離婚危機の新妻

C t R

文字の大きさ
13 / 40

13 タルタル

しおりを挟む



検閲が無いまま、ランチタイムに突入した。
リリアンは、食卓で一際輝きを放つ牛肉のタルタルを前にしていた。
もしもこのメニューが漫画の影響だったら微笑ましい。
とはいえ盛り付け方が漫画とは全然違う。
白い平皿の上で二つの肉の小島が斜めに配置されている。洗練さが凄い。

シェフもパティシエもアーティストだ。ある意味、料理は絵画や彫刻より過酷で、食材ゆえに完成品の美しさは短命となる。そして料理である以上、美味しくなければ話にならない。
一流レストランに勤めるシェフは更にしんどい。新メニューにはクールな名前が要る。これが毎度悩ましいと、家がレストラン経営をしているクラスもクラブも違う同級生が語っていた。

「画家先生とかホント羨ましい。アンタイトル(無題)が許されるもん」

女性ながら彼女は家業の後継者だ。メニュー表も作品の一部で手が抜けない。
レストラン業界も今や激戦地となった。各々が各々の戦場で戦っている。



食後、リリアンは二階のバルコニー席で借り物の続きを読んでいた。
アクセルもまた、部屋中央のソファーにゆったりと腰掛けて同じタイトルに目を落としている。あちらは「四巻ミュー」で、こちらは「三巻ミュー」だ。
先に読み終えたリリアンは「五巻ミュー」に手を伸ばした。このギャグバトル漫画は基本的に巻を跨いで続かないので、どこからでも読める。
アクセルの目線がチラリと上がった。

「感想は」
「え?」

ソファーを振り返ってリリアンは瞬き、一拍遅れで察した。

「はい。あの、感動しました」

するとアクセルが「感動……」と唸るように零す。
彼の困惑を察してリリアンは慌てる。具体性に欠けていた。

「あの、絵が上手くて可愛くて感動しました。コマ割りとかかっこよくて」
「…………」

共感出来ないようで、アクセルは声も無く唸っている。
リリアンは、勝手に読者代表になって声を上げた。

「その、つまりギャグバトル漫画にストーリーなんてありませんし、絵が、猫達が可愛ければもういいと思うのです」

言い放った後、蒼褪めた。今のはアンチ発言にも取れる。読者代表どころか愛読者達への宣戦布告になっている。
リリアンは余計に慌てた。

「訂正します。ストーリーはあります。ミューは世の為人の為に戦っています」

アクセルは、すっと両眼を細くした。

「違う」
「は、はい?」
「食い物の為、と猫自身が言っている」

漫画を開き見せたアクセルに、リリアンはぽかんとする。
当該ページに確認の目を向けてみると、確かにミューが「牛肉のタルタルの為に戦うミュー」と言っていた。
アクセルが正しい。
間違いを認め、リリアンは項垂れた。

「訂正します……」

アクセルは顎で頷き、漫画に目線を戻した。
読者代表、失格だな……と内省したリリアンはハッとなった。

――今、会話成立してたよね?

アクセルから相手をしてもらえた。凄い事が起こっていた。

――これが、古代魔獣王ミューの力。

漫画の猫が、凄い。



アフタヌーンティーまでには、互いに三冊を読破した。
なにせギャグバトル漫画。吹き出し内の文字数が少ない。スピーディでいい。
借り物を紙袋に収めながらリリアンは、読後の余韻に浸るあまりつい独り言た。

「続巻が楽しみです」
「ああ」

同意を聞きつけるや、自己新の速度で振り返った。
扉を向いたアクセルも振り返る姿勢で、立ち止まっている。
固まるリリアンを見詰めたまま、彼は静かに片手を斜め後ろに出した。
リリアンは思った。

――バトンパス?

バトンはない。バトンパスな筈はない。
そろーりと動き出して、リリアンはアクセルの傍に歩み寄った。
降車時と同じ覚悟をした。違っていたら死ぬ気で謝罪する。
さっきは地面に降りた拍子に手が離れてしまい、再び取るのは不自然だった。それをとても残念に思った。
思い切り顔に出ていたかもしれない。彼は、気付いたかもしれない。
揃えた指先を、大きな掌の内側に差し込むようにしてそろーりと入れてみる。
彼は指先を掴み取って、首を正面に向けた。
そのまま手を引いて歩き出す。

手を繋いで歩いている。
リリアンはふわふわと夢心地になって半歩前の彼の横顔を仰いだ。
同じ時間を共有した事で、仲間だと認めてもらえたのだ。
それで「まあ手ぐらい繋いでやっても良いだろう」と思ってもらえた。

――凄い。凄い。

漫画の猫が、かなり凄い。



紅茶が用意されたテラス席に、珍しく新婚夫婦が揃って顔を出した。
いや珍しいどころではなかった。
メイド達は一斉にぎょっとした。

――え? 手、繋いでない? なんで。奥様、病気?

