33 / 41
第33話 因果応報
「君は……さっきのキューティクル少女」
傭兵ギルドを後にしようとしたラヴィポッドが顔を上げる。
声をかけてきたのは、全身鎧を着こんだ二メートル越えの女だった。
クジラのような尻尾が揺れている。
「はっ……」
ラヴィポッドは女の姿を見て一瞬硬直。
振り返り、逃げ出そうとするが。
「ま、待てっ……!」
鎧女は瞬間移動にも近しい速度で回り込み、ラヴィポッドの両脇を支えて持ち上げた。
触れるだけで傷つきそうな尖った部分の多い鎧だが、持ち方が上手いのかラヴィポッドの服が破けたりはしなかった。
「……」
鎧女はじっとラヴィポッドを見つめる。
すると、視線を逸らされた。
(怪しい。巨大生物が発生した現場にいたことも、傭兵ギルドから出てきたことも)
鎧女を見ただけで震え上がるほど臆病な少女が傭兵ギルドなど訪れるだろうか。
むしろ最も縁遠い場所といっていい。
(あまりの愛らしさに見逃してしまったが、この少女は何か隠している……)
明らかに普通の少女ではない。
鎧女はラヴィポッドが巨大生物発生について何か知っていると睨んでいた。
「傭兵ギルドで何をしていた?」
しかしラヴィポッドはまたしてもブンブンと首を横に振る。
「か、かわ……っ、もう誤魔化されないぞ! 傭兵ギルドで何をしていたか話すまで下ろさないからな」
危うく同じ過ちを繰り返すところだった。
咳払いをして何とか気を持ち直す。
「ひぃ! しゅ、就活に失敗してました……!」
呆気なく脅しに屈したラヴィポッドがありのままを話す。
「就活……? ……傭兵になりたいのか?」
「も、もうなりたくないです! 危ないのは嫌なんですから!」
「危ないのが嫌なら尚のこと何故ここに来た……」
どうも話が容量を得ないが、それも仕方ないだろう。
支離滅裂だが嘘や適当を言っているわけではない。
そもそもの行動が合理性に欠けているだけで。
「は、話しましたよ……おおおろしてください」
「そういう約束だったな」
ラヴィポッドに言われ、鎧女は素直に下ろそうとするが、
「話はまだ終わっていない。逃げるなよ?」
予め釘を刺しておく。
「……も、もちろんですとも!」
若干の間と口調が気になるが、約束通りラヴィポッドを下ろした。
するとラヴィポッドが鎧女の後方を指差す。
「あ、あんなとこに長ネギでチャンバラしてる人がっ!」
言われて後方を確認する。
しかしどこにも長ネギでチャンバラしている不届き者はいない。
「どこだ? そんな不届き者、見当たらないが……」
振り返ると、ラヴィポッドの姿がなくなっていた。
少し遠くに目を向ければ、プリン頭の銀髪が元気に揺れている。
なんという逃げ足の速さ。
「……小賢しい真似を」
鎧女は脚の筋肉に溜まったマナを一部開放し、爆発的に加速。
走るというより水平に跳んだ、といった方が近い。
どこまでも伸び続ける大きな一歩。
瞬時にラヴィポッドに追いつき、その身を小脇に抱える。
地を踏みしめ片手をついて徐々に速度を落としていった。
きょとんとするラヴィポッド。
何が起きたのかわかっていないらしい。
しかし状況に気づいたのかギギギと顔を上に向ける。
「次逃げたら縛り上げる」
「ひぃぃ!?」
上手く撒いたとでも思っていたのだろう。
鎧女は深くため息を吐く。
「事件現場にいた理由は?」
懲りずに逃げ出しそうなので小脇に抱えたまま尋ねる。
「さ、探し物を……」
「探し物とは、何だ?」
「お、お金です」
「落としたのか?」
「……」
俯くラヴィポッド。
落ち込んでいるのだろう。
事情は分かった。
だが引っかかる部分もある。
「それで何故あの場所に来る? 君の家でもないんだろう?」
落としたのならその時間帯に通った場所を探すはず。
氷漬けの住人を見ていた淡泊な反応からして、自宅でも知人の家でもないのだろう。
「え、えっと……」
「……詳しく話してみろ」
言葉を濁していたラヴィポッドだが、ぽつりぽつりと語りだす。
ツバティカ航空を利用してコーハンの街へ来たところから、事件現場に行くまで。
ゴーレムの部分だけ隠し、それ以外の全てを語った。
「……因果応報、か」
事の経緯を聞いてラヴィポッドの言葉を思い出す。
案内を名乗り出たスーツの男。
ぶつかってきた青年。
その後、スーツ姿の男が激昂。
何故かバックパックが開いていた。
話を整理すると大方の予想はつく。
