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53 お咎め
世間のカレンダーは平日だった。
王城に呼ばれたアベルは、いつかも足を踏み入れた応接室で国王夫妻と王族らを前にしていた。
同じく王族らを前にしているのは、フレシネ公爵である。
強張った横顔が「本当に、どうお詫びを申し上げれば良いのやら」と項垂れた。
王妃のバースデーパーティーにおけるクロディーヌの言動が問題となっていた。彼女の無責任さに焦点が当たっている。平民の子供らが王太子妃の甥御らに行った無礼へのフォローはなく、引率者として全く機能していなかった。しかもアベルを貶めた後、体調不良で子供らの引率を途中放棄している。
フレシネ公爵は「……娘に悪気はなかったと思います」と項垂れたまま言った。
「子供達を喜ばせようとしたのです。娘は自領の民と距離が近いので」
「それ自体は素晴らしいな」と王太子が発した。
「だが無責任極まりない。王妃殿下のお心遣いを踏み躙る行為であったと言わざるを得ん。我が妃も不愉快な目に遭ったしな」
「返す言葉もなく……」
「そうだな。しかし子供らの件はもうよいわ。機転を利かせたキアラ夫人が上手い事纏めてくれたそうだからな」
王太子の目が他の王族らに向かい、同意の首肯が返された。第四王子エルマンがあからさまに頷いており、アベルとしては非常に鬱陶しい。
しかしキアラの功績は大絶賛されて然るべきだった。あの後、フレシネ公爵領の子供らはテーブルを食い散らかしたままにせず、後片付けをしてから会場を辞している。キアラが「誰が一番お片付けが上手かな?」と焚き付けた。
「城下の子達は王妃様にお歌を歌って差し上げたでしょう? だからみんなはお片付けを頑張ったらいいんじゃないかな。――って、この仔豹さんが言ってるよ。みんなでやれば早いし、楽しいよ」
仔豹がじいっと監視する中、子供らは協力して後片付けに取り掛かった。キアラは子供らをさりげなくフォローするだけで、あからさまに手を貸す事はしなかった。
子供らが辞した後、彼女は王族どもに告げた。
「労働する事で、何も無いところから美味しいものが降って来る、というミラクルな経験を上書き出来ればと思ったのです」
労せず与えられたものに価値はない。小さいうちから癖になってはいけない。彼女は、本人達にそうとは悟らせる事無く子供らを教育したのだ。
「素晴らしい状況判断でした」と想念しながらエルマンがキアラを褒める。やはりアベルには鬱陶しい。
「何よりです」とフレシネ公爵はしみじみと頷き、アベルを見た。
「侯爵夫人には感謝しかない。お陰で子供らに半端な経験をさせずに済んだ」
「どうも」
「その恩を仇で返した娘には失望しかない。あれが我が長女とは情けない。侯爵にはお詫びのしようもない」
アベルは嘆息した。
「頭を上げてください、フレシネ公爵。今回私は不快感こそ被りましたが、幸いにして実害はありませんでした。妻もクロディーヌ嬢の言動など全く気にしておりません。何より私と妻には、これまで貴方から何度も許しを戴いてきた恩義があります。謝罪はもう結構です」
フレシネ公爵の頭はより下がった。
「本当に済まなかった。本人にも体調が回復次第きちんと謝罪に参るよう――」
「いえ結構です。むしろ私も妻も今後彼女と顔を合わせるのは遠慮します」
「……済まない。娘には貴方方ご夫妻に近付かないよう言い聞かせておく」
「お願いします」
言いながらアベルは「なんでこの人の娘があれなんだ?」と疑問しかなかった。
クロディーヌは性質が悪い。善良な顔の下で昏いものを抱えている。表立ってキアラとケンカをするポリーヌは、ある意味で健全だった。
――まあ、もう関係ない。
一時とは言え、不安定なアベルを支えてくれた女性だ。感謝はしている。彼女の好意が完全なる善意ではなかったとしても、アベルの救いになっていたのは確かであり事実なのだ。
――だとしても今回の件は許さんがな。
水には流さない。ただ、恩義ある父親に免じて忘れてやる事は出来る。
二度と接触しないで済むならば、放置する。
アベルが怒りの拳を振るわなかった事で王室側も厳重注意だけに留め、フレシネ公爵家はお咎めなしとなった。
タウンハウスに帰宅したフレシネ公爵は、妻と次女に左右を挟まれソファーに座る長女を見下ろし、言い付けた。
「寛大な事に王室とヴァルデック侯爵は我が家の失態をお赦しになった。彼らが寛大な内にお前達はカントリーハウスに戻れ」
父親の殺伐とした物言いに「お父様」とポリーヌが声を上げた。
「もっとお姉様にお優しいお言葉をかけてあげられませんの?」
「黙れ。お前も郊外の孤児院の子供らを失望させた一人だろうが」
「そ、――だって夜会があったから準備に忙しくて」
「出来ん約束をしたのがそもそもの間違いだ。安請け合いの一族とレッテルを貼られたぞ」
これに対し、長女クロディーヌが父親に涙目を向けた。
「安請け合いだなんて酷いです。だって慈善活動なのですよ? 私は無償で行っているのです。それなのに少し約束を違えたからと――」
「家紋を付けた馬車で出向いておいてバカを言うな。貴族の言葉は安くない。それともお前は貴族を辞めるか? 構わんぞ。再び国外に出るのも好きにして良い」
「な、――どうしてそんな話になるのですか」
「正直、この国にお前の居場所があるとは思えんよ。お前は出来た長女で私の誇りだったのに、今日は心底絶望した。謁見していればお前も思い知っただろう。王家から注がれる、あの白けた目線を見ればな」
「――、――」
女性陣は蒼褪めている。
フレシネ公爵は踵を返した。
娘達に甘過ぎたのだ。そのツケが今来た。長女も次女も当てにならない。
跡取り息子の教育に、専念せねば――。
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