私の英雄

C t R

文字の大きさ
25 / 50

25 恋人の時間




ランチ時、港のカフェやバルは人で賑わっていた。

行き付けのデリに入店したユーグは、名物のピンチョスを幾つかオーダーする。
支払い後、炭酸水のグラスと小皿を載せたトレイを持ってシャロンが待つテラス席に向かった。店舗のすぐ外には、海を臨むイートインスペースが併設されている。
メニュー名は立食想定のピンチョスながら、ユーグが知るサイズ感を遥かに超えた重量級のボディである。おかずをパンに固定しているピンが必死過ぎる。
初めてこれを目にした際、シャロンは「オープンサンド?」と感想を述べた。

小さな円いテーブルで向き合った異国の新婚夫婦は、額を寄せるようにしてオープンサンドとしか思えない巨大ピンチョスをそれぞれ頬張った。大ボリュームは一口で完食出来ない。
しかし海鮮の風味はさすがの一言。土台のバゲットは普通だ。残念な日もあるので今日はラッキーと言える。

今現在、ヴィクトリア島を含めた領地は某王国が支配している。嘗てアルマダ(無敵艦隊)で名を馳せた海洋国だ。それもあって西方大陸公用語が通じる。
総督はまあまあ良い奴らしく島民らの評判も悪くない。島は平和で、奴隷も強制労働も見当たらない。
ただ、シャロンは未だ名産プルポ(蛸)を口に入れられない。「悪魔の魚」という祖国で植え付けられた先入観が中々消えないのだ。ユーグは食える。

今も、ピンチョスの上にプルポが載っている。吸盤のある表面は紅く、身は白い。
平然とプルポの脚を食むユーグを眺めて、シャロンが呟いた。

「ユーグ、それ好きよね」
「甘い。美味いからお前も食ってみろよ」

言って、ユーグは小さな一切れをピンで刺し、シャロンの口元に差し出す。
シャロンはそろりと唇を開いて、白い脚を口に入れた。

「……う、ん。甘い、わね。それに柔らかい」
「死にたてだ」
「獲れたてって言って」

暫く頑張って咀嚼していた彼女は「ちょっとグミみたいで苦手」と言いながら手元の皿からチーズとトマトのピンチョスを取り、上書きしていた。
ユーグは、彼女の正直な感想を密かに喜んだ。
気を使って黙っていられるよりずっと良い。良い関係を築けている証だ。

「無理に食う事もない。夫婦でも全部同じである必要はないしな」
「そう言ってもらえると助かるわ」

笑みを浮かべた後、シャロンは首を傾げてユーグの顔を覗き込んだ。

「ねえユーグ、とっても優しくなったのね?」
「……かもな」
「結婚すると変わるって言うものね? 大抵は良くない意味で使われるけど」
「……俺の場合、結婚前が相当イヤな奴だったからな」
「私はイヤな奴とは思ってなかったわ。もうちょっとスキンシップがあればなって思ってたくらい」
「……そうか」

ユーグは、残りのピンチョスを口に放り込み、咀嚼と同時進行で紙ナプキンで手と口を拭い、レモン風味の炭酸水を呷る。
早食いを終え、シャロンの細い顎に指先を伸ばした。
きょとんと眼を丸めてシャロンはユーグを見返す。
テーブルに軽く身を乗り出したユーグは、素早くシャロンに口付けた。
シャロンは瞬き、白い頬を仄かに紅く染めると、鼻先のユーグに少々批判めいた目を向けた。

「……いくら南の島でも開放的になり過ぎよ」

ユーグは再び「かもな」と言いつつ、シャロンの唇の端に口付けを重ねた。今度はすぐには離れない。長い口付けに、シャロンはうっとりと瞼を下ろしてユーグを受け入れている。
今になって挽回しながら、ユーグはつくづく思った。
最初からずっと、こうしておけば良かった。



ヴィクトリア島までの道中、ユーグは四回ほど船を乗り捨ててきた。
船は沈没処分したので足は付かない。五隻中三隻は商船のふりをした海賊船だったから、遠慮なく乗っ取り遠慮なく始末した。船員ごと。
残りの二隻は普通にブローカーから買った。最後に購入した大型クルーザーに乗って南西を目指し、南方大陸沖に浮かぶ通称「離れ小島群」近海に到達した。
そして群島内で二番目の陸地面積を誇るこのヴィクトリア島を住み家に選んだ。

