30 / 50
30 大事なお姫様
帝都、皇帝大通り、十二番地。
レオンは、白魔獣モップと並んでテラスの床板に座り込んでいた。
「――王国海軍の動きは早かったね。出遅れた陸路のぼくらは完敗だよ。しかしまさかデュプレ伯が新国王に直談判するとは。正直、彼がそこまでするなんて思わなかった。彼を読み切れていなかった。所詮ぼくは賢いだけの四歳児だ。人心への理解が足りていない。執念深い男の行動心理とか、特にね」
「みゃー」
「感心もしているんだよ、彼に。国王を相手にせっつける程デュプレ伯はシャロンを深く愛している。素晴らしい事だ。ただ、今のシャロンにとって彼がプロデュースした愛の救出劇は有難迷惑以外の何でもない」
「みゃー」
「どっちに転んでもシャロンには悲劇だ。思い出しても思い出せなくても板挟みになる。彼の事を放置していたかったけれどこうなってはね。なんとかしないと。ぼくらにも逃亡を見逃がした責任がある」
「みゃー」
同意した白猫の顔が、ついと青空を背にする皇城を向く。まだ冬仕様のモコモコボディがひんやりとした風を受けてぶわわと揺れた。
レオンも猫の目線を追う。
城の地下には秘密裡に帝国入りした魔人が魔力を封じられ、幽閉されている。
「ユーグは、ちゃんと生きてるかな?」
「みゃー?」
「会いに行こう。彼を連れ戻したのも、ぼくらだ」
「みゃー」
南方大陸に展開していたレオンサイドの帝国陸軍、通称「未来の公爵チーム」はモップの追跡魔法によってユーグの所在を特定した。
王国海軍側は、モップと似た機能の魔法を行う魔獣を擁していた。友好国からレンタルしたという探知犬だ。人捜しに関してはモップ以上の能力で、持ち物から所有者の魔力を追跡出来てしまう。だから早々にユーグの魔力を封じる必要があった。
モップは直接会った人や動物しか追えない。しかも陸上限定なので、ユーグが度々南方大陸に上陸してなければアウトだった。その点犬は、洋上でも探査可能で泳ぎも達者だ。
水嫌いのモップは、あらゆる面で犬に完敗したのだ。仔猫の頃に水溜まりで溺れたし……。
「みゃー!」
まだ負けてない! と猫が気を吐く。
そうだね、とレオンは頷いた。
「まだ負けじゃない。挽回する。――死んでる場合じゃないよ、ユーグ」
レオンと猫は同時にすっくと立ち上がった。
現状、正義はクロードにある。
シャロンの正式な婚約者で、帝国陸軍の高官で伯爵だ。新国王はクロードの依頼に応じるしかなかった。「誘拐犯を捜し出して銃殺しろ!」と要求されなかっただけマシだったろう。彼はユーグを買っていたし、本心では英雄の帰国を待っていた。王国海軍が皆そうだったように。
クロードの目的はあくまでも婚約者の奪還だった。ユーグの事は二の次であり、どうでも良かった。
そのクロードサイドは、ユーグが帝国入りを果たしている事は知らない。
南方で拘束され、今はどこぞの悪路を護送中と思わせている。しかし小細工の甲斐は無く「どうなった?」という問い合わせは陸海どちらの軍にも来ていない。
クロードはシャロンを取り戻した。ユーグなど最早関心外だ。
彼はユーグを捨て置き、粛々と領地の警備を固めて大事なお姫様を守るのに注力している。
それしか出来なくなったとも言える。シャロンを手中に収めた事で、クロードはユーグの捜索と抹殺を声高に訴える資格を失った。これはレオンの狙い通り。
当のシャロンが沈黙しているのだ。誘拐犯を誘拐犯たらしめる権利を持つのは被害者である彼女だけ。記憶がない以上シャロンは絶対にユーグを庇うし訴えない。
とはいえ、このままではユーグに勝ち目が無くなる。シャロンを取り戻せない。
勝機を見出すには力が要る。結局この世は力こそ全てだ。
