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46 目論見
王族を前にしたキアラは、一度腕の中のスノードロップを芝生にリリースすると、静かに膝を落とした。未だぎこちない無様な礼を貴人らに披露する。
王太子と王太子妃と、第四王子エルマンが笑みで頷いた。僅かながら面識のある王族達なのでとても寛容だ。
キアラとしては早く国王夫妻にデビュタントボールのリベンジを果たしたい。今日は無理でも年末までには何とかしたい。
意気込みを察しているのか、エルマンが苦笑した。
「急く事はありません。貴女は素敵ですよ、キアラ」
「お心遣い恐れ入ります、エルマン殿下」
「私は未だ、人に気遣いが出来るほど出来ていません。だから口にする事は全て本心です」
伏せた顔をあげたキアラは、す、と横から割り込んだ肩に視界を阻害された。
「どうも、殿下方」
不愛想なアベルの挨拶に、王太子が呆れた。
「我らを雑に括りおったな、アベルよ」
「王室こそ、私と妻に別々の招待状を送り付けたでしょう」
「アドレスが違うのだ。当然だろう」
「それでも封書は連名にすべきだったのでは? ――なんとなく殿下の目論見は察しております」
「ああ。お前が察しておる事を私も察しておるよ。しかし決めるのは私でもお前でもない。こちらが何を目論もうが文句を言われる筋合いはない」
アベルの双眸が細められる。
エルマンが兄の肩を掴んだ。
「挑発はその辺で、兄上。有難いですが、キアラを放置してヴァルデック侯爵ばかりに構うのは頂けません」
「それもそうだな。今日はキアラを褒めて労うイベントでもあるからしてな」
キアラは視界半分の中、双方を見比べる。誰の会話も全然意味が分からない。
我関せずなようで、王太子妃は一人しゃがみ込んで仔豹に構っている。
「ママンですよー」
「みゃ?」
「ミルク飲みますかー」
「みゃ!」
キアラは内心冷や冷やした。うちの子、誘拐されかけてる……。
いいところに国王夫妻が登場した。
険悪な雰囲気を見て国王は「何を睨み合っておる」と目を丸め、王妃は「これだから男子は」と呆れる。
両手を腰に当てた彼女は、王太子とエルマンとアベルに目線をそよがせた。
「この母に免じて、今日は仲良くなさい」
何故か自分まで叱られた体になり、アベルが閉口していた。
キアラは、一体何に誰にリアクションをすべきかで大いに悩んだ。
王妃のスピーチ後に乾杯し、パーティーは華やかに幕を開けた。
開始以来、どういう訳かキアラは右腕を王妃に、左腕を王太子妃に取られている。
王妃は「間もなくウジェーヌも来ますからね」と語り掛け、笑む。
キアラが変な笑みで応じると、次に王太子妃が「スノードロップの事をもっとお教えくださいな」と話しかけて来る。
左右を挟まれて交互にするばかりのキアラは、身動きが取れない。まるで仲良し三人組の絵面だ。
スノードロップは、国王と幼い王子達に構ってもらっている。「お前、フリスビー出来る?」と王太子の王子から問われ、そっぽを向いた。誇り高きネコ科は犬用の玩具なんかで遊ばない。
王子達はきゃっきゃと喜んだ。「生意気で可愛い」そうだ。優しい。
アベルは軍服の群れの中心にいる。王太子らとはグループが異なる。知らなかったけれど、彼らは実は仲が悪いのだろうか。ちょっとハラハラする。
こちらの王妃・王太子妃の輪には、引っ切り無しに貴婦人らが足を運んでいた。
本日の主役である王妃の隣で、キアラは彼女達の口上と立ち振る舞いをじっくりと観察させてもらう。とても勉強になる。
――学習の為に王妃殿下は私をこの場に留め置いてくださっているのね。
感謝を籠めて王妃の横顔を見詰める。
王妃はキアラに笑み、貴婦人らに向き戻った。
「皆さんもご存知の通り、このキアラは城下で素晴らしい取り組みをなすっています。わたくし共は感銘を受けました」
貴婦人らは「ええ、ええ」と頷いている。「本当に立派になられてねえ」と、まるで親戚のような反応には好意しかない。
王妃は続けた。
「わたくしもキアラに倣い、王領の産業に民間の力を取り入れていきたいと思います。これまで王家が独占していた観光資源を解放し、未来ある子供達の学びの場として生まれ変わらせるつもりです」
拍手と賛同と称賛が沸いた。
キアラもそうしたかったけれど、両腕を塞がれているので無理だった。
その後も王妃がやたらとキアラを褒めるので、拍手も賛同も称賛も自然とキアラにも集まった。
状況が呑み込めないまま、キアラは変な笑みを浮かべ続けた。
アベルは、軍人どもの話に相槌を打ち、女性陣の輪を一瞥する。
王妃と王太子妃に挟まれたキアラが称賛されている。輝いているのは何よりだが、ちょっと困っているようでもある。
――王族どもめ。あまりキアラを疲れさせるなよ。
忌々しい王太子とエルマンは、貴族どもに囲まれ談笑している。エルマンを上流階級に復活させようという王太子の計らいだろう。
ハッキリ言って、どうでもいい。
王太子は、あわよくばエルマンにキアラを娶せようとしている。だから邪魔なアベルを午餐会に呼ばなかった。
――確かに決めるのはキアラだ。
だがキアラの夫はアベルであり、最早別れる気は微塵もない。
エルマンの入り込む余地は与えない。さっさと妃を娶るなりして、割り当てられた王領なり外地の戦場なりに引っ込むといい。
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