仕事が出来れば、場所はどこでも

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柱廊を渡っていたアランは、ふと足を止めた。
コーヒーの香りがする。

――塔の連中ですか。

少し前にシェフから「買った豆を淹れている」と言う報告があった。

「でもあの、キッチンの隅で作業するくらいは、構わんですよね?」

キッチンのメンバーは判断に困っているようだった。
アランは「貴方方の邪魔にならないなら放っておきなさい」と言っておいた。
初老のシェフは明らかにホッとしていた。塔の連中を憐れだと思っていたのだろう。初日に振る舞ったメニューがあれでは無理もない。

――私の追い出し作戦は失敗した。

城外に追いやり、囚人メニューで歓迎してやったと言うのに、未だルネは塔に住み続けている。札束を抱えて国外逃亡しなかった。
行動力が皆無なのかと思いきやそうでもなく、科学者ピションと打ち解け、挙句には潤沢な逃亡資金に物を言わせて塔の設備を充実させている。
メソメソ泣いていない。静かに、快適に暮らしている。

――生意気な。

のらドラゴンが目覚めた事で、事態は複雑化した。
城の中に「彼女、公爵夫人としてふさわしいのでは」という意見が出始めている。
古参どもは余所者を嫌う。王家から近い王都の連中を毛嫌いしている。

「連中は我らを馬鹿にしているが、我らこそが連中を馬鹿にしているのだ」

どっちもどっちだ。
アランは、別にどうでもいい。中央や地方の連中にどう思われていても構わない。王都ごとき大した事はないし、世界はどこも大差ない。田舎でも都会でも同じだ。比べる意味が分からない。

――興味がない。

ルネの事も目に付くが、それだけだ。
追い出しが叶わないならば、マリアージュ・ブランを目指す――。

「――我が王よ、よろしいか」

脳細胞に声が発し、アランは意識を向けた。
見えない位置にいる「城ドラゴン」の一体に、脳内で返す。

「ノワールですか。何です」

黒いボディをしてる一体は古くからその名で呼ばれている。
ドラゴンにはカラーバリエーションがある。何代か前の当主がカラフルなドラゴン軍を「カラーパレット」と呼び始め、定着した。
つい最近、アランは生まれて初めて白い個体を見た。
ノワールの話題はその「白」に関連していた。

「白いのがコーヒー自慢を発信してくる」
「それが何です」
「我もコーヒーが欲しい」
「そうですか。勝手にどうぞ」
「ドラゴンの前足で淹れろと?」
「知りませんよ」
「どうも有難う」
「誰も淹れるとは言ってませんよ」
「どうも有難う」
「しつこいですね……」

アランは嘆息し、言った。

「ならばお前も塔に行けば良いのではないですか」
「良いのか。我が王は、あのちびっこい娘を追い出したいのだろう」
「……そうです」
「コーヒーとか貰ったら、多分我は仲良くなってしまう」
「……お前達は簡単なんですね」
「あの娘が新たな切り口を見出してくれた」
「……何の話です。お前はただコーヒーが欲しいだけでしょう」
「我ら自身も知らなかった事をあの娘は発見した。パイオニアだ」
「……のらの第一発見者というだけの事でしょう」
「過去にも第一発見者の当主やその家族はいた」
「……古い家ですからね。だからお前達は我が家に仕えている」

古い血でドラゴンを配下に置いている。
共に古い一族であり、長い付き合いだ。
ノワールが告げた。

「コーヒーを貰って来る」
「結局お前は何を……、いえ。勝手に行ってらっしゃい」

アランが手で払う仕草をすると、濃紺色の屋根から黒い一体が飛び立った。
行けと言っておきながら、アランは何かが気に入らない。何かは分からない。



「娘、我はコーヒーを所望する」
「黒い方が来ましたね」
「コーヒーが欲しい」
「迷子、ではないですよね」
「ホットなコーヒーをおくれ」
「玄関で立ち話もなんですし、中へどうぞ」

ノワールのコーヒーコールに、ルネが気付く筈もなかった。
衛兵室の軍人兄妹が黒いドラゴンを直立不動で出迎え、ルネに「こちらはノワール様と仰る古い神使様です」と耳打ちしている。
「大御所なんですね」と感心するルネに、ノワールは心持ち胸を張って見せた。
そこへ、白いドラゴンが顔を出した。二回りほどノワールより体が小さい。

「モンブランだよ」
「自慢がてら自己紹介をするのはやめたまえ、若造」
「モンブラン良いでしょ、モンブラン」
「何回も言いなさんな」

確かに単なる色名でない名は珍しい。アランならばブランと名付けたに違いない。
白山は面白い。同じ名前の山がある。若造にはぜひ「モンブランよ、モンブランへ行け」とか命じられて欲しい。
応接間に通され、テーブルの椅子が引かれる。ぴょいっと座面に飛び乗った黒と白の二体は、大人しくコーヒーを待った。

「若造モンブラン、屋根裏で寝ていたってね」
「起きたら寝てた」
「ややこしい。生まれはいつだね」
「五十年くらい前。多分」
「五十か。若いな」

かく言うノワールは千年ほど生きていて、年長の部類に入る。
コーヒーのトレイを手にルネがやって来た。

「お砂糖やミルクは要らない、という事でよろしいですか?」

ドラゴン達は首を縦や横に振り「要らないよ」、「あってもなくても良いよ」とそれぞれ伝えた。
コーヒーカップが前に置かれ、早速ノワールは鼻先を寄せてふんふんと嗅いだ。
香りに酔いしれる。

「不思議と懐かしい」
「そう。懐かしいの」
「初めて嗅いだのに」
「懐かしいの」

二体はカップの前でぼんやりした。
向かいの席に座ったルネが「仲良くほわほわしてる」と笑った。





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