復縁不可の筈ですが、

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42 母親として




ランチタイム過ぎ。
日曜日とあって、カフェ・スノードロップの店内は少し閑散としていた。
ティータイム前まで客足が落ち、まったりとした時間が続く。
いつものようにオーナー席でキアラが勉強する中、スノードロップは人様に構ってもらっていた。

「ほーら仔豹ちゃん、猫じゃらしですよー」
「みゃ、みゃ」

仔豹の眼前で猫じゃらしを振っているのは、義母アン=マリーだったりする。
猫好きとは知らなかったキアラは、義母の意外な一面を見て見事に惚けた。
キアラの対面に座るアベルは、隣の席で仔豹と遊ぶ母親を横目にしている。
やれやれと言う風に嘆息し、キアラの方に向き戻った。

「いきなり来て訳が分からんな」
「遊んで頂けるのは有難いです。スノードロップも大喜びしてます」
「全く。初孫に構うばあさんそのものだ」

キアラは覇気のない笑みを浮かべた。同意だけど、同意しては失礼だ。
曖昧なキアラの反応をどう受け取ったのか、アベルが何やらハッとなって口元に片手を被せる。
上目遣いにキアラを見た。

「今のは無神経だったか……」
「え? 私に対してですか?」

意味が分からないキアラはきょとんとアベルを見返した。
アベルは「いや、君が気にならんなら構わんのだ」と低く言い、視線を逸らした。

「それより、話しかけて勉強の邪魔をしてしまった。続けてくれ」
「あ、はい」
「無いとは思うが、分からないところがあれば訊いてくれ」
「有難うございます」

会釈をして、キアラは外国語のテキストに向き戻った。東西南北、西を除いて国境を接する隣近国とは言語が異なる。いずれもキアラには精々日常会話レベルの語学力しかない。
外交官を目指す訳でなし、マルチリンガルになる必要はない。けれど、父親の本職が通訳なのであまり出来ないと恥ずかしい。
来月、アベルが本格的な夏季休暇を取るのに合わせて旅行に出掛ける。世界大陸を出て海峡を渡り、巨大な島国へ行く。太陽が沈まない大帝国には、幼少期からずっと憧れていた。
大帝国の言語は世界規模の会議や競技の公用語とされている。貴婦人として、話せも読めも書けもしないのはマズい。

――旅先で恥を掻かない程度の語学力を身に着けておかないと。

ノートを取るキアラを他所に、スノードロップは「みゃ、みゃ」と猫じゃらしに夢中になっている。楽しそうで何より。



帰りの馬車を背に、アン=マリーは「また来ますね」と言い、仔豹ごとキアラを両腕で抱き締めた。
キアラは照れたような笑みで「いつでもお待ちしております」と頷き、彼女の腕の中で仔豹も「みゃ」と同意してくれた。多分。
別れの挨拶を終え、アン=マリーは馬車に乗り込む。アベルも後に続いた。駅まで送るだけで一緒に帰郷するのではない。
馬車が動き出すや、アベルは「汽車とは珍しい」とアン=マリーに切り出した。

「好きではないと言っていたでしょう」
「人の多さがね。でも偶には煩わしいのも良いのです。今の時間帯は空いてるそうですし、三時間の移動が一時間で済むなら、速いに越したことはありません」

「そうですか」と気のない返事をした横顔を、アン=マリーは一瞥した。

「で、どうなんです」
「……どうとは」
「キアラですよ。そろそろ孫は出来そうですか?」

アベルはぎょっと母親を見た。

「出来ません」
「あらそう。では暫く仔豹ちゃんが私の孫になりそうですね」
「――そんな話を、絶対にキアラの前でしないでください」
「ああ、はいはい」

アベルの顔が背けられ、反対側の車窓に向かう。
アン=マリーは嘆息した。
結婚二年目の息子夫婦に子供はいない。急かす気はなくとも、アン=マリーは少しばかりそわそわしていた。
キアラの言い分が「まだ遊びたいから」では閉口しかなかった。しかし母親として不安がてんこ盛りのキアラに懸念もあった。

――今のキアラなら問題ないわ。

努力する姿勢を子供に見せられる。特別な教育は要らない。子供というのは親を真似る。良い事も悪い事も。その癖、親の言う事は聞かない。
だから生き様――姿勢が最も大事なのだ。

「休暇は海外でしたね」

徐に口にしたアン=マリーに、アベルが低く「はい」と答える。
アン=マリーは不機嫌そうな横顔を窺った。

「じゃあ頑張って」
「……勝手な期待は困ります」
「期待してるのは貴方なのでは?」
「…………」

アベルはアン=マリーを見なかった。
アン=マリーは嘆息し「こんなポンコツで大丈夫かしら」と思った。



ティータイムが迫る中、カフェ・スノードロップに異変が起こっていた。
客層が可笑しい。やけにキラキラとした貴族達が詰めかけている。
顔を見合わせたウェイトレス達は、不在のキアラの代わりに、貴族慣れしているであろうバリスタに泣きついた。

「貴族様の対応を、作法も何も知らない私らごときがして良いんでしょうか……」
「はあ? 良いに決まってるだろ。何だと思ってるの。同じ人間だよ」
「でも階級が……」

バリスタは苦笑した。

「そんなのは承知の上で彼らはうちに来てるんだ。まあ王妃殿下と王太子妃殿下の影響なんだけどね。でも俺達の仕事は何も変わらないよ。いつも通りのサービスでいいから」
「わ、分かりました」

そそくさとウェイトレス達が担当テーブルに散っていく。
今も大聖堂前で開催中のバザーの大反響が、店舗にも及んでいる。
「流行ね。いいけど」とバリスタは肩を竦め、焙煎マシンのスイッチを入れる。
今日は店仕舞いまで大忙しになりそうだ。





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