ヒロインの最推しキャラになったが、どっちかっていうと悪役令嬢の方が好き

狼蝶

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02.ヒロイン、降臨。

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 そんなわけで月日を経て、俺たち全員が『星降る夜の乙女』の舞台、『アメノア学園』の高等部に揃い、ゲームのストーリーが始まった。
 一足先に入学したリディオに続き、今年ヒロインと第一王子、そしてドォリィと俺が入学してきたのだ。
 成長したドォリィはそれはそれは美しくて、もはやこの世に舞い降りた女神だといっても過言ではない。
 漆黒の髪は腰まで伸びていて、それに手を伸ばす奴が後を絶たず俺とリディオがいつも目を光らせている。体付きは丸みを帯び、だが締まった腰やほっそりとした四肢に余計に色気を感じてしまう。顎のラインは細いながらも頬はふっくらとしていて、淡くピンク色になっている。猫のような大きな目はアイラインとも相まって魅力的なラインを作り出しており、目が合ってしまったらその深淵に吸い込まれ、二度と帰ってはこれないだろう。
 高等部の制服を身に纏ったドォリィは、他の誰よりも美しかった。
「兄様!こちらから行きましたのに!」
「改めて進学おめでとう、ドォリィ、サイ」
「恐縮です、リディオ様」
「っはは、リディでいいって言ってるじゃないか」
「いや、でも・・・」
 入学式を終え帰宅するため外へと出ると、石畳の渡り廊下にリディオの姿が見えた。昔とは違い今は立場をわきまえているため、ちゃんと「様」を付けて呼ぶようにしたのだが、なんでもリディオはそれが気に入らないらしい。いつも愛称で呼べと言ってくるのだ。そしてドォリィもそれを押すのだから、結局俺が折れる羽目になるのだが。
「きゃあっ!」
「おっ、と」
 そんなことを思っていると、背後から女の子の悲鳴が聞こえてきた。
 振り返ると、そこには抱き合っている男女の姿が。
 一人は第一王子であり、ドォリィの婚約者であるクリスタ・フォンターヌ。そしてもう一人は、リドリータ・アイネクラインだった。
 そこだけ見れば抱き合っているように見える彼らを視界に入れた瞬間、ドォリィの目尻がキリリとつり上がった。先ほどまでの和やかな雰囲気は消え、険しい顔つきになっている。
「あっ、ありがとうございますぅっ!」
「っ!危ないところだったね。気をつけて」
 ピンク色の髪を見出し、態とらしい上目遣いでクリスタを見つめるリドリータに、クリスタは息を飲む。そしてわかりやすく赤面した。
「ちょっと貴方!いい加減手をお離しになられたら!?」
「ぁっ、も、もうしわけございません・・・・・・」
「おいドリータ、そんなキツく言わなくても良いだろう?・・・足を挫いたりはしていないかい?一人で立てる?」
「あっ、実は足首を少し捻って――」
「アンタねぇ~~!!」
「ドォリィ、落ち着いて。折角おめかししたのに、勿体ないよ。ほら、笑って?」
 ぶりっ子の所作で足をアピールし、さらにクリスタに寄りかかったリドリータにドォリィは激怒したが、周りの目もあり最初から“悪役”として見られるのはマズい。
 クリスタは目の前の目新しい女に釘付けで、ドォリィの声に煩わしそうな表情をした。クリスタは稀に見る“馬鹿王子”だ。ドォリィという女神と婚約をしておいて、メイドや他の女に目を移す。その一つ一つに、ドォリィがどれだけ傷ついているか、知りもしないのだ。許せん。しかも俺に非常に馴れ馴れしく接してくるのも、嫌いな点の一つだ。すぐに肩などに手を置くのも、すごく苦手だった。もしかしたら俺に気があるのではないか?と思ってしまうほど、サイレントがお気に入りなのだ。
 溜飲が下がったのか、落ち着いた様子のドォリィの肩を優しく摩り、見下す気持ちで目の目の不快な二人を見た。

 この世界では主人公はこのピンク女で、ドォリィはその敵。悪役令嬢である。
 その結末はいつも、国外への追放か監獄での無期懲役、悪いと死刑だった。ゲームだから作り方が単純だが、おそらく現実で死刑はそうそうないだろう。国外追放が狙い目だと思う。
 だから俺は、ドォリィが無事国外追放を受け、そしてそれに便乗して俺もこの馬鹿王子の国からおさらばするという計画を立てた。クリスタのことが好きなドォリィには悪いが、最終的には俺に気持ちを向けてもらえるように頑張ろうと思う。

「さっ、サイレント様っ!!?」

 前世の記憶が蘇った時に誓った未来を思い出していると、突然ピンク女が立ち上がり俺を見て目を見開くと、悲鳴のように俺の名を口にした。
 こんなシーンは、ないはずだ。妹の口から語られたストーリーしかしらないが、クリスタとの出会いでは悪役との初対面も兼ねており、そこでドォリィに目を付けられたリドリータは彼女とその取り巻きに嫌がらせをされるようになるのだ。

