27 / 73
ムー大陸編
14首都ヒラニプラ到着
しおりを挟む
陽が大分傾いて来た。
「このまま歩き続けて首都に入るか、取り敢えずこのあたりで一晩過ごすか、神谷はどっちがいい」
「首都に入っても中心部まで四時間くらいかかるんだろう、だったら、今晩は首都に入らずに、明日の朝、首都に入って、ゆっくりと中心部を目指した方が良いんじゃないか」
「こいつもその方が良いと言ってるね」
邪神の言うとおりにした方が良いとは限らない。アルハザードを黒色人と闘わせるだけのために、首都から徒歩二日という長距離にある辺境に上陸させられたぐらいなのだから。
「そうだね、こいつの基準を人間のそれと同じと考えてはいけないね。でも、今日のところはこいつの考えに従うことにしようか。あの果肉を食べると死ぬ、と教えてくれたことだしね」
そうだった。あのオレンジに似た実を見て、何の知識もなかったら、あるいは齧っていたかもしれない。
「もう少し歩いて、城壁から少し離れたところで今晩は眠るとしよう」
陽が完全に暮れるまで歩き、夕食となった。対価は神谷のギター演奏であることは言うまでもない。
そろそろ和食が恋しくなってきたと思っているところに、深川飯と漬け物味噌汁という涙が出るような献立だった。
これは明日からのギター演奏も頑張らないといけないな、と思いながら箸を進めた。目の前ではアルハザードが器用に箸を使いながら同じメニューを口に運んでいる。
「あと一時間もかからずに首都の城壁に辿り着く。明日は色々と面倒なことがありそうだ。今日はゆっくり休んでそれにそなえよう」
面倒なことって何? 訊ねようとしたが、どうせ邪神が教えて来るはずもないのだろうと思い、そのまま眠ることにした。
翌朝は快晴だった昨日までとは打って変って、雨でも振りそうなどんよりとした空模様だった。
「神谷はまたコーヒーだろ」
アルハザードの言葉が終わらないうちに、目の前にトレイに乗ったコーヒーとミルクが現れた。
マグカップで紅茶を飲んでいるアルハザードの服が黄色の体に合わせた形の物に変化している。クウトラを被っていない髪も瞳の色も同じく黄色だ。
「こいつに変えてもらったんだ。この島では僕たちが一番近いのが黄色人ということになるそうだから、この方が目立たないだろう。神谷も自分の服を見てごらん」
言われて自分の服を見ると、いつの間にかアルハザードと同じ物になっていた。ギターのケースも黄色い色だ。
邪神がアルハザードの肩から飛び降りて近づいて来た。間近でじっと神谷の顔を見つめている。その瞳を見て驚いた。邪神のサファイヤ色の瞳に映っている神谷の髪の色は黄色だった。確認はできなかったが、おそらく瞳の色も黄色なのだろう。
「何か変な気分だね。でも、この方が目立たないのならば仕方ないね」
「そう、目的のためには仕方がないね」
目的? そうだった、目の前の魔人の体を元に戻すという目標を忘れかけていた。
邪神がアルハザードの肩に飛び乗った。
「忘れてもらっては困るなぁ」
しかし、この魔人に普通の体など果たして必要なのだろうか?
「それは普通の体を持っている神谷の思うことさ。それがどれだけ幸せなことか、失わなければ分からないよ」
静かに語るアルハザードの言葉には深い悲しみが込められているように思われた。
一時間近く歩くと、初めて人家らしい建物を目にした。更に遠くに同じような家の並ぶ街が視界に入ってきた。
「これは人家だよね」
庭という概念がないのか、コンクリートのような固い素材で造られたと思われる、白い色をした円柱形建物がぽつんと建っている。日本式の表現をすれば、二LDKほどの平屋だが、どこにも窓はおろか入り口さえ見当たらない。果たして、これは人が住むための家なのだろうか。
「人が住む家らしいよ」
「でも、どこにも入り口らしい所がないよ」
「昨日の赤色人の話の中に出て来た、精神増幅装置のことを憶えているかい」
「うん、精神力を増幅するこの島独特の装置だよね」
「そうだね、それがこの家にも備わっていて、この家の住民が家の前に立って『ドアよ、開け』と念じると、入り口ができるそうだよ」
アラビアンナイトの「開けゴマ」みたいなものか。
「アラビアンナイトと違う所ところは、住民以外の者が念じても開かないということだね」
「それじゃあ、この家の住人以外の人は中に入れないってこと」
「住民と一緒か、中から開けてもらわない限り無理みたいだね」
「じゃあ、窓も同じ」
「そう、原理は同じだそうだ」
すごいセキュリティシステムだ。
「防犯システムが発達しているということは、それを必要としていることがあるということだ」
確かに完全な平穏な世界に防犯システムなどは必要ない。
「でも、白色人も、赤色人も、もの凄くいい人に思えたけどなぁ」
「それは、これからあの街に行ってみれば分かるそうだよ」
アルハザードが目の前の街並を指差した。
「このまま歩き続けて首都に入るか、取り敢えずこのあたりで一晩過ごすか、神谷はどっちがいい」
「首都に入っても中心部まで四時間くらいかかるんだろう、だったら、今晩は首都に入らずに、明日の朝、首都に入って、ゆっくりと中心部を目指した方が良いんじゃないか」
「こいつもその方が良いと言ってるね」
邪神の言うとおりにした方が良いとは限らない。アルハザードを黒色人と闘わせるだけのために、首都から徒歩二日という長距離にある辺境に上陸させられたぐらいなのだから。
「そうだね、こいつの基準を人間のそれと同じと考えてはいけないね。でも、今日のところはこいつの考えに従うことにしようか。あの果肉を食べると死ぬ、と教えてくれたことだしね」