病気なら呑気にお茶なんて飲みに来ない。
正午前、アクセルはわざわざ馬車を出してリリアンを迎えに行った。
今朝方、突然シェフが指示されたというランチメニューとてアクセルの好物でも何でもない。

――奥様の為に動かれた?

脳内を疑問符だらけにしている女子達の中、借り物の漫画を承知している二人だけが「ああ」と納得していた。

――なにか仲良くなる切っ掛けがあったんだな。

メイド少女と先輩メイドは密かに目配せし、笑い合った。

一人、疑問符を浮かべるでも笑顔を浮かべるでもないメイドがいた。

――外国人の小娘が調子に乗ってる。

第一王女経由の噂を広めてきた張本人である。
姉が王女の侍女として働いている。姉から王女の苦しい胸の内も聞いている。

「来年、王女殿下は降嫁されるの。それも我が国より遥かに小さくて遠方にある異国の侯爵家よ。信じられないわ」

弱小国に大国の姫が送り込まれる場合、目的は資源か特殊技術の独占契約の為というのが多い。

――王女殿下、なんておいたわしい。

王女は長年、八つ年上のアクセルに密かな恋心を抱いてきたらしい。
それでも国の犠牲となり、他国に嫁がなければならない。許されない恋だ。成就する事は決してない。
この酷い話の続きは今年、よりにもよって同級生の外国人に愛しいアクセルを横から奪われてしまった事である。王女は挙式に参列していない。辛過ぎて無理だったと姉から聞いた。

――王女殿下のご心痛も知らず、のうのうと閣下の隣に居座るなんて。どこまで厚かましい外国人なのよ。

変化を見たからには報告を上げた方が良いだろう。王女が嫁いでしまう前にいち臣下として出来る事をする。
このままでは王女があんまり、悲し過ぎる。





しおりを挟む
感想 28

あなたにおすすめの小説

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

すれ違う思い、私と貴方の恋の行方…

アズやっこ
恋愛
私には婚約者がいる。 婚約者には役目がある。 例え、私との時間が取れなくても、 例え、一人で夜会に行く事になっても、 例え、貴方が彼女を愛していても、 私は貴方を愛してる。  ❈ 作者独自の世界観です。  ❈ 女性視点、男性視点があります。  ❈ ふんわりとした設定なので温かい目でお願いします。

寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。

にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。 父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。 恋に浮かれて、剣を捨た。 コールと結婚をして初夜を迎えた。 リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。 ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。 結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。 混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。 もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと…… お読みいただき、ありがとうございます。 エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。 それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

私のことはお気になさらず

みおな
恋愛
 侯爵令嬢のティアは、婚約者である公爵家の嫡男ケレスが幼馴染である伯爵令嬢と今日も仲睦まじくしているのを見て決意した。  そんなに彼女が好きなのなら、お二人が婚約すればよろしいのよ。  私のことはお気になさらず。

さようならの定型文~身勝手なあなたへ

宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」 ――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。 額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。 涙すら出なかった。 なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。 ……よりによって、元・男の人生を。 夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。 「さようなら」 だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。 慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。 別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。 だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい? 「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」 はい、あります。盛りだくさんで。 元・男、今・女。 “白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。 -----『白い結婚の行方』シリーズ ----- 『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。

【完結】愛していないと王子が言った

miniko
恋愛
王子の婚約者であるリリアナは、大好きな彼が「リリアナの事など愛していない」と言っているのを、偶然立ち聞きしてしまう。 「こんな気持ちになるならば、恋など知りたくはなかったのに・・・」 ショックを受けたリリアナは、王子と距離を置こうとするのだが、なかなか上手くいかず・・・。 ※合わない場合はそっ閉じお願いします。 ※感想欄、ネタバレ有りの振り分けをしていないので、本編未読の方は自己責任で閲覧お願いします。

私が愛する王子様は、幼馴染を側妃に迎えるそうです

こことっと
恋愛
それは奇跡のような告白でした。 まさか王子様が、社交会から逃げ出した私を探しだし妃に選んでくれたのです。 幸せな結婚生活を迎え3年、私は幸せなのに不安から逃れられずにいました。 「子供が欲しいの」 「ごめんね。 もう少しだけ待って。 今は仕事が凄く楽しいんだ」 それから間もなく……彼は、彼の幼馴染を側妃に迎えると告げたのです。

処理中です...