私の英雄

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06 二年前のボール




金曜日。
ツーピースのデイ・ドレスを纏い、ヘアメイクアップをきっちり施したシャロンは、四歳児の手を引いて金ぴかの車体に乗り込んだ。
皇室の送迎馬車は、ゲストを乗せて皇城に引き返していく。

今日、レオンは宮廷魔術師から診断を受ける。
魔人診断というもので、高位貴族の子供が幼少期に済ませる通過儀礼に等しい。
レオンの亡き母親は皇族の血を引いていた。レオンが魔人である確率はかなり高いと皇城側は踏んでいるようだ。

早く判明すれば早く教育出来る。
確かに何であれ、早い方が良い。

「でも人間、のんびり生きたいわよね」
「うん。のんびり生きたい……」

レオンは不安げな面持ちで、シャロンにピタリと体を寄せてシートに座っている。今日は膝丈のトラウザーズにモーニング風のコートを合わせた四歳児のお洒落コーディネイトが、もう天使を超える天使の姿なので、シャロンは頬の緩みを堪えるのに必死だ。
どうにかキリッと表情を引き締めて、天使もといレオンの小さい背中に片腕を回して抱き寄せた。

「すぐに終わるわよ。用が済んだら皇帝騎馬像の庭園に行って露店のアイスを食べましょう」
「うん。食べる」
「サディ叔父様が一緒に来てくれたら良かったのにね?」
「サディ、ずっとアトリエ」
「国際コンペが近いからね。応援しましょう」
「生きてる?」
「生きてますとも。……ちゃんとお風呂に入ってるかどうかはみんなが心配してるけど」
「サディ、きたな」
「こら。自分が言われて嫌な言葉は人様にも言っちゃダメなのよ」
「ミラベル、言ってた。サディ、きたなって」
「彼は特別。深ーい愛が籠ってるからサディ叔父様を傷付けないもの」
「ふうん」

馬車は皇城の正面玄関前に到着した。
ペンシルスカートの裾を気にしつつ、シャロンは慎重に下車する。特殊な生地は、人の手と機械とのハイブリッドにより生み出された。
元の形状は完全に失われてしまったもののデビュタントの思い出は消えていない。
凝ったレースの模様が、シャロンの脳裏に二年前のボールで聞いた声を蘇らせた。

「――やだちょっと、お義姉様」



ボール会場の扉の前で、デビュタント達は入場待ちをしていた。
シャロンが一人と見るや、父の再婚相手の連れ子である義妹が近付いてきた。
彼女は意地悪な猫みたいな笑みを浮かべた。

「そのドレスはヤバいんじゃない? おばあちゃんの形見?」

義妹の罵り声に、複数の笑い声が賛同した。
シャロン自身、デコルテに張り付くレース生地を「ちょっと皮膚呼吸が辛いな」と思っていた。
義妹とつるんでいるのは彼女と似た毛色の令息令嬢達で、礼儀もマナーも重んじない。学業もそこそこ。
特に下位貴族の令息達には、義妹の婚約者ポストを狙っている者が多くいた。

侯爵家の次期当主が義妹なのは周知の事実だった。適性云々でなく単に義妹の方が父に愛されていただけ。父とシャロンの母は政略結婚で愛などなかったから、シャロンは母とセットで父に毛嫌いされていた。
いつだか母は「お互い様よ」とぼやいていた。伴侶を嫌うのは夫だけの特権じゃない、という意味だったと後々シャロンは理解した。

義理の姉妹の不仲も学校中が知るところで、義妹への点数稼ぎなのか時折シャロンに絡んで来る者達がいた。
この時も軽薄そうな令息がシャロンを眺めて、笑みと共に告げた。

「君の事、お姉様よりおばあ様って呼んだ方が良い?」

一同はどっと笑い出した。
義妹は笑いながら言った。

「ねえあの人、コルベール公爵ってよっぽどお義姉様に関心が無いのね。そんな昔のドレス着せるって虐待じゃないの。そのうち捨てられちゃったり? でもだからって侯爵家に戻って来るのはナシよ? あの家はもう私の物だから。捨てられた暁にはどっか遠い農村で暮らして頂戴ね。お義姉様、自然科学好きでしょ。きっと農業で革命を起こせるわよ」

