離婚危機の新妻

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01 涙を堪えて

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昨日、元伯爵令嬢リリアン・デュプティは結婚した。
遂に、辺境伯夫人リリアン・フォン・ラングスドルフとなった。

早くも夫、辺境伯アクセル・フォン・ラングスドルフとの離婚危機に直面している。

なにせ、やってしまった。

事もあろうにリリアンは挙式中、過度の緊張のあまり失神するという前代未聞の大失態をしでかしたのだ。
大勢の前で夫の面目を潰した。
大罪を想念すると、また失神しそうになった。



花嫁が失神したので当然、初夜などなかった。
ハネムーンもなし。延期ではなく永遠になしだろう。

リリアンが次に目覚めたのは、翌日の正午前だった。

よく長々と眠れたものだ。小心の癖して妙なところだけ図太い、と自分でも呆れてしまうけれど、式の半年以上も前からテンションが上がりっぱなしで変な疲労が溜まっていた。
酷い顔色で式に臨んだ。それでなのだ、失神は。
ヴァージンロードを進んだ先で花婿の隣に辿り着き、厳かなプログラムを粛々とこなして、いよいよ「誓いのキス」となった。
花婿の大きな両手がヴェールに伸ばされ、幕のようにゆっくりと上げられる途中でリリアンの呼吸は止まった。
こんな酷い顔を、彼に見られ――たくない。
そしてピークに達した緊張と恐怖心とでリリアンの意識は飛んだ。

「――、リリアン」

全身から力と魂が抜ける中で、咄嗟に出た彼の声と太い腕の感触を腰に感じた。
アクセルがリリアンの名前を呼び、受け止めてくれた。
あの時感じた刹那の喜びが、今でも鮮明に思い出される。
ひと欠片の喜びを胸に、この先の人生を生きていこうと思った。



遅く起床したリリアンは、新たな住まいとなった辺境伯邸のダイニングルームに向かった。
アクセルは出勤したと言う。彼からすれば、急に予定が空いた事だし仕事をするのは当たり前らしい。
職務意識が高い。さすが海軍将校。
いや、先のビッグウォーで彼は二十六歳にして元帥となったのだった。

名前から分かる通り、新婚夫婦の生まれ育った国は異なる。
隣国で、同盟国だ。
リリアンの実家デュプティ伯爵領とラングスドルフ辺境伯領もまた、お隣さん同士である。互いに辺境伯という訳だ。
尤も、家格にも領土にも国力にも大差が存在するので対等とは言えない。
リリアンの祖国は大陸でも小国の分類に入る。ビッグウォーの折、戦闘部隊は出しておらず後方支援的な役割を果たした。

三年前。侵略の危機に瀕していた北東の国を守備する為、婚家の大国は軍隊を派遣した。同盟国としてリリアンの祖国もこれに賛同した。
二年の歳月を要した戦闘は連合国軍の勝利で以て終結し、北東に平穏が戻った。
艦隊司令官として幾多の海戦を制したアクセルは帰還後、海の英雄となった。
それからすぐの事だ。
去年、まだ学園に在籍中だった十七歳のリリアンを、彼は「妻に」と指名した。
誰もが仰天した。
「面識あったの?」と父も兄も飛び上がって驚いた。
面識があった覚えのないリリアンにも寝耳に水。なにせ、一方的に憧れていた人物からの求婚である。何が何だか分からない。

親切にも、リリアンが選ばれた理由を教えてくれたのは隣国からの留学生だった。
大国の第一王女、フリーデリケである。
背の高い彼女は優雅な笑みでリリアンを見下ろした。

「辺境伯はね、単に貴女が軍人の家の出だから自分の仕事を理解出来るだろうと思ったのだそうよ?」
「そのような御令嬢でしたら他にも……」
「一番家格が釣り合って、一番近くて、一番若いのが貴女だった。それだけよ」
「なる、ほど……」
「好意を持たれているとか期待してたならごめんなさいね?」
「いえいえまさか。滅相も無い」
「なら良かったわ。そういう事だから貴女、我が国に来た暁には言動に重々気を付けなさいね。決して増長する事なく、軍人の妻としてしっかりと我が国の辺境伯を陰ながら支えて頂戴。断じて彼の迷惑にも恥にもなるんじゃないわよ」
「は、はい……!」

気弱なリリアンは足元から震えた。
今の自分では「軍人の家の出だから」という期待には応えられない。もっと勉強しなくては、と気を引き締めて改めて隣の大国について学び始めた。

実家の王国軍への奉職は、祖父の代から始まった。
祖父は、民間のオーケストラで指揮者をしていた。四十代の頃だ。軍楽隊の指揮者として招聘され階級を与えられただけで、戦闘訓練など無論受けていない。
父も兄も所属こそ軍だがいち研究者に過ぎない。
前線で戦ってきたアクセルとは全然、モノが違う。

モノが違う家からお隣さんに嫁いで来たリリアンは、初日にやってしまった。

――承知しております。離婚ですよね。

涙を堪えて覚悟を決める。
ひと時でも良い夢を視させてもらえた事を、感謝したい。



使用人達は黙々と仕事をこなしている。
一人だけ暇人のリリアンは、する事が無い。

「あの、何かお手伝いを……」
「奥様の手を煩わせるような事は何もございませんわ。我々にお任せください」
「あ、有難うございます……」
「失礼」

つんとしたメイドの横顔が、語っていた。
役に立たないどころか邪魔になってますよ、貴女――。
察したリリアンは彼女達に纏わり付くのを止めてトボトボと部屋に戻った。
誰も面と向かって口には出さないけれど、国の英雄たる主人に恥をかかせた外国人の小娘に相当腹を立てている。
アクセルも、さぞかし失望したに違いない。
今頃「何の為に軍人の家から妻を娶ったのか分からん」とか軍営の仲間達に愚痴っているかもしれない。
彼のキャラクターはあまり知らないのだけれど。

うう、と唸ってリリアンはベッドに伏せた。
汚名返上は到底出来ないし離婚も不可避。
せめて祖国や実家にペナルティが課せられる事のないよう乞い、祈るしかない。

祈りの最中、玄関から扉の開閉音が聞こえた。
男性の使用人の声が「お早いお戻りで」と礼儀正しく告げている。
午後三時前。家の主が帰って来た。

リリアンは機敏に立ち上がった。
懲りず失神しそうになりながらも己を奮い立たせて二階の部屋を出て、階下に向かった。





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