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第20話 Ø
若くして実力は人外の領域に達していたユーエス。
念願の騎士に就任すると、すぐにその頭角を現した。
実力はもちろんのこと、元々病弱だったからか尊大な態度を取ることもなく、気さくな性格で年上ばかりの団員からも信頼を寄せられていた。
幼馴染でいつも一緒にいたクシリアとは離れることになったが手紙のやり取りをしている。
クシリアからユーエスの活躍を喜ぶ手紙が届く度、温かな気持ちを貰い安否の確認も取れてほっとする日々。
変わったのは距離だけ。
少しだけ離れた空の下、空の色に合わせて同じように眠って、起きている。
暖かくなった空気や周りの人の服装から季節の移ろいを感じると、一つ前の季節の服を着て困った顔をしていた彼女を思い出す。
しっかりしているようで少し抜けたところのあるクシリア。
次に会える日を待ち遠しく思っていた。
しかし久方振りの長期休暇でユーエスが村に帰ると、クシリアは病に臥せっていた。
そんなこと、手紙には一言も書いていなかったのに。
「あ、おかえり。ユーエス」
懐かしい記憶と照らし合わせてもなんら遜色のない明るい声音。
いつも励まされてきたその声だが、今は心配させないよう無理をして出しているのだとわかる。
「……いつから?」
クシリアの容態が心配で、ただいまを言うのも忘れる。
「二ヶ月くらい前から」
なんで手紙に書かなかったの。
喉元まで出かかった言葉を飲み込む。
憧れていた騎士になって遠くの地で頑張るユーエスの足を引っ張りたくない。
そういうことを考える人だと知っているから。
「二ヶ月も治らないってなんの病気?」
「わかんない。薬師のおばちゃんも初めて見るって」
「症状は? 今も苦しいの?」
「熱っぽいだけだから大丈夫」
矢継ぎ早に聞く。
微笑んで見せるクシリア。ユーエスが何故焦っているのか。それを考えると申し訳ない気持ちもあるが嬉しくもある。
ユーエスはその笑顔を見て違和感を抱いた。
クシリアなら心配かけないよう強がって元気な素振りを見せる。
現に今もそうしているが、熱っぽいだけなら起き上がってお茶でも淹れようとするはず。
いつも通りを装うために。
ならばそれすら出来ないほど体調が優れないのか。
それともそうしたくない理由があるのか。
気になるのは布団の中。
ユーエスが訪れてから、頑なに手すら出していない。
布団を捲ると、隠していた理由は一目瞭然。
クシリアの腕。
その皮膚が樹皮のように変質していた。
「スケベ」
クシリアはどうにか誤魔化そうとするが、ユーエスは取り合わない。
「……感覚はあるの?」
「……少し」
「早く診てもらった方がいい。しんどいかも知れないけど一緒に王都へ行こう」
村の薬師が知らない病気に関しても、大きな街なら知っている者がいるかもしれない。
見たことのない病気。
手を拱いている間にクシリアの体が蝕まれていく、なんてことがあってはならない。
「大丈夫だって」
「おばさんには話しておくから」
「もう……」
強引に押し切り、クシリアの両親にも話をつけた。
幼い頃からユーエスを見てきたクシリアの両親は、ユーエスを信頼している。
腕が樹木化する娘を側で見続けることしか出来なかった彼らは「娘を頼みます」と藁にも縋る思いでクシリアを託した。
馬車で移動する時間も惜しい。
ユーエスはクシリアを抱えて全速力で飛んだ。
自分でもこれが最善かわかっていない。
気が気じゃなく、思考も纏まらない。
子どもの頃、病弱なユーエスの側にいたクシリアはいつもこんな気持ちで見守っていたのだろうか。
ずっと一緒にいたのに今になって漸く、それがどれだけ有難いことだったのか理解する。