「青年に金を盗まれたと考えたわけだ。それで追いかけていたところ、事件に巻き込まれたと」
事件現場でラヴィポッドが見ていた氷漬けの青年。
彼がぶつかった犯人なのだろう。
「? ……そ、その通りです!」
鎧女が何を言っているのかわからないが、ラヴィポッドは誤魔化せたと判断して話を合わせておく。
「あの青年には暴行を受けた形跡があった。恐らく君を案内したという男、そいつも金を狙っていたのだろう。その二人の間で争いが起きた。だとすればいま金を持っているのは……」
話の途中、腕を組んで考えていたラヴィポッド。
そこまで言えばお金の行方を理解できたのか、鎧女と目を合わせる。
「あ、あなたですか……?」
「……違う。君が悪人に狙われそうなのは理解できた」
今の話で何故そう思ったのか。
話を聞いていても感じたが、抜けている部分があるのだろう。
ビクビクしているところも狙われやすさを助長している。
「いま金を持っているのは君を案内した男だろう」
「な、なんでわかるんですか!?」
「その説明をしていたつもりなのだがな」
片手で頭を抱える。
「氷漬けになっていた連中だが、今頃は救出されているはずだ。目を覚ませば兵士によって取り調べが行われる。その時に君を案内した男についても聞き出すよう掛け合うのが良いと思うが……私が話を通しておこうか?」
「な、なんで助けてくれるんですか……?」
向けられた眼差しには警戒が含まれている。
当然だ。
他人に金を盗まれた後、他人を信用できるはずもない。
「私も君くらいの頃に苦労したから、放っておけないのかもな……」
「そ、そうなんですね……」
「信用できないのも無理はない。だが君一人ではできることにも限度がある。ここは私を利用してやる、とでも思っていてくれ」
迷っているのかラヴィポッドの視線がチラチラと行ったり来たりしている。
ややあって俯きがちに鎧女へ視線を向けた。
「せ、精々扱き使ってやりますよ?」
これでいいのだろうかと、ラヴィポッドが首を傾げながら言う。
「その物言いは話が変わってくるな。調子に乗るなよ?」
「ひぃ!? ……よ、よろしくお願いします!」
「任せておけ」
簡単に言い包められたことに鎧女は苦笑する。
これは益々放っておけないな、と。
早く動くべきだと判断し、ラヴィポッドを抱えたまま歩き出した。
「ど、どこに行くんですか?」
「傭兵ギルドだ。ギルドマスターなら兵士にも伝手がある」
「よ、傭兵さんなんですか?」
「まあな」
そうしてラヴィポッドは女傭兵セファリタとともに、傭兵ギルドに逆戻りすることとなった。
◇
「あ、セファリタ……とさっきの女の子?」
傭兵ギルドに入ると、受付嬢が鎧女──セファリタに手を振った。
抱えられているラヴィポッドを見て首を傾げる。
「どういうつながり?」
「つながりも何も、会ったばかりです。ギルドマスターと話がしたいのですが」
受付嬢の表情が真剣なものに変わる。
傭兵ギルドのトップに用件。
それほど重要なことなのだろう。
チラリと小脇に抱えられたラヴィポッドを見る。
彼女に関係した話だろうとは想像できるが……
「……急ぎ?」
「早い方が助かります」
「わかった。ちょっと待ってて」
受付嬢がカウンターを出て階段を上っていく。
「せ、セファリタさんっていうんですね。受付のお姉さんより年下なんですか?」
ラヴィポッドは問う。
受付嬢は見たところ二十代後半くらいだろう。
セファリタは全身鎧なので顔は窺えないが、落ち着いた話し方や背の高さから、それなりに大人だと思っていた。
だからセファリタが敬語を使い、受付嬢が砕けた口調で話していることに違和感がある。
「ん? 私は十八だから、そうなるな……そういえば聞いていなかった。君、名は?」
「ラヴィポッド、十歳です」
相手の年齢を聞いたので、ラヴィポッドも一応伝えておく。
「ラヴィポッド……かわ、珍しい響きだな。そ、そうか十《とお》にもなるのか。七、八くらいかと思っていた」
何か言いかけたセファリタが早口気味に誤魔化す。
「わ、わたしも傭兵さん四十歳くらいだと思ってました……」
「……やめろ、普通に傷つく」
ラヴィポッドの言葉が槍となってセファリタの鳩尾を抉る。
思わぬ精神的ダメージで声のトーンも僅かに低くなった。
その後も他愛のない会話をしながら暫し待っていると、受付嬢が下りてきた。
「今時間作れるって。案内するね」
「お願いします」
「お、お願いします……」
そうして案内されたのは三階にある一室。
