復縁不可の筈ですが、

C t R

文字の大きさ
54 / 57

54 秘策




陸軍少尉クレマンソーは直属の上司との面会を終え、執務室を後にした。
制帽を被りなおし、陸軍省のエントランスホールを抜ける。
正門までの道で顔見知りらとすれ違った。

「お、クレマンソー。休暇願だって?」
「はい」
「帰省かあ。親父さん、お加減良くならないの、辛いな」
「長患いなので仕方がありません」
「お大事にな」
「有難うございます」

敬礼を交わし、別れる。
クレマンソーの背後で、ヴァルデック侯爵領出身の士官らは話を戻していた。

「――で、キアラ夫人が王室に称賛されたってな」
「新聞でも絶賛されていたが、この目で見るまで信じられんかった。なにせあのキアラ夫人だからな。結婚式兼ハネムーンの悲劇は、俺のトラウマだ」
「北極圏のオーロラ挙式か。お前、同行組だったもんな」
「オーロラが出るまで一週間も凍った洋上で待機させられた。拷問以外の何でもなかったわ。こちとら乗り心地イマイチの砕氷船だったんだぞ。豪華客船で優雅に待つ新郎新婦とは訳が違う」
「他の客は早々に帰ったらしいな。前侯爵夫人のアン=マリー様とか」
「付き合ってられるか、ってな。俺も閣下の式でなければ耐えられんかった。正直生きて戻れるとも思ってなかった」
「生きて戻った甲斐あったな。今のキアラ夫人がオーロラ待機を命じる事はない」
「ありがたやありがたや」

クレマンソーは口の中で呟いた。

――バカどもは生きるのが楽でいい。

バカと言うならクロディーヌもか。現状、キアラを超えるバカだ。
数日前にクレマンソーは、カントリーハウスに発つ寸前のクロディーヌを訪ねた。
謹慎を食らったクロディーヌは、クレマンソーを「貴女の入れ知恵の所為で散々な目に遭った」と涙ながらに非難した。バカ過ぎて呆れる。詰めが甘いのだ。
内心「はいはい」と言い、クレマンソーはバカなクロディーヌを宥めた。

「チャンスは残されています。私はまだクロディーヌ様を侯爵夫人に迎える事を、諦めていません」
「でも閣下も父もカンカンよ」

内心「お前がバカだからだろうが」と言い、クレマンソーはバカなクロディーヌを宥め続けた。

「お任せください。逆転の秘策がございます」
「どんな?」
「暫しお待ちを。準備が整い次第、ご連絡致します」
「頼んだわよ」

内心「なんでお前が命じてるんだ?」と言い、クレマンソーはバカなクロディーヌに頷いて見せた。
これから忙しくなる。
現在の主たるアベルは、間もなくキアラと共に休暇旅行で国外に出る。

――どうぞごゆっくり。

アベルの事は尊敬している。激戦地で命を助けられた恩もある。
キアラの事は、まあバカだとは思うがそれだけで、クロディーヌに話したほど嫌悪はしていない。養育院での行いは大したものだ。
彼らは立派だが、クレマンソーにとって使える駒ではなかった。残念だ。



深夜。
王城は、山脈から発せられたテレグラフを受信した。
エルマンは両腕を組み、思慮する。
秘密のチェンバー(小部屋)に兄王太子がやって来た。

「あちらはどうだ?」
「新たな発見で賑わっています。私も出掛けようかと」
「そうか。――ああ、翌早朝にはヴァルデック侯爵夫妻が海峡に向かうそうだ」
「左様ですか」
「見送らんのか」
「キアラだけなら見送りますが」
「アベルがおってはつまらんな」
「兄上、私は横恋慕しようとは考えておりません。キアラが彼を嫌がっているならいざ知らず。現状、夫妻の仲に亀裂は見受けられません」
「そのようだな」
「兄上、あまり無茶をされては侯爵だけでなく妃殿下から嫌われますよ」
「あれはいつの間にかキアラの味方だ」
「私もですよ。だから彼女の為に彼女を諦められるのです」
「やれやれ。行儀が良くなったものだ」
「波乱を望むのはおやめください」
「泥沼展開どころではないか――」

書類を並べたデスクで兄弟は額を突き合わせる。
エルマンは唸った。

「氷河には山岳信仰、ですか。では海洋には海神信仰でしょうか……」
「中東には古代神殿だったな。地元民は例の巫女をナディアと呼んでいたとか」

王太子の言葉に、エルマンの首が縦に振られた。

「キアラに取り付いていたアームの正体ですね」
「信仰のあるところに神秘の力ありだ」
「単なるオカルトも古代の魔法となれば脅威になり得ます」
「この世はすっかり科学の時代なのにな」

エナジー潤沢の時代に作られ、遺された魔法は天災と言える。現代科学でも太刀打ちは難しい。
新たな発見は、火種の可能性があった。
氷河の麓、山岳信仰の村には古い祠がある。祠には聖遺物とやらが収められていたそうだが、知らぬ間に紛失していたと言う。
現地のシャプレは「問題児だった登山者の仕業」と予想している。

「山のお宝をゲットする為の登山だったと考えます」

そうなると新たな疑問が生まれる。
エルマンは彼女にこう返信した。

「盗みを働いたとして、善良になった後で返却しなかった理由は?」

シャプレからの返信はこうだ。

「返却しようとしたのかも。数年後に返却しに行き、滑落死したとか?」

エルマンは兄と顔を見合わせた。
王太子は言った。

「この登山者はそもそも何者だ?」
「調べたところ裕福な商人の嫡男でした。平民ですが、数十年前の当時に氷河登山が可能なほどの教養と資金を有していた所謂ブルジョアです」
「なるほど。まあメイジでなくともこやつが魔力を有していたのは間違いない。さもなくば波長が出んからな。しかし返却までに数年かかったのは何故だ?」
「謎です」

遠近の三者は暫く熟慮の時間を過ごした。





感想 66

あなたにおすすめの小説

妃殿下、私の婚約者から手を引いてくれませんか?

