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22 大騒ぎ
レオンは、祖母とお別れをした。
裏隣の高級アパルトマンで一人暮らしをしていた「おばあちゃま」が体調を崩し、帝都から引っ越す事になったのだ。
「次の住所は帝国南沿岸部のサナトリウムです」と教えたのは孫息子だという男性で、近所付き合いのあったサディ一家に挨拶に来てくれた。
「僕んちで一緒に暮らそうって誘ったのにうちのおばあちゃん、帝都より高い北緯の田舎なんてイヤよって駄々こねて。それで南のリゾートに……」
北の都会人は誰しも南を目指す。西方大陸に南国リゾート熱を蔓延させたのは、鉄道網の発展だけではない。元より火種が燻っていた。
そんな訳で、駄々っ子でシティ派のおばあちゃまとはお別れとなった。
でも白猫モップは、レオンに託された。
おばあちゃまの行き先はリード付きなら飼い猫の持ち込み可らしいが、「そんなの可哀そうだわ」と当のおばあちゃまが言ったのだ。
「モップちゃんは自由な猫よ。自由な生活をさせてあげて」
ある日中庭にふらりと現れた小さい白猫に、彼女は名前と首輪を与えたけれど猫の暮らしを縛ってはいなかった。
だからレオンは、祖母の言い付けに従うつもりだ。
眷属みたいにしてしまったモップを縛る事はしない。
「ぼくらは戦友だ。上下はない」
「みゃー」
翳したレオンの掌に白猫のピンク色の肉球がふにっと押し当てられ、ハイタッチが決まった。
庭に出たレオンは、裏庭に目をやる。
新たな住人が引っ越し作業の指示を飛ばしていた。今度は若いカップルらしい。一等地の物件なので空いた傍から人が入って来る。
こちらに気付いた男女が「よろしくー」という風に手を振った。
手を振り返しながら、レオンは言った。
「猫に意地悪な人達じゃない。やったな、モップ」
「みゃー」
引っ越し風景を眺める一人と一匹の背中に、声が掛かった。
叔父のサディが、ミラベルと肩を並べてレオンのもとに歩み寄る。
「レオン、皇城から大物が来たぞ」
「うん。今行くよ」
「大丈夫か」
「勿論。サディとミラベルは知らんぷりしててね」
「……本当に大丈夫か? お前一人で抱え込むんじゃないぞ」
「その手の心配は無用だよ。疚しい事は何もない。モップもついてる」
「みゃー」
呑気な猫の鳴き声を聞いても叔父カップルは沈んだ顔になる。
サディは俯き加減に告げた。
「……お前の言葉を信じるしかない。俺らは、魔人じゃないからな」
レオンは微笑んだ。
「心配してくれてる人がいる、と理解しているから大丈夫なんだよ、ぼくは」
リビングルームのソファーに、皇太子ロウランと第三皇子エメが顔を揃えていた。
レオンへの気遣いなのかロウランの連れは第二皇子ではない。レオンと面識のある第三皇子を敢えて伴ったようだ。
――彼らに魔人覚醒の件は隠さないし、隠せまい。
二日前の晩、レオンはうっかり寝室を吹っ飛ばしてしまった。誤魔化せない。
モップの魔獣覚醒はまだ伏せておく。猫は逃走現場の目撃証人だから。
モップは、ユーグを行かせた。
レオンは何も命じていない。モップ自身の判断だった。
モップに見守られながら、川辺のユーグは魔神コネクトをした。戦闘と無関係の魔法を使うなど彼にとっては初の試みだったに違いない。
エラーの頻発を経て彼は一つの望みを叶え、シャロンを連れて行った。
今頃は帝国領海の外だろう。かといって帰国もしていない。
――ぼくは大人じゃないけど追う無粋はしないよ。シャロンの幸せの為だ。
二人が失踪した翌朝、帝都は大騒ぎから始まった。
運河周辺に散らかったチンピラの死体やら重体やらを次々と発見して、近隣住民がまず阿鼻叫喚して通報に走った。
