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一章

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2XXX年 5月1日 9時07分

雨雲かかる空の下、学校の屋上から女子高生が一人飛び降りた。

地面に身体が叩きつけられ、血液や内蔵が校庭に無様に飛び散る。
それらを洗い流すかのように突然雨が降り出した。

突然の非常事態に校舎内は狼狽としている。多数の生徒達が窓から校庭を見下ろしている。呆然としているものや悲鳴をあげるもの百人百様である。

一人、屋上から校庭を見下ろす女子高生の影。

飛び降りようとした彼女を止めようとしていたのだろう。

彼女は、雨に打たれながら涙を流していた。



2X24年 4月7日 8時15分
 時は遡り、私立縁陽(りょくよう)高校2年C組に一人の転校生がやって来た。
 教室の扉の前に佇む長髪の女子、窓から太陽の光が差し掛かり黒い髪が若干青く照らされている。隣には年輩の担任教師が優しい瞳で緊張している転校生を見下ろしそっと左手で背中を摩っていた。

「そんなに緊張しなくていい、すぐに馴染めるさ」
そう言葉を掛けられると、田舎から転校してきた彼女に取って、大都会の私立の高校は圧倒されるものがあった。

「…はい。」
息を呑み、震えた手で扉に手を差し掛ける。
 三センチほど扉を開き、一度手を止めると深呼吸し扉を開いた。

 突如、眩い光が彼女の目を覆う。
明るく染められセットされた髪の男子生徒、華やかに盛られた身なりの女子生徒、漫画の世界でしか見た事のない光景に息を呑んだ。
  担任教師が転校生の紹介をし、簡単な自己紹介をするように持ち掛ける。

「えっ、、。」
 鼓動が早まり熱が篭もる。喉が詰まる感覚に襲われ思うように言葉が出てこない。彼女の視界の左前列に座っている男子グループからの強い視線が更に圧力を掛けていた。特に赤茶髪の制服を着崩した男子生徒の眼差しが彼女を萎縮させている。
 更には右最後列に座っている両足を机の上に組んで座っている女子生徒に大声で急かされた。

「か、柿本 友里…です。よ、よろしく…お願いします」
 友里は深く頭を下げ、恐る恐る視線を上げた。特に更に何かを言われ訳でもなくほっと息を付く。自分の席は何となく察しが付いていた。中央から右手側の1番奥の席。ボブヘアの茶髪の女子生徒の後ろだ。
 担任教師が察していた席に座るように仕向けられると、体を萎縮させながら生徒と生徒の間を通っていく。最中、自身の席の前の女子生徒に声を掛けられた。

「私、法月 心音!友里ちゃんよろしくね! 」
気さくで笑顔が眩しい心音に膠着していた友里の心を和ませた。
 席に着くと左から痛い視線を感じる。横目で様子を伺うと先程、友里を急かした女子であった。

「何?こっちみんなし」
彼女から見ていたのにも関わらず理不尽な言いよう。だが、友里は苛立ちよりも恐怖感、不安の方が大きかった。

「も~菜々子怖いよ?」
「なんも怖くないっしょ」
 菜々子はC組のトップ的存在の女子である。それもそのハズ、彼女は女子高生に人気の雑誌モデルのトップなのだから。それもあって常に彼女は囲いの女子達が大勢いる。
どのクラスにも一人はいるタイプの人間。関わらなければいい。友里は心の中で自分に言い聞かせ教卓の方に顔を向けた。

夢にも見た有名高校での生活、
決して無駄にはしないと心に誓って。

 ホームルーム終了後、担任教師に心音と共に教卓の前へと呼ばれる。
「委員長、友里に校内を説明してやりなさい。一限目の授業内容は君には全て別紙で特別に用意しているから」
「本当ですか!分かりました~!」
 心音はC組の委員長であった。
担任に言われると心音は笑顔で振り返り友里と目を合わせた。
「やったね!」と一言を添えて。

 一限目のチャイムと共に心音はリズミカルにはステップを踏みながら廊下を歩いていく、友里は着いていくのに必死で早歩きになっていた。到着したのは正門である。
「どうして門前なの?」
「入口からの方が早いかなーって!」
空気よりも軽い、まるで宙を浮いているかのような人物、天然なのか、単純なのか、妖精のように友里は感じた。

 心音は友里と目を合わせると中央に立つ校舎を指さす。
「さっき私たちがいたのが本館ね!大体の授業は全てここで行われるし、文化系の部活動も全て本館で行われる。4階建てで横に広いし最初はどこに何があるのか覚えられないかも。大体一年の時に構内探検的な時間を設けられるぐらいだからね。」
 本館から右手側にはグラウンドがあった。そのすぐ近くに体育館がある。三階建てで一階にはプール、二階は観客席となっており三階に室内スポーツ用の場が設けられていた。エレベーターが複数台用意されており利便性も考慮されている。本館左手側には食堂があり、大体の生徒達が午後休憩の時間に集まるようだ。
 本館の中はごく普通の一般高と大まかなには変わらない。ただ、二階には娯楽室のようなホールがありダーツやビリヤード、麻雀などが置かれていた。

「ちょっとトイレに行くからソファーでも座ってなよ!」
 そう言って心音はその場を一度離れ、友里は「失礼します」と会釈をしてソファーに腰をかけた。若干手足が震えている。これは喜びか想像もしていなかった事に度肝を抜かれ緊張しているのか本人もよく分からなかった。

 五分ほど経っただろうか心音がトイレから出てこない。中の様子を見ようと友里が腰を上げ娯楽室の扉を開く、すると廊下の突き当たりから誰かが歩いてきていた。朝、思わず萎縮してしまうような圧力を感じさせた記憶に残りやすい赤茶髪の男子だった。彼は二人の男を左右に挟ませている。
そして、何故か迷うことなく友里の前に立ち塞がった。

「何故ここにいる?ヤツから何も聞かなかったか?」
姿勢を低くし友里に目線を合わせた。やや褐色気味の肌の彼、友里の白い肌色と並ぶとより濃く見える。

「聞こえなかったのか?何故ここにいる?」
更なる圧に全身が膠着した。彼一人だけでも全身が震え上がるほどなのに左右にいる男子二人が恐怖を増幅させている。
鼓動が早まり、なにか言うにも喉がつかえる。何も言えずに友里は呼吸を整えるしかいないでいると彼の顔が遠のいた。

「まぁいい、此処は俺らのテリトリーだ。近づくな、分かったか?」
友里はゆっくりと頷くと男子ら三人が娯楽室の中に足を踏み入れる。友里はその場からすぐさま離れようとトイレへ駆け込もうとした時、赤茶の男は足を止めてこう言い残した。

「ここで静かに過ごしたいなら法月心音とは関わらないことだ」
友里は足を止め振り返る。「何故?」と質問を問いかけようとした、だけど彼に話しかける勇気は彼女にはなかった。

「ほっとけばいいのになんで?」
「何も知らずにはフェアじゃないだろ」
「見かけによらずやっさし~ねー、純は」
「殺すぞ」

【法月心音と関わるな】

【何も知らずにはフェアじゃない】

彼女の脳内に純の言葉が巡る。
どういう意味かは分からない。
だけど、今の彼女には心音は心の拠り所だ。
彼の忠告を無視して友里は心音が入っていったトイレの中へ足を踏み入れた。

その途端に彼女は衝撃の光景を目にすることになった。
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