「失礼します」
「し、失礼します」
中に入ると、執務机に座った髭の似合う強面の男が視線だけ向けてきた。
彼こそが傭兵ギルドコーハン支部のギルドマスター、ゼルド。
ゼルド自身、元傭兵だがギルドマスターという役職に就いてからも鍛錬は怠っていない。
太い首に広い肩幅。
胸より上しか見えていなくとも、その鍛え上げられた肉体が彼のストイックさを表していた。
書類仕事をしている最中ですら隙を感じさせない強者特有の圧力。
現役の頃はさぞ名のある傭兵だったのだろう。
「少し掛けていてくれ」
「お忙しいところすみません」
「いい。先送りにして面倒なことになるのは避けたい」
セファリタは言われた通りソファに座り、抱えていたラヴィポッドも座らせる。
ラヴィポッドは震えながらキョロキョロと見回し、何となくダルムの執務室に似ているなと思っていた。
ダルムと話した経験がなければゼルドの顔を見て卒倒していただろう。
邪魔をしても悪い、とラヴィポッドとセファリタは静かにゼルドの仕事が一段落つくのを待った。
「悪い。待たせたな」
書類を片付けたゼルドがそう言って対面に腰を下ろす。
「それで、用件はなんだ?」
「実は……」
セファリタがラヴィポッドと事件現場で出会ったことや金を盗まれたこと、兵士への口利きを頼みたいことを説明する。
「なるほどな。窃盗の疑いがあるのなら兵士も協力してくれるだろう。口利きはしといてやる」
「ありがとうございます」
セファリタが頭を下げる。
ラヴィポッドも慌てて続いた。
色好い返事が得られて安堵する。
断られることはないと思っていたが、話してみるまでわからない。
これで後は取り調べを待つだけ。
話は終わった。
そう思っていたのだが、どうやらゼルドにはまだ話すことがあるようだった。
「こっちからも嬢ちゃんに聞きたいことがある」
ラヴィポッドがススッと居住まいを正す。
「な、なんですか……?」
「巨大生物発生の折、『岩の柱の先端に引っ掛かって泣き叫ぶ少女を見た』という報告が複数寄せられてるらしいが、これは嬢ちゃんのことで間違いないか?」
ゴーレムの元へ駆けつけた時のことだろう。
人混みの真上を通過したのだから見られていて当然。
ゼルドも既にゴーレムが起こした被害について報告を受けていたらしい。
「は、はぃ……」
それに関しては認めるしかない。
「岩の柱はかなり熟達した土魔術師によるものと推定されているらしいが、その土魔術師に心当たりは?」
「し、知らないです……」
ラヴィポッドは首を横に振って惚ける。
「そうか。じゃあ巨大生物発生の直前、笛の音が鳴り響いたとの報告も上がっているが、これも嬢ちゃんか?」
ゼルドの視線はラヴィポッドの首から下がるホイッスルに向けられている。
セファリタもホイッスルに視線を送りつつ二人の成り行きを見守っていた。
「ふ、吹きました……」
「ふむ。じゃあ肝心の巨大生物について何か少しでも知っていることはないか?」
「な、ないです……」
ラヴィポッドが視線を逸らし、これまた惚ける。
すると、ゼルドの目がスッと細められた。
「……私は楽器が好きでな。折角だ、ここでその笛を吹いてみてはくれないか?」
ギクリ。
緊張で強張ったラヴィポッドから冷や汗がダラダラと流れる。
気づいている。
良い笑顔を浮かべているゼルドは、十中八九ラヴィポッドとゴーレムに関連があると睨んでいたのだろう。
実はすぐ執務室に通されたのも、セファリタの連れている少女が件の少女かもしれないと勘づいたからに他ならない。
セファリタはラヴィポッドとの話の流れで金の行方についてばかり目を向けていた。
では結局、巨大生物出現は何だったのか。
ラヴィポッドが関係しているのではないか。
抱いていた疑惑が再浮上し、ゼルドとの会話で確信に変わる。
あ、こいつやってるな、と。
セファリタが疲れたように額を抑えて天井を仰いだ。
「こ、この笛は一日一回しか吹けないんです……」
もちろん嘘。
「ほう。どういう仕組みだ? 吹いても音が鳴らないのか?」
苦し紛れの言い訳をゼルドに詰められる。
「そ、そうなんですよ!」
ラヴィポッドは疑いを払拭するため、ホイッスルを吹く……振りをする。
大きく息を吸ってホイッスルに口をつけては頬を膨らませる。
それを何度も繰り返して笛が鳴らないことを訴えかけた。
「ほ、ほら……」
「因みになんだが……」
ゼルドがため息を吐き、話を切り出す。