「絶対に治す方法見つけるから」
クシリアに向けた言葉。
けれど自分に向けた決意の言葉でもある。
「昔と反対だね」
過去を思い出していたのはユーエスだけではなかった。
(次は、僕が支えになる)
◇
「見たことも聞いたこともない症状です。関連する資料を目にしたこともありません。完全に新種の病であり、現状力になることは出来ないでしょう……申し訳ない」
力不足を悔やみ頭を下げる薬師。
「最悪の場合、患部を切断するというのも一つの手かもしれません」
樹木化した部位を切り離してしまえば、これ以上の進行を食い止められるかもしれない。
しかしそんな残酷な方法でさえ、進行を食い止められるかもしれない程度の不確かな処置でしかない。
感知する保証なんてどこにもない。
物語の騎士に憧れた。
彼が姫を守ったように、自分も誰かを守れるくらい強くなりたい。
その一心で剣を振ってきた。
最初に握ったのは木剣ですらない、木の枝だった。
生まれつき人より弱かった体。
それでも毎日剣を振るったから、今のユーエスがいる。
絶対に口には出さないが、ユーエスにとっての姫は……
「騎士になったって、あいつを守れないんじゃ意味ないんだよ……っ!」
クシリアを診療所に預けたユーエスは一人、壁に拳を打ち付ける。
返ってくるのは冷たく硬い石材の感触と、間に滲む生温かい血の感触だけ。
痛みは感じなかった。
珍しく酒場を訪れたユーエス。
酒に関しては付き合いで飲む程度。
今訪れているのも同僚に連れて来られてのこと。
どうやら同僚はユーエスの様子がおかしいことに気づいたようだった。
メニューを見る限り随分お高めの店のようだ。
奮発したらしい。
背伸びした同僚の優しさが、ささくれ立った心にスッと沁みる。
「お前最近どうした?」
クシリアを王都に連れてきてから三ヶ月が経過しても、病気に関する情報は集まらない。
そもそも最初に頼った人物は王族の診察を任されているほど名うての薬師だった。
コネを使い、無理を通して何とか診てもらったのだ。
もちろん名うての薬師といっても知らない既存の病気の一つくらいはあるだろう。
しかし体が樹木化するという特殊な症例ならその限りではない。
発見されている病気ならば確実に耳に入っているだろう、とのことだ。
クシリアの前では顔に出さないよう気を付けているが、少しづつ樹木化が進んでいく様を見て焦りが募った。
ほんの少しづつだが進行している。
最初に見たときは肘までも到達していなかった樹木化が、今では肘にまで侵食していた。
酒を煽り、乱暴にジョッキを置く。
ガタンと思わず身を竦めてしまいそうな音がした。
普段のユーエスなら酒が入ったとしても考えられないことだ。
「幼馴染が病気にかかってさ……」
「……治らないのか?」
「何も、わからないんだ……」
「それは……きついわな」
同僚も咄嗟にかける言葉を思いつかず、沈黙が流れる。
すると肩を組んだ二人の酔っぱらいが近づいてきた。
「辛気臭ぇ面しやがって。デケェ音立てっから何かと思えば病気だぁ?」
「そんくれぇでシケた空気出してんじゃねえよ! 酒が不味くなんだろうが!」
酒が入り過ぎているのだろう。
普段なら笑ってやり過ごしていたかもしれない。
しかしユーエスは酔っ払いの胸倉を掴んだ。
長身のユーエスに持ち上げられ、酔っ払いがつま先立ちになる。
「んなキレることねえだろ! あ、あれだ! 『エデンエイヴァの葉』を煎じて飲めばどんな病気でも治っちまうっつう話だぜ!」
エデンエイヴァ。
かつて独立していた九つの世界を繋ぎ、この世界──ニーオヴァルドを創成した大樹。
内包されたエネルギーは一つの世界をも凌駕すると言われており、その葉から数多の生命が生まれたとされている。
