リゾートで拾った恋

C t R

文字の大きさ
1 / 44

01 悪くない

しおりを挟む



朝。
アネット・デュラックは、目を覚ました。

薄暗い視界に見えるのが「知らない天井」ではなく「知らない壁紙」なのは、横を向いてベッドに転がっているからだ。
寝床がどこであっても、左を下にして眠る習慣は変わらないらしい。

「…………」

腰までシーツを被った体はランジェリーだけを纏っている。
横になった剥き出しの肩が視界の端に入る。寒々しい。
実際には寒くない。
観光シーズンの七月、王国南沿岸部の港湾都市が寒い筈はない。
ここは世界有数のマリンリゾート、サン=ブロワーズだ。

段々と意識がハッキリしてきたアネットは、そろりと上半身を浮かせた。首を回して背後を窺う。

精悍な寝顔が、こちらを向いていた。太く男性らしい鎖骨を晒している事から少なくとも上半身裸なのは分かる。腰から下はシーツで見えない。
潮に焼け、少し荒っぽい肌質には成熟した「海の男」特有の色気が漂う。
寝息も何も聞こえない。静かだ。アネットと共有中のシーツが、彼の呼吸に合わせて上下していなければ「大きな水死体」と勘違いするところだ。

「テオ」と名乗った彼。愛称だろう。
本名を知らない男性と一夜を共にした。
昨日までピュアだったボディに変化が生じている。こう、腰が重い。
自分に呆れながらも、アネットは開き直っていた。

――人間、ヤれば出来るのね。

王都ではそこそこの優等生をしていたのに、大胆な事をしたものだ。



バスルームの鏡の中に見慣れた金髪碧眼の娘がいる。
普段と変わらない顔つきを確認して、アネットは安心した。強い酒を飲んだ割には体調は悪くなく、肌荒れも目の充血も見られない。何よりだ。
シャワーを浴びて服を身に着け、寝室に引き返す。
一夜の相手ことテオが、ベッドの上に座り込んでいた。
ん、とアネットを見る。

「早起きだな」

どうも、と言って肩を軽く上下させたアネットは、ベッドの先にあるバルコニー窓へと足を進めた。
分厚いカーテンを掴んで開くと、朝靄に包まれた港と海が一望出来た。
高級ホテルは全室オーシャンビューと決まっている。
コーヒーテーブルから椅子を一脚引っ張り寄せて、窓辺に置いて座る。良い景色を眺めながら歯磨きをする。
背後で「……中々マイペースだな」とテオが呟き、空いたバスルームに向かった。
彼はイケてる重低音ボイスをしている、とアネットは歯ブラシをしゃこしゃこと動かしながら思った。

アネットの歯磨きと適当なヘアメイクが終わる頃、テオはきっちりと身支度を終えて戻って来た。
凛々しい姿を目の当たりにして、アネットは改めて彼という人物を認識した。

――海軍将官。

階級章の知識などなくても制服を飾る金糸使いから、大まかな三区分で士官を見分ける事は出来る。
昨晩、テオは「二十四だ」と言っていた。二十代の若者が将官を冠するなど普通有り得ない。
貴族の出身に違いない。早いスタートを切り、実戦と実績に恵まれ、出世コースに乗った。

――住む世界が違う。

半ば惚けているアネットを見て、テオは僅かに首を傾げた。
マロン(茶色)の短髪が朝日に煌めく。切れ長の双眸は神秘的な紺碧だ。

「どうした、アネット。腹が減ったのか」
「ああ、ええ。そうですね」

ここにいる自分が酷く場違いに思えてきて、アネットは椅子に座ったままそそくさと爪先で自分の靴を探った。我ながらおおちゃくだ。
ルームシューズから華奢なストラップサンダルに履き替える。
徐にテオが歩み寄り、アネットの前で体を沈み込ませた。
ラグに片膝を突き、アネットの足に両の手を伸ばす。

「俺が」

ストラップの留め具に長い指がかかる。
アネットは少し身体を固くした。

「――、ご親切にどうも」

長身を屈めた窮屈な姿勢の彼は、チラリとだけアネットを上目遣いにした。
アネットの膝の高さに頭がある所為で、大きな犬のように見える。
低く静かな声が告げた。

「人形のような脚だ」

フックタイプのストラップを留め終えた彼は、アネットの足首を軽く掴むと、ゆっくりと摩った。

「君はとても魅力的だ」

脛の辺りに彼の吐息があたり、アネットは背筋をぞくりとさせた。



彼は、テオフィル・ジュール・ド・ラセーニュと名乗った。
ラセーニュ侯爵領と言えば、リゾートの北西に隣接する鉄鋼業の盛んな土地だ。世界トップクラスの高性能艦艇搭載エンジンの開発でも知られる。
「所詮は次男だ」と素っ気なく言う名門出のテオ改めテオフィルは、ルームサービスで朝食を手配してくれた。
ダイニングルームに移動した二人は、食卓で向かい合う。色彩豊かな食材は南沿岸部ならでは。王都で同じ食材を揃えようものなら、とんでもない金額になる。