騒ぎの隙に、レオンは王国側の面々をタウンハウスに呼び寄せた。
当然ながら王太子夫妻は死にそうな顔をしていた。魔人の護衛官が行方を晦ませ、帝国伯爵の婚約者も消えている。
彼らの妹である第二王女アンヌも行方不明とあっては、最悪の想像をするのも無理はなかった。
レオンは王太子夫妻に額を寄せ、切り出した。
「ぼくが思うに、若い二人は駆け落ちしただけでは?」
「え、――え?」
「誘拐されたシャロンをユーグが救出したのは、状況からして疑う余地はありません。賊どもの吹っ飛ばされ方は、ツイスター被害者とそっくりです。確実にユーグの魔法ですよ」
「そ、――え? 貴方は、現場を見て……」
「いえ聞いただけです、ご心配どうも。ともあれ、運河にロマンチックな舞台が出来上がったんです。二人の愛が再燃したって不思議じゃありません。色々な柵だの約束だのが面倒になって全部放り出した、って事なんじゃないですかね。だから誘拐から救われた後のシャロンの失踪は誘拐ではない」
「……そんな。しかし我が国の護衛官が無責任な事をしたのには変わりなく」
「ははは。心配ご無用、無責任はお互い様です。帝国側は賊にまんまと運河を利用されてます。街中で連中と王女が容易く接触出来たなんて、パトロールがザル過ぎる証ですよ」
「え、――え? 貴方は妹と賊の繋がりを知って」
「襲撃時に賊がぼくを子供と見て口を滑らせたので、ええ」
まあ嘘だが。本当の情報源はモップだが。
「王女はシャロンを誘拐させ、残酷な方法で始末しようとしたのですよね。ぼくも銃で撃たれかけたりと散々な目に遭いました」
「な、なんとお詫びを申し上げれば。いやお詫びのしようもない……」
「ははは。どこにも誰にもお詫びは結構です。言った通り、誘拐成立は帝国側のミスでもあるんです。帝都には各国の要人が集結していたんですよ。許されないですよね、こんな失態。逆に訴えたって良いんじゃないですか?」
「え、――ええ?」
「――ええ?」と前日の王太子と同じように今日、第三皇子エメも発した。
「レオン、お前は王国側に助言するようなマネを?」
「そうです。ぼくは、彼らに罪は無いと考えます」
「しかし、襲撃された事実があるだろう」
「この家が、ですね。けれどぼくも家の持ち主である叔父も、賠償しろとか慰謝料を寄越せとか王国側に訴える気はありません。となると帝国側の損害とは一体何なのでしょうか」
「え、――ええと」
「ははは。正解は何も無い、ですよ」
いいや、と皇太子ロウランが重々しく首を横に振った。
「帝国伯爵の婚約者が連れ去られている。由々しき事態だ」
レオンは首を傾げた。
「本人の意思でついて行った可能性は? だってあれほど利発なシャロンですよ。何故ユーグから逃れないのです」
「魔人に監禁されているのだろう」
「ユーグはそんな外道なんですか? ロウラン殿下は彼をぼくより知っている筈ですよね」
「オンとオフで使い分けているのだろう」
「私生活では監禁男をしている? サイコですね」
茶かす口振りのレオンに、ロウランは瞼を細めた。
「お前の人格の変わりようは驚くべきものだな。凄まじい成長ぶりだ」
「どうも。原始の覚醒による賜物です」
「だからこそ腑に落ちん。事態に何も手を打てなかったのか」
「所詮は賢いだけの四歳児です」
彼は納得していないようだった。
レオンの隣では白猫が大きな欠伸をしている。ただの猫ぶる芸は筋金入り。モップの小芝居を見てレオンは、演技派女優だな、と密かに感心した。
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