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36 当日
しおりを挟むボール当日。
宮殿の正門は、正午前から開かれていた。
というのも、夜のボールに先立って昼餐会が行われる為だ。
招待客数はボールの十分の一以下。一握りの家臣だけが王族の食卓に招かれた。
一握りの家臣の中に、コルネイユも含まれていた。
パートナーは無論クレールで、レミュザ伯爵家からの出席者はこの二人のみ。
因みに、カナリアもケージごと持ってきた。シャルルのリクエストでは断れない。幼い彼は夜会には参加しないものの昼餐会には出席する。
侍従に続き、コルネイユは昼餐会の場に向かう。
その左手は、デイ・ドレスを纏ったクレールと繋がっている。カナリア・イエローのドレスは膝下丈のフレアなスカートが軽やかで美しい。下から伸びるホワイトのヒールを履いた細い足首はとにかく可憐で、いつまででも見ていられた。
――いや見過ぎてはならない。
通報される、よりもクレールにドン引きされる。ダメだ。
大食卓の間では、ほとんどのゲスト席が埋まっていた。
クレールの着席を見届けてからコルネイユも座る。
二人の椅子の間にケージを置いた時、幼い声が「少将」と背に発した。
ててっと駆けてきた王子に振り返って、クレールが腰を浮かせようとした。
それを、王子の後ろで第二王子妃が「いいのよ」と片手で制した。
「それより、シャルルが無理を言ってごめんなさいね」
「とんでもありません、妃殿下」
「この子ったら、城でもカナリアを飼いましょうかって言っても、カナリー氏じゃなきゃイヤだって言うの。だからって貴女方からカナリー氏を取り上げるのはダメだって。もう我が儘なんだか気遣いなんだか我が子ながら判断に困るわ」
クレールは笑み、コルネイユは内心で「立派に我が儘でしょう」と告げた。
とはいえ四歳児。あまりに聞き分けが良くても将来が心配になる。程よい我が儘なら何の問題もない。
シャルルはケージごとカナリアを連れ出し、自分の席に引き返していく。
母親は背後から「揺らしちゃダメ。優しく運んでね」と注意していた。
クレールは母子を見送り、コルネイユを見た。
「いつも仲良しのお二人ですね。シャルル王子殿下は、この場にお父様のディディエ王子殿下がいらっしゃらないから寂しいのではないでしょうか」
「カナリアでは父親の代わりにはならないでしょうが、離れ離れも今冬までです。王子殿下と妃殿下は、間もなく東洋に向かわれます」
「ご家族が合流されるのですか。それは何よりですね」
ええ、と頷いたコルネイユは、すっと片手を伸ばしてクレールの耳を撫でた。
「私も、貴女と家族になる日が待ち遠しいです」
瞬いたクレールは、ふわりと頬を染めて笑みを浮かべた。
「私達はとっくに家族ですよ」
コルネイユは危うく、椅子の背凭れごと彼女を掻き抱くところだ。
「仰る通り」と大人の笑みを返しながらも「こんなイベントはとっとと終わればいい」と思っていた。
二時間半に及ぶ昼餐会が終了した。
王族達の退場を待って、招待客達も席を立つ。
人波がはけたのを見計らい、コルネイユはクレールの手を引いて場所を移動した。
これからクレールは宮殿の部屋と人員を借りて、ヘアメイクと着衣を夜会仕様に変える作業に取り掛かる。
一旦クレールと別れたコルネイユは隣室に向かい、ゆったりとコーヒーブレイクをしながら彼女を待つ時間を過ごした。
自分も多少は制服の仕様を大袈裟に変える必要があるが、秒で終わるので開始直前で良い。
開かれたバルコニー窓を仰ぎ、青空を眺める。
同じ室内にはカナリアを指先に載せたシャルルがいる。幼い顔が「僕が東洋に行っても忘れないでね、カナリー氏」などと殊勝な事を告げている。
カナリアは「いいでしょう」と言う風に首を上下させた。
それに対してシャルルは無邪気に笑い、はしゃぐ。いつもながら「この鳥、やけに人間くさいな」などと疑問は挟まない。
――気付いていながらスルーしているのか。
だとしたら、この幼い王子は大物に化けるかもしれない。
――尤も、化けるポテンシャルがある事は知っている。
ワーロックたるコルネイユもディディエもシャルルの魔力量は既に察している。
化ける切っ掛けを得られるか否かは、シャルルの運と度胸次第となる。
ノックが鳴った。
室内に目を戻したコルネイユは、クレールの着替えが完了したのかと一瞬勘違いした。
しかしノックされたドアが違う。廊下側だ。無表情の下でぬか喜びに嘆息しつつ、コルネイユはノックに「どうぞ」と応じた。
開いたドアの隙間に部下の顔が覗く。
小鳥と戯れるシャルルを一瞥したコルネイユは、テーブルセットから腰を上げた。壁際に控える王子付きの侍女に「少し外します」と告げ、部屋を後にする。
退室する背中を、カナリアの円らな瞳が見ていた。
夕方五時過ぎ。
暗い夕焼け空を背にした宮殿の前には、馬車の車列が形成されていた。
正門を潜った馬車から、次々と招待客達が下りてくる。
ボールの開始は午後六時だ。
正門前に並ぶ列の中に、シュヴルール伯爵家の馬車はあった。
車中、ロイヤルブルーのドレスを纏ったアンリエットは浮かれていた。
――いよいよデビューしちゃうのね、私。
ボールに降り立つ。注目間違いなしだ。
クレールもこの夜会に来ているに違いない。騎士爵の家の者ですら呼ばれていると言う話だから、海軍の将官であり未だ伯爵令息である婚約者が呼ばれていないとは思えない。
アンリエットは隣に座るタキシードのフィリップを見やる。
笑みが浮かんだ。
――でもお、私のパートナーは外国帰りの未来の伯爵様だしい。
アンリエット自身も女子爵の娘であり歴とした貴族だ。平民寸前のクレールとは違う。その上誰もが認める美少女で、今日のドレスは完璧過ぎる。
劣る要素が一つもない。
――なあんか私って、すっごくあの子に可哀そうな事してるう?
いい気分だ。
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