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23 ツイスターの餌食
三日後、王国第二王女アンヌが発見された。
潜伏していた彼女を帝国の部隊がやっとの思いで見つけ出した――のではない。
彼女は、屋根の上でずっと遺体となって横たわっていた。
運河から少し離れた位置にあるその農園の作業小屋は、使用頻度が低かった。
久しぶりに小屋に足を運んだ中年の農園主は、軒先から飛び出ている白い片腕に気付いて「えええー?」と飛び上がった。
「だれだれ? 空から降って来たの……?」
落ちて死んだのは間違いなかった。
ユーグの火炎の竜巻で吹っ飛んだ群れの中にアンヌもいたって事だ。海賊船の上からシャロンが死ぬのを見物していた。楽しい見世物の途中でユーグが殴り込んで来たから逃げようとしたものの間に合わず、ツイスターの餌食となった。
灯りの無い闇夜だったのでユーグは彼女の存在に気付かなかっただろう。気付いていても関係なかった。ともあれ彼は首謀者ごと賊どもを処分、一掃した。
報告を受けた際、レオンは笑みを堪えるのに必死だった。
因果応報が出来過ぎている。
王女の事も賊の事も憐れんでなどいない。それはそうだろう。四歳児に銃口を向けるような輩を誰が憐れむ。レオンでなくば一生トラウマになるところだ。
一つユーグにケチを付けるなら「簡単すぎやしないか?」だが、彼は急いでいたから仕方がない。それに計らずもレオンの仇を取ってくれたのだ。
ここは滑稽な死で良しとしよう。
ユーグとシャロンが失踪して一週間が経過した。
帝国陸軍は二人を、正確にはシャロンの行方を捜している。陸軍というのがポイントで、検問は陸路にだけ敷かれている。
海軍は動いていないし港でも特別変わった事は行われていない。公開捜査もしていない。失踪人が、成人した外国人女性だからだ。
当然、デュプレ伯ことクロードは「捜索がぬるい!」と皇城に抗議した。
対応に当たった皇太子ロウランは、彼に首を左右に振って見せた。
「連れ去りと疑う証拠は何も無い」
「彼女の自発的な失踪と仰るのですか! 彼女は私と婚約していたのですよ」
ハッキリ言って、それは何の説得力も持っていなかった。
結婚式前夜、或いは当日に失踪する花婿花嫁の話はそこら辺に転がっている。
ロウランは首を横に振り続けた。
「クロードよ、帝国は彼女の捜索を決してやめん。また、そなたが独自に配下を動かす事も禁じたりはせんよ。しかし皇城の見解は概ね、彼女自身の意思による失踪としておる。継続したとて益は無かろう。そもそも王国の家族からの捜索願いも出ておらん」
「馬鹿な、――婚約者の私が言っているのですよ!」
「そなたの事は気の毒に思っておる。そこで提案なのだが、そなたらの婚約を白紙にしてはどうだろうか。城で夜会を主催するゆえ新たな相手を見付けて欲しい」
クロードは目を吊り上げ、戦慄いた。
「私を愚弄しておられるのですか、ロウラン殿下」
「そんな筈がなかろう。王国の娘より帝国の伯爵の方が遥かに大事というだけだ」
「それが愚弄だと言っているのです」
忌々し気に言い捨てて陸軍の制服が踵を返した。
反転した軍靴が動き出す前に、声が振り返った。
「――もしや彼が、貴方と同じく海軍だからと捜査の手を緩めているのではありますまいな?」
ロウランは嘆息気味に繰り返した。
「そんな筈がなかろう」
結論付けたからに過ぎない。益が無い、と。
それにロウランはこうも考えている。ユーグは既に罰を受けている。財産も地位も失い、軍人としての人生は終わったも同然だ。
これまでの功績も鑑み、
――好きにさせてやればいいのさ。
城に潜入中の白猫を通じ、やり取りを盗み見ていたレオンは細い顎に手を当てた。
クロードに出来る事は少ない。彼は陸軍将官で海にツテが無い。
失礼ながら無視させてもらう。正直なところレオンは、彼がシャロンに似合いとは思っていなかった。直感でしかないが、並んだ二人の姿がしっくりこないと思っていたのだ。ロウランじゃないけれど、新たな出会いを見付けて欲しい。
今日まで逃避行を成功させているユーグの事は、もう心配していない。
近年ほぼ完成した世界地図によれば、海は陸より断然広い。広大な海原から一艘の船を探し出すテクノロジーは、今の世には無い。逃げる側には好都合だろう。