「でもユーグはアレスからごっそり没収されちゃってるからね」
本来の魔力はもう無い。水溜まりで溺れた白猫と同じく。猫と違うのはグレードダウンながら未だ魔神コネクトが可能って点だ。レオン程でなくても彼もかなりの魔力量を持っていたようだ。
グレードダウンした魔神が何かは知らないが、ユーグの代名詞である火炎の竜巻は出せまい。小規模なら可能、とはいかない。それほど単純ではない。
火炎と竜巻は本来別々の現象だ。ユーグはクリエイティブな発想でそれらをコラボさせ、自然界では起こり得ないものを生み出した。
火炎だけ、竜巻だけなら現行の魔神でも起こせよう。しかし合体技は無理。魔神のグレードが下がるほど、クリエイティブな発想を処理出来なくなる。
ユーグは、嘗ての軍神を取り戻す必要がある。
レオンは微笑んだ。
「ぼくって、中々の高利貸しだよね」
「みゃー」
白猫の首が上下した。
人間相手にもレオンの魔力は与えられる。輸血より簡単だ。
魔神界のプレミアムハイエンドこと最高神ゼウスがレオンに応えてくれる。
丁度レオンと入れ替わりで、ミラベルは恋人の邸宅を訪れた。
「ねえ、シャロンは無事なのよね。大丈夫なのよね?」
リビングルームのソファーで向かい合うサディが、紅茶のカップを片手で呷る。
かちりとカップとソーサーを合わせ、項垂れた。
「デュプレ伯が保護してるんなら大丈夫だろ」
「それはそれで心配だわ」
じれったく言い、ミラベルは声を潜めた。
「シャロン、まだ記憶喪失なのよね?」
「レオンはそう言っている」
「魔法でパパッと治せないのかしら。消せたんなら戻せるんじゃないの。んもう、レオンったら肝心な事を教えてくれないまま出掛けちゃうんだもの」
「例の魔人に会いに城に行ったとあっちゃ、俺らはついて行けんな」
「どんな奴か見てやりたいわ。シャロンを捨てておいて今度は記憶消して連れ去る男なんて――クソじゃないのよ」
「クソはよせよ。シャロンの大事な奴でもあるんだ」
「それは、あの子に記憶がないからでしょ」
サディはのろりと顔を上げた。
「催眠術ってのはかけられるんじゃなく、自分からかかるって言うだろ」
「急に何よ」
「魔人の望みはシャロンの望みでもあった。だから魔法は上手くいったんだと俺は思う」
「逃避行がシャロンの望み? 真面目なあの子はそんな事考えないでしょ」
「あの子が無自覚に……いや、外野がいくら頭を捻ったところで無駄な事だ」
またカップを呷る。
「とにかく、俺らは黙ってればいいんだよ」
「サディはアトリエにでも籠ってれば済むでしょうけど、こちとら客商売よ。シャロンが宣伝してくれたお陰で城のお偉いさんも夫人同伴で来るようになったし、隠し事があるとやり難いったらないのよ」
「ドレスとヒールの話だけしてりゃいいんだよ」
互いの嘆息が重なった。
少しの沈黙を経て、ミラベルは天井に向かって呟いた。
「シャロンを帝都に呼んじゃダメかしら。記憶喚起ってやつよ」
サディはごつい両腕を組んだ。
「デュプレ伯の許しは得られんと思う」
「なんでよ。彼だってシャロンの記憶喪失を治したい筈でしょ?」
「そもそもシャロンの身柄をこっちに寄越さない時点で、デュプレ伯は俺らの協力を必要としていない。何か察していて味方と思ってないのかもな」
「軍人に睨まれるとか恐いわ。じゃあこっちからデュプレに行くのはどう?」
「それならギリいけるかもしれん。ダメ元で手紙を書いてみるか」
「うんうん」
数日後、ダメ元で書いた手紙に対してクロードから「ノー」と返答があった。
「今はシャロンを静かに過ごさせてあげたい」との事だった。
サディとミラベルは消沈した。
