仕事が出来れば、場所はどこでも

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45 千年平和

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一族の悲願――公妃の輩出は、ステファーヌの世代では叶わなかった。
代替案として彼女は「公爵の母」ポジションを手に入れようとした。

アランの話を耳に入れながら、ルネは幾つかの点で納得した。
ステファーヌはアマンディーヌを支配したがっているように思えてならなかった。
それは当たりだった。正確にはアマンディーヌでなく城を支配したかった。公妃然と君臨したかった。
なのに王都からルネが送られてきた。余所者が、自分の欲したポジションを簡単に奪っていった。さぞかし腹立たしかった事だろう。

「毒殺もワンチャン、――いえ」

アランの目がルネに頷いた。

「当時は気にもしませんでしたが、今ならば有り得る事だと思います」

ルネは唸った。

「毒殺は困りますね。こちとら小市民です」
「しかし小市民だという貴女には常にモンブランが付いています。しかも一体増えました」
「両手に花です」
「両手にするにはサイズのバランスが悪いですね。――例えば城内で反乱を目論むのは至難です。城主への反感は城ドラゴンが漏れなく感知します」
「ネガティブ感情を忌避する能力ですね」
「それが発揮されるのは対面時で、向いた矢印が城主か否かで仕様が変わります。城主に向けられた殺意ならばこちらにも伝わります。暗殺はほぼ不可能でしょう」
「閣下自身も強いのに更にドラゴン達に守られてて、最強ですね」

ルネの賛辞に、アランは気を良くしなかった。

「領外の戦場に引き摺り出せばかなり殺し易くなりますよ」
「でも戦場では暗殺者本人も死んでしまうリスク大ですね」
「その通り。――少々厄介なのは城主でなくその身内が狙われるというケースです。城ドラゴンどもは、自分達と城主以外に対する負の感情にはかなり無頓着です」
「では仮に、目の前でライバル文官同士がバチバチしていてもノータッチ?」
「そうです。険悪な連中に遭遇すれば単に忌避します。興味も示しません」

なるほど、とルネは承知した。

「なら私に毒を盛ろうと目論んでいる人がいても止められないって事ですね」
「不穏な気配は察知出来るでしょうが、直接攻撃でない限り反撃はしません。とはいえ城内に毒の類が持ち込まれる事自体、無いと見ていい。外来種と同様にドラゴンが見逃がしません」
「そういえば、そんな頼もしい機能があるんでしたね」
「その甲斐あって現存戦力のカラーパレットは暗殺や反乱を経験していません。少なくとも千年、城内で大事件は起こっていないんです」

最年長のノワールとルージュによると、辺境伯領は「千年平和」を維持している。



ルネは、隙間時間で空中庭園を歩いた。
アランは執務室に呼ばれて、いない。一人と二体だ。
王国のサマータイムに準じた辺境伯領の現在時刻は、午後五時半。
ディナーは六時から。
手摺りに取り付き、明るい夕陽に照らされた小さな塔を遠目にする。
修復中につき鉛筆の先にはシートが掛けられている。

「まだかかるのかな……」

取り掛かりが早かった割に時間を要している理由は、エミール曰く「屋根の構造が凝っているとかで直せる職人が限定されている為です」だそうだ。
庭園の修復チームとは人員が異なるとはいえ影響はあるだろう。動線が被る。

赤くなりつつある空に視線を向けて、アマンディーヌとステファーヌの顔をそれぞれ思い描く。
アマンディーヌに「子育てに向いていない」と告げたのはステファーヌだろう。他に誰が言える。「無理しなくて良いのよ」とか何とか言い包めてアマンディーヌを母親業務から遠ざけ、空いたポジションに自分が居座った。

アランは、ステファーヌを注視していると言っていた。と言っても彼女の身内を罰した直後なので念の為だ。今のところ不穏な気配はないらしい。

「ご心配なく。何人にも貴女に手出しはさせません」

さっきは毒殺を口にしたルネだけれど、本気にはしていない。
暗殺の標的にされるには小物過ぎる。ただ、最近アランがルネに友好的なのでそれを面白くないと考える人はいるかもしれない。
ポリーヌの処分を不服と考え、ルネを恨んでいる人がいるかもしれない。

――こちとら小市民ですよ。

不意に膝の辺りに日向のぬくもりが凭れかかった。
見ると、白いドラゴンの頭に載った黄色いドラゴンがルネを仰いでいた。
ルネは微笑んだ。

「遅くなったけど、ついて来てくれて有難う、カナリーちゃま」

カナリーに敬語は使わない。構わない、とアランからも言質は得た。
本人も気にしていない風で小首を傾げている。いよいよ小鳥っぽい。きっと、小さなお口から蝋燭みたいな火をポッと灯すに違いない。
モンブランも首でルネを仰いだ。傾斜がキツくなって、カナリーが落ちかける。
ルネは、片掌を伸ばして小さなドラゴンの背中を支えた。
小鳥のような軽量は簡単に受け止められる。でも爪の鋭利さは小鳥とは比較にならないから「手のりドラゴン」をやるにはひと工夫要る。
準備不足の今回は諦めるより他ない。

「……極東産のお高いグンテが欲しいな」

オーブン用のミトンを代用する手もある。服に合わないけれど「手のりドラゴン」の魅力の前では些末な問題だ。
冬はいい。外出時の標準装備、皮の手袋がある。ニット製では小さな爪に引っ掛かって危ない。――グンテも編み物だった。

「ドラゴン用のアイテム開発とか、しようかな」

楽しい想像が膨らんできた。
ルネに釣られて白と黄の二体も楽し気に長い尾を左右に揺らし始める。ちょっとメトロノームに似ていた。

王都では凶暴な小動物と認識されているドラゴンは、実はこんなに愛くるしい。
彼らの本性を記事で紹介したい、と考えた時期があった。

――でもダメ。

ドラゴンに害を成そうとする者の目にも触れる。
辺境伯領の治安も脅かす訳にもいかない。
ラスト大公の遺志を蔑ろにはしない。





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