世界の南側はとにかく果てしない。思った以上に陸地が少なかった、と二百年ほど前の海洋探検家が言葉を残している。
だから船の逃亡者は、南を目指したに違いない。
王国、王宮。
柱廊の途中にあった王太子は、現行犯逮捕されたばかりの盗人が別棟に連行されていく姿を目にした。
兵士らに引っ立てられながら「放しなさいよ!」とがなっているのは、テリエ侯爵の次女でシャロンの義妹、ルイーズだ。
あの娘はなんと白昼堂々、現在家主が不在となっているコルベール公爵のタウンハウスに押し入ったらしい。
使用人が止めるのも聞かず二階に上がり、以前義姉が使用していた部屋のウォークインクローゼットを好き勝手に漁った。
盗人の言い分は「お義姉様は要らないみたいだから全部私が貰ってあげるわ」だそうだ。
「失踪したって言うし良いじゃない。立派な形見分けよ!」
勝手に殺すな。
内心に突っ込んだ使用人は速やかに無法を通報し、盗人はあえなく御用となった。
騒ぎを知った王太子は、公爵のタウンハウスに二十四時間の警備を置くよう命じた。また似たような輩が突撃して家を荒らされたのでは公爵に申し訳が無い。
王太子は、ユーグがシャロンと共に帰国する可能性を捨てきれないでいる。
今の王室は彼らに頭が上がらない。仮に見付けたとして何の罪に問える。
――彼らに罪は無い。
罪があるのは王室の方だ。
シャロンからユーグを奪い、ユーグからもシャロンを奪うところだった。
愚策に走った第二王女アンヌは死んだ。謝罪も贖罪も何もしないまま、問題を放置して勝手に無様にあの世にとんずらした。ユーグを責められない。海賊船に乗っていたアンヌが百パーセント悪い。何もかもアンヌの所為だ。
無論こんな馬鹿な話を公表は出来ない。双方口を噤む事で帝国とも決着し、先週事故死の診断が下された上で、王女は無言の帰国を果たした。
娘が眠る棺桶に縋って両親はむせび泣いた。
王太子夫妻は冷めた目でそれを眺めていた。
涙ながらに国王は、同行していた王太子一行を責め、子供のようにがなった。
「お前達は、可愛い妹を放って帝都で一体何をしておったのだ。そしてユーグはどこに消えおった。アンヌが死んでしまったのは全部あいつの怠慢が原因ではないのか。護衛として婚約者として失格であろう。見付け出して責任を取らせてやる。首を刎ねてくれる!」
王太子は冷めた目を細めた。
「国王陛下、父上。折り入って大事なお話があります」
「ああアンヌ、可哀そうなアンヌ」
「父上、お聞きください。まずアンヌは全く可哀そうではないのです」
「おお神よ、アンヌが何をしたというのですか」
「――聞けって」
聞く気の無い父親の背中が棺桶に被さり、泣きじゃくっている。
王太子妃が夫の肩を叩いて励ました。
王太子は妃に頷き、彼女と固く手を繋ぐと低く呟いた。
「……父は、玉座を去る時が来たようだ。情に厚いのがこの人の美徳であったが、肝心なところで気が小さく決断も遅かった。最早これまで。手遅れになる前に私とお前で王権を立て直すしかない」
王太子妃は夫の手を握り返し、頷いた。
「殿下と共に茨の道をゆきます」
「……苦労をかけてすまん」
「覚悟の上で嫁いで参りました」
王太子は俯いて「有難う」と声を絞り出した。
勾留から数日経ってもルイーズの迎えは無かった。
彼女を庇う者が無い。身勝手な彼女にポイされた元婚約者候補達が、真っ先に彼女に背を向けた。
ルイーズの父、テリエ侯爵は非常に忙しかった。事業が急速に傾き、没落が始まっていたのだ。
次女の保釈金が払えない。それどころか彼自身も詐欺紛いの取引に捜査が及んでいて捕まりそう。
「――くっそ、シャロンがいれば帝国伯爵に金をせびれたものを」
もうユーグでも誰でもいいから金を出して欲しかった。
部屋の外で妻がキーキーとヒスの声を上げている。
凡そ半月後。
テリエ侯爵は逮捕され、破産し、家は没した。
侯爵家没落のニュースは、すぐに埋没する。
急死した第二王女の国葬が中々行われない事に、国民達が「そう言えばいつ?」と疑問を抱き始めた頃、いきなり国王が退位した。
間髪を入れずに新たな王が即位する。
王国は急速にアップデートされ、祝宴ムードが疑問を掻き消していった。
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