「今回の巨大生物発生は他領からのテロ行為の線も視野に入れて調査が進められている。今ここで知っていることを話せば、内容によっては便宜を図ってやってもいい」
更に続ける。
「もしここで事実を隠し、後に嬢ちゃんが関係していたとわかれば……」
ラヴィポッドがごくりと息を呑む。
「最悪、処刑だろうな」
「ひぃぃぃぃ!?」
逃げ出そうとするラヴィポッド。
セファリタが呆れながら、その襟首を掴んで少し持ち上げる。
まだ走っているつもりなのか、地を蹴り損なった足が空中で回転していた。
「……それで、何を知っている?」
ゼルドのその言葉を皮切りに。
逃げることを諦めたラヴィポッドがソファに下される。
そして肩身を窄め、身を縮こまらせてゴーレムについて語りだした。
傭兵ギルドを後にしようとしたラヴィポッドが顔を上げる。
声をかけてきたのは、全身鎧を着こんだ二メートル越えの女だった。
クジラのような尻尾が揺れている。
「はっ……」
ラヴィポッドは女の姿を見て一瞬硬直。
振り返り、逃げ出そうとするが。
「ま、待てっ……!」
鎧女は瞬間移動にも近しい速度で回り込み、ラヴィポッドの両脇を支えて持ち上げた。
触れるだけで傷つきそうな尖った部分の多い鎧だが、持ち方が上手いのかラヴィポッドの服が破けたりはしなかった。
「……」
鎧女はじっとラヴィポッドを見つめる。
すると、視線を逸らされた。
(怪しい。巨大生物が発生した現場にいたことも、傭兵ギルドから出てきたことも)
鎧女を見ただけで震え上がるほど臆病な少女が傭兵ギルドなど訪れるだろうか。
むしろ最も縁遠い場所といっていい。
(あまりの愛らしさに見逃してしまったが、この少女は何か隠している……)
明らかに普通の少女ではない。
鎧女はラヴィポッドが巨大生物発生について何か知っていると睨んでいた。
「傭兵ギルドで何をしていた?」
しかしラヴィポッドはまたしてもブンブンと首を横に振る。
「か、かわ……っ、もう誤魔化されないぞ! 傭兵ギルドで何をしていたか話すまで下ろさないからな」
危うく同じ過ちを繰り返すところだった。
咳払いをして何とか気を持ち直す。
「ひぃ! しゅ、就活に失敗してました……!」
呆気なく脅しに屈したラヴィポッドがありのままを話す。
「就活……? ……傭兵になりたいのか?」
「も、もうなりたくないです! 危ないのは嫌なんですから!」
「危ないのが嫌なら尚のこと何故ここに来た……」
どうも話が容量を得ないが、それも仕方ないだろう。
支離滅裂だが嘘や適当を言っているわけではない。
そもそもの行動が合理性に欠けているだけで。
「は、話しましたよ……おおおろしてください」
「そういう約束だったな」
ラヴィポッドに言われ、鎧女は素直に下ろそうとするが、
「話はまだ終わっていない。逃げるなよ?」
予め釘を刺しておく。
「……も、もちろんですとも!」
若干の間と口調が気になるが、約束通りラヴィポッドを下ろした。
するとラヴィポッドが鎧女の後方を指差す。
「あ、あんなとこに長ネギでチャンバラしてる人がっ!」
言われて後方を確認する。
しかしどこにも長ネギでチャンバラしている不届き者はいない。
「どこだ? そんな不届き者、見当たらないが……」
振り返ると、ラヴィポッドの姿がなくなっていた。
少し遠くに目を向ければ、プリン頭の銀髪が元気に揺れている。
なんという逃げ足の速さ。
「……小賢しい真似を」
鎧女は脚の筋肉に溜まったマナを一部開放し、爆発的に加速。
走るというより水平に跳んだ、といった方が近い。
どこまでも伸び続ける大きな一歩。
瞬時にラヴィポッドに追いつき、その身を小脇に抱える。
地を踏みしめ片手をついて徐々に速度を落としていった。
きょとんとするラヴィポッド。
何が起きたのかわかっていないらしい。
しかし状況に気づいたのかギギギと顔を上に向ける。
「次逃げたら縛り上げる」
「ひぃぃ!?」
上手く撒いたとでも思っていたのだろう。
鎧女は深くため息を吐く。
「事件現場にいた理由は?」
懲りずに逃げ出しそうなので小脇に抱えたまま尋ねる。
「さ、探し物を……」
「探し物とは、何だ?」
「お、お金です」
「落としたのか?」
「……」
俯くラヴィポッド。
落ち込んでいるのだろう。
事情は分かった。
だが引っかかる部分もある。
「それで何故あの場所に来る? 君の家でもないんだろう?」
落としたのならその時間帯に通った場所を探すはず。