義妹の話を聞きながらシャロンは密かに「農村暮らしは良いな」と思っていた。
妄想の最中、後ろから肩を掴まれた。

軍服の登場で場は静まり返った。
遅れて到着したユーグはシャロンの隣に並び、冷めた水色の瞳で学生達を見回すと酷薄な笑みになった。

「ふん、雑魚どもが。俺の連れに何か用かよ」

言い返す者はいない。誰も彼より上の身分も能力も持たない。
押し黙る群れにユーグは白け、踵を返しながらシャロンを促した。

「行くぞ」
「ええ。ユーグ、忙しいのに来てくれて有難う」
「全くだ。お前、あんな雑魚どもに負けてるんじゃないぞ」
「負け、ていたのかしら……?」

立ち去る二人の背中に、義妹が負け惜しみのように言い放った。

「カビが生えたドレス!」

ユーグは首で義妹を振り返った。

「自分に贈られなかった事が相当ショックらしいな」
「な、ちが、要らないし――」

やけに狼狽える義妹にシャロンも、他の面々も首を傾げた。
前に向き戻り、ユーグは言い触らした。

「いくら強請っても無駄だぞ。この俺がお前に贈る物など一つも無い」

それでシャロンにも、実は以前から義妹がユーグにドレスや宝石を強請っていた事が察せられた。
赤っ恥の義妹は、気まずい空気の中で赤面し戦慄いていた。

この後も、彼女は学校でシャロンにしつこく絡んできた。ただ、周囲が義妹に追随する事は無くなり、それどころか令息達は義妹に「虐待されてる義姉なんてほっといてやれよ」というよく分からない窘め方をしていた。
それも、社交界デビュー後初となる夜会までの事だった。

ユーグに連れられてシャロンは王宮の夜会に出席した。
その際、彼はシャロンにデビュタントと一変し紅いドレスを着せた。
ペチコートで立体的にスカートを膨らませたドラマチックなシルエットは、帝都で二番目の歴史を持つ老舗が世に放ったモードの最前線だった。
ベアトップに合わせたハイジュエラーによるダイヤのチョーカーも、甘いフレアスカートに辛みを加えるエナメルのピンヒールもクラッチバッグも、全て直近のランウェイで発表された。
暗にユーグは「これくらい、やろうと思えばいつでもやれるんだよ」と周囲に告げていたのだ。シャロンを着飾らせる事で自分の財力と権力を知らしめた。

以後も、ユーグは夜会の度に老舗のコーディネイトに拘ってシャロンを着飾り続けた。シャロンには「体型を維持しろ」と言って週に三回、放課後のバレエレッスンを義務付けた。元々柔軟なシャロンにとっては気持ちのいい運動になった。

シャロンの学校生活は快適になった。虐待など無い、と思い知った義妹のグループは誰も近寄って来なくなったし、親友と呼べる人もいなかったから一人で静かに過ごす時間が増えた。
一人、近付いてきた人がいた。

「――ねえ貴女、素敵なドレスをお召しになってましたわね」

一つ上の先輩である第二王女アンヌの声に、庭のベンチで読書をしていたシャロンは顔を上げた。



案内に続いて皇城内部に足を進めつつシャロンは、スカート生地を大きく飾る白いクロッシェ(鉤針編み)・レースの薔薇を一瞥した。その土台は最早パールホワイトのシルクではなくマットな菫色に変化している。上下とも光沢のある白地ではカジュアルウェディングの花嫁になりかねない為、ドレスのスカート部分はレースと分離され、別ピースになった。今日は身に着けていない。
老舗のドレスもエレガントで素敵だったけれど、新鋭が手掛けたリメイクのデイ・ドレスも実用的でモダンだ。
手を繋いで歩く四歳児がシャロンを見上げた。

「シャロン、きれい」
「有難う。レオンも決まってるわよ」

四歳児がぴょいぴょい跳ねて歓ぶので、シャロンは笑って窘めて大変だった。





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