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04 至福
しおりを挟む夢の中のリリアンは、ふと気付いた。
横になった背中がなんだか温かい。体温高めの誰かが添い寝しているみたいな感じがする。
「――リリアン」
低く、耳に心地よい声音がした。
聞き覚えがあるような、ないような。
実際に聞いたのではなく思い出しただけかもしれない。
朝になった。
リリアンの隣には誰もいなかった。
広いベッドなので端に寄らなくても大人三人が余裕で寝転がれる。
今日も昨日も一人で寝ていた。
ここはリリアンの部屋に過ぎず、夫婦の寝室は隣のバスルームを挟んだ隣にある。
昨晩「どっちかな?」と迷ったものの、こちらが当たり前のようにベッドメーキングされていたので結局こちらを選んだ。
――旦那様は隣の隣でお休みになったのかしら。
考えていると、メイド達がやって来た。
揃って白け顔、に見える。被害妄想か否かの判断が付かない。
「おはようございます、奥様」
「お、はようございます」
リリアンは人知れず項垂れた。
軍人の妻らしくシャキッと挨拶したいのに出来ない。
そういう育ちをしていない。
朝食の席にアクセルの姿はなかった。
彼はリリアンより遅く寝て早く起きている。
今朝も、既に「ご出勤されました」とのことだ。
一人で食卓に着きながら、リリアンは背後で椅子を引くメイドに声を掛けた。
「旦那様は、お忙しいのですね」
「お忙しくなられたのです」
「え?」
「急に閣下の予定が空いたのを良い事に、城から任務が舞い込んできたそうで」
「――――」
蒼褪めたまま固まるリリアンをメイドが「早く座れ」と目で促す。
リリアンは座面に落ちるようにして座った。
通勤の馬車の中、珍しくアクセルが老執事よりも先に口を開いた。
「リリアンと寝た」
対面シートの老執事は「おお」と唸るように感嘆を漏らした。
「お世継ぎ誕生の日も近いですな」
「気が早いぞ」
文字通り、横になって寝ただけだ。
バスルームに接続する扉には鍵が無い。夫婦間に鍵など要らない。
昨晩、出入り自由のリリアンの部屋に堂々と入ったアクセルは、眠る彼女に同衾して華奢な体を背後からそっと抱き締めた。
甘い香りがした。柔らかくて、白い肌が暗闇で仄かな光を放っているようだった。
興奮よりも幸福感が湧き上がり、そのまま爆睡した。
お陰で、物凄く質のいい睡眠がとれた。
日の出前に目を覚まし、彼女の肩から様子を窺った。
あどけなさの残る寝顔は可愛かった。少しだけ欲が湧き、白い首筋に唇を寄せた。
嗅ぐようにして素肌に口付けた。
至福だった。
「毎日寝る」
呟いたアクセルに、老執事が笑みと共に頷いた。
「夫婦なのですから至極当然ですな。私も生前の妻とはラブラブでした。子供が無い分、夫婦密着型という感じで……」
地域密着型みたいな言い方だな、と思いつつアクセルはいつものように一瞥だけで老執事に相槌を打った。
軍隊時代、老執事は長らく艦長を務めていた。アクセルが知る限り父と同等レベルの名指揮官で、どんな艦でもどんな海でも任務をしくじる事はなかった。アクセルも十二歳から彼のもとで乗務し、海と艦について叩き込まれた。
海では厳しく、仕事一筋の老執事だったが、陸に上がれば妻と過ごす時間を大切にしていた。代々海軍の家の娘であった彼の妻は、誰よりも彼を理解していた。
アクセルは、それを羨ましい――とは思わなかった。
妻に夫の仕事を理解させる必要は無い。そんなものは自分が分かっていればいい。
妻には妻の好きなように過ごして欲しい。
リリアンには、リリアンの好きなように。
幸い、領土も国土も豊かだ。彼女の欲しい物は何でも手に入る。
――何でも好きなようにするといい。
そして時々はアクセルに、例えば買った物とかを彼女の弾ける笑顔を添えて披露してもらえると嬉しい。
「いかがですか旦那様。今季の新作ドレスとジュエリー、私に似合ってますか?」
無骨なアクセルにファッションの良し悪しなど分からない。
しかし必ずやこう答える。
「ああ。好きだ」
――君の事が好きだから、君の好きな物は全部好きだ。
軍港が見えてきた。国内第二位の規模を誇る。
領主の馬車を認めたセキュリティゲート前の立哨が一層背筋を伸ばしている。
来月以降の予定を、アクセルは想念した。
――新造艦の公試(海上公試運転)が始まるな。
本来なら不在となる筈のアクセルだが最終日の試験に立ち会う事になった。
忙しくしている間に夏から秋はあっという間に過ぎるだろう。
想像は更に先へと膨らんだ。
――冬季休暇がハネムーンになる。
予定を繰り下げたリバークルーズで国内の名所をリリアンに案内するのだ。
その頃にはさすがに繊細なリリアンとて、この土地にも強面のアクセルにも慣れているに違いない。
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