私の英雄

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05 思い出のよすが




王都、コルベール公爵のタウンハウス。

すっかり住人の気配が消えた二階の部屋で、ユーグはシーツを剥がしたベッドに腰掛けて物思いに耽っていた。
ピアノ演奏の幻聴がする。我ながら病んでいるのかと心配になる。

――俺はそれほどヤワじゃない。

十一歳にして王立海軍士官学校への入学が認められ、首席卒業したスーパーエリートなのだ。そこらの貴族軍人どもとは鍛え方も頭脳も戦闘力も違う。
ユーグの水色の瞳は、魔力使用時に金色に変化する。
「魔人覚醒」を経て、そうなった。
魔人は稀に現われる突然変異の超人だが、王族に多く出るとされている。王国内には三人、帝国内には十人もいる。

ユーグには古い王族の血が入っているのだろう。
故国は既に亡国ゆえに確認する術など無い。
遥か北方に位置する領土から脱出する際、まだ赤ん坊だったユーグを乗せた木造船は沈んだ。乳母がユーグを連れ、海面を漂う木製コンテナ内に逃れていなければ死んでいた。
尤も、救難信号をキャッチした王国籍の商船に救い出されたのはユーグだけ。発見したクルーによると、乳母はユーグを懐に抱え込む姿勢のまま死亡していた。太腿に深い裂傷があり失血死したとの事だった。

軍事クーデターが勃発し、故郷は自ら滅びた。
とんでもない破壊兵器が使用されたと推測されており、街も城も跡形もなく、小さな国とは言え首都を中心とした一帯はクレーターになっていると聞いた。
実際に目にした人間曰く「月面のよう」だそうだ。
それを聞いて、ユーグはほんの少しだけ自分のルーツに興味を持った。
いつか月面になった景色を見物しに行くかもしれない。だが滅んだ王家にはまるで興味が無い。

「――ユーグ、わたくしの王子様」

下の玄関から声が発し、ユーグは物思いを終え、顔を顰めた。
アンヌは度々、魔人たるユーグを王子と称する。滅亡した国に興味は無いからやめろと言っても「だって本当の事でしょう」と悪びれず笑う。

「王女であるわたくしに相応しい高貴な血統ですもの。誇りに思って」

だから、ユーグはその高貴な血統とやらに興味が無いと言っているのに、彼女には通じない。
嘆息と共にベッドから腰を浮かせたユーグは、ふと半分扉が開いたままになっているウォークインクローゼットに目をやった。所在なくハンガーにぶら下がっているドレスの列を見渡す。
一着、見当たらない。実用性ゼロのドレスをシャロンが持ち出したとは意外な気がする。思い出のよすが、という訳でもなかろう。

――売って小遣いにしたか。

別に文句も批判も無い。
シャロンに買い与えた物だから、シャロンの好きにして構わない。



帝都、皇帝大通り。
十二番地にある彫刻家サディのタウンハウスで、シャロンは首を傾げていた。
与えられた部屋のクローゼットからパールホワイトのドレスを出したところだ。
十六歳を迎える年に、デビュタントで着た。思い出のよすが、のつもりで持ち出してきた。王都に残していてはユーグに処分されてしまう。初めて貰ったドレスだから忍びなかった。

「でもさすがにこのままじゃ使えないわ……」

独り言つと、開きっぱなしの扉がノックされた。
振り返ったシャロンと目を合わせて、スラリとした美しい男性が笑んだ。

「それ、とってもお高そうな生地ね」
「ミラベルさん、お待ちしていました」

彼は女性の感性を持つ新鋭ドレスメーカーだ。レオンの叔父で養父であるサディのアーティスト仲間であり、恋人でもある。同居はしていない。
ミラベルと名乗り、ブランド名にしているけれど本名は不明。帝国ではごくありふれた男性の名前だと以前話していた。

急遽、お洒落なデイ・ドレスが入り用になった為、シャロンはデビュタントのドレスをリメイク出来ないものかと思い、相談役としてミラベルを呼んだ。

「今日はお忙しいところをわざわざお越し頂き、有難うございます」
「少しくらいお店を抜け出したって良いの。うちのデザインチームは優秀だから」

実際そうだろう。創業三年目にしてミラベルのブランドは先シーズン、遂に帝都の公式日程でランウェイデビューを果たした。
「さあて」と切り出したミラベルは、たっぷりとしたシルクのフレアスカートを摘まんで広げた。シルク生地の上にはレースが重ねられている。

「あらあら贅沢なこと。何百時間もかかってるわよコレ」
「ええ。そう聞いています」
「シルエットはクラシカルね。一歩間違えたら、おばあちゃんの形見よ」
「ええ。そう言われました」
「ハイネックにロング丈。ノースリーブでも脇まである超長いオペラグローブを合わせてたんならさぞかし皮膚呼吸が苦しかったでしょうね。このドレスをシャロンに贈ったのはお父様ではないって言ってたわよね?」
「ええ。贈り主は元婚約者です」
「誰にも見せたくない、っていう意思を感じるわ」
「ええ? それは初耳というか聊かショックですが、でも彼からみっともないと思われていた可能性は否定出来ません」
「あらごめんなさい。そういう意味で言ったんじゃないけれど、まあいいわ」
「え? ええ」

凡そ二年前に仕立てられたドレスを彼は矯めつ眇めつし「うん」と一つ頷いた。

「これだけゴージャスな生地があって、貴女の体型もそれほど変わっていないなら何とでも出来るわ」

生地は足りないと成す術が無い。今回は生地をたっぷりと使用したクラシカルなドレスだった事が幸いし、モダンでフレッシュなデザインに改造出来ると言う。

「私のチームに任せて頂戴。カッコいい服に作り変えてあげる」
「どうか格安リメイクでお願いします」
「あらやだ。貴女からお金なんて取らないわよ。だってレオンの登城に付き添う為のデイ・ドレスなんでしょう? つまり家庭教師の必要経費よ。サディからふんだくってやるわ」

シャロンは苦笑して「どうぞよろしくお願いします」と一礼した。





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