イエローバードと恋心

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03 子爵家

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朝食を終えたクレールは、食器を片付けてバッグを腕に引っ掛けた。

「じゃあ行ってくるわね、カナリー氏」

玄関先から室内を振り返ると、テーブル上のグラスに留まって水を飲んでいたカナリー氏がサッと顔を上げた。

ピピ、ピピピピ。

「気を付けてね」或いは「ブラウン・ライス買うのをお忘れなく」と言っている。
好きに解釈したクレールは、カナリー氏に片手を振った。

日中、カナリー氏をケージには入れない。ビーストたるカナリー氏、ケージに収まる器でなし保護には及ばない。
ケージのドアは常にオープンにしてある。では何の為のケージなのかと言うと、睡眠とトイレのスペースだ。
当初クレールは、ビーストもおトイレするのね、と少し意外に思った。スーパー・バードゆえに排泄しないと思い込んでいた。
元は普通の小鳥で、体の構造は変わらないのだから代謝は当り前。
ワーロックだって人間のままだ。別の何かに変わる訳ではない。

玄関扉を閉じたクレールは、外側から三つの鍵を掛けた。
カナリー氏がやって来る数年前、一度テスト前に部屋が荒らされた事があった。
白を切っていたけれどアンリエットの仕業に違いなかった。またテキストやノートを破り取られては堪らない。
採光用の天窓を少しだけ開いて、通気は確保している。カナリー氏は脱走しないばかりか天候に応じて窓の開け閉めもする。優秀過ぎるお留守番だ。

庭を抜けたクレールは、門扉前で待機中の馬車に乗り込む。
虐待でないポーズ維持の為、伯母はクレールに徒歩通学などさせられない。無論、通学の馬車はアンリエットとは別。無駄な出費であっても必要経費なのだ。
邸宅暮らしの伯母一家は、領地からの税収でそこそこ裕福な生活を送っている。
クレールはと言うと、毎月小遣いという名の食費を叔母から貰ってやり繰りしている。贅沢さえしなければ問題なく暮らせる額だ。
一応は体裁を気にしている伯母は、間違ってもクレールが餓死しないよう、栄養不足や成長不足にならないよう気配りだけはしている。
少ない生活費で細々と暮らすクレールを、アンリエットは「ジリ貧」と笑った。

「ねえ、あの黄色い鳥。その内餓死するんじゃない? クレールとどっちが先かしらね、あっははは」

世事を知らない分、大人より子供の方が残酷思考を持つという実例を、クレールは目の当たりにした。
ブラウン・ライスは確かにお高め食材だ。とはいえ小鳥の食事量は知れている。老舗ショコラティエのプラリネを五粒、諦める程度で賄える。
クレールもカナリー氏も餓死なんて有り得ない。



ランチタイムになった。
晴れた中庭のベンチに座ったクレールは、膝の上でラッピングクロスとサンドイッチケースを開いた。
肩を並べる友人、エマは「今日も美味しそう」と言ってクレールの持参ランチに熱視線を送っている。
クレールは「はい」と、ジャンボン(ハム)&ブール(バター)&トン(ツナ)のバゲットサンドを一つ、彼女に差し出した。
いそいそとそれを受け取ったエマは、引き換えにピクニック・ボトルからフレーバーティーを注いだカップとミエル(蜂蜜)の小瓶を差し出した。

「これ、バゲットの端に塗って食べよ」
「待ってました」

高級ミエルを貰ってクレールははしゃいだ。午後の授業は乗馬だからエネルギーチャージ出来る食材は有難い。
互いにバゲットを頬張っていると、エマが切り出した。

「あの煩い女はどう? 大丈夫?」
「ええ。関わらなければ平和よ」
「餓死させようとしてるとかバカでしょ」
「ええ。放っておく」
「同じ平民としてこっちのが恥ずかしいわ」

平民と言えど、成績優秀のエマはアンリエットの同類ではない。
父親は外交官で、外国出身だ。今は王国に駐在しているけれど、次の赴任先がどこになるかは分からない。
平民で外国人のエマを疎ましく思っている者は、校内に少なからずいる。一つ上の上級生に王族がいる事もあり、目立った動きは無いのだけれど。
エマ本人は「差別なんてどこにでもある」と言って平然としている。
アンリエットは、家で「外れ者仲間」とクレールごとエマを貶す。
むしろ外れ者はアンリエットなのに自分の事は棚上げだ。ただ、平民で成績がイマイチでも美少女のアンリエットに構う令息達もまた、少なからずいる。
令嬢達はと言うと、アンリエットなど眼中に無い。だから当然、アンリエットには女子の友人が一人もいない。
偶にクレールは、クラスの違う女子から「あんな身内がいてご愁傷様」と声をかけられる事がある。中々しんどい。
でも、卒業までの辛抱だ。

――卒業したらコルネイユ様と結婚する。

そしてタウンハウスを出る。

アンリエットをチヤホヤしている令息達は、考えなしの遊び人が多い。
彼女に擦り寄っても彼らはさして得をしない。
アンリエットは子爵家を継承しない。その辺の事情を彼らは知らないし――どうやらアンリエット自身も分かっていない。
伯母は分かっている――筈。けれど、クレールは一々確認していないので伯母もまた勘違いしている可能性はある。彼女は小さな文字が羅列する文書を読みたがらないのだと、いつだか執事が嘆息していた。

現状の伯母は言わば、一代限りの子爵という立場にある。
終わりが見えている。少なくともアンリエットやその夫や子が、子爵家を継ぐ事は有り得ない。
継承が生じる可能性があるのは、伯母が「実子」を得た場合だけだ。

伯母とアンリエットには血縁関係がない。
アンリエットは若い伯母夫の連れ子なのだ。





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