噂の"先生"

田畠 渉

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噂の"先生"

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    秋の空とは思えないほど暗く重い雲が教室の雰囲気まで暗くして早く帰れと怒鳴っているかのように風が雨を連れて学校の窓を叩く。
今日は午後から台風が直撃するとかで午前授業だけだ。
校内に生徒の気配はなく、いるのは目の前で携帯を大袈裟にカチカチしているこいつだけだ。チャイムの音が学校に響き渡る。
俺はこいつに話があると呼ばれて教室にいる。
「ねぇ、知ってる?」
携帯をいじる手を止めて聞いてくる。
「何?豆しば?」
「違うっつうの!最近流行ってる噂の話!」
携帯の画面を見せながら続ける。
「うちの学校に名前の知らない"先生"がいるんだって」
うちの中学校には裏サイトがある。噂はそこで知ったのだろう。
「そりゃいるだろ、全教員を知ってるなんて普通じゃない」
「違うの、先生も生徒も誰もその"先生"の名前を知らないの。クラスの子が先生全員に聞いたらしいんだよ。誰も知らないっておかしいよね?」
こいつの言う通りだ、全ての教員は一学期が始まるときに配られるプリントに載っている。教員だけではない、事務員も全員だ。
「どうして名前を知らないだけでそんな噂にまでなったんだ?何の教科の教員か知っていれば名前なんてどうでもいいだろ」
「それはあんただけでしょ……この時期になって名前がわからないって変じゃないかって話になって、それにその"先生"何の教科の先生かわからないんだよね」
「……何で?」
「その"先生"が現れるのって授業のある時間に担当の先生がいない時だけなんだよ。ほら、先生の都合で遅刻してきたり、休んだりするじゃん?」
言われてみればうちの教員は学校の駐車場が小さいせいか、大体が電車通勤している。風に弱い線路を使っている教員はたまに遅刻をする。
「なるほどな、つまりはちょくちょく見かけるのに誰もその先生の名前がわからないって話か」
「…うん」
それってもう、先生かどうかも怪しくないか?そんなことを考えていると急に教室のドア開き先生が入ってきた。



「ん、みんなもう帰ったのか。まだ残ってるは君たちだけ?」
教室全体を見回してから俺たちに目線を送り聞いてきた。
急に質問されたせいか言葉につまり返事が遅れる。
「…っはい」
「そうか」
早く帰れと言いたげな顔をしている
「先生、最近流行ってる噂知ってる?」
こいつ、空気読めないのか。
「噂?」
先生に事のあらましを話した。
「んー、それはないんじゃないかな?」
先生はどこか確信を得ているようだった。
「うちの学校の先生は全員、授業の前に職員室の時間割表に自分の名前の書かれたマグネットを貼ってから教室に行くんだ。だから、遅刻してマグネットが貼ってなければ他の先生が代わりに教室に行って課題を出すんだよ。」
そうか、もしマグネットが貼ってなければ他の教員が教室に来てしまい遭遇してしまうし、貼ってあれば名前がバレてしまうってことか。
「でも、休んだ先生のマグネットを勝手に貼ってるかもしれませんよね」
少し口調が攻撃的になる。
「休んだり、遅刻したりするときは連絡来るからね。社会人の基本だよ!そんなことより、君たちも早く帰った方がいいんじゃない?」
「はーい!その前にトイレ行ってきます!置いてかないでよね!」
こいつまじで置いてってやろうか。





   結局、噂の"先生"の謎は解けず帰り支度をして教室の前で先生と別れることになった。
「先生はまだ仕事が残ってるから気をつけて帰ってね」
「最後に質問していいですか?」
「どうぞ?」
一息入れてから聞く。
「先生の名前なんでしたっけ?」
「………覚えといてね!先生の名前は…」
「ごめん待った⁉︎外雨止んだよ!早く帰ろ!」
廊下の奥からドタバタと騒がしく走ってくる。
「廊下は走っちゃだけだぞ!」
先生に注意されて早歩きに変わった。
「また、降り出すといけないから早く帰りな」
先生に言われるがまま校門を出た。
外は雨が止んでいたが分厚い雲が残っている。決して真相にはたどり着けないと言っているかのようだ。
「結局、噂は噂なのかな?」
「……まぁ、さっきの先生が噂の"先生"だろうな」
「えっ?何で⁉︎」
大袈裟なまでの驚きように少しムカついた。
「考えろ」
ムスッとした顔でこっちを睨んでくる。
「はぁ…」
思わずため息が出た。
実際、考えればわかる話だ。
俺たちが教室にいた時間は本来なら授業を受けているはずの時間だ、台風のせいで授業がなく担当の教師も教室に来ていない。噂の"先生"が現れる条件は整っていた。
「でもでも、それだけじゃ、あの先生が噂の"先生"かどうかわからないじゃん!」
「確かにそうだな、だけど、クラスの奴が全教員に噂の"先生"のことを聞いたって言ってたよな?噂を知らなかったあの先生が怪しすぎるだろ」
少し考えたような顔をしてから答えた「なるほど」
「お前、わかってないだろ」
「わ、わかったし!」
そう言いながら肩を殴られた。

しかし、この結論も信憑性なんてない。あの先生が教室にきたのは偶然かもしれないし、クラスの奴が聞いてまわったのだって漏れがあったのかもしれない。噂は噂の域をでない。だからそれを元に出した結論など何の意味もない。だから、こいつの言ってることは間違ってない結局"噂は噂"でしかない。
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