今にも殴りそうなユーエスの剣幕に、もう一人の酔っ払いが慌ててそんな話を口にした。
ユーエスも聞いたことのある創世神話。
そこから派生した、眉唾物の噂話。
一笑に付してしかるべき。
それが今は、天啓に聞こえた。
「エデンエイヴァの葉……」
世界を生み出した神樹。
数多の生命を生み出した、生命力そのもの。
どんな病気でも治す命の葉。
実在すれば或いは。
「お、おいお前まさか」
鬱屈とした瞳に光が宿ったのを見て取った同僚。
「僕、行くよ」
「行くったって、当てはあんのか。神話の大樹だろ?」
エデンエイヴァは世界のどこかに実在するとされている。
しかし肝心の場所はわかっていない。
そしてユーエスには当てもなく世界を旅する時間などない。
「さあね。でもなんとかするよ」
「お前……」
「心配してくれてありがとう。酒も美味かった。味がしたのは久しぶりだよ。でも、少しでも可能性があるなら行かなきゃ」
同僚はユーエスの笑顔を見て、もう何を言っても無駄だと悟る。
「今日のとこは俺が払っとくから、返せよ」
生きて帰って来い。
言外にそう言うしかできない。
「え、この感じで奢りじゃなかったの?」
「バカ野郎。俺の財布は薄いぜ? 嫁に搾り取られてるからな」
ヒラヒラさせる財布からは寂寥、同僚からは少しの幸せが漂う。
尻に敷かれるのが性に合っているのかもしれない。
ユーエスは酔っ払いを放り、同僚と別れた。
同僚にはエデンエイヴァの場所に心当たりがないと言ったが、嘘だった。
それらしき場所への行き方に見当がついている。
翌日、エデンエイヴァの葉を求めて旅立った。
◇
ユーエスを水色に縁取るよう、濃密な力が巡っていた。
限界を超えた戦闘の連続。
死線を潜った末に辿り着いた境地。
同じことをもう一度やれと言われても、今のユーエスにはできないだろう。
体を覆う力が弾けた。
体力と気力まで弾けてしまったように力が抜け、足がふらつく。
意識が朦朧として視界もままならない。
薄ぼんやりとした世界。
脳を揺さぶられているような不快感に吐き気がする。
それでも目の前に聳える大樹がエデンエイヴァだということはわかった。
見上げる限りに樹冠が広がり、都市を丸ごと覆ってしまうであろう程に壮大な樹木。
葉の隙間から光芒が差し、ここが天国と言われれば納得してしまいそうな、神聖な場所だった。
エデンエイヴァの規模の大きさを前にして自分が小さくなってしまったのか、世界が大きくなったのか。
そんな錯覚に陥った。
経験して身に着けたバランス感覚が崩れていくのを感じる。
虚ろな視線を彷徨わせていると、エデンエイヴァの枝に絡まる龍と目が合う。
蝙蝠のような翼膜のある翼。
蛇のように長い体に、鯉のような鱗。
強靭な腕、その四指から生える鉤爪は天を引き裂く秩序の刃。
鬼のような厳めしい瞳孔からは圧倒的な威圧が放たれていた。
人外の力を身に着けたユーエスですら気圧され、思わず顔を顰める。
龍の値踏みする視線。
興味深そうに細めた瞳にはユーエスがどう映っているのか。
睨み返したユーエスは、その場から動かない龍に警戒しつつエデンエイヴァの枝へ斬撃を飛ばす。
そして落ちてきた枝を掴み取った。
「これが……」
数多の生命を生み出した、命の葉。
手にしたそれから確かなエネルギーを感じ取る。
目的を果たし気力が途切れたのかユーエスはそこで意識を失った。
ドサッと倒れる。
龍がユーエスの背後に視線を移した。
彼の通った跡には大蛇が転がっていた。
その体を真っすぐ伸ばせば村の端から端まで届くのではないか。
それほどに、長大な骸だった。
◇
「ここは……」
ユーエスが体を起こし周囲を見回す。
