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13 タルタル
しおりを挟む検閲が無いまま、ランチタイムに突入した。
リリアンは、食卓で一際輝きを放つ牛肉のタルタルを前にしていた。
もしもこのメニューが漫画の影響だったら微笑ましい。
とはいえ盛り付け方が漫画とは全然違う。
白い平皿の上で二つの肉の小島が斜めに配置されている。洗練さが凄い。
シェフもパティシエもアーティストだ。ある意味、料理は絵画や彫刻より過酷で、食材ゆえに完成品の美しさは短命となる。そして料理である以上、美味しくなければ話にならない。
一流レストランに勤めるシェフは更にしんどい。新メニューにはクールな名前が要る。これが毎度悩ましいと、家がレストラン経営をしているクラスもクラブも違う同級生が語っていた。
「画家先生とかホント羨ましい。アンタイトル(無題)が許されるもん」
女性ながら彼女は家業の後継者だ。メニュー表も作品の一部で手が抜けない。
レストラン業界も今や激戦地となった。各々が各々の戦場で戦っている。
食後、リリアンは二階のバルコニー席で借り物の続きを読んでいた。
アクセルもまた、部屋中央のソファーにゆったりと腰掛けて同じタイトルに目を落としている。あちらは「四巻ミュー」で、こちらは「三巻ミュー」だ。
先に読み終えたリリアンは「五巻ミュー」に手を伸ばした。このギャグバトル漫画は基本的に巻を跨いで続かないので、どこからでも読める。
アクセルの目線がチラリと上がった。
「感想は」
「え?」
ソファーを振り返ってリリアンは瞬き、一拍遅れで察した。
「はい。あの、感動しました」
するとアクセルが「感動……」と唸るように零す。
彼の困惑を察してリリアンは慌てる。具体性に欠けていた。
「あの、絵が上手くて可愛くて感動しました。コマ割りとかかっこよくて」
「…………」
共感出来ないようで、アクセルは声も無く唸っている。
リリアンは、勝手に読者代表になって声を上げた。
「その、つまりギャグバトル漫画にストーリーなんてありませんし、絵が、猫達が可愛ければもういいと思うのです」
言い放った後、蒼褪めた。今のはアンチ発言にも取れる。読者代表どころか愛読者達への宣戦布告になっている。
リリアンは余計に慌てた。
「訂正します。ストーリーはあります。ミューは世の為人の為に戦っています」
アクセルは、すっと両眼を細くした。
「違う」
「は、はい?」
「食い物の為、と猫自身が言っている」
漫画を開き見せたアクセルに、リリアンはぽかんとする。
当該ページに確認の目を向けてみると、確かにミューが「牛肉のタルタルの為に戦うミュー」と言っていた。
アクセルが正しい。
間違いを認め、リリアンは項垂れた。
「訂正します……」
アクセルは顎で頷き、漫画に目線を戻した。
読者代表、失格だな……と内省したリリアンはハッとなった。
――今、会話成立してたよね?
アクセルから相手をしてもらえた。凄い事が起こっていた。
――これが、古代魔獣王ミューの力。
漫画の猫が、凄い。
アフタヌーンティーまでには、互いに三冊を読破した。
なにせギャグバトル漫画。吹き出し内の文字数が少ない。スピーディでいい。
借り物を紙袋に収めながらリリアンは、読後の余韻に浸るあまりつい独り言た。
「続巻が楽しみです」
「ああ」
同意を聞きつけるや、自己新の速度で振り返った。
扉を向いたアクセルも振り返る姿勢で、立ち止まっている。
固まるリリアンを見詰めたまま、彼は静かに片手を斜め後ろに出した。
リリアンは思った。
――バトンパス?
バトンはない。バトンパスな筈はない。
そろーりと動き出して、リリアンはアクセルの傍に歩み寄った。
降車時と同じ覚悟をした。違っていたら死ぬ気で謝罪する。
さっきは地面に降りた拍子に手が離れてしまい、再び取るのは不自然だった。それをとても残念に思った。
思い切り顔に出ていたかもしれない。彼は、気付いたかもしれない。
揃えた指先を、大きな掌の内側に差し込むようにしてそろーりと入れてみる。
彼は指先を掴み取って、首を正面に向けた。
そのまま手を引いて歩き出す。
手を繋いで歩いている。
リリアンはふわふわと夢心地になって半歩前の彼の横顔を仰いだ。
同じ時間を共有した事で、仲間だと認めてもらえたのだ。
それで「まあ手ぐらい繋いでやっても良いだろう」と思ってもらえた。
――凄い。凄い。
漫画の猫が、かなり凄い。
紅茶が用意されたテラス席に、珍しく新婚夫婦が揃って顔を出した。
いや珍しいどころではなかった。
メイド達は一斉にぎょっとした。
――え? 手、繋いでない? なんで。奥様、病気?
病気なら呑気にお茶なんて飲みに来ない。
正午前、アクセルはわざわざ馬車を出してリリアンを迎えに行った。
今朝方、突然シェフが指示されたというランチメニューとてアクセルの好物でも何でもない。
――奥様の為に動かれた?
脳内を疑問符だらけにしている女子達の中、借り物の漫画を承知している二人だけが「ああ」と納得していた。
――なにか仲良くなる切っ掛けがあったんだな。
メイド少女と先輩メイドは密かに目配せし、笑い合った。
一人、疑問符を浮かべるでも笑顔を浮かべるでもないメイドがいた。
――外国人の小娘が調子に乗ってる。
第一王女経由の噂を広めてきた張本人である。
姉が王女の侍女として働いている。姉から王女の苦しい胸の内も聞いている。
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