上陸して真っ先にした事は、教会での挙式だった。
気ままな船上ライフを送っていたある晩、記憶喪失中のシャロンがぽつりぽつりと疑問を零した。

「私達の結婚式って、どんなだった?」
「……教会で、地味にした。少人数の親しい連中だけ呼んでな。俺はもう海軍を追い出されていたから鬱陶しい高官どもも呼ばずに済んだ」

ユーグは著しい軍紀違反で辞職を余儀なくされた、事になっている。
事実上のクビについてシャロンは「やんちゃしたのね」と笑っただけだった。「これからは二人でゆっくり出来るわね」とも。ユーグの道連れで王都の学校を中退したと知っても不満一つなかった。
この時のシャロンも、慈悲深い笑みを浮かべていた。

「ユーグが尊敬してる軍人さん達は海の上で忙しくしてるでしょうし、どの道お式には呼べなかったんじゃない?」
「海の上、或いは海の底だな」
「きっとユーグの晴れ姿を見ててくれてたわよ」
「ホラーだな」
「天邪鬼ね」

二人は同じ寝室の同じベッドに横たわっていた。
船室特有の低めの天井を見詰めて、シャロンは小さく訊いた。

「……ねえ私、ちゃんと色々出来てた?」
「色々?」
「……誓いのキスとか、その後の色々」

ごにょごにょと言うシャロンに察し、ユーグは顔を向けた。

「お前は完璧で、だから俺達は完璧だった。が、――」

初夜はまだと告げておいた。実際そうだ。罪悪感があるとかシャロンに魅力が無いとかではない。まして彼女との子供が欲しくないワケでもない。

「俺達には全く以て恋人の時間がなかったから、存分に新婚生活を満喫すると決めたんだ」
「そう、なのね。うん、私なら言い出しそう」
「いや違う。俺の身勝手にお前が合わせてくれただけだ」
「でも私の意思だわ」

これには同意しかね、ユーグは口を噤んだ。
この時に決心した。どこの陸地に上がるにせよ、教会を目指すと。

島に着くや教会に予約を入れ、シャロンが密かに憧れていたというカジュアルウェディングを挙げた。彼女は白い膝丈のワンピースに、白いリボンを足に巻き付けて履く細いサンダルを合わせていた。バレエを思わせる衣装ながら生足が眩しく、古典と違って南国らしく、フレッシュだった。
神の光に満ちた空間でユーグは真実、シャロンと初めての口付けを交わした。

「お前に永遠の愛を誓う」
「あら、貴方は二度目なのになんだか大袈裟ね?」
「何度でも誓う」
「じゃあ私も誓います」

シャロンが笑い、ユーグもつられて頬を緩めた。
シャロンはまた「あら」と瞬いた。

「嬉しいわ。ユーグったらそんな風に幸せそうに笑えたのね」

それはユーグ自身も挙式するまで知らなかった。

今の二人は完璧で、幸せだ。





感想 40

あなたにおすすめの小説

彼は亡国の令嬢を愛せない

黒猫子猫
恋愛
セシリアの祖国が滅んだ。もはや妻としておく価値もないと、夫から離縁を言い渡されたセシリアは、五年ぶりに祖国の地を踏もうとしている。その先に待つのは、敵国による処刑だ。夫に愛されることも、子を産むことも、祖国で生きることもできなかったセシリアの願いはたった一つ。長年傍に仕えてくれていた人々を守る事だ。その願いは、一人の男の手によって叶えられた。 ただ、男が見返りに求めてきたものは、セシリアの想像をはるかに超えるものだった。 ※同一世界観の関連作がありますが、これのみで読めます。本シリーズ初の長編作品です。 ※ヒーローはスパダリ時々ポンコツです。口も悪いです。

ある日、私は事故で死んだ───はずなのに、目が覚めたら事故の日の朝なんですけど!?