「……戻って、きたのか?」
鬱蒼と茂る木々が目に入り、凡その位置を把握出来た。
意識が鮮明になって真っ先に確認したのは自身の手。
そこには生命力の満ちる枝が握られていた。
力を込めて夢や幻ではないことを確かめる。
何故、誰がここまでユーエスを運んだのか。
不明なことばかりだが、それを明らかにする時間はない。
未だ重い体を浮かせて飛び立った。
◇
エデンエイヴァの葉を持ち帰ったユーエスはその足で薬師を連れ、王都にてクシリアの寝泊りしている部屋を訪れていた。
「これで……きっと良くなるから」
そう言って臥せるクシリアの手を握る。
樹木化した、体温の感じられない硬い腕。
何をしてでもその手に温かさを、柔らかさを取り戻したかった。
「ほんとに、騎士様みたい」
「なっちゃったからね」
「ならもう木の枝で大きい木も斬れる?」
「いけるいける。試したことないけど。今度見せよっか?」
「適当なこと言ってないか見てあげる」
昔を思い出し、冗談を言い合う。
互いの笑顔が虚勢から真実に変わると祈って。
「できました」
薬師からエデンエイヴァの葉を煎じた薬を受け取る。
緑の葉が原料とは思えないほどに透き通った液体。
揺れる水の表面を見つめる。
不安そうな顔が映っていた。
(こんな顔してちゃだめだろ)
一度瞳を閉じ、表情を取り繕う。
その様子を見ていたクシリアは穏やかに微笑み、薬を受け取った。
「ありがとう。病気が治ったらさ……ってそんな話後ででいっか」
何か告げようとしたが、思い直したのか言葉を飲み込む。
わざとらしく作った笑顔は何を隠そうとしているのだろう。
「……いただきます」
傾けた器から薬が流れ、唇を撫でて喉へ伝う。
ユーエスが固唾を呑んで見守る中、薬を飲み終えたクシリアは口元を指で拭う。
「……どう?」
堪え切れなかったユーエスが容体を聞く。
薬に即効性を求めるのは間違っているが、エデンエイヴァの葉ならその限りではないかもしれない。
「どうって言われても、そんなにすぐ効果なんて……」
心配するユーエスに呆れてクシリアが答えようとした。
その言葉を紡ぎ終える前に、異変は起きた。
「うッ!?」
クシリアが苦しそうに呻き、胸元を抑える。
呼気が荒くなり、激しく肩が上下していた。
「どうしたのっ、苦しい!?」
ユーエスが落ち着かせようと肩に手を置く。
それでもクシリアが落ち着きを取り戻すことはなかった。
──急速に樹木化が進む腕を、見てしまったから。
樹皮が侵食し、体が何か別の物へと書き換えられていく恐怖に息を詰まらせる。
「ユーエス、たすけ……」
「クシリア!?」
ユーエスが伸ばされた手を握り返す。
樹皮のゴツゴツとした感触。
けれどその手は確かにクシリアのもので。
絶対に離さない。
そんなユーエスの決意を嘲笑うようにクシリアの全身が樹木化し、その体が朽ちていった。
「……は?」
力強く握ったユーエスの手。
その中でクシリアの手が崩れ、パラパラと木屑が落ちた。
空を掴み、寂しく彷徨った手が垂れ下がる。
体から力が抜け、膝をついた。
手のひらを見る。
「なん、で……」
そして握り直した。
こびり付いた木屑に、感じないはずのクシリアの体温が残っているような気がして。
「僕の所為で……」
エデンエイヴァの葉を持ってこなければこんなことには。
「……僕が、殺したんだ」
声に出すことで強く実感する。
心に余裕がなくて、眉唾物の噂話に縋った。
その弱さが、弱い自分がクシリアを死に追いやったのだと。
「……っ」
声にならない嗚咽が漏れる。
記憶の中にはどこまでもいつも通りのクシリアが、当たり前のように笑っているのに。
肩を震わせても、みっともなく涙を溢しても。
いつも側で慰めてくれたクシリアはもういない。
