い込んでしまった。
「「何やってんだ/やってんの、ネロ」」
「えへへぇ~」
 『『今すぐそこから降りろ!!』』とすごい剣幕で怒鳴る二人に、きゃあ~と楽しそうに逃げるネロ。
 なかなか降りてこないBL展開への焦りとともに、今セシルには重大な悩みがあった。それは、リムゥとパルン、そしてネロとの三角関係問題、だ。
 おそらく、パルンはリムゥのことが好きだろう。パルンはセシルにくっついてくるリムゥの姿を見ると、キッと目をつり上げてすぐ引き剥がそうとするからだ。おそらくセシルのことを恋敵と思っているのだ。そしてリムゥは、一見ネロのことが好きなのだと見えるが、その実心の中ではパルンにも好意を寄せているに違いない。ネロもパルンも、セシルと近距離にいるとすぐに駆けつけてきてセシルに抱きついてくるからだ。きっと、二人が他の男に近寄らないようにしているに違いない。ネロも、リムゥと昔から仲が良く、恋心が芽生えても仕方ないと思える。それに、パルンが屋敷に来るようになって、彼にも注意を向けるようになったのだ。
 この複雑な恋愛関係。自分は一体どうすればよいのだろうか・・・。
 セシルの茨の道は、まだまだ続く。

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