ねーさん
恋愛
   アイリスは十六歳の誕生日の前の日に、姉ヴィクトリアと幼なじみジェイドと共に馬車で王宮に向かう途中、事故に遭い命を落とした───はずだったが、目覚めると何故か事故の日の朝に巻き戻っていた。  何度もその日を繰り返して、その度事故に遭って死んでしまうアイリス。  何度目の「今日」かもわからなくなった頃、目が覚めると、そこにはヴィクトリアの婚約者で第三王子ウォルターがいた。  「明日」が来たんだわ。私、十六歳になれたんだ…

もう何も信じられない

ミカン♬
恋愛
ウェンディは同じ学年の恋人がいる。彼は伯爵令息のエドアルト。1年生の時に学園の図書室で出会って二人は友達になり、仲を育んで恋人に発展し今は卒業後の婚約を待っていた。 ウェンディは平民なのでエドアルトの家からは反対されていたが、卒業して互いに気持ちが変わらなければ婚約を認めると約束されたのだ。 その彼が他の令嬢に恋をしてしまったようだ。彼女はソーニア様。ウェンディよりも遥かに可憐で天使のような男爵令嬢。 「すまないけど、今だけ自由にさせてくれないか」 あんなに愛を囁いてくれたのに、もう彼の全てが信じられなくなった。

笑い方を忘れた令嬢

Blue
恋愛
 お母様が天国へと旅立ってから10年の月日が流れた。大好きなお父様と二人で過ごす日々に突然終止符が打たれる。突然やって来た新しい家族。病で倒れてしまったお父様。私を嫌な目つきで見てくる伯父様。どうしたらいいの?誰か、助けて。

【完結】あなたに抱きしめられたくてー。

彩華(あやはな)
恋愛
細い指が私の首を絞めた。泣く母の顔に、私は自分が生まれてきたことを後悔したー。 そして、母の言われるままに言われ孤児院にお世話になることになる。 やがて学園にいくことになるが、王子殿下にからまれるようになり・・・。 大きな秘密を抱えた私は、彼から逃げるのだった。 同時に母の事実も知ることになってゆく・・・。    *ヤバめの男あり。ヒーローの出現は遅め。  もやもや(いつもながら・・・)、ポロポロありになると思います。初めから重めです。

さよなら、私の初恋の人

キムラましゅろう
恋愛
さよなら私のかわいい王子さま。 破天荒で常識外れで魔術バカの、私の優しくて愛しい王子さま。 出会いは10歳。 世話係に任命されたのも10歳。 それから5年間、リリシャは問題行動の多い末っ子王子ハロルドの世話を焼き続けてきた。 そんなリリシャにハロルドも信頼を寄せていて。 だけどいつまでも子供のままではいられない。 ハロルドの婚約者選定の話が上がり出し、リリシャは引き際を悟る。 いつもながらの完全ご都合主義。 作中「GGL」というBL要素のある本に触れる箇所があります。 直接的な描写はありませんが、地雷の方はご自衛をお願いいたします。 ※関連作品『懐妊したポンコツ妻は夫から自立したい』 誤字脱字の宝庫です。温かい目でお読み頂けますと幸いです。 小説家になろうさんでも時差投稿します。

英雄の可愛い幼馴染は、彼の真っ黒な本性を知らない

百門一新
恋愛
男の子の恰好で走り回る元気な平民の少女、ティーゼには、見目麗しい完璧な幼馴染がいる。彼は幼少の頃、ティーゼが女の子だと知らず、怪我をしてしまった事で責任を感じている優しすぎる少し年上の幼馴染だ――と、ティーゼ自身はずっと思っていた。 幼馴染が半魔族の王を倒して、英雄として戻って来た。彼が旅に出て戻って来た目的も知らぬまま、ティーゼは心配症な幼馴染離れをしようと考えていたのだが、……ついでとばかりに引き受けた仕事の先で、彼女は、恋に悩む優しい魔王と、ちっとも優しくないその宰相に巻き込まれました。 ※「小説家になろう」「ベリーズカフェ」「ノベマ!」「カクヨム」にも掲載しています。

【完結】彼を幸せにする十の方法

玉響なつめ
恋愛
貴族令嬢のフィリアには婚約者がいる。 フィリアが望んで結ばれた婚約、その相手であるキリアンはいつだって冷静だ。 婚約者としての義務は果たしてくれるし常に彼女を尊重してくれる。 しかし、フィリアが望まなければキリアンは動かない。 婚約したのだからいつかは心を開いてくれて、距離も縮まる――そう信じていたフィリアの心は、とある夜会での事件でぽっきり折れてしまった。 婚約を解消することは難しいが、少なくともこれ以上迷惑をかけずに夫婦としてどうあるべきか……フィリアは悩みながらも、キリアンが一番幸せになれる方法を探すために行動を起こすのだった。 ※小説家になろう・カクヨムにも掲載しています。