守るものを失ってしまったなら。
騎士は、何のために生きていくのだろう。
念願の騎士に就任すると、すぐにその頭角を現した。
実力はもちろんのこと、元々病弱だったからか尊大な態度を取ることもなく、気さくな性格で年上ばかりの団員からも信頼を寄せられていた。
幼馴染でいつも一緒にいたクシリアとは離れることになったが手紙のやり取りをしている。
クシリアからユーエスの活躍を喜ぶ手紙が届く度、温かな気持ちを貰い安否の確認も取れてほっとする日々。
変わったのは距離だけ。
少しだけ離れた空の下、空の色に合わせて同じように眠って、起きている。
暖かくなった空気や周りの人の服装から季節の移ろいを感じると、一つ前の季節の服を着て困った顔をしていた彼女を思い出す。
しっかりしているようで少し抜けたところのあるクシリア。
次に会える日を待ち遠しく思っていた。
しかし久方振りの長期休暇でユーエスが村に帰ると、クシリアは病に臥せっていた。
そんなこと、手紙には一言も書いていなかったのに。
「あ、おかえり。ユーエス」
懐かしい記憶と照らし合わせてもなんら遜色のない明るい声音。
いつも励まされてきたその声だが、今は心配させないよう無理をして出しているのだとわかる。
「……いつから?」
クシリアの容態が心配で、ただいまを言うのも忘れる。
「二ヶ月くらい前から」
なんで手紙に書かなかったの。
喉元まで出かかった言葉を飲み込む。
憧れていた騎士になって遠くの地で頑張るユーエスの足を引っ張りたくない。
そういうことを考える人だと知っているから。
「二ヶ月も治らないってなんの病気?」
「わかんない。薬師のおばちゃんも初めて見るって」
「症状は? 今も苦しいの?」
「熱っぽいだけだから大丈夫」
矢継ぎ早に聞く。
微笑んで見せるクシリア。ユーエスが何故焦っているのか。それを考えると申し訳ない気持ちもあるが嬉しくもある。
ユーエスはその笑顔を見て違和感を抱いた。
クシリアなら心配かけないよう強がって元気な素振りを見せる。
現に今もそうしているが、熱っぽいだけなら起き上がってお茶でも淹れようとするはず。
いつも通りを装うために。
ならばそれすら出来ないほど体調が優れないのか。
それともそうしたくない理由があるのか。
気になるのは布団の中。
ユーエスが訪れてから、頑なに手すら出していない。
布団を捲ると、隠していた理由は一目瞭然。
クシリアの腕。
その皮膚が樹皮のように変質していた。
「スケベ」
クシリアはどうにか誤魔化そうとするが、ユーエスは取り合わない。
「……感覚はあるの?」
「……少し」
「早く診てもらった方がいい。しんどいかも知れないけど一緒に王都へ行こう」
村の薬師が知らない病気に関しても、大きな街なら知っている者がいるかもしれない。
見たことのない病気。
手を拱いている間にクシリアの体が蝕まれていく、なんてことがあってはならない。
「大丈夫だって」
「おばさんには話しておくから」
「もう……」
強引に押し切り、クシリアの両親にも話をつけた。
幼い頃からユーエスを見てきたクシリアの両親は、ユーエスを信頼している。
腕が樹木化する娘を側で見続けることしか出来なかった彼らは「娘を頼みます」と藁にも縋る思いでクシリアを託した。
馬車で移動する時間も惜しい。
ユーエスはクシリアを抱えて全速力で飛んだ。
自分でもこれが最善かわかっていない。
気が気じゃなく、思考も纏まらない。
子どもの頃、病弱なユーエスの側にいたクシリアはいつもこんな気持ちで見守っていたのだろうか。
ずっと一緒にいたのに今になって漸く、それがどれだけ有難いことだったのか理解する。
「絶対に治す方法見つけるから」