氷漬けの住人を見ていた淡泊な反応からして、自宅でも知人の家でもないのだろう。
「え、えっと……」
「……詳しく話してみろ」
言葉を濁していたラヴィポッドだが、ぽつりぽつりと語りだす。
ツバティカ航空を利用してコーハンの街へ来たところから、事件現場に行くまで。
ゴーレムの部分だけ隠し、それ以外の全てを語った。
「……因果応報、か」
事の経緯を聞いてラヴィポッドの言葉を思い出す。
案内を名乗り出たスーツの男。
ぶつかってきた青年。
その後、スーツ姿の男が激昂。
何故かバックパックが開いていた。
話を整理すると大方の予想はつく。
「青年に金を盗まれたと考えたわけだ。それで追いかけていたところ、事件に巻き込まれたと」
事件現場でラヴィポッドが見ていた氷漬けの青年。
彼がぶつかった犯人なのだろう。
「? ……そ、その通りです!」
鎧女が何を言っているのかわからないが、ラヴィポッドは誤魔化せたと判断して話を合わせておく。
「あの青年には暴行を受けた形跡があった。恐らく君を案内したという男、そいつも金を狙っていたのだろう。その二人の間で争いが起きた。だとすればいま金を持っているのは……」
話の途中、腕を組んで考えていたラヴィポッド。
そこまで言えばお金の行方を理解できたのか、鎧女と目を合わせる。
「あ、あなたですか……?」
「……違う。君が悪人に狙われそうなのは理解できた」
今の話で何故そう思ったのか。
話を聞いていても感じたが、抜けている部分があるのだろう。
ビクビクしているところも狙われやすさを助長している。
「いま金を持っているのは君を案内した男だろう」
「な、なんでわかるんですか!?」
「その説明をしていたつもりなのだがな」
片手で頭を抱える。
「氷漬けになっていた連中だが、今頃は救出されているはずだ。目を覚ませば兵士によって取り調べが行われる。その時に君を案内した男についても聞き出すよう掛け合うのが良いと思うが……私が話を通しておこうか?」
「な、なんで助けてくれるんですか……?」
向けられた眼差しには警戒が含まれている。
当然だ。
他人に金を盗まれた後、他人を信用できるはずもない。
「私も君くらいの頃に苦労したから、放っておけないのかもな……」
「そ、そうなんですね……」
「信用できないのも無理はない。だが君一人ではできることにも限度がある。ここは私を利用してやる、とでも思っていてくれ」
迷っているのかラヴィポッドの視線がチラチラと行ったり来たりしている。
ややあって俯きがちに鎧女へ視線を向けた。
「せ、精々扱き使ってやりますよ?」
これでいいのだろうかと、ラヴィポッドが首を傾げながら言う。
「その物言いは話が変わってくるな。調子に乗るなよ?」
「ひぃ!? ……よ、よろしくお願いします!」
「任せておけ」
簡単に言い包められたことに鎧女は苦笑する。
これは益々放っておけないな、と。
早く動くべきだと判断し、ラヴィポッドを抱えたまま歩き出した。
「ど、どこに行くんですか?」
「傭兵ギルドだ。ギルドマスターなら兵士にも伝手がある」
「よ、傭兵さんなんですか?」
「まあな」
そうしてラヴィポッドは女傭兵セファリタとともに、傭兵ギルドに逆戻りすることとなった。
◇
「あ、セファリタ……とさっきの女の子?」
傭兵ギルドに入ると、受付嬢が鎧女──セファリタに手を振った。
抱えられているラヴィポッドを見て首を傾げる。
「どういうつながり?」
「つながりも何も、会ったばかりです。ギルドマスターと話がしたいのですが」
受付嬢の表情が真剣なものに変わる。
傭兵ギルドのトップに用件。
それほど重要なことなのだろう。
チラリと小脇に抱えられたラヴィポッドを見る。
彼女に関係した話だろうとは想像できるが……
「……急ぎ?」
「早い方が助かります」
「わかった。ちょっと待ってて」
受付嬢がカウンターを出て階段を上っていく。
「せ、セファリタさんっていうんですね。受付のお姉さんより年下なんですか?」
ラヴィポッドは問う。
受付嬢は見たところ二十代後半くらいだろう。
セファリタは全身鎧なので顔は窺えないが、落ち着いた話し方や背の高さから、それなりに大人だと思っていた。
だからセファリタが敬語を使い、受付嬢が砕けた口調で話していることに違和感がある。
「ん? 私は十八だから、そうなるな……そういえば聞いていなかった。君、名は?」
「ラヴィポッド、十歳です」
