仕事が出来れば、場所はどこでも

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26 朝から

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その朝。
ウォーキングから戻ったルネとアマンディーヌを、意外な人物が待ち構えていた。
ステファーヌだ。「お休みを頂戴しておりました」とアマンディーヌに一礼したステファーヌは数日間ドラゴン城を不在にしていた。行き先は南東の渓谷で接する隣領、ムニエ伯爵領で、そこに暮らす遠縁が病に罹り見舞ってきたと言う。
「お陰様ですっかり良くなりまして」と話すステファーヌは朗らかで、アマンディーヌも笑顔で応じている。
ただ若干話が長い。長々と城の前で引き止められては折角温めた体が汗で冷える。アマンディーヌの体調を気遣うルネの目線が、待機中のメイドの列と交差した。
一人が切り出そうとしたのと、ステファーヌの笑みがルネを見たのは同時だった。

「ルネ様もお手数です。アマンディーヌ様に付き添ってくださり感謝しますわ」
「――とんでもない。あ、私はこれで失礼します。汗を掻いていて見苦しいので」
「そんな小さな事お気になさらないで。そうだわ、ねえアマンディーヌ様。ルネ様を朝食の席にお招きしてはいかがかしら」

急に一人増えたところで城のキッチンは困らないだろう。
でも塔のキッチンではエレーヌが朝食の下拵えをしている頃合いだから、困る。
ルネは「申し訳ございません。今日のところは――」と早口で切り上げて、モンブランと共に城を辞した。
戻る道すがら、戸惑う。ステファーヌは随分と友好的になった。彼女の背後では、旅の同行者だった筆頭メイドも終始笑顔を浮かべていた。
言動自体は平和で良いのだけれど、いきなり人が変わると困惑する。
仲良くなる切っ掛けが無かったから余計に。

「……あの二人、どうしたんでしょう。ね、モンブラン様」

ルネと目を合わせたモンブランは首を傾げて、ふいと前を向く。
あまり興味のある話題ではなかったようだ。

翌朝のウォーキングには、不思議な変化を遂げた二人が加わった。
増えた参加者を前に少々閉口してしまったルネに、アマンディーヌが首を傾げて見せた。少し幼い仕草でも様になるのはさすがだ。

「ステファーヌ達も一緒でルネは構わなくて?」
「ええ。勿論」

別に、拒絶する理由はない。
ルネの足元で、モンブランは大欠伸をしていた。



この日、森の小道を抜けてきた一行を城で出迎えたのは、アランだった。
「あら」と軽い声と片手をあげたアマンディーヌを、彼はいつかと同じように「どうも」と言って横目にする。
同じ視界に、ルネを入れた。

「……毎度ご苦労ですね」
「自分の運動にもなりますし、楽しいですよ」

自慢じゃないが、ルネは代謝に自信があるので毎朝の森林浴は必要ない。
アマンディーヌの為に日課にしている。人と約束をしているとサボり難い。
その辺の察しは悪いようで、アランは怪訝に眉根を寄せている。

「よく分かりませんが、まあ、良いなら良いです」
「はい」
「……それで」
「はい?」
「朝食は、何時からです」
「ああ、はい」

彼の一言で、ルネは昨日アマンディーヌから朝食の席に招かれた件を思い出した。アマンディーヌを振り返って確認する。

「三十分後でよろしいですか?」
「ええ。よくてよ」

アマンディーヌは瞳と頬で星を弾くほどの笑顔を閃かせた。
そんなに喜んでくれるなら誘いを受けた甲斐があったな、とルネは思いつつ、アランに向き戻った。

「そういう訳です」

「お母様を借りますね」という意味で彼に告げた。
アランは首で頷くと、女性陣に先立ちエレベーターに向かって行った。
ボタンをホールドして待つ彼に気付いて「まああ。閣下」とステファーヌと筆頭メイドが感激している。
なんとなくそれらの声を背中で聞いた後、ルネは塔に足を戻した。
モンブランがまた大欠伸をしている。少々ドラゴンの寝不足が心配になって来た。



朝日に照らされた明るい食卓で、アランが言った。

「ドラゴンに寝不足などありませんよ」

ルネは胸を撫で下ろして、足の甲に顎を載せたモンブランの頭を指で突いた。
モンブランは笑みのように円らな瞳を細める。やはり猫っぽい。
大事ではなくて良かった。良かったのだけれど、

――閣下もいるとは聞いてなかった。

通された四階バルコニーの円卓に彼を認めて、ルネは主催者たるアマンディーヌに「え?」と言う目を向けた。
アマンディーヌは「え? ちゃんと言ったわよね?」と目で言い張り、以来ずっと微笑んでいる。
「まあいいか」の思いで席に着き、ルネは改めてアランに対面した。
塔の応接間で向かい合った事があるので、この位置関係は初めてではない。
ただ、コーヒー一杯と食事は違う。朝食と言えどマナーは存在する。

――後々ダメだしされないように注意しないと。

正直ちょっと、朝から面倒臭い。



アランは、いつも通り優雅な所作で朝食を口に入れた。
我ながら完璧だ。壁際の給仕達も感心している。
チラリと対面の席を窺う。
ルネの横顔は、隣のアマンディーヌの話に聞き入っていた。
素晴らしい技でも見て欲しい者に見てもらえなければ虚しい。
着席からずっと、ルネとは目も言葉も大して交わしていない。アマンディーヌが振る話に二人で応じるだけの時間がダラダラと続いている。
母が「どうしても」と言うから時間を調節して来てやったというのに現状、母だけが楽しんでいる。
悪い気はしないが少々つまらない。物足りない。
ルネの食事風景を観察出来たのは良かった。想像していた通り普通だ。普通に出来ていて特徴がない。

――面白い癖でもあれば楽しめた。

やたら左のカトラリー使いだけが上手いとか、逆に下手だとか。
アランは内心で自嘲した。

――我ながら無様です。

自分を意識してくれない彼女を、意識し過ぎている。





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