クシリアに向けた言葉。
けれど自分に向けた決意の言葉でもある。
「昔と反対だね」
過去を思い出していたのはユーエスだけではなかった。
(次は、僕が支えになる)
◇
「見たことも聞いたこともない症状です。関連する資料を目にしたこともありません。完全に新種の病であり、現状力になることは出来ないでしょう……申し訳ない」
力不足を悔やみ頭を下げる薬師。
「最悪の場合、患部を切断するというのも一つの手かもしれません」
樹木化した部位を切り離してしまえば、これ以上の進行を食い止められるかもしれない。
しかしそんな残酷な方法でさえ、進行を食い止められるかもしれない程度の不確かな処置でしかない。
感知する保証なんてどこにもない。
物語の騎士に憧れた。
彼が姫を守ったように、自分も誰かを守れるくらい強くなりたい。
その一心で剣を振ってきた。
最初に握ったのは木剣ですらない、木の枝だった。
生まれつき人より弱かった体。
それでも毎日剣を振るったから、今のユーエスがいる。
絶対に口には出さないが、ユーエスにとっての姫は……
「騎士になったって、あいつを守れないんじゃ意味ないんだよ……っ!」
クシリアを診療所に預けたユーエスは一人、壁に拳を打ち付ける。
返ってくるのは冷たく硬い石材の感触と、間に滲む生温かい血の感触だけ。
痛みは感じなかった。
珍しく酒場を訪れたユーエス。
酒に関しては付き合いで飲む程度。
今訪れているのも同僚に連れて来られてのこと。
どうやら同僚はユーエスの様子がおかしいことに気づいたようだった。
メニューを見る限り随分お高めの店のようだ。
奮発したらしい。
背伸びした同僚の優しさが、ささくれ立った心にスッと沁みる。
「お前最近どうした?」
クシリアを王都に連れてきてから三ヶ月が経過しても、病気に関する情報は集まらない。
そもそも最初に頼った人物は王族の診察を任されているほど名うての薬師だった。
コネを使い、無理を通して何とか診てもらったのだ。
もちろん名うての薬師といっても知らない既存の病気の一つくらいはあるだろう。
しかし体が樹木化するという特殊な症例ならその限りではない。
発見されている病気ならば確実に耳に入っているだろう、とのことだ。
クシリアの前では顔に出さないよう気を付けているが、少しづつ樹木化が進んでいく様を見て焦りが募った。
ほんの少しづつだが進行している。
最初に見たときは肘までも到達していなかった樹木化が、今では肘にまで侵食していた。
酒を煽り、乱暴にジョッキを置く。
ガタンと思わず身を竦めてしまいそうな音がした。
普段のユーエスなら酒が入ったとしても考えられないことだ。
「幼馴染が病気にかかってさ……」
「……治らないのか?」
「何も、わからないんだ……」
「それは……きついわな」
同僚も咄嗟にかける言葉を思いつかず、沈黙が流れる。
すると肩を組んだ二人の酔っぱらいが近づいてきた。
「辛気臭ぇ面しやがって。デケェ音立てっから何かと思えば病気だぁ?」
「そんくれぇでシケた空気出してんじゃねえよ! 酒が不味くなんだろうが!」
酒が入り過ぎているのだろう。
普段なら笑ってやり過ごしていたかもしれない。
しかしユーエスは酔っ払いの胸倉を掴んだ。
長身のユーエスに持ち上げられ、酔っ払いがつま先立ちになる。
「んなキレることねえだろ! あ、あれだ! 『エデンエイヴァの葉』を煎じて飲めばどんな病気でも治っちまうっつう話だぜ!」
エデンエイヴァ。
かつて独立していた九つの世界を繋ぎ、この世界──ニーオヴァルドを創成した大樹。
内包されたエネルギーは一つの世界をも凌駕すると言われており、その葉から数多の生命が生まれたとされている。