相手の年齢を聞いたので、ラヴィポッドも一応伝えておく。
「ラヴィポッド……かわ、珍しい響きだな。そ、そうか十《とお》にもなるのか。七、八くらいかと思っていた」
何か言いかけたセファリタが早口気味に誤魔化す。
「わ、わたしも傭兵さん四十歳くらいだと思ってました……」
「……やめろ、普通に傷つく」
ラヴィポッドの言葉が槍となってセファリタの鳩尾を抉る。
思わぬ精神的ダメージで声のトーンも僅かに低くなった。
その後も他愛のない会話をしながら暫し待っていると、受付嬢が下りてきた。
「今時間作れるって。案内するね」
「お願いします」
「お、お願いします……」
そうして案内されたのは三階にある一室。
「失礼します」
「し、失礼します」
中に入ると、執務机に座った髭の似合う強面の男が視線だけ向けてきた。
彼こそが傭兵ギルドコーハン支部のギルドマスター、ゼルド。
ゼルド自身、元傭兵だがギルドマスターという役職に就いてからも鍛錬は怠っていない。
太い首に広い肩幅。
胸より上しか見えていなくとも、その鍛え上げられた肉体が彼のストイックさを表していた。
書類仕事をしている最中ですら隙を感じさせない強者特有の圧力。
現役の頃はさぞ名のある傭兵だったのだろう。
「少し掛けていてくれ」
「お忙しいところすみません」
「いい。先送りにして面倒なことになるのは避けたい」
セファリタは言われた通りソファに座り、抱えていたラヴィポッドも座らせる。
ラヴィポッドは震えながらキョロキョロと見回し、何となくダルムの執務室に似ているなと思っていた。
ダルムと話した経験がなければゼルドの顔を見て卒倒していただろう。
邪魔をしても悪い、とラヴィポッドとセファリタは静かにゼルドの仕事が一段落つくのを待った。
「悪い。待たせたな」
書類を片付けたゼルドがそう言って対面に腰を下ろす。
「それで、用件はなんだ?」
「実は……」
セファリタがラヴィポッドと事件現場で出会ったことや金を盗まれたこと、兵士への口利きを頼みたいことを説明する。
「なるほどな。窃盗の疑いがあるのなら兵士も協力してくれるだろう。口利きはしといてやる」
「ありがとうございます」
セファリタが頭を下げる。
ラヴィポッドも慌てて続いた。
色好い返事が得られて安堵する。
断られることはないと思っていたが、話してみるまでわからない。
これで後は取り調べを待つだけ。
話は終わった。
そう思っていたのだが、どうやらゼルドにはまだ話すことがあるようだった。
「こっちからも嬢ちゃんに聞きたいことがある」
ラヴィポッドがススッと居住まいを正す。
「な、なんですか……?」
「巨大生物発生の折、『岩の柱の先端に引っ掛かって泣き叫ぶ少女を見た』という報告が複数寄せられてるらしいが、これは嬢ちゃんのことで間違いないか?」
ゴーレムの元へ駆けつけた時のことだろう。
人混みの真上を通過したのだから見られていて当然。
ゼルドも既にゴーレムが起こした被害について報告を受けていたらしい。
「は、はぃ……」
それに関しては認めるしかない。
「岩の柱はかなり熟達した土魔術師によるものと推定されているらしいが、その土魔術師に心当たりは?」
「し、知らないです……」
ラヴィポッドは首を横に振って惚ける。
「そうか。じゃあ巨大生物発生の直前、笛の音が鳴り響いたとの報告も上がっているが、これも嬢ちゃんか?」
ゼルドの視線はラヴィポッドの首から下がるホイッスルに向けられている。
セファリタもホイッスルに視線を送りつつ二人の成り行きを見守っていた。
「ふ、吹きました……」
「ふむ。じゃあ肝心の巨大生物について何か少しでも知っていることはないか?」
「な、ないです……」
ラヴィポッドが視線を逸らし、これまた惚ける。
すると、ゼルドの目がスッと細められた。
「……私は楽器が好きでな。折角だ、ここでその笛を吹いてみてはくれないか?」
ギクリ。
緊張で強張ったラヴィポッドから冷や汗がダラダラと流れる。
気づいている。
良い笑顔を浮かべているゼルドは、十中八九ラヴィポッドとゴーレムに関連があると睨んでいたのだろう。
実はすぐ執務室に通されたのも、セファリタの連れている少女が件の少女かもしれないと勘づいたからに他ならない。
セファリタはラヴィポッドとの話の流れで金の行方についてばかり目を向けていた。
では結局、巨大生物出現は何だったのか。
ラヴィポッドが関係しているのではないか。