ハートリオ
恋愛
茶髪茶目のポッチャリ令嬢ロサ。 イケメン達を翻弄するも無自覚。 ロサには人に言えない、言いたくない秘密があってイケメンどころではないのだ。 そんなロサ、長年の婚約者が婚約を解消しようとしているらしいと聞かされ… 剣、馬車、ドレスのヨーロッパ風異世界です。 御脱字、申し訳ございません。 1話が長めだと思われるかもしれませんが会話が多いので読みやすいのではないかと思います。 楽しんでいただけたら嬉しいです。 よろしくお願いいたします。 *本作品の無断転載・AI学習への利用を禁止します。

侯爵家の婚約者

やまだごんた
恋愛
侯爵家の嫡男カインは、自分を見向きもしない母に、なんとか認められようと努力を続ける。 7歳の誕生日を王宮で祝ってもらっていたが、自分以外の子供を可愛がる母の姿をみて、魔力を暴走させる。 その場の全員が死を覚悟したその時、1人の少女ジルダがカインの魔力を吸収して救ってくれた。 カインが魔力を暴走させないよう、王はカインとジルダを婚約させ、定期的な魔力吸収を命じる。 家族から冷たくされていたジルダに、カインは母から愛されない自分の寂しさを重ね、よき婚約者になろうと努力する。 だが、母が死に際に枕元にジルダを呼んだのを知り、ジルダもまた自分を裏切ったのだと絶望する。 17歳になった2人は、翌年の結婚を控えていたが、関係は歪なままだった。 そんな中、カインは仕事中に魔獣に攻撃され、死にかけていたところを救ってくれたイレリアという美しい少女と出会い、心を通わせていく。 全86話+番外編の予定

<完結>金貨5000枚で売られた王太子妃

ぜらちん黒糖
恋愛
​「愛している。必ず迎えに行くから待っていてくれ」 ​甘い言葉を信じて、隣国へ「人質」となった王太子妃イザベラ。 旅立ちの前の晩、二人は愛し合い、イザベラのお腹には新しい命が宿った。すぐに夫に知らせた イザベラだったが、夫から届いた返信は、信じられない内容だった。 「それは本当に私の子供なのか?」

お姉さまが家を出て行き、婚約者を譲られました

さこの
恋愛
姉は優しく美しい。姉の名前はアリシア私の名前はフェリシア 姉の婚約者は第三王子 お茶会をすると一緒に来てと言われる アリシアは何かとフェリシアと第三王子を二人にしたがる ある日姉が父に言った。 アリシアでもフェリシアでも婚約者がクリスタル伯爵家の娘ならどちらでも良いですよね? バカな事を言うなと怒る父、次の日に姉が家を、出た

さよなら、私の初恋の人

キムラましゅろう
恋愛
さよなら私のかわいい王子さま。 破天荒で常識外れで魔術バカの、私の優しくて愛しい王子さま。 出会いは10歳。 世話係に任命されたのも10歳。 それから5年間、リリシャは問題行動の多い末っ子王子ハロルドの世話を焼き続けてきた。 そんなリリシャにハロルドも信頼を寄せていて。 だけどいつまでも子供のままではいられない。 ハロルドの婚約者選定の話が上がり出し、リリシャは引き際を悟る。 いつもながらの完全ご都合主義。 作中「GGL」というBL要素のある本に触れる箇所があります。 直接的な描写はありませんが、地雷の方はご自衛をお願いいたします。 ※関連作品『懐妊したポンコツ妻は夫から自立したい』 誤字脱字の宝庫です。温かい目でお読み頂けますと幸いです。 小説家になろうさんでも時差投稿します。

この罰は永遠に

豆狸
恋愛
「オードリー、そなたはいつも私達を見ているが、一体なにが楽しいんだ?」 「クロード様の黄金色の髪が光を浴びて、キラキラ輝いているのを見るのが好きなのです」 「……ふうん」 その灰色の瞳には、いつもクロードが映っていた。 なろう様でも公開中です。

愛すべきマリア

志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。 学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。 家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。 早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。 頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。 その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。 体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。 しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。 他サイトでも掲載しています。 表紙は写真ACより転載しました。

三度目の嘘つき

豆狸
恋愛
「……本当に良かったのかい、エカテリナ。こんな嘘をついて……」 「……いいのよ。私に新しい相手が出来れば、周囲も殿下と男爵令嬢の仲を認めずにはいられなくなるわ」 なろう様でも公開中ですが、少し構成が違います。内容は同じです。