今にも殴りそうなユーエスの剣幕に、もう一人の酔っ払いが慌ててそんな話を口にした。
ユーエスも聞いたことのある創世神話。
そこから派生した、眉唾物の噂話。
一笑に付してしかるべき。
それが今は、天啓に聞こえた。
「エデンエイヴァの葉……」
世界を生み出した神樹。
数多の生命を生み出した、生命力そのもの。
どんな病気でも治す命の葉。
実在すれば或いは。
「お、おいお前まさか」
鬱屈とした瞳に光が宿ったのを見て取った同僚。
「僕、行くよ」
「行くったって、当てはあんのか。神話の大樹だろ?」
エデンエイヴァは世界のどこかに実在するとされている。
しかし肝心の場所はわかっていない。
そしてユーエスには当てもなく世界を旅する時間などない。
「さあね。でもなんとかするよ」
「お前……」
「心配してくれてありがとう。酒も美味かった。味がしたのは久しぶりだよ。でも、少しでも可能性があるなら行かなきゃ」
同僚はユーエスの笑顔を見て、もう何を言っても無駄だと悟る。
「今日のとこは俺が払っとくから、返せよ」
生きて帰って来い。
言外にそう言うしかできない。
「え、この感じで奢りじゃなかったの?」
「バカ野郎。俺の財布は薄いぜ? 嫁に搾り取られてるからな」
ヒラヒラさせる財布からは寂寥、同僚からは少しの幸せが漂う。
尻に敷かれるのが性に合っているのかもしれない。
ユーエスは酔っ払いを放り、同僚と別れた。
同僚にはエデンエイヴァの場所に心当たりがないと言ったが、嘘だった。
それらしき場所への行き方に見当がついている。
翌日、エデンエイヴァの葉を求めて旅立った。
◇
ユーエスを水色に縁取るよう、濃密な力が巡っていた。
限界を超えた戦闘の連続。
死線を潜った末に辿り着いた境地。
同じことをもう一度やれと言われても、今のユーエスにはできないだろう。
体を覆う力が弾けた。
体力と気力まで弾けてしまったように力が抜け、足がふらつく。
意識が朦朧として視界もままならない。
薄ぼんやりとした世界。
脳を揺さぶられているような不快感に吐き気がする。
それでも目の前に聳える大樹がエデンエイヴァだということはわかった。
見上げる限りに樹冠が広がり、都市を丸ごと覆ってしまうであろう程に壮大な樹木。
葉の隙間から光芒が差し、ここが天国と言われれば納得してしまいそうな、神聖な場所だった。
エデンエイヴァの規模の大きさを前にして自分が小さくなってしまったのか、世界が大きくなったのか。
そんな錯覚に陥った。
経験して身に着けたバランス感覚が崩れていくのを感じる。
虚ろな視線を彷徨わせていると、エデンエイヴァの枝に絡まる龍と目が合う。
蝙蝠のような翼膜のある翼。
蛇のように長い体に、鯉のような鱗。
強靭な腕、その四指から生える鉤爪は天を引き裂く秩序の刃。
鬼のような厳めしい瞳孔からは圧倒的な威圧が放たれていた。
人外の力を身に着けたユーエスですら気圧され、思わず顔を顰める。
龍の値踏みする視線。
興味深そうに細めた瞳にはユーエスがどう映っているのか。
睨み返したユーエスは、その場から動かない龍に警戒しつつエデンエイヴァの枝へ斬撃を飛ばす。
そして落ちてきた枝を掴み取った。
「これが……」
数多の生命を生み出した、命の葉。
手にしたそれから確かなエネルギーを感じ取る。
目的を果たし気力が途切れたのかユーエスはそこで意識を失った。
ドサッと倒れる。
龍がユーエスの背後に視線を移した。
彼の通った跡には大蛇が転がっていた。
その体を真っすぐ伸ばせば村の端から端まで届くのではないか。
それほどに、長大な骸だった。
◇
「ここは……」
ユーエスが体を起こし周囲を見回す。
「……戻って、きたのか?」
鬱蒼と茂る木々が目に入り、凡その位置を把握出来た。