――この部屋は一泊おいくらだろう。

考えない方が良い。どうせアネットには支払えない。目の前の彼が「割り勘で」などとケチ臭い事を言う筈はないので、有難く奢られる。
チーズの香るクロック・マダムを一口大に切り分けて、頬張る。
感動が口いっぱいに広がった。

「嘘みたいに美味しいですねコレ」
「普通だと思うがな」
「テオフィル様は、」
「テオでいい」
「では間を取ってテオ様は、」
「ん、今何と何の間を取った」
「テオ様は、南部の美味しい物を沢山食べてこられたんでしょうね」
「スルーか。まあいい。確かに俺は南部で生まれ育ち、食い物に困った事はない。アネットは王都の出身だったな」
「生まれも育ちも王都ですが、――嘘みたいに美味しいですねコレ」
「……良かったな」

本当に良かった。来て早々豪華な食事にありつけた。
リゾート暮らし二日目。衝撃の展開にはなったけれど滑り出しは悪くない。

食後、アネットは「ところで」とテオフィルに再度念押しした。

「テオ様はご結婚もご婚約もされてない、という事で間違いないですね?」

テオフィルは「無論だ」と首でもしっかり同意した。
彼の答えに、アネットは満足した。





しおりを挟む
感想 56

あなたにおすすめの小説

魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました【完結】

iru
恋愛
第19回 恋愛小説大賞エントリーしています。ぜひ1票お願いします。 小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。 両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。 両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。 しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。 魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。 自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。 一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。 初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。 恋人になりたいが、年上で雇い主。 もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。 そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。 そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。 レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか? 両片思いのすれ違いのお話です。

狂おしいほど愛しています、なのでよそへと嫁ぐことに致します

ちより
恋愛
 侯爵令嬢のカレンは分別のあるレディだ。頭の中では初恋のエル様のことでいっぱいになりながらも、一切そんな素振りは見せない徹底ぶりだ。  愛するエル様、神々しくも真面目で思いやりあふれるエル様、その残り香だけで胸いっぱいですわ。  頭の中は常にエル様一筋のカレンだが、家同士が決めた結婚で、公爵家に嫁ぐことになる。愛のない形だけの結婚と思っているのは自分だけで、実は誰よりも公爵様から愛されていることに気づかない。  公爵様からの溺愛に、不器用な恋心が反応したら大変で……両思いに慣れません。

【完】隣国に売られるように渡った王女

まるねこ
恋愛
幼いころから王妃の命令で勉強ばかりしていたリヴィア。乳母に支えられながら成長し、ある日、父である国王陛下から呼び出しがあった。 「リヴィア、お前は長年王女として過ごしているが未だ婚約者がいなかったな。良い嫁ぎ先を選んでおいた」と。 リヴィアの不遇はいつまで続くのか。 Copyright©︎2024-まるねこ

妻が通う邸の中に

月山 歩
恋愛
最近妻の様子がおかしい。昼間一人で出掛けているようだ。二人に子供はできなかったけれども、妻と愛し合っていると思っている。僕は妻を誰にも奪われたくない。だから僕は、妻の向かう先を調べることににした。

とっていただく責任などありません

まめきち
恋愛
騎士団で働くヘイゼルは魔物の討伐の際に、 団長のセルフイスを庇い、魔法陣を踏んでしまう。 この魔法陣は男性が踏むと女性に転換するもので、女性のヘイゼルにはほとんど影響のない物だった。だか国からは保証金が出たので、騎士を辞め、念願の田舎暮らしをしようとしたが!? ヘイゼルの事をずっと男性だと思っていたセルフイスは自分のせいでヘイゼルが職を失っただと思って来まい。 責任を取らなければとセルフイスから、 追いかけられる羽目に。

【完結】あなたに抱きしめられたくてー。

彩華(あやはな)
恋愛
細い指が私の首を絞めた。泣く母の顔に、私は自分が生まれてきたことを後悔したー。 そして、母の言われるままに言われ孤児院にお世話になることになる。 やがて学園にいくことになるが、王子殿下にからまれるようになり・・・。 大きな秘密を抱えた私は、彼から逃げるのだった。 同時に母の事実も知ることになってゆく・・・。    *ヤバめの男あり。ヒーローの出現は遅め。  もやもや(いつもながら・・・)、ポロポロありになると思います。初めから重めです。

有能女官の赴任先は辺境伯領

たぬきち25番
恋愛
お気に入り1000ありがとうございます!! お礼SS追加決定のため終了取下げいたします。 皆様、お気に入り登録ありがとうございました。 現在、お礼SSの準備中です。少々お待ちください。 辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26) ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。 そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。 そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。   だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。 仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!? そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく…… ※お待たせしました。 ※他サイト様にも掲載中

【完結】番としか子供が産まれない世界で

さくらもち
恋愛
番との間にしか子供が産まれない世界に産まれたニーナ。 何故か親から要らない子扱いされる不遇な子供時代に番と言う概念すら知らないまま育った。 そんなニーナが番に出会うまで 4話完結 出会えたところで話は終わってます。

処理中です...