抱いていた疑惑が再浮上し、ゼルドとの会話で確信に変わる。
あ、こいつやってるな、と。
セファリタが疲れたように額を抑えて天井を仰いだ。
「こ、この笛は一日一回しか吹けないんです……」
もちろん嘘。
「ほう。どういう仕組みだ? 吹いても音が鳴らないのか?」
苦し紛れの言い訳をゼルドに詰められる。
「そ、そうなんですよ!」
ラヴィポッドは疑いを払拭するため、ホイッスルを吹く……振りをする。
大きく息を吸ってホイッスルに口をつけては頬を膨らませる。
それを何度も繰り返して笛が鳴らないことを訴えかけた。
「ほ、ほら……」
「因みになんだが……」
ゼルドがため息を吐き、話を切り出す。
「今回の巨大生物発生は他領からのテロ行為の線も視野に入れて調査が進められている。今ここで知っていることを話せば、内容によっては便宜を図ってやってもいい」
更に続ける。
「もしここで事実を隠し、後に嬢ちゃんが関係していたとわかれば……」
ラヴィポッドがごくりと息を呑む。
「最悪、処刑だろうな」
「ひぃぃぃぃ!?」
逃げ出そうとするラヴィポッド。
セファリタが呆れながら、その襟首を掴んで少し持ち上げる。
まだ走っているつもりなのか、地を蹴り損なった足が空中で回転していた。
「……それで、何を知っている?」
ゼルドのその言葉を皮切りに。
逃げることを諦めたラヴィポッドがソファに下される。
そして肩身を窄め、身を縮こまらせてゴーレムについて語りだした。
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
転生したら名家の次男になりましたが、俺は汚点らしいです
NEXTブレイブ
ファンタジー
ただの人間、野上良は名家であるグリモワール家の次男に転生したが、その次男には名家の人間でありながら、汚点であるが、兄、姉、母からは愛されていたが、父親からは嫌われていた
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
貞操逆転世界の「内助の功」~掃除と料理を極めた俺が、脳筋幼馴染を女王にするまで~
ありゃくね
ファンタジー
前世の記憶が目覚めたそこは、男女の貞操が逆転した異世界だった。
彼が繰り出すのは、現代知識を活かした「お掃除アイテム」、そして胃袋を掴む「絶品手料理」。 ただ快適に暮らしたいだけのマシロの行動は、男に飢えた女騎士たちを狂わせ、国の常識さえも変える一大革命へと繋がっていく。
【もうダメだ!】貧乏大学生、絶望から一気に成り上がる〜もし、無属性でFランクの俺が異文明の魔道兵器を担いでダンジョンに潜ったら〜
KEINO
ファンタジー
貧乏大学生の探索者はダンジョンに潜り、全てを覆す。
~あらすじ~
世界に突如出現した異次元空間「ダンジョン」。
そこから産出される魔石は人類に無限のエネルギーをもたらし、アーティファクトは魔法の力を授けた。
しかし、その恩恵は平等ではなかった。
富と力はダンジョン利権を牛耳る企業と、「属性適性」という特別な才能を持つ「選ばれし者」たちに独占され、世界は新たな格差社会へと変貌していた。
そんな歪んだ現代日本で、及川翔は「無属性」という最底辺の烙印を押された青年だった。
彼には魔法の才能も、富も、未来への希望もない。
あるのは、両親を失った二年前のダンジョン氾濫で、原因不明の昏睡状態に陥った最愛の妹、美咲を救うという、ただ一つの願いだけだった。
妹を治すため、彼は最先端の「魔力生体学」を学ぶが、学費と治療費という冷酷な現実が彼の行く手を阻む。
希望と絶望の狭間で、翔に残された道はただ一つ――危険なダンジョンに潜り、泥臭く魔石を稼ぐこと。
英雄とも呼べるようなSランク探索者が脚光を浴びる華やかな世界とは裏腹に、翔は今日も一人、薄暗いダンジョンの奥へと足を踏み入れる。
これは、神に選ばれなかった「持たざる者」が、絶望的な現実にもがきながら、たった一つの希望を掴むために抗い、やがて世界の真実と向き合う、戦いの物語。
彼の「無属性」の力が、世界を揺るがす光となることを、彼はまだ知らない。
テンプレのダンジョン物を書いてみたくなり、手を出しました。
SF味が増してくるのは結構先の予定です。
スローペースですが、しっかりと世界観を楽しんでもらえる作品になってると思います。
良かったら読んでください!
戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件
さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。
数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、
今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、
わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。
彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。
それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。
今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。
「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」
「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」
「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」
「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」
命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!?
順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場――
ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。
これは――
【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と
【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、
“甘くて逃げ場のない生活”の物語。
――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。
※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。
断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜
深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。
処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。
なぜなら彼女は――
前世で“トップインフルエンサー”だったから。
処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。
空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。
タイトルは――
『断罪なう』。
王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。
すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、
国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。
そして宣言される、前代未聞のルール。
支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。
処刑台は舞台へ。
断罪はエンタメへ。
悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。
これは、
処刑されるはずだった悪役令嬢が、
“ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。
支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、
それとも――自由か。