意識が鮮明になって真っ先に確認したのは自身の手。
そこには生命力の満ちる枝が握られていた。
力を込めて夢や幻ではないことを確かめる。
何故、誰がここまでユーエスを運んだのか。
不明なことばかりだが、それを明らかにする時間はない。
未だ重い体を浮かせて飛び立った。
◇
エデンエイヴァの葉を持ち帰ったユーエスはその足で薬師を連れ、王都にてクシリアの寝泊りしている部屋を訪れていた。
「これで……きっと良くなるから」
そう言って臥せるクシリアの手を握る。
樹木化した、体温の感じられない硬い腕。
何をしてでもその手に温かさを、柔らかさを取り戻したかった。
「ほんとに、騎士様みたい」
「なっちゃったからね」
「ならもう木の枝で大きい木も斬れる?」
「いけるいける。試したことないけど。今度見せよっか?」
「適当なこと言ってないか見てあげる」
昔を思い出し、冗談を言い合う。
互いの笑顔が虚勢から真実に変わると祈って。
「できました」
薬師からエデンエイヴァの葉を煎じた薬を受け取る。
緑の葉が原料とは思えないほどに透き通った液体。
揺れる水の表面を見つめる。
不安そうな顔が映っていた。
(こんな顔してちゃだめだろ)
一度瞳を閉じ、表情を取り繕う。
その様子を見ていたクシリアは穏やかに微笑み、薬を受け取った。
「ありがとう。病気が治ったらさ……ってそんな話後ででいっか」
何か告げようとしたが、思い直したのか言葉を飲み込む。
わざとらしく作った笑顔は何を隠そうとしているのだろう。
「……いただきます」
傾けた器から薬が流れ、唇を撫でて喉へ伝う。
ユーエスが固唾を呑んで見守る中、薬を飲み終えたクシリアは口元を指で拭う。
「……どう?」
堪え切れなかったユーエスが容体を聞く。
薬に即効性を求めるのは間違っているが、エデンエイヴァの葉ならその限りではないかもしれない。
「どうって言われても、そんなにすぐ効果なんて……」
心配するユーエスに呆れてクシリアが答えようとした。
その言葉を紡ぎ終える前に、異変は起きた。
「うッ!?」
クシリアが苦しそうに呻き、胸元を抑える。
呼気が荒くなり、激しく肩が上下していた。
「どうしたのっ、苦しい!?」
ユーエスが落ち着かせようと肩に手を置く。
それでもクシリアが落ち着きを取り戻すことはなかった。
──急速に樹木化が進む腕を、見てしまったから。
樹皮が侵食し、体が何か別の物へと書き換えられていく恐怖に息を詰まらせる。
「ユーエス、たすけ……」
「クシリア!?」
ユーエスが伸ばされた手を握り返す。
樹皮のゴツゴツとした感触。
けれどその手は確かにクシリアのもので。
絶対に離さない。
そんなユーエスの決意を嘲笑うようにクシリアの全身が樹木化し、その体が朽ちていった。
「……は?」
力強く握ったユーエスの手。
その中でクシリアの手が崩れ、パラパラと木屑が落ちた。
空を掴み、寂しく彷徨った手が垂れ下がる。
体から力が抜け、膝をついた。
手のひらを見る。
「なん、で……」
そして握り直した。
こびり付いた木屑に、感じないはずのクシリアの体温が残っているような気がして。
「僕の所為で……」
エデンエイヴァの葉を持ってこなければこんなことには。
「……僕が、殺したんだ」
声に出すことで強く実感する。
心に余裕がなくて、眉唾物の噂話に縋った。
その弱さが、弱い自分がクシリアを死に追いやったのだと。
「……っ」
声にならない嗚咽が漏れる。
記憶の中にはどこまでもいつも通りのクシリアが、当たり前のように笑っているのに。
肩を震わせても、みっともなく涙を溢しても。
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