あなたにおすすめの小説
心の中にあなたはいない
ゆーぞー
恋愛
姉アリーのスペアとして誕生したアニー。姉に成り代われるようにと育てられるが、アリーは何もせずアニーに全て押し付けていた。アニーの功績は全てアリーの功績とされ、周囲の人間からアニーは役立たずと思われている。そんな中アリーは事故で亡くなり、アニーも命を落とす。しかしアニーは過去に戻ったため、家から逃げ出し別の人間として生きていくことを決意する。
一方アリーとアニーの死後に真実を知ったアリーの夫ブライアンも過去に戻りアニーに接触しようとするが・・・。
私の願いは貴方の幸せです
mahiro
恋愛
「君、すごくいいね」
滅多に私のことを褒めることがないその人が初めて会った女の子を褒めている姿に、彼の興味が私から彼女に移ったのだと感じた。
私は2人の邪魔にならないよう出来るだけ早く去ることにしたのだが。
この罰は永遠に
豆狸
恋愛
「オードリー、そなたはいつも私達を見ているが、一体なにが楽しいんだ?」
「クロード様の黄金色の髪が光を浴びて、キラキラ輝いているのを見るのが好きなのです」
「……ふうん」
その灰色の瞳には、いつもクロードが映っていた。
なろう様でも公開中です。
これ以上私の心をかき乱さないで下さい
Karamimi
恋愛
伯爵令嬢のユーリは、幼馴染のアレックスの事が、子供の頃から大好きだった。アレックスに振り向いてもらえるよう、日々努力を重ねているが、中々うまく行かない。
そんな中、アレックスが伯爵令嬢のセレナと、楽しそうにお茶をしている姿を目撃したユーリ。既に5度も婚約の申し込みを断られているユーリは、もう一度真剣にアレックスに気持ちを伝え、断られたら諦めよう。
そう決意し、アレックスに気持ちを伝えるが、いつも通りはぐらかされてしまった。それでも諦めきれないユーリは、アレックスに詰め寄るが
“君を令嬢として受け入れられない、この気持ちは一生変わらない”
そうはっきりと言われてしまう。アレックスの本心を聞き、酷く傷ついたユーリは、半期休みを利用し、兄夫婦が暮らす領地に向かう事にしたのだが。
そこでユーリを待っていたのは…
私の手からこぼれ落ちるもの
アズやっこ
恋愛
5歳の時、お父様が亡くなった。
優しくて私やお母様を愛してくれたお父様。私達は仲の良い家族だった。
でもそれは偽りだった。
お父様の書斎にあった手記を見た時、お父様の優しさも愛も、それはただの罪滅ぼしだった。
お父様が亡くなり侯爵家は叔父様に奪われた。侯爵家を追い出されたお母様は心を病んだ。
心を病んだお母様を助けたのは私ではなかった。
私の手からこぼれていくもの、そして最後は私もこぼれていく。
こぼれた私を救ってくれる人はいるのかしら…
❈ 作者独自の世界観です。
❈ 作者独自の設定です。
❈ ざまぁはありません。
忙しい男
菅井群青
恋愛
付き合っていた彼氏に別れを告げた。忙しいという彼を信じていたけれど、私から別れを告げる前に……きっと私は半分捨てられていたんだ。
「私のことなんてもうなんとも思ってないくせに」
「お前は一体俺の何を見て言ってる──お前は、俺を知らな過ぎる」
すれ違う想いはどうしてこうも上手くいかないのか。いつだって思うことはただ一つ、愛おしいという気持ちだ。
※ハッピーエンドです
かなりやきもきさせてしまうと思います。
どうか温かい目でみてやってくださいね。
※本編完結しました(2019/07/15)
スピンオフ &番外編
【泣く背中】 菊田夫妻のストーリーを追加しました(2019/08/19)
改稿 (2020/01/01)
本編のみカクヨムさんでも公開しました。