そうだった。あのオレンジに似た実を見て、何の知識もなかったら、あるいは齧っていたかもしれない。
「もう少し歩いて、城壁から少し離れたところで今晩は眠るとしよう」
陽が完全に暮れるまで歩き、夕食となった。対価は神谷のギター演奏であることは言うまでもない。
そろそろ和食が恋しくなってきたと思っているところに、深川飯と漬け物味噌汁という涙が出るような献立だった。
これは明日からのギター演奏も頑張らないといけないな、と思いながら箸を進めた。目の前ではアルハザードが器用に箸を使いながら同じメニューを口に運んでいる。
「あと一時間もかからずに首都の城壁に辿り着く。明日は色々と面倒なことがありそうだ。今日はゆっくり休んでそれにそなえよう」
面倒なことって何? 訊ねようとしたが、どうせ邪神が教えて来るはずもないのだろうと思い、そのまま眠ることにした。
翌朝は快晴だった昨日までとは打って変って、雨でも振りそうなどんよりとした空模様だった。
「神谷はまたコーヒーだろ」
アルハザードの言葉が終わらないうちに、目の前にトレイに乗ったコーヒーとミルクが現れた。
マグカップで紅茶を飲んでいるアルハザードの服が黄色の体に合わせた形の物に変化している。クウトラを被っていない髪も瞳の色も同じく黄色だ。
「こいつに変えてもらったんだ。この島では僕たちが一番近いのが黄色人ということになるそうだから、この方が目立たないだろう。神谷も自分の服を見てごらん」
言われて自分の服を見ると、いつの間にかアルハザードと同じ物になっていた。ギターのケースも黄色い色だ。
邪神がアルハザードの肩から飛び降りて近づいて来た。間近でじっと神谷の顔を見つめている。その瞳を見て驚いた。邪神のサファイヤ色の瞳に映っている神谷の髪の色は黄色だった。確認はできなかったが、おそらく瞳の色も黄色なのだろう。
「何か変な気分だね。でも、この方が目立たないのならば仕方ないね」
「そう、目的のためには仕方がないね」
目的? そうだった、目の前の魔人の体を元に戻すという目標を忘れかけていた。
邪神がアルハザードの肩に飛び乗った。
「忘れてもらっては困るなぁ」
しかし、この魔人に普通の体など果たして必要なのだろうか?
「それは普通の体を持っている神谷の思うことさ。それがどれだけ幸せなことか、失わなければ分からないよ」
静かに語るアルハザードの言葉には深い悲しみが込められているように思われた。
一時間近く歩くと、初めて人家らしい建物を目にした。更に遠くに同じような家の並ぶ街が視界に入ってきた。
「これは人家だよね」
庭という概念がないのか、コンクリートのような固い素材で造られたと思われる、白い色をした円柱形建物がぽつんと建っている。日本式の表現をすれば、二LDKほどの平屋だが、どこにも窓はおろか入り口さえ見当たらない。果たして、これは人が住むための家なのだろうか。
「人が住む家らしいよ」
「でも、どこにも入り口らしい所がないよ」
「昨日の赤色人の話の中に出て来た、精神増幅装置のことを憶えているかい」
「うん、精神力を増幅するこの島独特の装置だよね」
「そうだね、それがこの家にも備わっていて、この家の住民が家の前に立って『ドアよ、開け』と念じると、入り口ができるそうだよ」
アラビアンナイトの「開けゴマ」みたいなものか。
「アラビアンナイトと違う所ところは、住民以外の者が念じても開かないということだね」
「それじゃあ、この家の住人以外の人は中に入れないってこと」
「住民と一緒か、中から開けてもらわない限り無理みたいだね」
「じゃあ、窓も同じ」
「そう、原理は同じだそうだ」
すごいセキュリティシステムだ。
「防犯システムが発達しているということは、それを必要としていることがあるということだ」
確かに完全な平穏な世界に防犯システムなどは必要ない。
「でも、白色人も、赤色人も、もの凄くいい人に思えたけどなぁ」
「それは、これからあの街に行ってみれば分かるそうだよ」
アルハザードが目の前の街並を指差した。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね
竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。
元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、
王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。
代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。
父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。
カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。
その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。
ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。
「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」
そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。
もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる