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04 現住所
ユーグが大臣の補佐官になって半月後。
遂にシャロンの居場所が判明した。
帝国の中心地にいる。帝都のセレブリティ宅で住み込みの家庭教師をしている。
その職をシャロンに紹介したのは、誰あろう王都学園の科学教師だった。
なにが「出来る事などありませんよ」だ。
――あの野郎!
学園を訪ねた際、教師はシャロンの就職先をユーグに黙っていた。
手下を学園に遣わして追及させると、教師はいけしゃあしゃあと「訊かれませんでしたし、貴方と彼女はもう他人ですし」とのたまった。やはりシャロンの事情を把握していたのだ。
「彼女から口止めされていた訳ではありませんけど、個人情報ですから」
教師の正論を忌々しく思うのはユーグだけではないだろう。しかし今回ばかりはユーグに分が無い。ぐうの音も出なかった。
ともあれシャロンの所在を突き止める事は出来た。
現時点では少なくとも元気で生きている。どうやら教師宛には手紙が届いているようで、礼と共に上手くやっていると綴られていたらしい。
安否確認が済んだユーグは、次なる行動に移ろうとして立ち止まった。
自分は一体どうするつもりでいたのか、と思い至った。
そうだ。タウンハウスに連れ戻す気でいた。
きっと困窮しているに違いないから、意地を張るのはやめてタウンハウスに戻れと言い聞かせようと思っていた。それから学校に戻って良いぞ、と。
「卒業まで面倒を見るし、ラクで安全で休みばっかりで高給取りの職を世話してやる。新しい婚約者だって見付けて――」
いや、最後のは言ったかどうか分からない。
いずれにせよ現状のシャロンはユーグの世話など一切必要としていない。
金持ちの家で家庭教師。シャロンの天職だろう。
つまりユーグの出る幕が無い。
手詰まりになったユーグは、暫く放心していた。
帝国、帝都。
通称、皇帝大通りには老舗の名店やホテル、貴族達の邸宅が並ぶ。
高級住宅の一つにシャロンの現住所があった。
シャロンは庭の芝生に敷いたラグに幼児と並び、仰向けで倒れている。
青空の中を指差して言った。
「今お空を横切った鳥さん、見えた?」
「うん。ロビン(コマドリ)だった」
「私より動体視力が良いわね、レオンは」
猫っ毛で癖っ毛の銀髪を撫でてやると、幼児は「うん」と短い首を上下させた。
シャロンは密かな笑みを挟んで、問いを続けた。
「ロビンさんは留鳥、渡り鳥、どっちかしら?」
「帝都では、留鳥。他のとこでは、ちょっと違うの」
「完璧ね、天才君」
また猫っ毛で癖っ毛の銀髪を撫でてやると、四歳児は手足をばたつかせて喜んだ。
素直に反応するようになってくれたものだ。
会った初日のレオンはシャロンにまるで無関心で、にべも無かった。
「とても人見知りをする子で……」とレオンの養父にして彫刻家のサディ氏が案じていた通りだった。
サディは、科学教師が帝国の芸術科学アカデミーに短期留学していた頃に出会った友人らしい。その縁でシャロンはこの家庭教師の職を得た。
教える対象である四歳のレオンは、叔父にあたるサディと彼の恋人と乳母にだけはギリギリ反応を示すものの、他の人間には心を開いていなかった。どうも事故死した両親という人達は、普通の子供とは少し違うレオンを持て余していたようで、その所為でレオンは人間不信に近い人見知りになりかけていた。
無視されていては学びも遊びも与えてあげられない。
シャロンは無理に距離を詰める事はせず、レオンをとくと観察する事から始めた。
そしてレオンが何に関心を示すのかを見極めていった。
共通の話題や共感が信頼関係を築くのは、相手が幼児でも大人でも同じだ。
庭に出たレオンをそっと追ったシャロンは、彼のここ最近で一番の関心事が現れるのを共に待った。
近所の飼い猫が塀を伝って庭に入ってきた。ふわふわの白い被毛に赤い首輪を巻いている。
レオンは、散歩中の猫を見詰めて固まった。どうしていいか分からない。動物と暮らした事がない人間の反応だった。
シャロンは颯爽と動いた。「こんにちは。可愛いわね」などと声をかけながら塀の上の猫に歩み寄り、逃げないと知るや人差し指をそうっと猫の前に出した。
ピンク色の可愛い鼻が、ふんふんと指先を嗅ぎ、シャロンを見た。
これはいけるかな、と思いつつシャロンは白猫に向かって伸ばした両手を、小さな脇の下にそろりと差し入れた。
大人しい猫で助かった。大人しく抱っこされてくれた。抱っこを嫌がる猫は多いからツイていた。
猫を抱いてシャロンはレオンのもとに向かった。
四歳児の方からたたっと駆け寄って来たので、しゃがみ込んで言った。
「撫でてあげて。そーっとね」
「そーっと」
そーっと小さい手を出してレオンは猫の背中を撫でた。
猫は無反応だったけれどレオンには大冒険だった。
「ぼく、猫に触った」
「猫さんも嬉しいって。ちゃんと仲良くなれたわね」
シャロンが微笑むと、レオンはその場で飛び跳ねて喜んだ。
直後に白猫が大きな欠伸をしてレオンを驚かせていた。
これ以来、レオンはシャロンを仲間認定してくれるようになった。
今日もラグに寝転んで通行鳥を眺めながら白猫が来るのを待っている。
不意に寝息が聞こえて、シャロンは「あら」と隣の顔を横目で見た。
待ちくたびれてしまったようだ。
白い頬をぷくぷくと膨らませた寝顔は天使以外の何でもない。
思わず頬を緩めたシャロンは、ラグから立ち上がると傍らのパラソルを開いて日影を作った。
実は少し、レオンにユーグを重ねて見ていた。
天才児の二人は似ていて、最初に出会った頃のユーグもまたシャロンに対して無関心だった。
でも彼の場合は人見知りより警戒心が強く、とても自信家で、現在の彼の人格がほぼ完成していたのでレオンのような子供らしさはなかった。他の孤児達と距離を置き、いつも一人で小難しい本を開いていた。
話す相手はシャロンの母だけ。彼曰く「レベルが合わずつまらない」から。
やがてシャロンが成長し、彼の話にどうにか追いつけるようになってくると、短い言葉を交わしてくれるようになった。
「一緒にピアノを弾きましょう」
「かったるいぜ」
「私が右手、ユーグは左手ね」
「……ふん」
よく二人で一つの曲を奏でた。ピアノ演奏に合わせて他の子供達が歌を歌い始めるから、自然と場に一体感が生まれていた。
「今度は逆ね。席代わって」
「……ふん」
「何の曲が良いかしら」
「これがいい」
「でもここ、私の指じゃ届かないわ」
「両手使えるだろ」
「あ、そっか。ユーグって頭が良いのね」
「……ふん」
今現在、大人になったユーグはどうしているだろうか。
帝都にはまだ彼と第二王女との婚約の報が流れてこない。お姫様とちゃんと仲良くしているのだろうか。まさかお姫様を相手に「ふん」なんて言っていないとは思うけれど。
高官としてバリバリ仕事をこなしているから忙しいのかもしれない。
凡そふた月ぶりにユーグの事を考える内に、シャロンもちょっと眠くなってきた。
四歳児と一緒になって眠りこけるわけにはいかない。メイドからコーヒーを貰って一人で白猫を待つ事にした。
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感想は一件づつ個別のお返事ができなくなっておりますが、有り難く拝読しております。
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