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07 ドラゴンはドラゴン

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翌朝も香り高いコーヒーの匂いから始まった。
陽気と見て、ルネは塔の全窓を開放した。心地よい春風が室内に流れ込み、コーヒーの香りと解け合う。
ピションのお陰ですっかりミニキッチンが充実しているので、今日からいよいよ料理をしてみようと思う。
「まずはマルシェで買い出し……」と独り言た声に微かな物音が重なる。
――コンコン。規則正しいノックのように聞こえ、ルネは動きを止めた。
三階の部屋を見回して異常がない事を確認する。

「空耳?」

また、コンコン。
ルネはハッと目線を上げた。鉛筆の先端部分にあたる最上階は、天井が三角屋根の傾斜を残しており、太い梁からシャンデリアが吊り下げられている。
傾斜をくり抜いた天窓を開け放ったところだった。
窓傍の梁の上に来訪者がいた。
ドラゴンだ。ボディが白い。
細長い首を伸ばして、円らな瞳でじいっとルネを見下ろしている。窓を開けたから入って来たのだろうか。小首を傾げる様は「入っていい?」と訊ねているようで愛嬌がある。
ルネは紅潮して、揃えた手で床を示した。

「あ、どうぞ」

警戒には及ばない。襲撃する気なら礼儀正しく「コンコン」とかしない。
白いドラゴンはぴょいっと梁で跳ね、ととんっと床に下り立った。
大型犬ほどのサイズを認めて、ルネは目を丸めた。

「思ったより、大きい……」

ドラゴンは、小型犬サイズだと思い込んでいた。大聖堂の宗教画ではその程度で描かれているから、ルネと教区を同じくする人々はドラゴンを火を噴く凶暴な小動物だと認識している。
因みに絵本や舞台で見かける、家ほどもある超大型サイズのドラゴンはダイナソーが元ネタとなっている。
ドラゴン城の庭園やマルシェの彫像も巨大だけれど、あれは制作者による意図的なデフォルメだろう。
いずれのサイズもフィクションだ。

――本当のサイズは、本物を見なければ知りようがない。

宗教画家も絵本作家もドラゴン生息地の出身じゃない。
古より大公家はドラゴンと共に戦い、ドラゴン・プラズマを使っていた。この世でたった一つの、人体から発せられる魔法だ。
ルネはラグに両膝を突いて、ドラゴンと目線の高さを合わせた。
大きなパワーを秘めた不思議な生き物が現存している。ライターの血が騒ぐ。この小さな巨砲に俄然興味が湧いた。

「あなた方は、どこから来たんですか?」

ドラゴンは黒い眼を瞬かせて小首を傾げた。その拍子に背に畳んだ二枚の翼とトカゲっぽい尾が上下する。連動する動きが、鳥類学者を取材した際に見たエーグル(鷲)に似ていた。
ルネは感心した。大人しい。全然凶暴じゃないし、可愛い。



朝食が用意された一階の応接間に下りると、軍人兄妹が揃ってぎょっとした。
三階からここまで、ドラゴンはルネにくっ付いてきた。
辺境伯領の民は、信仰の対象としてドラゴンを崇めている。神の使いなのだ。
食卓の傍で固まっている兄妹に、ルネは「天窓からお入りになったようで……」と説明を入れつつ空いた椅子を引いた。
背凭れを軽く叩いて促してみる。ドラゴンはぴょいっと椅子に飛び乗った。
お利口だ。感心して隣に座ったルネは、コーヒーを一口飲んだ。
ドラゴンはルネの横顔をじいっと見詰め、置かれたカップをじいっと追う。
またじいっと戻って来た視線にルネは察して、ソーサーごとカップをドラゴンの前に差し出した。

「飲みかけですが、どうぞ」

ドラゴンは長い鼻先をカップに突っ込んで、ふんふんと嗅いだ。
中々飲まない。ただ嗅いで、どことなくうっとりしている。
ルネは再び察した。急に現れた理由はこれだ。

「コーヒーの匂いにつられたんですね」

納得するルネをよそに、軍人兄妹はまだ固まっていた。



辺境伯領に来た初日、ルネはエレーヌからこんな説明を受けた。

「もし神使様を見かけても構ってはいけません。歩行や飛行を遮るのは以ての外です。厳しく罰せられますし、お怒りになった神使様が火を噴くでしょう。こんがり焼かれて死んでも文句は言えないと心得てください」

ドラゴンの自由を奪ってはならない事はよく分かった。
領内の法と信仰を尊重する一方で納得出来ない部分もあった。

「構うのは構わないのでは?」

ややこしい訊き方になった。
恐る恐る朝食を口にしている兄妹の、兄の方がルネに答えた。

「我らにも、線引きがよく分からんのです。領民とて神使様への振舞いに慣れている訳ではありません。貴人同様、滅多にお目にかかれない高位の存在ですから」

兄に頷き、妹が続けた。

「家や学校や教会で、構って遮ってはならないと教わるだけで知らないも同然なんです。犬や馬みたいに馴染みのある動物とは違います」
「エレーヌ、口を慎め。神使様はペットでも家畜でもないんだぞ」
「そうですけど。畏怖の念はありますよ、そりゃ。訓練期間中に閣下の強烈なドラゴン・プラズマを見ましたしね。――閣下の魔法は凄いんですよ、ルネ様。ドラゴンの形をした雷が掌からバーンッて出て来ます」

想像以上に「魔法」だなとルネは思った。
長話の最中、ドラゴンは長い舌を出してコーヒーを舐め始めた。やっと飲んだ。



ルール上、ドラゴンに構うのはNGとされている。
でも懐いているのに追い払うのは違うだろう。虐待にあたる。
床に座り込んだドラゴンは、椅子に座るルネの左の膝下に顔と首を寄せている。と言うより寄りかかっていて「押されている」感をルネに齎す。
大型犬みたく膝に載せて座れそうだけれど、爪が危険過ぎる。

「確実にスカートの生地がズタズタになりますね」

ルネはドラゴンの鼻先を掌で触れてみた。
円らな瞳が閉じる。柔らかさと温もりに安堵するのは人も動物も同じだ。

「ドラゴンは動物ではないんでしたっけ」

キメラとも呼ばれない。ドラゴンはドラゴンだ。
分からない事が多い。不本意ながら、ルネは領主への面会を願い出る事にした。
ドラゴンよりアランの方が恐い。





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