「どうして私の名を?」
「っっ、お噂はかねがね窺っております!!お目にかかれてすごく、すごく嬉しいでしゅぅ・・・・・・」
 突然呂律を妖しくさせ両手で頬を抑え始めたリドリータの目の中に、ハートが見える。ブツブツと譫言のように何かを呟くその“変”な様子に、俺はすぐにピンときた。
 十中八九、彼女は転生者だ。
 不自然なほど態とらしい演技、何も情報がないのに俺の名前を呼んだこと、そして、今彼女が呟いている中に、『はっ、何アレマジかっこよすぎっ。ってハ?ハ?これ現実??マジで今目の前に“サイレント様”がおる・・・!!しんっじらんない!墜とす。ぜっったいに墜とす』という不穏な言葉があったこと。それらが、彼女が転生者である証拠である。
 そして彼女の最推しキャラは、俺らしい。
 ぬふふという身の危険を感じる笑い声と共に涎を袖で拭う姿に若干引く。今にもドォリィの目を塞いで『あんなものを見てはいけません』と言いたくなってしまう。
 クリスタはある意味頭の中が花畑なのか、『足が痛むのだね?可哀想に・・・』とかほざいてるし。

「そんな、噂なんて。改めて初めまして、サイレント・ジョセスタインです。レディ」
「はわわわわわ!!!申し遅れました、わわ私、アイネクライン伯爵家の娘、リドリータ・アイネクラインと申します。どどうぞ、“リド”とお呼び下さい」
「リドリータ!なんて可愛らしい名前なんだろう!!遅れてしまったが、僕はクリスタ・フォンターヌ。この国の第一王子さ。よろしく、リド」
「こちらこそ、よろしくお願い致します。殿下」
「なぁに、僕のこともクリスタと気軽に呼んでくれ」
「私はクリスの婚約者のドリータ・サンドレアよ。足は大丈夫みたいね、早く目の前から消えてくださる?」
 王子にも色目を使うリドリータに、ドォリィがクリスタの腕に自分のを絡ませると彼女を睨み付け、まるで怒った子猫のように威嚇をする。
 するとリドリータは青ざめ、ピンク色の瞳からじわじわと涙が滲み出てきた。
「こらドリータ!彼女はお前と違って繊細なんだ。言葉に気をつけろ」
 どの口が言っているんだ?と思わず聞きたくなってしまうほどのいい加減な言葉に、はらわたが煮えくりかえるのを覚える。
 ドォリィはとっても繊細なのだ。クリスタが他の女を誘う度に、その黒曜石のような瞳が涙に濡れる。そんなことも知らないお前は婚約者失格だいやもはや知らない方が良いドォリィの綺麗な涙をこいつが見たら減りそうだから!!と心の中で一息で言い切る。

「王子、今日はドォリィとお茶をする予定だったので、私たちはこれで失礼致します。・・・行こう、ドォリィ」
「ちょっと待ってくれ!」
 ドォリィに促し王子たちに背中を向けると、背後から手首を掴まれた。今まで空気になっていたリディオに苛ついているドォリィを任せ、クリスタにもう一度向き直る。その横ではリドリータが手を組み頬を染めて俺をガン見していた。
「そろそろ成人の儀だろ?アレは・・・ちゃんとしてくれるのだろうな」
「そのことでしたら、私がやることは決まっておりますから」
「っ、そうか。ならば良い」
 不安そうな顔を明るくさせ、クリスタは引き留めて悪かったと言って再び手を取ろうとしてきたが、俺はそれを上手く躱して踵を返した。
 後ろからは、あのぶりっ子の声が聞こえてくる。
 マジで、鳥肌が立つ。

 *****

「ほんっと信じらんない!!目の前に婚約者がいるのよっ!?普通はもっと大人しくしない!?それにっっ、あの場には兄様もいるのに、完全に無視だったわ!!」
「きっと頭の中身が空なんだよ。だからそんな脳みそスカスカ女のために思考を無駄遣いしちゃあダメだよ、ドォリィ。ほら、こないだドォリィが食べたいと言っていた菓子、店ごと買っておいたから」
「相変わらずですねリディオ・・・と言うか、リドリータ嬢に対する言葉が辛辣・・・」
「ははっ、サイだってそれ以上のことを思ってそうだけどね。言わないだけで」
 リディオは何でも見透かしている。ははは・・・と苦笑いをして用意された紅茶を口に含むと、ほんのりとハーブの爽やかな香りが鼻を抜けていった。それにしても、リドリータが登場した瞬間空気のように影を薄くするなんて、リディオはやっぱりただ者じゃないな。
「サイ!これおいしい!!食べてみて!!」
 さっきまで不機嫌MAXだったドォリィは、リディオの目論見通りリドリータのことなんか綺麗に忘れて菓子に夢中になっている。
 はしゃいでいる様子がとてつもなく可愛くて、スマホがあったら連写したい。
 ほっぺが落ちそう~と幸せそうに菓子を頬張るドォリィ。
 いつまでも、そんな風に笑っていてね。
 そう思う、ゲーム開始の火蓋が切られた日の午後であった。

 ――02.ヒロイン、降臨。

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